第10話「だれも知らない小さな国」

『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる著 講談社)この本を読んだのは小学4年生の頃だった。もともとは兄の本だったのだが、挿し絵がとても気になっていた。表紙絵には小人の姿が描かれ、裏表紙には一つ目の目玉と大きな手を持つ大きな木が描かれ、その木が一人の男の人の背中のシャツをつかみ、その人が逃げられないように高々とつまみあげられ、高いところでぶらぶらとつりさげられている絵が描かれていた。


私はその絵を見ていると、自分も木につるしあげられてしまうんじゃないかと思って、恐怖を持ってその本を見つめていた。兄の本だったので、どことなく古ぼけていて、村上勉さんの描く挿し絵も更に古めかしい日本を思わせた。これはきっととても古い本なのだ。そう思った私はこの本を開くと、呪われてしまうんじゃないかと思っていた。それでしばらくの間は私に読まれることはなかったのだが、とにかくその頃の私は本の虫だった。家の本という本は読み尽くしてしまい、残るはこの1冊ぐらいだった。

そんなこんなで私は読み始めたのだが、出だしから引き込まれるような文章だった。まさに日本が舞台で、小学三年生の主人公が小山で遊んでいる情景がぽっとすぐ浮かび、この話は実話なんじゃないだろうかと真剣に思ってしまったのだ。それくらいこの本の描写にはリアリティがあった。

あらすじ的にはこんな話だ。

もちの木を探して峠の山に分け入った小学三年生の主人公「ぼく」は、だれにも知られていない小山をみつける。その小山がとても気に入った「ぼく」は、ある日指先ほどの小さな人を見かけるのだ。それがアイヌの伝説に伝わっているコロボックルという小人で、小山の主だった。「ぼく」は小山も好きだし、コロボックルのことも好きだった。小山が他の人に荒らされないよう、いつか小山を買おうと「ぼく」は決心し、小学三年生だった主人公はいつしか大人になり、小山を買い取り、コロボックルを守るために奮闘するという話だ。

 

小学三年生の主人公だけの話だったら、それほどのリアリティを私は感じることはできなかったかもしれない。しかし「ぼく」は大人になってからコロボックル達と仲良くなって、小山を買うという現実的な話まで出てくると、それはもう現実の話にしか私には思えなかったのだ。

きっとコロボックルはいるに違いない!そう思った私は夜一人で自分の部屋にいるとコロボックルが、そこらへんにいるんじゃないかと思って熱心に探したものだ。今大人になっても、ひょっとしたらいるんじゃないかと思えるのは、主人公「ぼく」は大人になってからコロボックル達と、とても親しくなっているからだ。子供だけにしか見えないわけじゃない。大人にも見える。

児童文学だけれども、大人になってからも夢を与えてくれる傑作のファンタジーのひとつだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る