第二話:そんなことより、お腹が空いたよ。

 ようやく私にも座席らしい座席が手配されて、クロウのヒザに乗せたまま揺られること、一時間とちょっと。

 ようやく念願の京都入りをはたした。


 ランドマークである白い京都タワーを目にしたとき、色んな意味での達成感が全身をつらぬいた気がした。

 こういうのを、万感の思いとでもいうのだろうか。


「ねぇ、お土産買っていい」

「あとにしろ」

「八つ橋ソフト、食べたい」

「事が済めばな」


 すこし浮かれての私の提案は、同伴する錫日さんと相生さんにことごとく却下される。

 アラタがいればまた違ったのかもしれないけれど、彼女は新品の単車を、上機嫌で試乗中だ。

 あげくにクロウにさえ、

「俺も我慢してるんだから、いい子にしなさい」

 とたしなめられれば、むっつり黙っているしかなかった。


 風情ある街並みではなく近代化されたビル群を抜けた先にあったのは、高層のホテルだった。


 高級感はありまくりだけれど、京都感ゼロのロビーを抜け、その最上階ちかくまで、エレベーターで向かう。

 地上から十七階。嵐山らしき山の影がのぞくガラス張りの窓沿いに進むと、スイートルームに案内される。

 五十平米以上はある広さと、寝っ転がれるレベルのソファと壁に埋まったテレビ。

 やっぱりどう見てもこれはどこも京都じゃないけど、とりあえず快適そうだった。

 あ、でもお菓子は八つ橋だった。


 ボーイの代わりをつとめた錫日さんが一礼のあとで去っていく。

 手を振って彼を見送ったすぐあとに、楢柴アラタが身体をねじ込むように室内に入ってきた。


「会合は二時間後に開始。終了時刻は夜の七時だ。それまで、頼むぞ」


 と何かしらを彼あらため彼女に言い含めて、相生さんは背を向けた。


「私は、それまで何すればいい?」


 そう尋ねる私に、相生さんは角張った顔を横に振った。


「とくに何もない」

「そう? ドレスに着替えようか?」

「やめとけよ……幼児体型のナイトドレスなんて」


 個人的な妄想で余計な口をはさんできたカラスはとりあえず蹴り飛ばした。


「だぁああああ……っ!?」


 床やら壁やらをバウンドしまくるクロウの存在自体を無視するように、相生さんは私のか細い肩に手を置いた。


「だから、なにもする必要はない。むしろ、よくここまで頑張ってくれた。そして、我々の命を救ってくれた。頼れと言った手前、情けないかぎりだが……本当に、感謝をしている」


 まるで熊がガラス細工でもあつかうみたいな、不自然な力の入りよう。そこに、この人なりの不器用な気遣いを感じさせた。


 自然、口角がつりあがる私からその手を放し、自身は出入り口の戸に立った。

「それと、八葉」

「うん?」

「すまん」

「え?」

「本当にすまん」


 一方的に詫びを入れるや、彼は足早にスイートルームから出て行った。

 そして外側から頑丈そうな扉を閉じて鍵をかけて、足音は急ぎ気味で遠のいていく。


「…………ないわー」


 呆然と、ただそれだけを呟く私の後ろで、ガサゴソと物音がする。

 振り返ると、八つ橋を二、三包み開いたアラタが、口のなかに流し込んでいくのが見えた。


「ここで、異能者とか超技術専門の勢力の、首脳会談がおこなわれる。それが終わるまで、おとなしくしてるこった。お前にできることは、このバカにでかいテレビで大人気映画を見てるか、ふてくされて菓子食ってるか。でなきゃ会合の結果しだいじゃ死ぬことになるのを覚悟してるか、ってとこだな」


 まるでヒトゴトみたいにのたまうアラタが、私が逃げないようにするお目付け役というわけか。


「……それならそうと言ってくれりゃいいのに」

「恩人相手に言えたもんじゃなかったんだろ? 『お前を連れてきた真意は、ていの良い拉致監禁だった』なんてな」

「なつかしいなぁ……俺も、むかし軟禁されたことあるんだ」


 弾むのをやめてクロウが、空色の視線をどこか遠くに投げやって、のほほんと言った。


「その時にはどんどん飯が貧相になってきてさぁ……思い出したら腹減ってきた。俺にも菓子残してくれよ」


 怒りとか呆れを通り越して、私のなかには漠然とした空腹感だけがのこった。

 ヘタをすれば飲まず食わずで生きていけるのかもしれないけれど味覚を、とくに甘味を身体と精神がもとめていた。


 のそのそと私はクロウたちのところへと歩み寄り、テーブルを囲んで八つ橋をついばんだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る