フェアリィ・ストーリー

西進

プロローグ


 ここは、とある島のとある漁港。漁師の男が二人、話しているのが聞こえる。


「おい、聞いたか。この島にも七不思議とやらがあるらしいぞ」

「なんだよ、それ。初めて聞いたぞ」

「俺も初めて聞いた。なんだかよ、それを解き明かしたもんは、金銀財宝わんさか手に入るんだとよ」

「嘘くせえな。まるでおとぎ話じゃねえか」

「おとぎ話、か。確かにそんな感じだな」

「で、その七不思議って例えばどんなのがあるんだよ?」

「それがだな、分からん」

「分からん? そりゃあ、ますます嘘くさくなったな」

「ああ、そうだな。多分誰かが流したデマだろう」

「本当に迷惑な話だぜ。……誰だ? そんな噂を流したのは」

「えーと、確かな……、あれ? 誰だったか?」

「覚えてないのかよ」

「そうだな……、まあ噂なんてすぐ広がっちまうもんだからその出所なんて分かりゃしねえさ」

「まあ、確かにそうだな」

「さ、仕事だ仕事」

「はあ、夢がないねえ、現実は」


 男たちはそう言って漁港での仕事に戻る。


 だが、この男たちはまだ知らないだけなのだ。おとぎ話のような物語がこの島でもう既に始まっていることを。


「まあそんなもんだよね」


 少女は、男たちがいた数メートル先からゆっくりと歩いてくる。

 金色がかった髪に、碧色あおいろたたえるキラキラとした宝石のような瞳は日本人離れしていて、どこか異国の姫を彷彿ほうふつとさせた。それでいて、どこか中性的な、少年のような無邪気さもその表情からは感じ取れる。


 彼女は確かにそこにいた。これほどまでの美貌びぼうを持つ少女が歩いていれば、誰かが振り向いて噂くらいしてもおかしくはない。だが、その姿を男たちが見ることはなかった。いや、できなかった。その理由は、彼女にしか分からない。


「……久しぶりだな」


 少女は呟く。少女にとって、この島に来るのはもう何年ぶりになるのか、想像もつかなかった。いや、そもそも何年という概念すらないのかもしれない。


 ゆっくりとその歩みを進みながら、少女はもう一度振り返る。

 少女の眼前に広がるのは、広大な海。青々として、何者にもとらわれることなく存在する雄大な自然の美。この景色を見ると、いつも身の引き締まる思いがすると同時に、少し微笑ほほえんでしまう。


 少女が愛した海、愛した景色。そして、ここは少女が愛した島。


「それにしても朝のやつ……、すごかったよな」

「ああ、……あれか。ちょっと信じられんな。あんな風景、生きている間に見れるなんて思ってなかったな」

「一体何だったんだろうな?」

「いやいや、俺に分かるわけねえだろ」


 少女のことには気付かず、また男たちが話す。その信じられない出来事を起こした張本人がすぐそこで歩いているというのに、男たちは気付くことはない。


 少女はふふ、と微笑むとまた一歩を踏み出した。再びやって来たこの島での新たな一歩を。


 これは、一つの物語。少女たちが織り成す、非日常。そして、少女たちにとってかけがえのない、大切な時間。そんな小さな島のおとぎ話のような物語である。

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