第4話
★
――いつもと違う時間、いつもと違う場所。
何かが起こる気はする。いや、何かを起こさないといけない気がする。
いつまでもこのままにしてはいけないと思っても、それでも本人の目の前に立つとつい素直ではない自分が出てきてしまう。
このままでいたいという気持ちが現れる。それは間違ったことじゃない。このままの関係でいてもいいと思う。
でも、それでいいの? 自分に嘘はついていないの?
そして思い至る。自分は、あいつとどうなりたいのか、と。
もしもそうなった時に、周りのみんなとの関係はどうなるのか、と。ましてやそうなれなかった時のことは想像もつかない。
だから、今は分からない。分からないままではあっても、表に出てきそうな気持ちを抑えるので精一杯。
それが、今の現状。他の誰でもない「あたし」の気持ち――。
▽
やかましい。
それが二日連続でやって来た雌川島に対する俺の最初の感想。昨日と特に変わりはないのだが。
「うわー、向こうとは随分と違うんだねー」
碧が物珍しそうにあちらこちらをキョロキョロと見て回る。
「まあ、そうだな……。むしろこっちって本州の雰囲気に近いんじゃねえのか?」
「えっ? あ、ああー、でもさ、色んなところがあるからね。こういう所ってのも珍しいんだよ」
ふーん、そういうもんなのか……、と思いつつ俺は辺りを見渡す。
「この辺も変わったわね」奈津が呟く。
「ま、そうだな。よく分かんねえ計画が進んでる証拠だってわけだろ。ほら、あれだ。デザート地計画だっけ?」
「拓海、リゾート地だ」峻がボソリと言う。
「そ、そう! それだ!」
え、マジでデザートだと思っていた。食後のフルーツか何かだと思っていた。うわ、恥ずかしい……。
「たっくん、やっぱりお父さんの計画は認めないんだね」
まだ少し青い顔をしている望海が言う。今日は少しマシだったが、それでもこの有様だった。
「望海、残念だけどそれとこれとは話が別だ。やっぱ俺は違う方法があると思ってるからな」
「違う方法?」
「そうだ。お前と両親が願ったこと、もしかしたら違う方法でも達成できるかもしれねえだろ?俺もやっぱり頭ごなしにダメだっていうのはさすがにアレだな、って思ったわけだし」
それを聞いて望海は、嬉しそうに笑う。
「うん、さすがたっくん。……きっとたっくんなら見つけられるよ」
「……そか、さんきゅ」
その時、何か視線を感じた。ふと横を見ると奈津を目が合う。
「どした?」
「う、ううんなんでも……、まあ、相変わらず息ピッタリだなって思ってさ」
ハハハ、と笑って同調したのは碧だった。
「ホント、二人はさすがに一緒に住んでるだけのことはあるよね。……ボクにはこの島の事情とかまだよく分からないけどさ、この島に住んでいる人はみんないい人たちだと思うよ。望海も峻も奈津も、もちろん拓海も。ボクはみんなこと大好きだし、誰かを嫌いになるなんてできない。だから、雌川島の人たちのことも嫌いになれないと思うし、仲良くなれると思うんだ」
碧は優しい笑顔を望海に向ける。
「だって、みんな同じ人間だもの」
本当にそれは可能なのだろうか。俺には、碧がそれを無理して言っているのではないかと思ってしまう。いや、考えすぎかもしれないけれど。
碧が語ろうとしない昔の記憶。その時と今の碧がどのように関わっているのか、俺は今まで以上に気になってしまうのだった。
「おーい! 奈津! こっち来てみろよ、すんげーぞ!」
そして、やたらと騒いでいる人間が約一名。その大声で完全に俺たちのしんみり会話は中断となってしまった。あれが最年長(二十六歳)かと思うとちょっと悲しい。
「兄貴! いい加減はしゃぐのやめたらどう!? いい年して恥ずかしくないの!?」
やーにぃ(二十六歳)は、あちらこちらを走り回っている。碧もはしゃいでいたが、たぶんそれの二倍くらいははしゃいでいる。
「なあ、峻。やーにぃが保護者って間違ってねえか?」
「拓海。仮に安藤先生を保護者にしてみるとするだろ? そうすると俺たちの行動は制限されてしまう。あの人はまともな大人だからな。その点、大和兄さんなら安心だ」
「あっ、なるほど……」
そこまで考えての人選か。さすが峻。そしてドンマイ、やーにぃ。
「ほら、兄貴! もう行くわよ!」
奈津に引っ張られてようやく六人が揃う。やーにぃは名残惜しそうに戻ってきた。
「もっと写真とか撮りたかったのによ……、ほら、今度浩美ちゃんと来たいしな」
「やーにぃ、それずっと言ってるけどまったく何にもしてないじゃねえかよ」
「いや、それが聞けよ拓海! 俺、今度こそ――」
「ほーら、兄貴行くわよ。もう、その話はいいから」
「えっ、ちょっと奈津、待ってくれよー!」
この兄妹もなかなかに息合ってるよな、と思いつつ俺たちは苦笑いをしながら、二人の後をついて行った。
八雲の家での作戦会議の後、峻の家で昼飯を食べて俺たちはそのまま雌川島へとやって来た。やーにぃが急に来れるか心配だったが、奈津曰く、「今日は休みだし、あたしが頼んだら来ないはずないって!」ということであり、その言葉通りものの数分で引っ張ってきた。さすが妹好きは違うな。
望海の状態も大分よくなっていたので、俺たちは島の少し奥にある雌川山の入口まで行くことになった。そこまではやーにぃの友達が貸してくれた車にみんなが乗っていくこととなっていた。
「まさか、そこまで計算してのやーにぃだったのか……?」
車の中で、俺は隣に座る峻に聞いた。峻は俺の方を見ながら、ゆっくりと頷いた。恐るべし、秀才。
「さてと、もうすぐ着くぞ」
やーにぃが車を止める。俺たちは車から降り、目の前に広がる山の入口を見た。
「ここが入口か……」
「正確には入口のうちの一つ、だね。私が昔から聞いてきた場所はこの近くにあるんだよ」
「覚えてるのか?」
俺が聞くと、望海はテヘヘ、と笑って言った。
「実はさ、私そこに行ったことあるんだ」
「え、まじ?」
「うん。私がこの島を出ていくちょっと前くらいだったかな。突然ここの探索をしようっていう話になってさ。だから、何となく場所は分かるんだ」
「でも、その時行ったのなら神社があるかどうかは分かるんじゃないの?」尋ねたのは奈津だった。
「いや、それがね……、実は迷っちゃって」
「迷った?」
「うん、だから正確には行ったことはないんだけど……、たぶん今なら迷わずに行けると思う」
「本当かよ……」
八年前は迷ったというのはちょっと不安だ。まあ確かに小学校の低学年と高校生とでは話が違うけれども。
様々な思いが絡み合いつつも、俺たちは山の入口へと足を進めた。
「うっわー、なんか冒険っぽいなー! さあ行くぞ、お前ら!」
「……やーにぃ、なんか台無しだ」
なぜか一番ガキっぽい二十六歳は先頭を切って歩き始める。おー! と元気いっぱいに碧がついて行く以外は、特に返答もせずに、ぞろぞろと山の中へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます