第3話

「どちらにしても、その神社とやらに行ってみないと分からないんじゃないの?」


 奈津が強気な笑みを浮かべて言う。こいつ、神隠しとかそういうホラーな話には昔っから全く動じないもんな……。


「えー、なっちゃん怖くないの? 私、初めて聞いたときは怖いと思ったよ」


 望海は小さく縮こまってしまっている。何だか小動物のようだ。


「大丈夫だよ、望海。ボクもいるんだから」


 ニッコリと望海に笑いかける碧。それを見て、望海はどこか安心したような穏やかな表情になった。


「うん……、ありがとう。碧ちゃん」

「それにさ、みんなもいるしね」


 碧はそう言って、俺たちを見渡す。そうだ、俺は昨日決めたんだ。みんなでがんばろう、と。それが一番俺たちらしい。


「だな、任せとけよ望海。俺がついてるからな!」

「それ、ちょっと心配ね……」奈津が横で苦笑いするが、俺はそれをジロリとにらむ。


 我ながら単純だと思った。だけど、この状況で引き下がる訳にもいかない。


「ま、でも碧や拓海の言う通りね。あたしたち五人なら何とかなるわよ。ね、峻?」

「ま、何とかなるっていうのはあまり根拠のない話だが……、今までも何とかなってきたんだし、それに今回は碧もいる。鬼に金棒とはこのことだな」

「あ! 俺そのことわざなら知ってる!」


 俺も成長したよな……、と思いつつ感動していると峻がジトッ、と俺のことを見ていた。「台無しだな」とか呟いているけどまあ気にしない。


「ワシは危険じゃと思うがのお……。本当に神隠しに遭ったらどうするつもりじゃ」


 それまで傍観していた八雲がどこか遠い目でつぶやく。


「いやいやばあさん、ここまできてそれはないだろ。だって謎を解き明かせってことは何か仕掛けがあるってことなんだろ? だから本当に神隠しに遭うとかそんなんじゃないって、きっと」

「そういうことには頭が働くのお、お前さんは。だが拓海、ワシはこれでもお前さんたちのことを心配しとるんじゃぞ」


 意外や意外。この人もキチンと人のことを心配しているんだな。


「大丈夫だって。ほら、さっきも言ってただろ? みんなもいるしな」

「うーむ、それでもなあ……」


 困った俺は、峻に目配せをする。どうにかしてくれ、という意思表示だった。


「いやー、こういうのって峻の方が得意そうじゃん? 俺って、完全に力技でしか押し通せないからさ」


 俺は、苦笑いを浮かべて峻に小声でささやきながらバトンタッチする。


「まったく……。八雲さん、確かに八雲さんの言う通り、この話にはなかなか信憑性しんぴょうせいもあるし、恐ろしい話であることは間違いありません。ですが、そんな話が伝わっていて、最近噂になっている以上、その神社のことも突き止められる可能性があります。本当に神隠しがあるのなら、それを知らない人がそこに行くのは危険です。僕たちがまず調査に行って、それが本当かどうか確かめないと。もちろん、危険なようなら帰ってきます。……後、同伴者として大和兄さんをつけるというのでどうでしょうか」


 さすが峻だ。八雲を納得させるために真っ当な理由を並べ立て、さらに安全性を証明するために、一緒に連れて行く大人まで用意してしまうとは……。だけどその大人がやーにぃってのはちょっと不安だ……。


「ワシはのぉ、峻。お前たちに身の危険がないかと心配しておるんじゃ。……一歩でも足を踏み入れたら最後、ということもあり得るじゃろうが」

「大丈夫だよ、八雲」


 そう言ったのは碧だった。いつもの笑みを浮かべながら、八雲に向かって断言する。


「ボクがついてるから!」


 いや、ちょっとカッコいいこと言ったみたいな顔してるけど、さっきも言ったやつだからな、それ。


「……そうじゃな。いつまでも年寄りが出張っていても仕方あるまい」


 いや、それでなんで納得するんだよ。え、っていうか年寄りって認めるの? その容貌で?マジ?


「ま、それでいいならいいや……。ともかく、危険なことはないようにするから。約束するよ」


 渋々ではあったが、八雲はうなずいて口を閉じた。もう何も言わない、ということなのかもしれない。


「ところで、場所は正確に分かるの?」奈津が問う。


 確かに、そのような神社があるという情報が載っているだけで、どこにあるとまでは書いていない。というか、書いていたとしても読めるのは碧だけだ。


「うーんと、正確なことは書いてなかったよ。それに、天ノ島諸島としか書いていなかったから、どこの島にあるのかも分からないし……」


 誰もがうーん、と唸り首を横に振る……、かと思いきや一人だけ考え込んでいた。


 望海だ。


「望海、何か覚えているのか?」

「え、あ、あのね。すごく古い話だから合ってるのかは分からないんだけど、私が雌川島に住んでいた頃にね、ずっと雌川山には絶対入っちゃいけない所があるって言われてたんだ。もしかしたら、そこが何か関係してるのかも……」


 望海の声は自信無さ気で、弱々しかったものの俺たちにとってはそれだけでも有力な情報だった。


「どうだ? 峻。そんなの聞いたことあるか?」

「いや、俺も滅多に雌川島にはいかないから、そんな話を聞いたことはないぞ」

「でも、望海は知っている、ってことは」

「雌川島に住んでいる人なら小さい頃から言い聞かされて育ってきたってことだね」


 俺の言葉を碧が引き取る。いいところだったのに……。


「でもさ、そんなに有名なのだったら、あたしたちが知っていてもおかしくはないんじゃないの?」


 奈津が素朴な疑問を口にする。それだけじゃない。雌川島に住む人が、雄川島で噂になっているこの七不思議な伝説を耳にしたのなら、真っ先にその場所が怪しいと勘付くはずだ。なのに、誰もそこに行ってはいない。もしくは、行ったが何も起こらなかったかのどちらかだ。


 望海はゆっくりと首を横に振って言う。


「ううん、たぶんなっちゃんたちは聞いたこともないと思うよ。本当に雌川島に住んでいる人たちが自分たちの間でだけ広めてるようなことだから。それにその場所って本当に存在しているのか怪しいって言われてるんだ。伝説みたいな話だから、そこに神社があったら知っている人の方が多いと思うし、あんまり自信はないんだよね」


 だからすごく遠慮がちだったのか。だけど、峻が望海を励ますように言う。


「いや、これはかなり有力な情報かもしれない。拓海、さっきの話を思い出してみろ」

「え?」

「神隠しにあった人物の職業は?」

「なんでいきなりクイズみたいに……、ってあっ」


 俺が気づいたのだから、誰もがそれに気づいたのは明らかだった。


「そう。木こりだ。ということは山に入ったと考えるのが自然だろう? それで今の望海の話だ。雄川山に関して似たような話を聞いたことはないことを考えると、行ってみて損はないと思う」


 峻の力強い一言に、俺たちは勇気づけられた。


「よし、なら雌川島に行くっきゃないな」


 まさか二日連続で行くことになるとは思わなかったが。


「え、もしかしてまた船に乗るの……?」


 望海は早くも青い顔をしている。あ、そっか、またこいつの世話しないといけないのか。


「でもその前に……」


 みんなが突然口を開いた碧の方を見る。


「――お腹空いた! 峻の家の食堂に行こうよ!」


 どこまでも食い意地の張った少女、それが天野碧であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る