第7話


 ▽


 目が覚める。

風が止んでいるのを感じ、俺は体の痛みをこらえながら起き上がった。さっきのように、周りで人が動く気配はない。


 まさか一人になってしまったのか、俺も「神隠し」とかいうやつに遭ってしまったのか、などと思い始めた時、少し離れた所で人の動く気配がした。


「誰かいるのか!?」


 少し間があった後で、「う、うーん……」とゆっくり起き上がる気配。あれは……、おそらく奈津だろうか。


「奈津なのか?」

「……拓海?」


 今度は返答があった。間違いない、奈津だ。


「よかった、無事だったか。……他のやつらは?」


 辺りを見渡しても他の人影は見当たらない。


「……いないみたい。あたしたち、二人だけなのかな」

「おかしいだろ……、さっきから望海はいなくなるし、みんなとははぐれちまうし。あの突風、何だったんだよ」

「分からない。でも、今はここから出ることを考えないと……」


 心なしか、いつもより奈津の声は弱々しい。さっきからの急展開の連続に、さすがの奈津も戸惑っているのだろう。


「そうだな。……にしても、ここはどこだ?」


 少し落ち着いた俺は、辺りを見渡す。周りを取り囲むように立ち並ぶ木々は先ほどまでと全く変わらないものの、先ほどとは違って一本道ではなくいくつも道が分かれている。これはどういうことなのか。


 それに、さっき意識が遠のきながらも聞こえた言葉は誰の、どういう意図を持った言葉だったんだ? 「余計なこと」って何なんだ?

 分からないことだらけで、頭が追いつかない。こんな時に峻がいてくれれば……。


「た、拓海……」


 奈津がいつもの調子とはまったく異なるか細い声を上げる。


「どうしたんだ?」

「あ、あのさ……、なんだか、足挫くじいちゃったみたいで……」


 俺が奈津の方を見ると、痛そうに右足を抑える奈津の姿が目に入った。


「歩けるか?」

「う、うん……、なんとか……、って痛っ」


 奈津は立ち上がろうとするが、すぐにふらついてしまう。俺は慌てて奈津の体を支えに走った。


「お、おい。無理するなって」

「ごめん……」

「え?」

「ごめん、こんな時に役に立たなくて、足引っ張っちゃって……」

「奈津……」


 俺は、立ち上がれずに俯いてしまった奈津を見て思う。

 奈津も一人の女の子なのだと。いつも強気で、こんな場面でもみんなを励ましていられるのが奈津なのだと思っていた。だけど、それは簡単に崩れてしまう。表面上はそのように見えても、本音では怖かったのかもしれない。


 変わるとか、変わらないとか言ってるけど、それ以前の問題だな、と俺は自分に呆れてしまう。そもそも俺は、奈津のことをどこまで知っているのか、それすらも分かっていなかった。


 だから、知りたい。奈津のことも、みんなのことも全部。

 そのために、ちょっと踏み出さないといけないのかな。


「奈津!」


 俺は奈津の腕を掴む。そしてそのまま体を引っ張り上げた。意外(と言うと失礼だが)にも軽く、すぐにその体は持ち上がった。奈津は驚いた顔をしながらも、右足をかばってふらつく。


「ほら」


 俺は、体をかがめて自分の背中をポーン、と叩く。とりあえずこれで察してくれ。


「え、ええ!?」


 奈津はキョロキョロと辺りを見渡しているようだったが、どうせ誰もいねえだろ。


「……ったく」


 俺は有無を言わせずに、そのままを腕を引っ張って奈津をしっかりと体に密着させる。そのままよいしょ、と太ももを持って持ち上げた。

 奈津は諦めたのか、特に抵抗はしなかったが、俺の耳元でそっとささやく。


「もう……、なんでこんなことに」

「そりゃお前が足をくじくからだろ」

「そりゃそうだけどさ……」

「今はとりあえずこれがベストなんだから、お前は黙ってろ」



 そう言うと、素直にも黙った奈津だったが、しばらくして蚊の鳴くような声で囁いた。


「…………ありがと」


 シン、と静まり返った森の中で、その声は凛として響いたように感じた。


 道は三択。先ほどまでの一本道とは違い、綺麗に道が三本に分かれていた。

 さきほどの様子から察するに、望海や碧、峻にやーにぃとは違う場所に飛ばされたようだった。ここで大きな声を上げてもおそらくあいつたちには届かない。


「どの道を進むべきなのかな……」


 うーん、と唸っていると俺に背負われている奈津が意見を出す。


「とりあえず進んでみて、違ったら戻ってきたらいいじゃん」

「ま、それもそうか……」


 そう言うと、とりあえず真ん中の道を進んでみることにした。


「ねえ、それにしても」

「どうした?」

「あ、あのさ……、さっきから何も感じないの?」


 何も、って……。


「あ、この背中に当たってる膨らみとかの話か?」

「ななな、何言ってんのよ! この変態!」


 そういや最近似たようなことがあった気がするが、碧よりも確かなものを感じる。

 って違う違う。普通に怒られちまったじゃねえかよ。

 言われてみればなかなか大胆なことをしたものだと思う。こんなにも近くに奈津を感じたことは間違いなくない。

 密着してるからこそ分かる胸の膨らみ……じゃなくて、女の子特有の匂いだとか、太ももの柔らかさだとか……ってさっきから変態っぽいぞ、俺。


「……ねえ、拓海。さっきから何か変なこと考えてるでしょ」

「そ、そんなことねえよ……、ほら、見えてきたぞ」


 視界が開ける。だが、そこは先ほどとほとんど変わりのない木々に囲まれた空間であった。さらに、先には三本の道が続いている。


「……おいおい、これどうなってるんだよ」

「まるで迷宮じゃない……」


 行き当たりばったりに進んでも出口にはたどり着けないと感じる。他のみんなも似たような場所を彷徨さまよってるのだろうか?


「これ、どうしたもんだか……」

「じゃあさ、この辺に落ちてる木の枝を拾って番号にして、真ん中に置いていこうよ。この分だと先に進んでも似たようなのが続くだけだと思うし」

「お、ナイスアイデア。……じゃあ、さっきのを0としてここを1にしよう」


 俺は木の枝で1の字を作って真ん中に置く。まあ、1だから枝を一本置いておくだけでいいんだけどね。


「よし、とりあえずそのまま進もう」


 俺はまっすぐ進み、三本の枝分かれの真ん中へと入る。次に進んだ所を2にして、通ったところがどこか分かるようにすればいい。


「ねえ、さっきの話の続きだけどさ……」

「さっきの話って……、ああ、あれか」


 何も感じないのか、とかその話か。それなら俺の中で一つの結論が出たはずだ。その、物理的なモノを感じるかどうかってことだけど。


「あのさ、あたしの言った意味、ちゃんと分かってるの?」

「は?」

「だからさ、こんな状態でドキドキしないのか、ってことよ!」


 物凄く恥ずかしそうに言葉をつむいでいるのが背中越しに伝わってくる。奈津が頭を俺の肩辺りに埋めるのを感じた。


「……あー、そういうことか……。そりゃ、ドキドキもするけどさ、今それどころじゃないだろ」

「胸の大きさがどうとか考えてるくせに」

「そ、それは男としては当然のことだろ」


 というか、どうしてこんな話になってしまっているのか、俺には理解できない。


「あたしは……、ドキドキしてる。すっごく」

「そ、そうか」

「ねえ、拓海……、あのさ……」


 奈津にしては歯切れが悪い。視界が開けてまた同じ空間にたどり着いたものの、俺は木の枝を拾うよりも先に、奈津の話に耳を傾けた。


「なんだよ、はっきり言えって」

「あの、変なこと聞くけど……」

「……うん」

「望海のこと、どう思ってるの?」

「……はあ? どうって何だよ」

「いや、どうって……、ごめん、変なこと聞いた。望海がどうなってるのかも分からないのに、こんな時に聞くのはおかしいよね」


 何やらハッキリしない奈津も珍しい。ここで色々と聞いてみたいとも思うが、今は確かにそれどころではない。


「ごめん、話、聞いてやりたいんだけどな」


 俺は木の枝を拾って、2の字を作る。


「……うん、でもあたしもはっきりしなくちゃいけないよね。ここからみんな無事に脱出できたら、話すよ」

「……そか」


 そこに込められた感情を察することはできなかったが、今はそれ以上は何も聞かないことにした。

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