第三話:おやすみバズーカ

 私はもともと、あまりファッションに気をつけるほうじゃなかったし、物に頓着や執着をするほうでもなかった。


 真夜中の静寂のなか、入院着を脱ぎ捨てる。

 バサリと地面に落ちたそれには脇目もくれず、下着を身につけてジーンズを穿く。聞いたことのないブランドのワイシャツを着て、黒いパーカーを羽織る。


 ふと、視線のようなものを感じて、髪ゴムをくわえたままに振り返る。


 背後にはなにもない。ただ例のぬいぐるみが戸棚の上からじっと見つめているだけだった。


 その妙ちくりんな人形が枕元にお届けされて、三日が経った。

 髪を手早く結い、手にとってみると、柔らかな弾力がかえってくる。


 ぶにぶにとほっぺを突いてみたい帽子ごと頭を押しつぶしてみたり、翼とおぼしき前肢を引っ張ってみたり、胸に耳を当ててみるけど、爆弾のようなものは入っていない。目をのぞき込んでも、監視カメラ的な機材は取り付けられていないようだった。


 ……問題は、気配があるとすれば部屋の外から、というところだろう。

 すっかり静まり返った夜の部屋。夜勤の看護師が動く音がしない。夜困った入院患者が徘徊する気配もない。

 そう、完全な静寂だからこそ、その中で外に待機したまま動かない連中の異質が、浮き彫りにされていた。


 ファイバースコープのようなものが音もなくドアから差しこまれ、こちらを見つめたあとに引き抜かれた。

 この対応の冷たさは、ちがう。あの男の人の、おそらくこのぬいぐるみを置いていったひとのものじゃない。ありありと敵意を感じる。いまの私には、それがわかる。いやってほどに。


 知らないうちに、唇が引きつっていた。

 人形へと腕を伸ばして抱え上げ、窓を一緒に見下ろした。


 マスコミ対策か化け物扱いされてるからかは知らないけれど、世間から隔絶された山あいの病院。


さらにその地上五階というのだから、カーテンを命づなに……というセオリーを実行するには、ちょっと長さが足りない。


 そしてセオリーといえば、アレだ。

 窓を開けたらバッとライトがついて、ジープに乗った軍隊やパトランプをキラキラさせたポリスたちが「この施設は完全に包囲した!」だのなんだのと降伏をせまる。


 犯人役に立たされた自分の身を想像し、かるく噴き出す。


「……ないない。そんな刑事物や怪獣映画じゃあるまいし」


 そういってカーテンを取り、窓を開く。



 いた。



 警察じゃ自衛隊じゃないけど、たしかに集団は立っていた。

 夜目さえも惹かれる、白……銀色の服のケーブやフードをまとった彼らは、軍人というよりかは宗教団体か……あるいは中世の騎士団か。


 こっちの視線に気づいて、身をかくす気をなくしたのか。

 彼らの乗車するオープンカーのヘッドライトが煌々と周囲を照らし出した。車体のフロントに銀色の鷹のマークがほどこされている。


 清潔感と神聖さあふれるその衣装や装備に似つかわしくないものが、そのうちのひとりに握られていた。


 黒塗りの、丸太のようなもの。スコープや引き金なんて、さまざまなオプションがついている。

 映画じゃよくみるけど、現実どころかサバゲーやミリタリーグッズ専門店でもあまりお目にかかれない代物。


 RPG。ゲームじゃない方。重火器のほう。


「おい……おいおいおいおい!」


 ためらいなく狙いを向けてくるそれから身体をひるがえして、私は走り出した。

 おそらくもう、占拠されている廊下側へと。


 けれども気づいた時にはもう遅い。

 発射された弾頭は白い煙をえがいて飛んできて、病院の白い壁を小突いた。


 次の瞬間、私の身体もろとも、爆炎が病室を吹き飛ばした。

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