第二話:プレゼンテーション、プレゼント。

 映像がスクリーンには少女が無愛想に、自らの身に降りかかった不幸を淡々と述べている。

 いきり立った記者が突然正義感に目覚め、彼女を糾弾すべく立ち上がる。そのはずみにカメラマンの肩にでも当たったのか、映像に横回転が入り、そして暗転した。


「……以上が、放送前に回収した無修正のものです」

「他のメディアへの口止め、データや現物の差し押さえは?」

「『吉良会きちりょうかい』との連携のもと、すべて回収しました」


 閉め切ったカーテンがリモコン操作で開き、日光が差しこむ。

 その光に照らし出されたのは、明治以来の名のある調度品の数々と、四十そこそこの女性、いかめしい角張った頬を持つ男性だった。


 いかにも苦労性、といった感じのその骨格たくましい男は眉間にシワを寄せ、目元にちょっとしたソーセージほどはあるふとい指を当てた。


「……それにしても、例の龍脈異変の影響、あとを絶たないですな。『吉良会』も、幹部暴走の傷が癒えてない。良順氏みずから陣頭に立って差配しているものの、対応が後手後手にまわっているようです」

「『スペル・コーポレーション』と百地ももち一族は?」

「前者もまた、相次ぐ若手の不祥事発覚でそれどころではなく……後者も去年の冬の騒動から立ち直ってはいない様子です」

「そう、関係各所がしっちゃかめっちゃかになっている、そのタイミングにポンと浮かび上がったのが、彼女」

「しっちゃかめっちゃか、って」


 母親の妙に若い表現に強面の顔がすこしゆるんだ。

 だが母、時州ときぐにあいが我が子を睨むと、彼は恐縮して一歩下がった。


 机に散らばった、回収した少女の私物や資料を盗み見る。


 八葉輪。

 今年から高校入学をひかえた、ごくふつうの……多少家庭環境に難はあるが……中学三年生。


 病み上がりだからか持ち前か、儚ささえ醸し出す白い肌地。照明とカメラフラッシュの熱で蒸されたのか、しっとりと汗ばんだその首に、細い黒髪がへばりついていたことを思い出す。

 だがふだんは、どちらかと言えばサラサラとしているらしく、手元の学生手帳の写真ではすらっと一つに束ねられている。


 こざっぱりとした顔立ちは、不幸な事故に見舞われる前の写真でも、どこか投げやりで、虚無的だ。

 だが、ガラス的なふたつの目だけは妙に力強く、透き通っているのが印象的だった。


「……『デミウルゴスの鏡』。瑠衣るいのいつもの与太話かと思いましたが」

「あの子はその手の話題に関して言えば、虚妄ウソは言いませんよ」

「そうでした。どうします? あれを渇望している当人に伝えますか?」


 男……時州家宗家跡取り、時州相生そうしょうの問いに、母は首を振ったのだった。


「たとえ霊的資質がおとろえて久しいといえど、この未曾有の怪異には一族総出で当たらねばなりません。それに……嵐は、彼女の足下まで迫っている。八葉輪の生死は問いません。なんとしても、『鏡』を手に入れなさい」


 ~~~~~


 今朝、妙な夢を見た。

 悪い夢を見て覚めるのは今にはじまったことでもないけれど、いつもの悪夢に奇妙な尾ひれ《オチ》がついたのが、今朝見た夢だった。


 そして、はね起きた私の足下には、見慣れない人形が転がっていた。


 立ち上がる。

 直立も、歩行もほとんど満足にできた。

 さすがに事故からしばらくは昏睡状態だったらしいけれども、筋肉の衰えはない。

 むしろ壮健そのもので、リハビリの初日にはもうマッサージは必要としなくなっていた。

 ゆっくりとかがんで、倒れたそれを拾い上げる。


 すこし丸みを帯びた、鴉のぬいぐるみ。

 薄青というか、空色というか。透明度の高いライトブルーの、つぶらな瞳を持っている。材質はよくわからないが、まるでホンモノの目玉みたいだった。

 朱色のフェルト帽をかぶっていて、輪郭は丸みを帯びている。

 どことなく映画に出てくる典型的なイタリアンマフィアを思い起こさせた。


 両腕で抱きかかえるようなサイズのそれを拾い上げて見てみれば、愛嬌のあるシンプルな顔立ちに反して、つくりは細部までこだわっていて、可動部分は広く、とらせられるポーズは多彩だ。


 頭に、ノイズが、砂嵐のようなものがよぎる。

 夢の中で見た男のひとの姿……とくに帽子から目元のあたりが、特徴的にかぶる。


「あのひとからの、プレゼント……ってこと?」


 見回してみても、辺りにはそれをくれる人は、誰もいなかった。

 四人部屋だが、ここに押し込められているのは私ひとりだ。

 食事をはこんでくる白衣の天使は、けっして博愛主義とは言えなかった。自分の仕事を終えると、義務的なあいさつもそこそこに、さっと帰って行く。


 これが彼女らなりの気遣いというやつなのだろうか。

 いや、点滴をつけかえた時の微妙な筋肉のこわばり、


「……来週には退院ですって……」

「良いの? それ。マジでありえないでしょ……」

「しょーがないじゃない。もうどこにも異常

「異常だって! ぜったいおかしいよ、あの娘っ……」

「……あの生命力を、ほかの子に分けていられたらねぇ」

「あんがい、彼女がほかの子の命を吸い上げたんじゃないの?」

「よしなよ」

「ヘーキよ。どうせこの距離から聞こえやしないわ」


 ……などという陰口は、それ以上に自分が敬遠されていることをしっかりと教えてくれる。

 身体だけのことじゃない。こういうところまで、妙に感覚が鋭くなっていた。


 そんな中、このプレゼントは私に気配を悟らせずに侵入してきた、ということになる。

 それでも、素直によろこぶ気にはなれなかった。


〈だから、俺も付き合う。離れずに、そばにいてやるから〉

「……うそつき」


 そう約束した男は、悪趣味な見舞いの品を置いていくだけで、私のそばにはいなかった。


 いつの間にか開いていた窓から、二月の風が舞い込む。

 すこしはやい春が来たようにサラサラとした軽い風、いっぽうで、冬の名残のように冷たさを残している。


 その窓を閉め切る気にはなれず、カーテンが膨らむのを眺めながら私はその人形を抱きかかえて再び身体をベッドに横たえた。


「ていうか、よりにもよって、カラスて……縁起でもない」

「カラスが何が悪い。地方によっちゃ神の遣いだろ? たしか」

「それ、三本足のヤツじゃなかった?」


 言ってから私は、

「……んん?」

 と首を傾げた。


 思わず反応してしまったその声は、青年と少年のアイノコのような調子の、張りと重み、甘みと渋みのあるふしぎな響きを持っていた。


 だが、声を発した人間の姿はなかった。

 部屋には春風以外の侵入者はなく、外を見れば太く黒い幹についた桜のつぼみがポツポツとふくらみはじめたぐらいなものだった。

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