第五話:皆さまゲストのお時間です

「諸君、形式ばったまどろっこしい前置きは抜きにしよう。そんなものは母上に任せておかえば良いし、諸君らもうんざりだろう? いちおう自己紹介をさせてもらうと、わたしの名は時州瑠衣。諸事情により身をかくしているが、一族きっての天才術者にして稀代の科学者である」


 てぽてぽと、みじかい足を器用に前後させながら、マヌケな顔のウサギ人形が現れた。

 マイクの類はもっていなかったが、その透き通ったボーイソプラノは、まるで頭のなかにはいって直接語り掛けてくるかのようだった。


「さて……まずこれが観測されたのは、例の東濃地方で起こった龍脈の乱れからだ。その乱れの中心にあった『鏡塔学園』で、調査をしていたとき、膨大にして規格外、埒外にして長大なエネルギーの結晶体が、地脈を光速で移動していたのがデータとしてとれた。光り輝くそれはまさしく生命の根源そのもの。あるいは不老不死や生命の創造が可能となりうるほどの力量だった。ゆえにわたしはそれを『創造神デミウルゴスの鏡』と名付けた」

「『鏡塔学園』」


 だれかがその固有名詞を反芻した。

 暗く発言元はわからなかったが、ここにいる全員が、そのキーワードに反応したことだろう。


「そう。去年の暮れ、そこな良順殿率いる『吉良会』のある幹部サマご一行が龍脈を暴走させ、汚辱されたそれを地上に噴出させた。それにより、奇怪な事件や超人と呼ばれる人間や、精神の均衡をくずした異常者の出現。彼らによる犯罪が増加した。それは諸君らの記憶にあたらしいことだろう」


 一同は、『吉良会』総領のいたはずの席を目で追った。

 ほのかに浮かび上がった彼の顔は、青白い光に照らし出されただけで、表情としてはすずしいものだった。


「その事件自体は、わたしと、わたしの友人たちが解決へと導いたが、そのさなかに、『デミウルゴスの鏡』もまた、地表に顕現してしまった」


 事件の概要の文字列、それに当時の散々な光景がスナップ写真や動画として、惜しみなく虚空に表示されていく。


 黒い泥のようなものをかぶった結果、無意味な闘争や口論をはじめる人々。

 超人的な膂力で投げ飛ばされるあわれな女性。

 まるで獣の爪かなにかで切り刻まれた少年の死体。

 隔離された病室らしき場所でなにかにおびえるように銀髪の髪を振りかざし、許しを乞いながら頭を打ち付けて死んだ年若い少女。


 ひそかに回収されたドライブレコーダーに残された、夜行バス内外の狂乱の光景もそのなかにあった。霊的因子が可視化処理されたその画面には、八葉輪の姿もあった。

 車内が完全に黒泥に埋まる前、身をまるめた彼女に、飛び込んできた極彩色の光線。それがまるで、暗雲を晴らすかのように黒い泥……汚染された龍脈をはねのけ、あるいは浄化し……画面は、そこで砂嵐とノイズに切り替わった。


「……いや、実はそうではなかった。ひとりの少女の体内へと、偶然ながらに入ってしまった。そのために、彼女は世界を確変させる力を、その一身にやどしてしまったのだ」


 息を呑むようなショッキングな光景が消えていき、やがてカーテンが開き電灯がつく。

 食事はそれぞれの目の前に広がっていた。

 だが、それに手をつけることは容易にはできなかった。


「わたしが認識しているのはそこまでだ。……が、それ以上の説明ができる人間、いやカラスが、ここにはいるではないか」


 瑠衣は、自身知らなかったはずの情報を、そして自分たちの切り札であった存在のひとつを、いとも簡単に開示してみせた。


「そいつはここにいる誰よりも早く彼女を認識し、かつ誰よりもはやく接近し、彼女の心を安定せしめた。さてそれは、いったいどういう意図の、何者なのか」


 相生や藍をふくめ、当惑の様子をみせる一同を楽しげに鼻を鳴らしながら、瑠衣は見渡していた。それからアンバランスな頭部をグリンとねじまげると、相生のほうへと向けた。


「証人をここに召喚したいのだが? 兄上」

「だが」


 あの奇特な生き物を連行してくれば、魑魅魍魎のたぐいとして退治されてしまうのではないか。というか、あの従順で情けなさそうに見えて瑠衣以上にクセモノなあのカラス……クロウを、

 逡巡する兄に「それに」と瑠衣は付け加えた。


「わたしもすこし会ってみたい。とてもとても大事な我が友桂騎習玄が、わたしや新田を裏切って死ぬ目に遭ってまで、味方についた男をな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る