第八話:ファイナルアンサー(4)

 こうしてみんなの注目をじかに感じるのは、入院してた時以来か。

 あの時と向けられた感情の色はおなじだけど、質がちがう。


 記者会見のときは、幼稚で、薄っぺらで、一秒後には本人たちがその負の感情を忘れてしまいそうなほど、場当たり的なものみたいだった。


 でも、居並ぶ彼らのそれは、違う。

 もっと根が強くて、我が強くて、奥深くで、ドロドロとしたものが渦巻いて、私に視線を向けていながら、私以外のだれかに絡みついている。そんな感触があった。

 これも、『デミウルゴスの鏡』の恩恵なんだろうか? ……ていうか、恩恵、と呼べる代物なのか、コレ。


「ほら、怖気づくなよ。まぁ相手も好き勝手やってるんだから、こっちも自分の我は通そうぜ」


 帽子をかぶったカラスがそう言った。

 たしかに一言モノ申したくなったから来たんだけど、誰のためにここに来て、誰のせいでこうなったと思うんだ。というか勝手に人を何しでかすか分からない、キレた十代にするな。

 だなんて、蹴っ飛ばしたくなったけど、TPOはわきまえて、こらえた。

 だけど、フラストレーションは溜まり、ふと避け続けていた考えに至る。


 ……つまり、すべての元凶は……


 あわてて私は首を振り、クロウから視線をよけた。それはそれ。それは、後だ。


「……まず前提として、私は死にたくない。というか、死にたくなくなった。ここに来るまでの間に」

「はっ! これだから自己犠牲の精神にとぼしい不心得者は……!」

「こういうのに襲われたし、好き放題言われたからね。意地でも、そうしてやるもんかって思った」


 私はそう指摘して、女サイボーグは憎しみをあらわにしたままに押し黙った。

 良順さん、あとこの中だと若い感じの兄さんも、渋い顔をしていた。


「……では、君自身は保護をもとめているというわけかねお嬢さん」


 そのお兄さんの隣にいるおじいちゃんが、比較的好意的な態度で話しかけてくれた。

 それに合わせる感じで、その次に年かさのおじさんが机から身を乗り出すようにして手をたたいた。


「となるとだ。受け入れ先の場所、円滑な学生生活を送るためにはそれなりの体制がいるわけだ。ちょうどウチで取り扱っている不動産に、ひとつ良い宅地がありましてな、都心からも近いし」

「いや、わたしのマンションなんかはどうかな。ちょうど一部屋空いてしまってね。ちょうど知り合いの父親が経営する民宿も、一部屋長期滞在向けのヤツが空いたらしくてね」

「そんなものは必要ない! 社会生活なんてさせたらそれこそよからぬ輩のいいマトじゃないですか!」


 『神谷』と名札を机の前に提げたそうお兄さんはおじさんと……なんかしゃべってるウサギの人形反論し、また私そっちのけで白熱しようとする。

 あーあーあー、と声をあげて片手を挙げてそれを制止し、静まったところで私は、あらためて自分の意志をつたえた。


「悪いけどさ、もう決めたから。自分が世話になるとこ」


 私がそれほど気張らず指を振った場所に、ぎらついた視線が一斉に追ってくる。

 当人は当然のように、というかいつものように、最初の数秒間はノーリアクションでいた。それからようやく自分自身が置かれた状況を理解して、溜めに溜めたショックを爆発させるのだ。


 たださすがにこのときばかりは、そのひと……時州相生さんのフリーズした時間はいつもより長く、反応は過激だった。


「え……え……ウオオオオオオイ!?」


 奇声を張り上げる彼の肩をたたいて、「じゃ、そゆことでよろしくね」と言う。

 口の端に泡を浮かべ、パクパクと閉じ開きをくり返し、


「な、な、なんでそうなるッ!?」

 とかすれて枯れた声を振り絞った。


「なんでって、一番マジメだし、というかウソがヘタだから今度は見抜けそうだし、それでも裏切られるならまぁいいかなーって思える程度には仲いいから。あと小娘ひとり養えるカネは持ってそう」

 というかそもそも「埋め合わせはする」とつい数分前に口にしたのは彼自身だ。

 私はそこにつけこ……甘えることにしたというわけだ。


「懸命な判断ですね」


 と、彼の前に座る和服のおばあちゃんが言った。

 いかにも上品そうで気高そうで、だからこそ……このなかでは一番わかりあえない人種だな、と本能的に感じ取った。


「つまり貴方は、時州家の庇護下に入る、とそういうことですね」

「グッド。君は正しい。ではさっそく例の物件を手配」


 プライドの高さをそのまま投影したかのような甲高い口調に、なにも感じさせない平坦な声。

 彼女らに私は純粋に、あるいはそう見えるかのように首をかしげた。


「なんでそうなるの? ……私はね、相生さん《このひと》の世話になるって言ったんだよ。いくら生活が保障されるからって、人をアクセサリーや実験用のラットにしか考えてないヤツらに頭は下げたくない」


 初対面からあの婆さんは気にくわないけど、このウサギはそれ以上に気にくわない。

 あの人形、どこかで見たと思ったら高速道路で襲ってきたヤツが持ってたヤツだし、こいつの言葉自体が、いちいち薄っぺらくて、それを隠す様子がないのも信用ならない。


「それに、頼るのは相生さんだけじゃない。アラタにも、クロウにも世話になるし、これから先、もっと知らない、他の誰かにも頼っちゃう」


 生きているのは、そういうことだと思う。この道中、さんざんに思った。

 でも、死んだ場合だって、人に迷惑がかかることがある。

 とくに、私の場合は死んだってどうせ『鏡』をめぐって人は争う。血は流れる。


 だから、腹をくくって私は決めた。


「私は自分が頼ったぶんだけ人に返す。私が必要としただけ他人に甘えて、その恩を相手が私に必要としただけ返していく。『デミウルゴスの鏡』は、そのために使う」


 これが、この『藤の間』にたどり着くまでに、私の得た答えだった。

 口にしてみれば、ごくありふれた、当たり前の考えだ。でも、色々と喪い、欠落し、がんじがらめになった私にとっては何よりも大切で、難しいこと。


 だから私は、それに力を当てることにした。

 私にとっての『デミウルゴスの鏡』は、私の考えるその『当たり前』に生きるためのもの。


 『鏡』の元の持ち主だという女神サマの意思がもし残っていたのなら、そのために力を使って欲しいんじゃないかと思った。


 長年連れ添ったクロウを救うために、超能力も何にもない、せいぜいカラスと人間とに姿を切り替えるだけの身体を与えたという、その彼女なら。


 言いたいだけ言ったけど、正確に私の意思が伝わったとは思えない。白けた視線が、その証拠だった。


「……なんです、それは」


 引きつったような冷笑を目に浮かべて、サイボーグが口を開いた。


「その膨大な力を、ただ自分の生命維持のために食いつぶす? 世界のため、人類のためにどう使うという、その信念も大望もなく!」

「……できると思うのか、許されると思っているのか? そんな生き方が」


 九戸社とは真反対の方針を持っていたはずの良順さんが、威圧感をふくんで便乗してきた。


「……なに勘違いしてるかしらないけど」

 と、私は彼らに言い返した。


「私は自分と、『鏡』の向き合い方をここに宣言しに来ただけだよ。世界がどうのとか、知ったことじゃないし、それはあんたらの領分じゃないの。だからこんなところに集まってるワケで、そのことに口を挟ませたくなかったから、あんた達は私を閉じ込めたんじゃないの?」


 他意のない、素朴な疑問のつもりだったけれど、言った瞬間、ヤバイと思った。そんあ私の懸念どおり、良順さんたちは痛烈な皮肉と受け取ったようだった。


 いまさら言ってしまったことは取り消しようもないし、訂正する気もない。

 勢いを駆って、私はさらに畳みかけた。


「あんたらが世界平和だろうが世界征服だろうが、そんなもん考えてても私には関係ない。ただあるようにあるだけだよ。でもそのご大層な目的にどうしてもその『鏡』が要るってんなら」


 ダム! と土足をテーブルに叩きつける。

 腕を組んで、さほどおおきくは開かない目をできるかぎりで見開いて、私は腹の底から


「しのごの言わずにかかってこい!」


 と大声をあげた。まるで腹から出されたばかりの、赤ん坊の産声みたいに。


 こうして私は一世一代の大見得を切ったわけだけど、当然場は白けたムードに包まれていて、心底どうでも良さげなアラタの拍手が、むなしく響いただけだった。


 だけど、


「あー」


 と間の抜けたクロウの鳴き声が、私をふくめたほか全員の注意を一気に引き寄せた。


 まるで、警戒すべき対象が私じゃなくてこの無力なカラスに移ったかのように。


「ん? いやいや、なるほどなーとか思っただけだよ」

「なにが、です?」


 すこし苛立ったように相生さんのお母さんは追及した。


「さっきのこの娘の言葉さ。鏡を狙うものは、しのごの言わずにかかって来いっての。あれ、俺はいいと思うんだよな」

「暴力を肯定する気か……っ! やはり、悪魔のたぐいか!」

「貴様が言うか、テロリスト」


 九戸社の暴言は、近くにいた『司馬』の名札をさげたおじさんに鼻で嗤われた。

 そんなやりとりをよそに、クロウは


「だからさ……いっそ、それぞれが互いを監視すりゃいいんじゃないのか?」


 ……とか、一歩間違えれば妄言そのもののアイデアを、さらりとその場にお出ししてきた。


「保護、鑑賞、保留、利用、排除……意見はさまざまだけど、その根幹にあるのは『よそに出し抜かれたくない』って心情なんだろ? だったら、輪の介在しないところで、組織の内外でお互いの動向を監視する。そんな図式を作ればいい。野心があるヤツにとっても、堂々と機会がうかがえる。これほど良い環境もないと思うんだが」

「また、どうしようもないたわごとを貴方は……! そうやって、また情勢を狂わせるッ! 第一、口当たりの良いこと言うが、排除や単独利用を意図する勢力にとっては限りなく不公平ではないか!」


 良順さんが、そのカラスに噛みつくように吠えた。

 クロウは、そんな旧友に、逆に挑むような強い口調でかえした。


「だから、お前にそれだけの大義とか正義や信念があるのなら、それこそ『しのごの言わずにかかってこい』。『吉良会』棟梁、門口良順。ここにいる覇者たちと、『デミウルゴスの鏡』そのものを同時に相手どってまで破壊したいのならな」


 そのちいさい身体から考えられないぐらいに低く、けわしい恫喝が発せられ、良順さんは歯ぎしりしながら、肩をこわばらせたままにうなだれた。


 そんな坊主をもう顧みもせず、クロウはパッと声のトーンを入れ替えて、あかるくふるまって言った。


「ま、いま思いつきで言った案だけどな。ちょっとは考えといてくれ」


 とは言え、白熱しただろう会議に、私の出現とさっきの啖呵、場の空気はもうこれ以上の議論や発案を、求めてはいなかった。カーテンの隙間からのぞく空は群青色に染まっていて、オレンジはだいぶ彼方に追いやられていた。時計を見ても、終了予定時刻の五分前といったところだ。


 突拍子もなく言った、みたいな調子でクロウはふるまったけれど、このカラスのアイデアが、一番現実味がある気がした。……いや、疲れた頭が、そう錯覚させられている。


 けっきょく一番おいしいところを何食わぬ顔でかっさらっていったのは、この鳥公だった。

 ……とりあえず、あとで蹴ろうと思った。

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