サイクル3:巨頭会談と少女の決断

第一話:衝撃のセカンドコンタクト(1)

 朝、太陽光が容赦なくそそぎ込み、それが私の全身をスッポリ覆いこんだ時分に、私は目を覚ました。


 イスに腰掛けたまま、クロウは帽子を目隠し代わりに眠っていた。


 身体に変調はない。

 昨日までの疲れや微細なキズは、一眠りすれば跡形もなく消え去っていた。


 それが、むしょうにハラが立った。


 クロウを揺すり起こして連れ立って外に出る。

 監視の姿はなかった。だが、監視の『目』はそこかしこに感じられた。

 私の浴衣姿を感知したかのように、天井にへばりついたカメラは、一斉にこちらに方向を向けた。


「……信用ないね」

「あぁ。さすがにモノがモノだけにな」

「クロウがのぞきなんて企むから」

「俺のせいなの!?」


 そもそも今日にいたるまで正体不明の謎のカラスだ。

 のぞきはともかく、警戒されてしかるべきなんだろうけど、ふしぎと私から引き離されることはない。


 ……まぁ、このビミョウに頼りになるんだかならないんだかよく分かんない感じには、正直に言って救われている部分もあるんだけど。


「俺の人徳だな」


 だなんて本カラスはうそぶくけれども、「んなワケあるか」と言い切れないあたりが底知れない。

 こいつの正体に関しても、これから向かうというところで明らかになったりするんだろうか。

 とにかく、今ひとりで考えていたってしょうがないことだった。


「せっかくだから、朝風呂行ってくる。露天あるみたいだし」

「お、いいねぇ」

「誰が連れてくっていった?」

「なんだよ根に持つなぁ。というか、つくづく妙な娘だな。自分の裸は見られて平気なのに、他人のを見させるのはNGなわけか?」

「正義感がつよいから」

「そんなタイプかよ」


 ……もちろん、クロウが突っ込んでくれたとおり、そんなわけなんてあるはずもない。だけど、自分でも彼が自分以外の裸に劣情をもよおすのがアウトな理由はよくわからない。


 恥の塊のようなこの男がこれ以上私の立場を危うくさせるのを阻止するため?

 それとも本当に、私が遭った辱めを、ほかの人に味わわせないための倫理観から?


 けどどれもピンとくる理屈は思いつかず、ただ思ったとおりの感情を口にした。


「君だけがイイ思いをするのが、ひたすらにムカつくから」

「……ねじくれてるなー」


 なんとでも言え。


 私は露天風呂のあるフロアに行くべく、エレベーターの前で立ち止まってボタンを押した。

 てぽてぽと、姿だけは愛嬌よくクロウはついてくる。


「というか、本当に朝風呂行く気か?」

「監視が風呂場までついてこなけりゃね」

「他はダメなのに、俺はいいのか?」

「なに、また見たいの?」

「うーん……」

「そこで悩むか、このクソ鳥」


 そんな丁々発止をくり返している私たちの隣から、


「べつに行ってもかまわんが」

 と声がひびいた。


「早まって施設の外には出るなよ。まだくすぶってる連中が、今か今かと待ちかねているんだからな」

 気が付けば隣で、イチゴ牛乳のパックを手にした、いかつい成人男性が立っていた。


「あんた、たしか……」

「政府機関の錫日だ。……おい、そう嫌そうな顔をすることもないだろう。べつに俺は、君らから税金の取り立てにきたわけでもないんだ」


 ジョークはさほど面白くないし、面白くなさそうな顔は生まれつきだ。


「それにこっちも動けないんだ。さきほども言ったが、まだ外では混乱が続いているし、なにより君の同伴者たちは今も大広間で死んだように眠っている」

「相生さん……」

「あまり責めるな。あの堅物をもってしても、昨日のアレは生気を根こそぎ奪うような、絶体絶命の死地だった。あれを脱した直後に快眠のうえ早朝起床なんてできるのは、『デミウルゴスの鏡』による恩恵だ」


 そう言われても、なるほどたしかにその通りかと思う程度だ。

 実感がわかない。

 ……すでに私の身体も感性も、いわゆる「フツーのひと」らとは、乖離していた。


 素ではなく、ほんとうに苦い顔をしてみせる私に、錫日さんは「あぁ、そうだ」と仏頂面を向けて言い添えた。


「今朝未明、桂騎習玄と楢柴改の帰投を確認した。『竜騎兵』も離脱したのが目撃されている。楢柴は今、ここで風呂に入っている」

「……桂騎習玄は?」


 ひくい声でクロウが尋ねた。

 名前や顔を知っていた、というだけでもなさそうだ。これまで付き合ってきた積み重ねを感じさせる、そんな声音の重たさだった。


 錫日はそんな彼の様子に、まっすぐと、それが義務だと言わんばかりに実直に応じた。


「意識不明の重体だ。彼が取り押さえようとしていた少年に、あの仏具で腹を刺された」


 

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