第5話

 去り際に峻はふと立ち止まる。


「……あ、そういえばお前、奈津に告白されたんだってな」

「ってな、何でそれを!?」


 まさかそんな噂が広まってるのか!?


「いや、本人に聞いた」

「あー、本人か……ってあいつ、よくもペラペラと……」


 俺が言うのに対し、峻は俺の方を振り向いて笑った。


「あいつはいい奴だと思うけどな。興味ないのか?」


 俺はプイと横を向く。


「あいつに、というよりもそういうことに興味がねえよ。ていうか意外なのはこっちだよ。お前、そういうことに興味あったのか?」


 言うと、峻は少し迷ったように顔をそむけながら言う。


「俺は……、昔からずっと興味があったぞ。もう何年も前から同じ人がずっと好きだからな」

「え、まじで……。……まさか奈津か?」


 この流れだとそういう気がして俺は言う。


「違うな。お前はそういうことになると、天でダメだな」

「っるせえよ。じゃあ誰だっていうんだ」

「そりゃあ、選択肢は一つだろう」

「へっ……、まさか浩美ちゃん?」

「どうしてそっちに行く。……望海だ」


 俺は奈津の告白を聞いたとき以来、数時間ぶりの衝撃を感じていた。

 そんなに、俺たちの中で色々と恋愛感情が動いていたっていうのか?


「え、ええ!? 好きって……、そういう意味の好き、なのか?」

「この流れで言うなら間違いなくそうだろう。それに、どれくらい好きかと言われれば答えられるぞ。正直、メチャクチャにしてしまいたいほど好きだ」

「お前、な、何言ってんだよ!」

「そうじゃないのか? 好きってそういうことなんだと思っていたが」

「いや、極端すぎんだよ!」


 俺は顔が熱くなるのを感じた。てかなんで俺まで恥ずかしくなってるんだよ。


「ていうか、お前案外あけっぴろな奴なんだな……」

「意外か? まあ、確かに俺も最近の自分には驚いているよ」


 自分に驚くって何だよ。


「……はあ、お前ら揃いも揃って驚かされることばっかだよ」

「たぶんそんなもんだろ。……俺もお前も、望海も奈津も、それに碧も。みんな誰も知らないような一面を持っているんだから。それを全部知る必要なんてないし、そんなの無理だ。でも、こうやって秘めていたものを表に出すっていうのもいいことだな」

「……そだな」

「それじゃ、俺は望海と話してくる」


 俺は一つだけ気になり、峻の背中を呼び止める。


「……なあ峻。最後にいいか。……恋って人を変えるか?」


 峻の答えはすぐだった。


「変えるね、間違いなく。……だけど、変わらないものは変わらない。芯がしっかりしていたら、表面上は変わっても根っこの部分は変わらない。俺たちの関係もそんなふうにしていけばいいんじゃないか? 恋愛の一つや二つで簡単に崩れるような関係じゃなければ、俺も奈津も遠慮なんてしなくて済む」

「そうだよな……、うん、そうだな。……っていうかお前、今から望海に告白するつもりじゃないだろうな!?」


 峻は眉間みけんしわをよせて「ない!」と言い張った。


「まさかそんなわけあるか! 今のあいつにそんなこと言っても仕方ないだろ! ……でも、お前のことは守る、ぐらいは言うつもりだけどな」


 その言葉に変な対抗意識が生まれてしまった。


「バカにすんな。望海のことは俺が一番よく分かっている。望海は、俺が守る」


 またもや、峻はニヤリと笑う。だからその笑い、気味悪いって。


「付き合いが長いことが逆に不利になることもあるんだぞ? それにお前は何も考えずに行動するところが欠点だからな」

「それをフォローするのがお前の役目だろうが」

「今回ばかりはそういうわけにはいかないね。俺だって、自分で望海を守るさ」

「ほお、言ったな」

「言ったぞ」


 俺たちはお互いに火花を散らし合う。そして、互いにプッ、と吹き出した。


「なーに、やってんだろな、俺たち」

「だな」


 その時、雨が家の天井を叩く音が聞こえる。ポツリ、ポツリと。しんと静まり返った俺の部屋の中で、その音がだけがやけに大きく聞こえる。


「雨降ってきたな……」

「傘持ってきてなかったな……、天気予報では快晴だったというのに」


 さすがじいちゃんだな、と思ったが俺はこの雨が意味する事の重大さをその時は理解していなかったのである。

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