第四話:キャパシティオーバー
裏切り者の手の中で、火と、光と音がはじけた。
でもそれは、彼らの射撃によるものじゃなかった。
彼らの拳銃は横からの射撃で吹き飛ばされて、貫通した手の甲からは血が吹き出ていた。
乱入してきたのは、ほかの車両に乗っていたメンバーだった。
そしてその筆頭は、私がナンパされかけていた時に無視していた人たちだった。
あの時つめたい目で見捨てようとしていたのとは一転。使命感に燃えた彼らは別人のような必死さで、
「ご無事ですか、隊長!」
と呼びかける。
そしてそれぞれの拳銃や小銃を裏切り者たちに突きつけ、牽制をしながら私たちの壁となるべく間に割って入る。
「べつの車回してこいっ、はやく!」
という怒号が、銃撃戦の合図となった。
私たちの側は、自分たちの装甲車をバリケードにして、それをはさんでの撃ち合いになった。
奇妙なことに、争いにくわわった外野は、私たちだけをターゲットにはしなかった。
たがいに銃口を向け、罵り合い、怒鳴り合いながら撃ちまくる。
「べつにこの集まりは一枚岩ではないしな。お前さんの『鏡』をねらって、殺到してきたにすぎない」
クロウのフォローを受けて、私は「なるほど」とちいさく呻いた。
「それでも、多くはフリーの傭兵や外国からの流入。あるいは二次三次の下部組織ばかりだろう。『スペル・コーポレーション』や『吉良会』が本格的に動いていれば、街一つ吹き飛ぶ戦争になっていた。……それを抜きにしてもここまでの人数がうごくとは……クソっ!」
相生さんはそう言って歯噛みした。
部下から手渡された突撃銃を、ヘリからロープを垂らして降下しようとする軍人へとぶっ放す。
「ぐあっ」
その彼の手前で、私たちの味方が一人撃たれた。
思わず身を乗り出そうとする私を、あわてて相生さんが引き止めた。
「やめろ馬鹿者!」
「なんで!? 私の力なら防壁ぐらいになるでしょ!」
「未知数の力なんて不用意に使わせてたまるかっ! これは我々の戦いだ! かならず守ってやるからそばを離れず大人しくしてろっ」
と、当事者であるはずなのにまるで部外者あつかい。
ふがいなさとイライラが、私の中にこずんでいく。
「なんなの、『デミウルゴスの鏡』って……! そうまでして欲しがるようなもんなの?」
裏切った人たちにしたって、直前までそういった卑しさや悪辣さを感じさせない、この一味にしては好印象なひとたちだった。
相生さんにしたって、彼らだからこそこういう任務に選んだろうし、信頼を置いていたはずだ。
けどその彼らは、今までの付き合いをブチ壊してまで、自分たちの利益にはしった。
彼らを狂わせるだけのものが、『鏡』にはあるっていうのか。
「……ま、そりゃあな」
と、わけ知り顔のカラスがかたわらで言った。
「巨万の富、絶対の権威、万病の治癒、最強の力、不老不死、エネルギー問題の解決……世界の改革。たいてい人間が想像しうる願望は、そいつひとつで事足りる。だいたいのことは実現できる。だから猫も杓子も、そいつを手に入れたがるんだ」
アッサリと、はじめて伝えられる驚愕の事実に、私は外野の銃声さえ聞こえなくなるほどに愕然とした。
ただ単純に、無敵の盾、超スゴイエネルギー。そんな風にだけ考えて深くは想像していなかった。けど、さすがにここまでとは思いもよらなかった。
その場にへたり込む私の周囲では、劇的に状況が悪くなっていく。
もともと数自体がこっちの方がすくないわけだし、敵の方は奇妙な兵器をヘリから射出してくる。
サーフボードにも似た奇妙な板切れに両足をつけた、銀色のパワードスーツをまとった男たち。
「『シルバー・グライド』、GOGOGO!」
自由に空を飛び回る彼らは、区別なく地上の部隊を緑色の光線をはなつ銃とか、手りゅう弾とかを撃ったり投げたりして、散らしていく。
私たちがここまで乗ってきた大型車がその爆風のあおりで横転し、胴体だけで地面をすべり、周囲を巻き添えにしながら火花を散らす。
敵も味方も混乱のるつぼにあるなか、一台の見覚えのある装甲車が飛び込んできた。
銃弾もはじきそうな分厚いドアがひらくと、味方が顔をのぞかせる。
「はやく乗って!」
敬語もわすれて乗車をうながす彼に、相生さんが黒ずんでよごれた頭を縦にふった。
それから問答無用で私の背を押して、カラスを投げ込む。
「お前たちも乗れっ」
みずからは最後尾に回りながら、まだ外にいる部下ふたりに呼びかけた。
だけど、彼らは首を横に振る。血に染まった手やら足やらを重たげに撫でながら、
「ここは、俺らが食い止めます。だから、行ってください!」
と、勇ましく言ってのけ、私たちに背を向け、射撃を再開した。
その勇敢さを、私のナンパの時にはなんで披露してくれなかったのか。そうしてくれたら、こうなる前に感謝の言葉でもかけてやれたのに。
相生さんはぐっと顔をしかめた。すでに車内には避難した私たちをふくめて八名と一体。どう見てもキャパがオーバーしているし、それを破って乗ったとしてもどうしても遅くなる。追いつかれる。
そう、打算したのだろう。
角張った顔を能面のように白く凍りつかせながら、
「すまん」
と言い残す。
彼らは、唇をこわばらせながらも、横顔に微笑を浮かべていた。
「ちょっと」と抗議をあげる私と、その場に居残った彼らとを、ドアを閉めて遮った。
私のために、私の目の前で、人が裏切り、裏切られ、争い、人が死ぬ。
それも、私のあずかり知らない、勝手な事情で、感傷的な寸劇までおこなわれたうえで。
私の両親と、おなじように。
「あんた、それで良いのか」
非難めいたクロウの口調にも、相生さんは口をかたく引き結んだままだ。
今まさに動かそうとしている車の内は、痛ましいほどの静けさが支配していた。
こんな重ったるい空気のなか、伊勢路をのぼらなきゃいけないというわけか。そう考えると、これから先が思いやられた。
「……こうなることは覚悟して、自分も彼らもここに来た」
「でも、付き合い長いんでしょ、あのひとらと」
「お前には関係ないッ!」
クロウにはたいして反応しなかったくせに、私には怒って食ってかかる。そりゃそうだろう。彼が愛する部下を見捨てざるをえなかったのは、大本で言えば私が原因だから。それを直接ぶつけないだけでも、結構な人格者といったところか。
……それはそれとしても、苛立ちはつのっていく。
「何度も言わせるな、これは我々時州一族と、世界の問題だ! お前にどうしてもらおうとも思わんし、どう思われようとも知ったことかッ!」
いらだちが、つのる。
「お前はおとなしくしていろ! これは命令だ! ガキにどうこうしてもらう義理なんぞないッ」
いらだちが……
「ふん……ただ、そこまで責任を感じるというのであれば、あとで恨み言のひとつでも言わせてくれれば良い。お前のせいで、世界はこんな混沌に」
ブチリ、と。
私は、自分の堪忍袋の緒が切れる音を、たしかに聞いた。
「ふざっ」
私はドアを蹴り破る。
「けんッ」
ふたたび現れた外へと向けて鏡を投げつけ、乱舞するそれが敵を吹き飛ばし、遠ざけていく。
「なぁああああっ!」
それから居残る彼らに両手を伸ばし、怪力で強制的に車のなかに叩き込んだ。
想定外の重量の積載されて、装甲車の中が、ガタンときしみをあげて大きく揺らいだ。
怒るよりも、瞳をひろげて唖然とする彼らの前で、私は追手との間の路を鏡で薙いで分断した。
それから振り返って、思いのたけをブチまける。
「いい加減にしてよッ! こんな力がわけもわからず植え付けられたのに、それを知ってても教えられない? 命が狙われてる? 今いるこの世界の危機? でもそれがなんでなのか知る必要がないッ!? そのせいで目の前で人が殺しあってる、でも私には関係がない!? なのに責任は感じて当然!? 恨まれて当たり前!? ふざっけんじゃないよッ、あんたら自分がメチャクチャ言ってるのわかってる!?」
人生のなかでかつてないいほどの大音量と早口でまくし立てる私に、相生さんはいまだ呆然としたままだった。その表情のまま、
「それは、お前には」
「関係がないなんてもう言わせない!」
言いたいことをすべて言い終えて私は、ようやく平常心を取り戻した。
深く呼吸して浮かぶのは、転がり落ちるバスの中の地獄、それよりもっと前、「不義の子」の私の件で言い争い、その結果に死んだ親のこと。そこから先の、誰が引き取るかって話で言い争う親戚たち。
「……もうウンザリだよ。私のせいなのに、私そっちのけで人が争ったり、死んだりするのは」
それから私は、クロウのほうを向き直った。
彼はなにを考えているのか、すっと目を細めて、
「……そうだな。自分のせいなのに、わけも分からず死んだり死なれたりは……いやだよな」
奇妙なまでの実感を込めて、私の言葉に同調した。
「君も、そうやってごまかして肝心なこと言ってくれないけどね!」
「……はい……」
弱ったように情けない顔をする彼に、私はぐっと顔を近づけた。
「この力、なんでもできるって言ったよね?」
「たいがいはな」
「じゃあ、ここにいる全員を助けることも、できるよね?」
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