第三話:ですよねー

 パーキングエリアを出発した私たちは、一路西上の道へと進んだ。

 一般道やバイパスを使わず高速道路を使うのは、まさかこんなところで追っ手が仕掛けてこないだろうという予測のうえで、最終的な目的地は、京の都。術者らしいといえばらしいけれども、そこが彼らの本拠らしい。


 ……本来の目的地に今になって行こうっていうのは、なんとも皮肉なハナシだ。

 その長ったらしい道中、ほとんど私からは景色が見えない。

 わずかに切り取られた窓からのぞく青空を見上げて、私は質問を彼らに浴びせた。


「『デミウルゴスの鏡』って、なに?」

「龍脈の内部で観測された未知の結晶体だ。それ以上のことは我々は聞かされていない」

「龍脈って、あの地下に流れてる『気の流れ』的な、アレ」

「そうだ」

「じゃあ、次の質問。その結晶とやらを狙うあんたら時州一族って、何者? ってかあの銀色サイボーグも探してたみたいだけど、アレはなに?」

「答えられない。無用な情報は与えられない」


 ……一事が万事、こんな調子だったけど、それでもヒマつぶしにはちょうど良かった。

 気まずい護送車のなか、私のVIPルームにはクロウ以外にあと二人乗ることになっていた。


 一人は若い隊員で、竹刀袋のような茄子紺の長い布袋をかかえて、キャップを目深にかぶって、眠るようにうつむいている。


 のこるひとりが、この連中の隊長格、時州相生という男のひとだった。

 ほかの隊員たちは前の座席に四人。運転席、助手席にひとりずつ。

 カモフラージュ用の同型車に、四人ずつが乗り込み、敵を攪乱している。


 昨晩見せた紳士的な態度とはうってかわって、これ見よがしに大ぶりの拳銃片手に、警戒している。クロウの言う通り、ちょっとムリしてる感が、あるけれども。


「それよりこっちも質問いいか」

「答えるとは限らないよ」

「聞くだけだ。明確な答えなんて最初から期待していない。……本当になんなんだ、そいつは……」


 と、相生さんが睨んだのは、クロウだった。


 あらためて本人の口から説明をもとめるべく、私は横目で共食い中の鳥を見た。

 ん? という感じでつぶらな瞳を持ち上げた彼は、小首をかしげて、


「だから、見てのとおりだよ」


 と言った。


「……ペンギンだね」

「違うよ、カラスだよっ! ぬいぐるみのな。……だいたい、お前のとこに行くために、人間の姿捨ててこの姿になったんだぞ? 人のナリで行けば警戒されるから、わざわざこんなマヌケなカッコでさ。宅急便で知り合いと届けてもらって」


 と、道中の苦労を説くカラスの脇で、若い隊員がむせ込んだ。

 どうやらその図を想像して噴き出したらしい。肩をふるわせ、忍び笑いをクククと漏らしている。


「いや、失礼」

 と詫びたその男性を脇目で睨んでから、ふぅ、とクロウはため息をついた。


「……とにかく、俺のほうも情報を小出しにして中途半端に事態を混乱させたくない。というわけで、着いたらまとめて教えてやる」

「できれば自分は、今すぐにでも知ってることを全部吐き出してもらいたいのだがな?」


 と、相生さんの伸びた長い腕が、カラスの身体をつかんで持ち上げた。

 その眉間に拳銃の発射口が押し当てられて、その分へこむ。

 ふたりのやりとりを、もうひとりの兵隊さんが息を呑んで見守っていた。


 まるで私たちの空気の変化に応じるかのように、外から漏れ聞こえる車の音にも、ちょっと変わりつつあった。

 並行して走る車やバイクの数が、増えている。


「そうイカツイ顔するなよ、おっさん。サンドイッチおごってくれたろ?」

「だったらそちらも少しは協力しろっ」

「……いや、しゃべるのはやぶさかじゃないよ? でもなぁ」

「いいから、話せ!」


 ふたりの会話は次第に加熱されつつあった。といっても、一方的に相生さんが熱くなっているだけっぽいけれど。


 その間に立つ若い部下は、顔を険しくさせて

「おふたりとも」

 と張りのある声で制止した。

 けれど部下の声には耳を貸さず、カラスをねじり上げる腕力はさらにきつくなった。


「わかったわかった。じゃ、今から説明してやる」


 対するクロウの反応は私にとって、そして尋ねた彼にとってはさらに、意外なものだったろう。


「まずは俺と、この『鏡』との関係についてからだな。輪にはクロウってしゃれた名前をもらって悪いんだが、俺の本名は」


 この場にいる全員が固唾を呑んで見守るなか、そのおおきなクチバシが開こうとした、その瞬間、急ブレーキがかかった。

 慣性の法則に逆らえず、私たちはそれぞれ身体を揺らしたり前のめりになった。


「だぁっ!?」


 本名を出そうとしたクロウが悲鳴をあげて、私の胸に飛び込んで、めり込んできた。


「ぐえっ」と息が押し出された私の懐で、容赦なく乳房にべたべたとタッチしながら「やっぱなー」とクロウが呆れたように声を伸ばす。


「こうなると思った。ぜったいこうくると思ったよ。毎度のことながら、間がわるいんだよな、俺さ」

「……君、わざとやってないよね」


 相手が人間でない畜生とはいえ、あまり愉快なシチュエーションでもない。

ようやく自分のポジションに気がついた、って感じでクロウはキョトンと愛らしく瞬きする。

 けれど、その目は次の瞬間、心外そうに歪められた。


「……俺にも、選ぶ権利ってもんがあるわ」


 聞こえないような声量でつぶやいたのは、こいつなりの気づかいだったのか。

 いや聞こえたけどね、それはもうバッチリ耳に届いたけどね。


 鳥公をシメるべく首を極めていると、相生さんが起き上がってけわしい目つきでにらんでくる。


「遊んでる、場合か。……おい、どうした? 状況を報告しろ」


 相生さんは耳元のインカムに声をかけるけれども、雑音を拾うだけで返事はなかった。


 気まずい空気がながれたのもつかの間のことだった。

 ふいに私たちが乗った車両が開けられた。

 立っていたのは私服姿の相生さんの部下だ。私たちの車両のドライバーを買って出ていたはずのひとりと、助手席のひとり。


 ヘタをすれば相生さんより年上の彼らは、まだ若い上司に、申し訳なさそうに眉尻と頭を下げていた。


「なにをしている……? なにか異常か」


 そうたずねる相生さんの目の前で、部下ふたりは互いの顔を見合わせた。


「すみません。ですが……憶えてますよね? ほら、うちの娘」

「は……?」

「前職でよく家で飲んだときとか、あったでしょう。あいつが胃薬とか酔い止めとか運んでさ、用法用量なんて守りもしないから、おもっきし濃くてむせちまって」

「んなこともありましたっけねぇ。あれからけっこう経ちましたけど、緒方さんとこ今大学生でしたっけ」

「そうなんだよ、海外……ゴールドコーストに留学に行きたいとかナマ言い始めてさ。でもまぁ、男ヤモメで育てたわりにゃあほんとに出来のいい娘でさぁ」

「ですね。だから、しょうがない」


 唐突にはじまった会話の流れについていけずうろたえる相生さんの背から、クロウが、

「……おい、そいつらから離れろ」

 ひくい声で、そう忠告した。

 そして私も、彼らの異変にはとうに気づいていた。


「でもさ、我々もいい歳ですし、あんましこういうことしても稼ぎにゃならんわけでして、だからって、デスクワークから逃げ出したってのに今さらリーマンもできんし」

「なにを、言っている?」

「あぁそのつまり……まとまったカネ、要るんですよ。あいつらが、不自由しないだけのね」


 そして相生さんも、自らに突きつけられた拳銃に目を向けた。その瞳が、おおきく収縮をくり返していた。


「独り身のあんたに理解してもらおうとも思いませんが、うらまんでくださいよ」


 そして二人の裏切り者を先手とするようなかたちで、後につづいてきた自家用車やバイク、はては大空のヘリコプターまでがそれぞれ留まって、私たちに狙いをしぼっていたのだった。


「ほんとうに、つくづく、運がない」


私の胸でクロウがつぶやいた瞬間、男の指のかかった引き金に、ぐっと力がはいって、火薬の破裂音が響いた。

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