第3話
俺は、いわゆる捨て子だ。俺は生まれて間もない頃、本州からこの島に向かう船へと捨てられてしまったらしい。俺の両親は一通の手紙を残して姿を消した。それから会ったことも顔を見たこともない。
その手紙には、俺のことを頼むという内容が牧瀬家宛てに記してあった。もちろん俺は知らないが、昔、俺の父親は望海の父親の世話をしたことがあって少なからず貸しがあったらしい。そのこともあって望海の両親に俺の世話を頼んだのだが、もちろん望海の両親は戸惑い、俺を本州に返して孤児院に入れようとした。そんな時に俺を引き取ったのが漁師である望海の祖父、牧瀬
じいちゃんは、無口で頑固な人だ。俺を引き取る際も、望海の両親に猛反対されたらしいが、それを押し切ったそうだ。俺を引き取って数年後にばあちゃんが亡くなっても、表情一つ変えることなく黙って漁業に
俺は物心ついた頃には牧瀬家におり、じいちゃんと暮らしていくのも当たり前となっていたし、いつからだったか、そこに望海も加わって三人で暮らすのが当然の風景となっていた。
だけど、少し年を重ねれば自分の置かれた状況のいびつさに必然的に気付く。どうして、俺の苗字はじいちゃんと違うのか? と。
俺がその疑問を抱いた時、じいちゃんは何もかも包み隠さず話してくれた。驚きはしたが、それでもじいちゃんの言葉もあって俺は大きなショックを受けることもなかった。
「いいか、お前は俺の孫だ。それは変わらん」
拓海という名前を付けてくれたのはじいちゃんだった。そのことが、俺がじいちゃんの孫であるという証の一つでもある。「海」の字が入ったこの拓海という名前を、俺は好んでいた。
じいちゃんの話を聞いてからも、俺は両親のことを知りたいと思ったことは何故かなかった。俺に両親の記憶が一切なかったからなのかもしれない。自分を捨てたという両親に会うのが怖かったのかもしれない。ともかく俺は、今まで両親の行方を追ったことは一度もない。
俺は、俺を育ててくれたこの雄川島に、そしてじいちゃんに感謝している。それ以上のことは何も望まない。
そして、だからこそ雌川島の言っていることが馬鹿げていると感じるのだ。この島にはこの島の良さがある、どうして、そんな開発なんてする必要があろうか。
「……どしたの、たっくん。そんなコワイ顔して。……もしかして、美味しくない?」
そんな望海の言葉で、俺は食事中だったことを思い出す。和風な家の居間で、静かに三人が食卓を囲むのも恒例行事となっていたが、そこまで恐い顔をしていたのか。
「あぁ、悪い。ちょっと考え事してただけだ。……いつも通り、望海の料理はさいっこうに美味いぜ」
そう言って、親指を立てる。それを見た望海は「よかったー」と屈託のない笑顔を向けてきた。
俺は望海が笑っていられるように、何かをしてやりたい。いつからかそういう風に思うようになっていた。望海が笑っている、という状況こそが俺の一番の理想だからかもしれない。
「……おい、拓海」
「うん?」
じいちゃんが思い出したように俺の名を呼んだ。
「明日の朝ちょっと手伝え」
「おうよ」
時々だが、このようにじいちゃんは俺に漁業の手伝いをさせる。
じいちゃんの漁業の手伝いをするのは正直しんどい。だが、無口であまり人に頼ることのないじいちゃんが頼ってくるのだから、俺のことを信頼している証拠なのだろう、と俺は解釈している。
「おじいちゃん、明日から学校なんだよ。たっくんだって最初の日から寝まくるわけにはいかないんだから」
「おい望海! 俺はそこまで寝てなんかいねえよ! っていうか、明日は始業式だから授業ないだろ!」
「あ、そうだった。ご、ごめんね、たっくん」
しかし、時は既に遅し。
「……拓海」
「……はい」
「俺がお前に手伝わせてるのは確かに悪いが、授業はちゃんと聞け。男なら耐えろ」
「……はい」
じいちゃんにそう言われたのでは従うしかない。来学期からはがんばって起きるしかないか……。
隣で望海が申し訳なさそうに俺を見ているので、その目に向かって口の形だけで「大丈夫」と伝える。それを見た望海は少しほっとした表情になった。
八月が終わり、夏休みは幕を閉じる。夏はまだまだ盛りだが、それも
雄川島の夏は、少しずつ終わりに近づいていた。
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