第6話

「えー! そんな綺麗なの、あたしも見たかった!」


 いつもの集合場所である小さな時計台の前に集合した俺たちは、始業式のために学校へと向かう。その途中、例の光の話をすると、奈津は目の色を変えて話に食いついてきた。ちなみに、女の子の話は省略している。


 ちなみにそんなおいしい話、妹大好きのやーにぃが奈津に話さないはずがないのだが、生憎あいにく学校のある俺とは違って漁師である彼らにはまだ、漁港での仕事が残っている。いくら、漁師たちの仕事が早く終わると言っても、昼近くまでは拘束されるのだ。


「たっくんが興奮するのなんて珍しいもんね。それだけすごかったんだよ、きっと」


 あれから、いつも通りに漁をして漁港へと帰ってきた俺たち。その頃には朝の八時前となっていたので、前日に望海が作ってくれていた朝飯を食べ、そのまま学校へと向かうためにみんなと合流したのだった。


 じいちゃんは、波が高いと言っていたが、あの不思議な現象をさかいにピタリと波は止み、幸い漁に影響を及ぼすことはなかった。


「そんな現象、聞いたことないな……。似たようなものは聞いたことがあるが、そんな現象ではないはずだ」


 峻はそう言って冷静に分析する。


「ま、なんだっけ? よく言うじゃん。えーと……、なんだっけ、百……百……、ハッ、そうだ! 『百害あって一利なし!』」

「そうだな、お前がそのことわざを覚えていたのは褒めてやる。だが、意味も覚えないとな、意味も。百から始まるからってなんでもかんでも一緒にするのはよくない。ちなみに正解は、『百聞ひゃくぶんは一見にかず』だ」


 冷静にツッコミを入れる峻に対して、俺はちょっと恥ずかしくなりながら言い返す。


「あーもう! 分かったって! 峻のバカ野郎!」


 こいつは今のようなのを本気で言っているのか、からかってるのか分からない。本当に表情を読み辛いからな……。今までの経験上、たぶん若干からかいの方が強い。


「本当にあんたバカなのね……。そんなんで、進級できるの?」


 奈津が顔をのぞかせる。ちょっと顔が近い。俺は少しのけぞりながら答える。


「だ、大丈夫だろ。さすがにこの島で留年なんてそんなことないだろ……、な?」


 俺は同意を求めて峻と望海の方を向く。


「中学校までは義務教育だからな。いくら成績が悪くても留年なんてことはないかもしれないが、高校はそうはいかないぞ。成績が悪かったらいくらでも留年の可能性はある」

「たっくん、昨日もおじいちゃんと約束したでしょ。今学期はがんばってちょっと成績上げよう、ね?」

「うわああああああ! もう俺に味方はいねええええええ!」


 結局諭さとされてしまった俺の、むなしい叫び声だけが空に響き渡るのだった。


   ▽


 雄川島高校。前にも説明したが、全校生徒約六十名の小さな学校だ。一学年はおよそ二十名。すなわちクラス替えなどは起こり得ない。

 一年と書かれたプレートの教室に俺たち四人は入っていく。田舎の学校ではあるが、さすがに木造建築だとかそんなことはなく、小さめの一般的な学校、らしい。都会の学校がどんなもんかは知らないが。


「おっはよー、いつもの四人組」


 俺たちもその声に応えながら、それぞれが自分の席に着いていく。

 この雄川島全体から高校生たちが集結しているので、随分と遠くからやって来るやつもいる。本当に毎日ご苦労なことだ。


 それにしても……、本当に変わりばえのない風景だ。さすがに少しくらいは人が変わったりするものだと思うかもしれないが、九割は小学校一年生の時から変わらない。残りの一割は、島の外に出てしまったりした子たちで、ほとんど減った方だ。


 たまーに、お隣の雌川島からの転入生があったりするのだ。親の事情だったり色々あるのだが、向こうの学校からやって来る子もいるにはいる。だが、二つの島の対立のこともあって、とりあえず最初は白い目で見られる。残念ながら。


 ……そういや、望海も最初はそうだったな。

 もう十年近くも前のことをぼんやりと思い出していた。ある事情から、雌川島を飛び出して、このじいちゃんの住む雄川島へと望海がたった一人でやって来たのは今から八年前のことだった。


 小学校に入りたての少女が、一人で向かいの島からここまでやって来たのも驚きだったが、その望海が父親の元を離れて祖父の元で暮らすと言って聞かなかったのも驚きだった。


 昔っから引っ込み事案なくせに、一度言ったことは本当に曲げない。望海はそういう子だった。

 それから、祖父を支えるために望海はあらゆる家事を覚えた。そして今では、一人で家のことを大抵はできるようになっている。


 そんな望海も、学校に転入した当初は慣例のごとく存在する雌川島への対立心から仲間はずれにされることも少なくなかった。ガキの頃の対立心というのは本当に厄介で、すぐに誰か一人を集中攻撃したがるもんだ。


 俺は、突然できた同級生の家族に戸惑いながらも、毎日仲間はずれにされて泣いてしまう望海をなぐさめ、いじめをする連中とよくケンカをした。

 そのうち、いつの間にか望海はクラスに溶け込むようになっていた。俺はケンカをする必要もなくなり、ほっとしたのと同時にどこか寂しい気持ちにもなっていたのだ。

 あの頃からずっと、俺は望海のことを守ってやってるつもりだったのだろう。


 そんなことを考えていると、ガラガラガラ、と勢いよく音を立ててドアが開かれる。俺たちの担任教師、若くて美人な先生・安藤浩美あんどうひろみが入ってきた。ちなみに二十六歳、独身。数少ないやーにぃの同級生だ。大学で教員免許を取るために一旦島を離れていたが、最近帰って来たのだ(これに関して、やーにぃは「運命だ! ついに俺にもチャンスが巡って来た!」などと言っている。実際、その後何も行動は起こしていないのだが。このヘタレ)。


 余談はさておき、浩美ちゃん(あ、これ言ったら本人キレるんだった。ま、直接言ってるわけじゃないし、いいや)は教壇きょうだんに立ち、威勢のいい挨拶をする。元気がいいことはこの人の取り柄であり、良すぎるのも考えものだ。


「おはよう! みんな、夏休みはどうだった? たまにしかできないこともやれたかな? まあ、でも終わったもんは終わったもんだからな! いつまでも夏休みボケしないように早く授業に慣れるんだぞ、いいな、拓海!」


 突然話を振られて俺はキョトンとする。周りは笑いのうずに包まれていた。


「……はーい」

「あら、返事に元気がないわね。……ま、いいわ。みんなに夏休みボケなんて吹っ飛ばすいいお知らせがあるわ。なんと! ななんと! なななんと! 今日は……、転校生が来ていまーす!」


 転校生というワードに教室が騒がしくなる。そして、様々な憶測が飛び交っていた。

 雌川島からだろうか、とか男か女か、とか美人に決まっている、とか。最後のは願望だろ。


「はーい、みんな静かにー。それじゃ、紹介するから入ってきてー!」


 そして教室の外から一人、入ってくる。

 その姿を見た者は皆、思わず息を呑んだ。


 少し金色がかった長い髪はさらさらと窓から吹く風に揺れる。ぱっちりと開いた目は、無邪気な印象を与えており、ととのった顔立ちでありながら、どこか中性的な雰囲気もかもしていた。さらに白く透き通るような肌と華奢きゃしゃですらっ、と伸びる手足はどこかの国のお姫様を彷彿ほうふつとさせる。


 みんなが驚くのも無理はない。だけど、誰よりも驚いたのは間違いなく俺だろう。


天野碧あまのあおいです。みなさん、どうぞよろしく」


 転校生が黒板に名前を書きながら、自己紹介をする。途端、男子陣の野太い声はもちろん、女子陣の黄色い声まで上がった。そりゃそうだろうな。こんな田舎の学校にこんな美少女が現れたなんて、ド田舎にハリウッドスターが現れた並みの衝撃。ハリウッドスターって聞いたことがあるだけで、具体的に誰なのかは全く知らないのだけれど。


「さてと、……やべ、席を用意するの忘れてたわ。おーい、拓海。ちょっと廊下に予備あるから取ってきてくれ」

「……あ、は、はい。ってかどうして俺なんだよ……」


 文句を言いながらも俺は立ち上がり、教室から出ようとする。その際に、転校生と目が合う。


「ありがとう、拓海」


 笑顔でそう言う転校生の顔を俺はもう一度見た。この容貌、そして何よりこの眼の色。朝、俺が見た景色の色――碧色の瞳は、間違うことは決してない。


 天野碧は、俺が朝、白い光の中で見た少女だった。

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