第八話:ファイナルアンサー(2)
通信機越しにも、あのカラスの顔が苦々しくなっていくのがわかるようだった。
〈良吉〉
という言葉尻は、小刻みに揺れていた。
彼の呼吸が、浅く頻発しているのが聞こえてくる。
〈言い訳は、しませんよ〉
と、あの毛坊主は姿同様にキザったらしい、とりすました様子で答えた。
〈そう口にすること自体、言い訳なんだよ。とすると、なんだ? お前、わざわざあいつを殺させるために護送まで用意してくれたってわけか〉
〈当然でしょう。ここならば最大勢力の終結が可能で、あなたのその姿が証明するように、霊力を最大限に発揮しやすい。それに楢柴改の能力であれば、彼女を殺しきれずとも抑圧ぐらいはできる〉
私は、アラタから距離を置こうとした。
だけど、離れようとした肩は抱き寄せられ、
「落ち着け」
と、耳元でささやかれる。
「お前な、アタシがそんな骨折りしてまで誰か殺したいと思うか? つか、仲良くクソ映画見てる相手を、誰かに言われて殺すほど、薄情な人間じゃないっつーの」
という物言いはここまでのアラタと何ら変わりはなかった。
それを聞いていると冷静さが私のなかにもどってきた。むしろ殺されるにせよそうでないにせよ、とことんまでこの茶番を聞いてやろうというふてぶてしさまで出てきた。
〈だいたい、私はあなたの復活と受肉には、最初から反対だった。むしろ、今更正気を取り戻して友人や主君気取りで現れても、迷惑きわまりない〉
〈……べつに、好きでそうなったわけでもない〉
〈あなたがこの世界に現れさえしなければ、神にもひとしい力を引っ提げて復活の可能性をほのめかしさえしなければ、葉月幽たちが私を裏切り暴走することもなかった。あなたが……アンタが僕らを引き裂いて、なにもかもメチャクチャにしたんじゃないか! こっちは必死で組織や家族を守ろうとしていたのに! 今になって兄貴ツラするなよッ、殿さまみたく命じてくるな! アンタは……もうただの疫病神なんだよ!〉
「……大丈夫か?」
アラタがそう気遣ったのは、私の心拍数が劇的にあがったからだと思う。
痛い。
私が肌を切り刻まれたわけでもないのに、責められているのはクロウなのに。なのに、それに匹敵する苦痛が、私の総身をおそっているかのようだった。
顔をしかめて前のめりになる私の脳裏に、これまでの光景が浮かんでは消える。
あの女忍者たちにも存在を否定され、力を偶然手に入れる前にも、色んなところで邪険にされて……それよりもっとさかのぼれば、私を挟んでいさかいをする、両親の姿。
泣いている私をよそに、「あの男の種か」とか、「欲しかったわけじゃないのにあんたが産ませた」とか。そうしてヒートアップしていって、母親が果物ナイフを手に取って……
ようやく、わかった。
私と、クロウはよく似ていた。
誰からも望まれることなく誕生し、誰からも生きていることを求められているわけでもなく、不相応な力を持ったことと絶望的な間の悪さを理不尽に非難されて、一方的に罪を押しつけられている。
……いや。
いまは、ひとつだけ、違う。
私には、クロウが、「生きててくれてよかった」と、まず受け入れてくれたひとがいる。そのおかげで、アラタや相生さんたちと出会えた。
でも、あのなかで私のために闘ってくれているクロウには?
そうだ。
だから今度は、私が彼を受け入れて、受け止めて、支えになる番なんだ。
彼のためにもそろそろ、自分で決断して、自分で自分を必要としなきゃいけないんだ。
拳を思い切り握りしめて、それからちょっとゆるめて、私はイヤホンを投げ捨て立ち上がった。
「止めないで」
「止めねーって。っていうかいい加減アタシも、あのクソジジイの身勝手さに腹が立ってきた」
ふたり同時に、立ち上がる。
それぞれの利き足で思い切りドアへとたたきつけ、蹴破った。
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