第三話:群雄来着

 控室の一面張りのガラス壁から、時州相生はつどう車と中から現れる面々を見ていた。


 リムジンで真っ先に駆け付けたのは、世界的な魔術結社『スペル・コーポレーション』の極東支社の長、西原さいばら紫蹟しせきと、実働部隊を統括する『行ける伝説』とよばれる魔術師、神谷かみや宗太郎そうたろう


 次いで黒一色の公用車で颯爽と現れたのは政府特殊事案対策部『ヤクト・ハウンド』の若き第一班長、早瀬はやせ須雲すくも、その補佐であり第五班長である司馬しば大悟だいご


 厳重な警備体制をかいぐくり、いつの間にか徒歩で庭内を歩き回っているのは、公的に認められた武装集団、政府お抱えの暴力組織『吉良会』の元締め、門口かどぐち良順りょうじゅんと、直系中の最有力幹部である忍森しのぶもり初花ういか


 剣呑な雰囲気と物々しい高級車がならぶ中、ビートルに乗って颯爽と現れたのは、多くの異能者をかかえる多国籍企業『ノーディ』会長久留目くるめ郷徒ごうとと、警備主任の夜刀やととおるとその部下である井倉いくらばん


 つい昨日一昨日と干戈をまじえたはずの『銀の騎士団』の姿も見えた。

 団長ならびに姿も見せない後援者の代わりに現れたのは彼らの腹心、サイボーグ女忍者こと『シルバー・ハイド』……九戸くどやしろだった。

 また、彼女は忍術を主とした能力者集団『百地一族』の代表者でもある。


 百鬼夜行も算を乱して四散するような猛者たちが、今このホテルのなかに入ろうとしていた。

 自身もグロックを携行している相生だったが、徒手空拳で戦闘機さえも落としかねない連中相手に、どれほどの意味があるのか。


「わかっているとは思いますが」


 放心と脱力したその背へ向けて、トゲのある声が突き立った。

 重い顔つきで振り向いた彼に、母親はうるわしい絽を着合わせながら毅然とした態度で告げた。


「『デミウルゴスの鏡』を確保したのは我々時州です。いかなる力量を持った異形の者どもを相手どろうと、それこそが真実です。それを常に念頭に置き、決して場の主導権を奪われてはなりませんよ。世界を揺さぶる危機は、この時州一族が管理する。今までも、これからもそれが使命なのです。『吉良会』ならばまだしも、『銀の騎士団』やら政府がわれわれを差し置いて作った寄せ集めなどに、任せてなどいられますか」

「その場合、八葉輪はどうなります?」

「どの組織の者です、それは?」

「……『鏡』とやらの、持ち主です」


 我が子がそう答えると、母親は不愉快そうに首を振った。


「だから、個人レベルの話をしている場合ではないでしょうに。もっと大局を見なさい。時州一族の今後と、我が国のみならず世界の問題なのですよ」


 母が最近日常的に口にするその言葉が、あまりに大局的過ぎて現実味が感じられずにいる。とくに、あの八葉輪……生意気だが芯のつよい、それでいてごくふつうの女の子が、その問題の渦中にあるという事実があれば、なおのこと。


 ――それに、母の頭にあるのは世界の危機などではないだろうに。


 今まで術者として異形の者どもを討伐し、また表向きは政財におけるフィクサーとして、時の権力者や中枢に貢献してきた時州家。

 その宗主たる時州藍は、彼女が挙げた『ヤクト・ハウンド』等の登場により、自分たちのアイデンティティや大義名分が失われることを恐れている。これを機に巻き返そうというハラなのだろう。

 母だけではない。

 表向きは自分たちと友好関係にある『吉良会』にせよ、おそらく動機としてはおなじはずだ。


 それに、彼女がもっともくり返す『時州一族』というコミュニティ、それ自体だってキナくさい。もはや一枚岩ではないことは、彼女自身がわかっているだろうに。


 そして家を割ったのは、ほかならぬ彼女自身の子どもだった。

 といっても、相生ではない。

 もうひとりの、ほうだった。


「おやおや、相変わらず辛気臭くカビ臭く、保守的で俗物的な物の考えですな、母上」


 ことさら煽るようなその言葉は、自分たちの視線の、はるか下から聞こえてきた。

 見下ろせば、形容しがたいがとりあえずブサイクなウサギの人形が、得意げに腕組みしながら、支えもなく直立していた。


「のわっ、おまえ、瑠衣るいか!?」

「兄上も、相変わらず三流らしいリアクションで結構結構」


 大物らしく呵々大笑してみせる人形だったが、その表情を変える機能までは持ちえなかったようだ。

 おおよそ一年、いやそれ以上へだてたうえでの、家族の対面だった。


 ただ、その『面』は人形越しであったために、一切の感動も伴わなかったが。


「……なんです、その依代は」

「いえなに、ほんのトランシーバーがわりですよ。なにしろわたしをカタキとねらう輩はどこにでもいるものでね。そうでなくとも、すさんだ世の中だ。昨日は私の友人たちが、互いに殺しあいましてね。いかなる天の采配かは知りませんが、なんという悲劇でしょうか。とても嘆かわしい。泣きたくなってきますよ」


 ベラベラと、悲嘆のかぎりを言い募るが、その言葉はなにもかもが平坦で、感情がこもってさえいなかった。オーバー気味な言葉に反して心底どうでもよさそうな本人の調子は、最後に別れたときと何ら変わりはしなかった。


「わたしがあの『鏡』を所望していたのは事前に伝えていたでしょうに。確保していたのであれば、せめてご一報いただきたかったものです」


 そして、この時州瑠衣は、一族を割ろうとしている。

 あくまで時の統治者の守護たらんとする保守派の母と、もはやそれに頼らず、『鏡』を利用して圧倒的な力を得て、独自の路線を歩むべきだという革新派の子。


 そして瑠衣にはそれだけの霊的資質と技術的な才腕が存在していた。

 瑠衣ほどの稀有な能力の持ち主は、衰えゆく一族においてはもはや稀で、今なお戦力を保っていられるのは、この若き才子が開発したシステムによるところが大きい。

 瑠衣ならばなるほど、八葉輪以上に『デミウルゴスの鏡』をうまく世界平和のために利用できるのかもしれない。


 だが、ここいたる道程のなか、こうも思うようになっていた。

 誰よりも効率的に利用できる。誰よりも偉大な目的や崇高な大義がある。誰よりもその真価を知っている。

 そんなことよりもっと別の資質が、あの力を持つには必要なのではないか。


 上手く言葉では表現できないが、強いて言うなら過剰にあの『鏡』を意識しないということ。神格化せず、特別視せず、ただ自然体で、ただ隣にあるものと見られる人間。

 それこそ、今あの『鏡』を取り込んだ輪こそが……


 その言葉を不器用ながらに語ると、失望と軽蔑のため息が両隣から漏れた。


「甘いことを」

「相変わらず青臭い兄上だこと」


 立場が真逆のふたりから、同じようなダメ出しを食らい、相生は肩身のせまい思いを味わった。巨大な体躯を縮ませた。


 ふだんはどちらかに喝破されて、あるいは言いくるめられてしまう彼だったが、今回ばかりはどうにも両者の言い分が承服できかねた。


 輪に会えばまた違うのだろうか。

 それとも、単になにも持たず、なにも知らない自分が、そうあって欲しいと贔屓目に見ているだけなのか。

 『デミウルゴスの鏡』に真にふさわしいのは、いったい誰なのか。


 それが明らかにされるのは、おそらくは一時間あとのことだろう。

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