第4話 ピアノ

幼稚園の頃、幼稚園での昼寝の時間が嫌で嫌でたまらなかった。なぜかというと、答えは簡単。ちっとも眠くならなかったからだ。眠るよりも遊んでいたいという子供心。しかし私と遊んでいた他の園児たちは、一人、また一人と素直に用意されている布団の中へと潜り込み、すぐに寝落ちていく。取り残されるのは、決まって私一人で、つまんないなあと一人むくれていることがよくあった。とにかく皆が寝てしまうと、退屈でしかたなかった。

そんな暇で暇でしかたない時間に一筋の光明が降り注いだ。それはその昼寝の時間に、幼稚園で週に1回ピアノのレッスンを受けることができるというものだった。

そういえば、うちには誰も使っていないピアノがあったなあと。この退屈な昼寝の時間をそのレッスンとやらに費やしてしまえば、暇がつぶせるのでは?と思い、早速親にピアノが習いたいと言い、レッスンを受けることになった。


もちろん、親は私がピアノを習いたいといった理由など知る由もない。

そんな邪道な理由から始まったピアノレッスンだったが、とりあえず最初のうちは興味津々だったのは確かだ。しかしそれよりも、退屈な昼寝の時間がなくなるのは、とても嬉しいことだった。そんな邪道な理由から始まったピアノレッスンは私の幼稚園生活とともに終わるはずだった。が、親はそうは思っていなかったらしく、幼稚園を卒園するのと同時にちゃんとしたピアノ教室に通わせ始めたのだ。


もともとそんなにピアノ好きというわけでもなかった私は、だんだんとピアノの練習が嫌いになっていった。本来毎日練習しないといけないのだが、私はさぼりまくって、だいたいレッスンを受ける前日にまとめて練習していくので、ちっともうまくならなかった。

そもそも練習しても、同じところでひっかかって、スムーズに曲を弾くことができない。その時点で面白くない。それは何度も練習して克服せよということだったのだろうが、ピアノに執着していない私は、すぐに飽き飽きしてしまった。その当時はピアノよりもお絵かきの方好きだったので、そっちにばかり夢中になっていた。


そして小学4年生の時には、ピアノは譜面通りに弾くだけでつまらない。(その前に譜面通りに弾くこともできないことを棚に上げながら…)その点、絵はオリジナルの創作をすることができる。絶対絵の方が面白い。私は将来は画家になるんだと、よく分からない自分だけの悟りを開き、ますますピアノは縁遠くなっていった。そうはいっても、なんとなくレッスンだけは受けに行っていたのだが…。


しかしそんなピアノでも違った目で見る機会が一度だけあった。ピアノの前にあるソファにお気に入りのぬいぐるみをおいて遊んでいると、ミミがワンと一声吠えたのだ。見ると、ミミがものすごい真剣な表情でピアノに向かっている。いったいどうしたのだろうとよくよく見ると、ミミの視線の先には黒光りしたピアノの奥にミミの姿が写っているのだ。

ミミは自分の姿を他の犬と勘違いしたらしく、ワンワン騒いでいるのだ。犬はそんなに目はよくないと言うけれども、ピアノに写った姿をしっかり把握していたのだ。

私は面白そうにミミを見ながら、「それはミミの姿だよ」と教えるとミミはそのうち不思議そうに首をかしげた。う~ん、面白いなあ、ミミは。ピアノってこういう見方もあるんだなあと、その黒光りする表面は確かに神秘的といえば、神秘的だったような気がする。


結局私のピアノレッスンは中学2年まで続く。なんとなく続けていたが、高校受験で忙しくなるという口実で、ピアノ教室に通うのを止めた。それからはたまに気が向くと弾くこともあったが、やっぱり根性がないので、すぐに弾かなくなった。そうして社会人になるとピアノは全く弾かれることもなく埃をかぶるようになった。

今はそのピアノはもうない。今後地震もあるかもしれないし、倒れると危険だし、というか、もう弾かないよねっていう理由からピアノはピアノ業者に引き取られていった。

ピアノがなくなって家の中は広くなったが、それはそれでぽっかりと心に穴があいたような気がしたのはなぜなのか。邪道な理由で始めたピアノレッスンだったが、それなりに思い出になったのかなあと今はなんとなく思うのだった。

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