第六話:呼ばれて、飛び出て……誰?(1)
「あの主人公にケンカ売ってたジョックスのカップル」
「やたらオカルトにくわしいナード」
「いや、絶対生き残ってめっちゃ後半活躍するタイプでしょ」
「サメとプレデター相手に黒魔術が通用するかよ」
「……にしたって冒頭長くないか、コレ」
「おじいちゃんちょっとくたびれちゃった?」
「誰がおじいちゃんか。……まぁ、享年九十越えの大往生だったけどさ」
とまぁそんなやりとりをしながら私は、部屋の外で足音が近づくのを聞いていた。
あと三歩、二歩、一歩……
ちょっとして開錠の音が聞こえてきて、扉が開け放たれた。
現れた相生さんは、映画を見ながら菓子をつまむ私たちを見て、怪訝そうに顔をしかめた。
「……なにをしている?」
「いや、この『ジャイアントシャークvsプレデターfeat.アバター20XX』で誰が最初にくたばるかで賭けてんの」
「そういう不健全な遊びはやめなさいッ、あとアバターって別に青い異星人のことじゃないからな!」
そうは言われても、ほかに娯楽らしい娯楽もないから仕方がない。
というかアバターへの風評被害は私のせいじゃない。このZ級を作った会社か、キャメロンに言ってほしいものだ。
「千本以上名作映画を視聴可能なそのテレビで、なぜあからさまなクソ映画をチョイスしたんだ……」
「アタシも、ホントのとこ別のヤツ見たかったんだけどなぁ、ショーシャンクとか、レインマンとか、サウンドオブミュージックとか」
「出た、ショーシャンク……出た、意識高い系映画……」
「ってなカンジで、名作映画に拒絶反応しめす小娘がいるもんでな」
「難儀な性格だなぁ!」
はばかることなく私を非難する相生さん。その脇で、カラスがそのクチバシを彼へと持ち上げた。
「で、なんか用があったから来たんだろ。何があった?」
「お、おぉ。……ちょっと、お前に来てもらうぞ。お前自身のこと、『鏡』のこと。知ってることをあらいざらい話してもらう」
私も、憂さ晴らしにシュミの悪い映画鑑賞をする前、ほんの少しだけ『鏡』に対しての説明は受けていた。
鏡塔学園。
去年の暮れ、あそこから噴き出た黒いヘドロが、私の見た幻でもなんでもない、現実に起こった現象だということ。それによってバスの乗客、やっとできた私の友だち、やっとマトモになりかけた私の人生、なにもかもが狂わされたこと。
その地獄のなかで、私だけが偶然、入り込んできたスーパーパワーに助けられたこと。
だから私は超人になったということ。
……そう、なんのことはない。
おそらくそういうことなのだろうという噛みしめていた現実を、さらに念押しされただけにすぎなかった。
「べつに、偶然ってほどのことでもないんだけどな」
とカラスはフォローしてくれた。
「あの汚濁の龍脈が視えたってことは、お前自身にも生まれつき高い霊的資質がともなっていた、ってことなんだろう。だから、『デミウルゴスの鏡』を受け入れる器たりえた」
ただ、あんまりなぐさめにはならなかった。
事実は小説より奇、だなんて言葉をよく聞くけど、私からしてみれば現実はZ級映画よりも呆気なく、物語性のへったくれもない。
世界をひっくり返しかねない巨大な力を手に入れたのは、夢とか希望に向かってひた走る勇者サマじゃなく、そんなものなんてないしただ漠然と生きてるただの小娘だ。
それでも、生き残った以上は踏みとどまって、歯をくいしばって、頑張って罪と命を背負うしかない。
それにこうも死ね死ねとせっつかれると、かえって開き直って「死んでたまるか」とも思えた。
私を守ってくれた人がいる、とクロウに教えられた。
私にしたって、恩義を彼らに感じているのは確かだし、憎からず思っている。
そんな人らの前で
「よーし世の中のため人のために喜んで死んじゃうぞ☆」
とか言えるわけがない。
事情や動機はともかく、あのカーチェイスのなか、相生さんやアラタは身を挺して守ってくれた。そんな彼らの行為をないがしろにするようなものだ。そこまで私は薄情でもなければ、無神経にもなれない。
それにクロウはまだ、『鏡』のルーツについてはなにも語ってはくれない。
いちおう聞いてはみたものの、
「……まぁ、それについて語るには、俺にも覚悟がいるわけだ」
「なんの覚悟?」
「お前に殺される覚悟かな」
冗談めかしく言ってはいたけれども、その空色の目は、笑ってはいなかった。
その真実を、彼はようやく公表する気になったらしい。
先割れした短い足を、ドアのほうへと向ける。
そのドアが、おもむろに開いた。
現れたのは、会ったこともない、そして何より豪奢なホテルにはおおよそ不釣り合いな、紫衣に黒い僧衣をまとった若い坊さんだった。
だけど、相生さんも、あのアラタでさえも、彼が涼やかな顔を突き出した瞬間、居住まいをただした。
そういう反応をとらなかったのは、そのひとの立場が分からないからぼんやりと見上げている私と、
「おー! 良吉、来てくれたか!」
とまるで親戚のおじさんのような気軽さで彼に駆け寄ったカラスだけだった。
「良順様! ……あまり出歩かれては困ります」
相生さんは、クロウが呼んだのとはべつの名前で彼に注意した。
それに対し重くうなずくと、
「わかっている。ただ、一言挨拶をと思ってね」
そこでようやく彼は、眼下のカラスへと目線を落とした。
「お久しぶりです」
とみじかく答えた。
「今回の件、本当に助かった。ありがとうな」
「いえ、我々としても『デミウルゴスの鏡』を渡すわけにはいかなかったので。アラタ、こんなくだらないことに君の力を使わせて悪かった。骨折りご苦労」
「ハン……どーも」
「……で、その『鏡』の持ち主へのあいさつがまだみたいだけどな」
親近感たっぷりに語りかけるクロウとは対照的に、僧衣の男はあくまで事務的で、平坦な調子だった。クロウがその態度をとがめた様子はないから、これがこの男のフツーなのだろう。
ただ、私の無視に対しては、彼はやんわりと抗議した。
私の座り姿に、細い目を留めた彼はうやうやしく頭を下げた。
「『吉良会』現にして永世の宗主、門口良順だ。今回の騒動、哀れとは思うが、力を得た以上が相応の責任と義務がともなう。それにふさわしい、立ち振る舞いをするように」
ただその口調は、その正論は、まるで級長か担任の教師にでもなったかのように厳格で……だからこそ、どうにも気に入らなかった。
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