第四話:皆さま食事のお時間です

「皆さまようこそおいでくださいました。この時州家宗主として、家族とともにお待ちしておりましたわ」


 ついさっきまでのグチや悪態はおくびにも出さず、うやうやしく、それでいて白々しく、母は頭を下げた。

 鼻白む相生たちがいるのは、ホテル内にある大会議場。通称『藤の間』。時州藍の背後にかかった大型タペストリーに書かれた藤の文様が、その名の由来だ。


 着座した異形討伐の第一人者たちも、自分たちの先達である古株に敬意は見せたが、彼女の慇懃無礼さに、おのれらへの侮蔑の色を感じ取っていたようだった。

 彼らの時州一族を見る目は氷のように冷たく、針のごとくに鋭い。


「家族……といったが、家中随一の実力者である瑠衣殿の姿が見られんようだが? 義絶して『家族』ではなくなったと受け取ってよろしいか? あるいは、そのぬいぐるみには、伝言とか電報でも入っているのか?」


 机の上に置かれた『時州瑠衣』を指さして揶揄したのは、政府組織『ヤクト・ハウンド』のナンバー2、司馬大悟だった。実力や指揮能力は相当のものだと聞くが、それ以上に陰湿な人物として悪名高い。

 その上司である早瀬須雲は、列座する彼をにらみ、その脇腹を小突いて咳払いした。


 表面的な笑みをたたえたまま、母はその冗談を受け流した。

 そのことには触れず、軽く手を挙げた。


「皆さま、長旅でお疲れでございましょう。かるくなにか食事でも作らせますが、ご要望の品があれば」

「けっこう。腹は減っていない」


 途中で口上をさえぎったのは、『吉良会』の良順だった。

 風体こそ若い毛坊主、寺の二代目といった感じの男だが、相生が幼いころから、いやそれよりはるかに長い期間、彼はまったく姿かたちを変えず、当主の座に鎮守している超人だった。


 この気位の高い母が、自分の好意を一刀両断されて心中おだやかでいられるわけがない。

 にっこり笑って、だが青筋を彼からは見えない位置で浮かび上がらせて、藍は言った。


「ご安心を、毒や自白剤など入っておりませんわ。それとも、不老不死の仙人さまはお噂どおり雲霞を食べて生きておられるのかしら」

「知れ切ったことを。この私とて、首を斬り飛ばされれば死にますよ。ただ、老いを遅らせるすべを体得しているだけです」


 と言いつつ、良順は乗り気な様子を見せなかった。

 代わりに手を挙げたのは、早瀬だった。


「握り飯を」

「……は?」

「鮭の握り飯を、所望します」

「……謙遜なさらずともよろしくてよ。お若いのに、できた娘さんだこと」


 早瀬須雲は一国家機関の長ながら相当に若く、まだ自分とおなじ年頃の女性だった。

 顔は童顔で、化粧っ気はすくない。それでいて濃紺のスーツにタイという姿は、組織人というよりは良家の子女のようだった。


「握り飯を」


 そんな典雅な風貌とはかけ離れたつよい語気で、おおよそ似つかわしくないオーダーをしてくる。

 彼女の横で、その補佐が肩を揺すって嗤った。


「察してくれ。この女は『味の薄くてお高くとまった京料理など口に合わん、権門ぶった時州も性に合わん』と言っているのさ。言外の揶揄を察するのは都人の得意分野だったはずだが? あぁ、ちなみに俺もおなじものを注文するぞ……この女と、まったくおなじ理由でな」


 思ってもあえて言わなかったことを、限りなく悪意に満ちた解釈を付け加えて大悟は言った。鉄面皮然としていた淑女の顔が、半分ゆがんだ。テーブルの下、部下の足をヒールのかかとで踏みつぶすのが見えた。


「……こんなことなら、まだ照慈クンを連れてくればよかった」


 と、ぼやくのも聞こえた。

 この男がこの場にいることを、だれよりも忌避しているのは、上司である彼女自身かもしれない。


 そして彼女が言いつくろう前に、呵々大笑が聞こえてきた。


「マ、よろしいではありませんか。それに、こういう場で握り飯を食うというのも、なかなか乙でおもしろい。では、私は高菜でたのむ」


 そう彼女のフォローに回ったのは、久留目郷徒だ。

 国内外に清濁あわせのんだ辣腕をふるう、精力的な中年男性だが、この異様に年若い重鎮たちの間ではかなり年かさに見えた。


「……ゆかり」


 頬杖をついたまま、最年長者の西原老が逆の手を挙げ、むっつり腕組みしたまま「おかか」と付け加えたのは神谷宗太郎だ。


「銀シャリに梅干し」

 と九戸社が言葉すくなく言い、ややあってから、

「やっぱり、要りません。世界をかたむける大事を前に、みなさんよくも悠長にごはんなんて食べていられますね」

 とメンバーをなじった。


「ではわたしもそうしよう、おっと、わたしはどのみち食べられなかったな。ンヌハハハ」


 相生の脇、机上でウサギの人形がしゃべった。

 そのことに一同にかるい衝撃がはしったが、ひとかどの人物はそれがどういう仕組みか、だれがしゃべっているのかを理解し、冷静さをすぐさま取り戻した。


 あれよあれよという間に不本意な品目前提で注文が出されていくのを、藍があきらかに不機嫌そうに聞いていた。


「……あの、自分はカレーライスで」

「お黙り」


 そして相生の要望は即座に却下され、なさけなく肩をすぼめるしかなかった。


 料理の頼み方にも、握り飯ひとつにも、それぞれの趣味嗜好というものはあるらしい。

 相生は察することができずにいただろうが、そこではすでに、より深く暗い部分で、主導権争いがあったに違いないだろう。


 ――だからって、飯ひとつ食うのにそんな時間かけないで良いだろう……!


 内心忸怩たる思いをかかえながら、彼はリモコン操作でカーテンを閉め切った。

 暗黒の帳が下りたそのなかで、画面が発行しながら浮かび上がり一目の注目を浴びた。


「では、今回われわれが確保した『デミウルゴスの鏡』と八……いえ、その『鏡』の概要と、そうなるにいたった発端を我が一族の末子、瑠衣がご説明いたします。食事が来るまで、どうかお心安らかにご清聴くださいますよう」

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