第2話

「よし、じゃあこの前の話を一回整理しよう。まず、最初の石碑に書かれていたことからだな。『これは、天ノ島諸島に伝わる七不思議に関する記述である。また、これは天ノ島諸島の起源を辿たどる旅である。七不思議を解き明かし、七つの神の御霊みたましずめよ。さもなくば、この島々は生まれて千年の時の経て、消えゆくだろう』。……確かこれで合っていたはずだ」

「すげえな、よく覚えてるよな」


 俺なんか内容はなんとなく覚えていても、そんな文章までは覚えてないぞ。


「まあ、これでも記憶力はいい方なんでね。でだ、これはかなり嘘臭い記述ではあるが、これまでのことを考えると、あながち間違っているとも断定できない、という判断でよかったよな?」


 峻の言葉にみんなが頷く。


「八雲、この話は聞いたことあるか?」


 わざわざこの家で作戦会議を行った理由はもちろん八雲がいるからだ。俺は積極的にあの人に関わるのは避けたいんだけれど、この件ということならば我慢するしかない。


「さあのお、ワシは前も言ったとおりこの件に関しては詳しく知らんのじゃ。そんな石碑があることも知らんかったし、ましてやワシにはそんな文字読めんわい」

「だよなあ……」


 俺が聞くまでもなく、あの日に碧が帰ってから聞いていたはずだ。一応電話でも、成果がなかったことは碧から聞いていた。


「あとさ、ここに書いていることが本当だとして、『生まれて千年の時』ってどんくらいになるんだ?」

「今の暦とは違うから何とも言えんが、おそらく三年後の春じゃろう」


 意外にも八雲が即答する。


「って三年後!? かなり急な話だな、それ……」


 せいぜい百年とかそんなレベルでの話だと思っていたので、俺はかなり驚く。


「でも、よく知ってますね八雲さん」峻が眉をしかめて言った。

「う、うむ。まあ、ワシらはこの島のことなら大体知ってると言っただろう。この島ができた時のことくらい覚えてるわい」

「覚えてるって……、まるでその時を知ってるみたいな言い方だな」

「はっ……、いやいや何を言う拓海。そんなわけないじゃろ。まったくお前さんがそこまでアホだとはな」

「アホ言うな!」


 ってか言い出したの自分だろ。


「……それにしても三年後の春、か。短いんだか長いんだか」碧が話をさえぎるように呟く。

「ちょうど私たちが卒業する時だね」


 望海が思い出したように呟く。

 卒業、か。その時に俺たちはどうなってるんだろうか。俺たちの関係は、この島の運命は、変わってしまっているのだろうか。


 いや、違うな。簡単に変えさせはしない。俺たちはそのためにこんな所に集まっているのだから。


「……うん、三年あれば十分だ! 三年の間に七つの謎を解くだけだろ? 余裕っしょ!」


 俺はこの場を盛り上げるためにも言ってみる。奈津は少し呆れながらも同意してくれた。


「ま、根拠はないけど、悲観するよりもよっぽどいいんじゃない。……んじゃ、碧。もう一つの方をもっかい整理してよ。あっちは長くて覚えられないのよ」

「あ、ボク? ボクもちゃんと覚えてるか自信ないけど……、なんとか覚えている範囲でがんばっててみるね」

「ああ、頼むよ」


 俺も同意する。もう一つの石碑には、一つ目の七不思議の内容が詳細に記してあった。なかなか長い話だったので、俺もしっかりと覚えていない。


「ええっと、……それじゃあ行くね。昔、木こりの男の人がいました。その人は……、ってこの辺は七不思議には関係しないから飛ばすね。えっと、その男の人は天ノ島諸島に住んでいたんだ。それで、ある日仕事のために山に入ったら見慣れない神社を見つける。そして、その神社は『入るべからず』と書いてあったんだ。今までそんな神社を見たことがなかったその男の人は、興味本位からその神社に入ってしまった。そして、その神社で男の人は出口を見失ってしまった。男の人は引き返してみたりもしたけれど、あるべき場所にその出口はなく、結局同じ所をぐるぐると回っているだけだったんだ。そしてその男の人はそこから出られることはなかった。……この後、この男の人を見た者は誰もいなく、その神社の入り口に男の人の物である斧が落ちてたことから、その神社は神隠しの神社として、恐れられるようになった。そして、人々はそれを柵で囲い、誰も入ることのできない禁足の地とした……っていう話だよ」


 段々と、語り手である碧のゆっくりとした声に俺たちは引き込まれていっていた。一通りその話が終わった時、俺ははあ、とため息をつく。


「やっぱただの怪談話臭いよなあ……」


 一つ目の七不思議についてが、この前八雲に聞いた「神隠し」だということがピッタリだったこと以外はあまり信用ならない記述でもある。


「でもさ、伝説なんてこんな感じで書いてあるものじゃない?」望海が言う。

「そりゃそうかもだけど。あのおとぎ話だって随分と嘘臭いしな」

「馬鹿者。伝説は嘘か本当かが問題なるのではないのじゃ。愚弄ぐろうするでない」


 八雲にジッ、とにらまれる。あ、この人の前であの話のことを言うんじゃなかった。


「あー、ごめんごめん。でもさ、七不思議っていう割には一つ目しか書いてないみたいだし、やっぱ八雲とかみたいな、七不思議の一番最初が『神隠し』だって知っているような人間がイタズラで書いただけなんだと思うけどな」


 俺の言葉にうん、と峻は頷くものの何かを考えている様子でもあった。


「確かに拓海の言う通りだ。だけど、あの石碑の配置、何か引っかかるんだよな」

「配置?」

「そうだ。あの広場のほぼ中心に七不思議全体のことが書かれた石碑があって、そこから少し離れたところに一つ目の伝説が書かれた石碑があった。つまり、二つ目以降の伝説が書かれた石碑もあって、最初の石碑を中心に、同心円上に並ぶんじゃないかってふと考えたんだ」


 峻の言っていることは微妙に分からなかったが、望海が隣で地面に絵を描くように説明してくれることで、やっと理解した。


「峻の言ってることが本当だとしてもさ、二つ目以降はどこにあるっていうの?」奈津が横から質問する。

「さすがに俺も分からないけど……、一つ目を解き明かして、その御霊とやらを鎮めることができたのなら、二つ目が現れる……とか?」

「いや、それこそ嘘臭いな……」


 だけどここまで来てしまったら嘘か本当かなんて気にしている場合でもない。碧が初めて来た日、俺が見たあの碧色の風景を機に、何か受け入れられるものも増えた気がする。本当に有り得ないことなんて実はないのかと思ってしまうのだった。

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