第八話:シールド・ハイド
自分の中に入っていたものが、ようやくたしかな形で外に現れた。
小さな鏡と、それを何層にも連なって私ごと護る、エネルギーの盾。
それが私の防御本能によるものなのか、それとも本来この形なのかは知らないけれど、
銀色の忍者の、メカニカルなボディが計算された機能美だとしたら、この鏡は、神秘と技術との混ぜものが、奇跡的に美しさを演出している、といった感じだろうか。
内に秘めていたときよりもずっと、力のほとばしりを感じる。
手綱を引き締めるのに精一杯で、気を抜けば意識ごと持って行かれそうだ。
つよく、踏み込んで走り出す。
ここまでは目で捉えることさえやっとだった忍者……『シルバーハイド』と並走する。
どんどん密度を増していくクヌギの樹。その隙間を縫うように走っていた私は、いつの間にかあの目立つ姿がかき消えていたことに気がついた。
《Checkmate……Pown……》
奇妙な機械音声が、夜の森林にこだまする。
白銀の流星が、黄金の雷光をともなって、直線的に天上をかけめぐる。
その軌道上にある木々が輪切りにされて、なだれとなって私の進路をふさいだ。
思わず足を止めた私の喉元に、冷たい鉄の感触が当たる。
それが首を切り裂くよりも早く、とっさにその持ち手をつかんで投げ飛ばし、宙に浮いた体に蹴りを喰らわせた。
ふしぎと、今まで使うどころか見たことさえない、戦うすべというやつが、身についていた。
だけど、硬い。
私がくり出した一蹴りは、決定打にはほど遠かった。
小気味の良い金属音とともに、短刀が転がる。
片手一本で受け身をとった銀色の『シルバーハイド』。
その、異様に細い、蜂蜜色の脚から二本の刃が射出された。さっき持っていたものよりもずっと細く、軽そうで……凶悪なまでの鋭さをほこるようだった。
苦無みたいにさまざまな要素に使う目的のものとは明らかに違う。
そこからは、骨や肉を断つという意志しか感じなかった。
両手でそれぞれつかみ取ると、次の瞬間には、私との間合いを詰めて懐に入っていた。
移動のため格納していた盾をふたたび展開するよりもはやく、彼女の腕は私のガードをすり抜ける。刃が服や肌を切り裂き、それをとてつもない握力でにぎられた拳が腹に叩き込まれる。
「ごめん、持ってるヒマない」
と、私は人形を草むらの上に捨てた。
「べつに不法投棄はかまわんさ。でもなんで『鏡』を手で持つ? 防御に使う?」
私は答えないし、そのセリフの意味も追及しなかった。そんな余裕はなく、ようやく展開を完了した鏡盾は、彼女の腕をかち合っている最中だ。
その鱗状のアームの隙間から、蒸気のようなものが輩出され、奥底からは不気味な駆動音が震動となって、こっちにまで伝わってくる。
「いや、基本的なかたちはお前が思い描いたそれで良い。でもそれは、なんにでもなれる。どうとでも使え……」
よけいなことを言うな、とばかりに忍者の空いた左手がぬいぐるみに向けて突き出される。
その中央から発射されたレーザーのようなものが、カラスの前方の土を焼き焦がした。
「だぁっ!?」
一瞬前の達観した雰囲気はどこへやら。情けない悲鳴をあげる。
思わず伸ばした手から、力の波濤がほとばしる。同時に、忍者の斬撃を食い止めていた私の手の先から、鏡が消えた。
『シルバーハイド』はその支えを急にうしなって姿勢を崩し、私はその脇腹に跳び蹴りを食らわした。
照準を狂わせたサイボーグのレーザーが、カラスに向けられる。
だけどその手前の空間に、障壁が展開される。鏡が、私の手元から転移して、私が意図したとおりに、彼を守っていた。
屈折した光線は、『シルバーハイド』へと反射され、彼女を直撃して吹っ飛ばす。
それをよそに私は、軽くなった自分の右手に念じてみる。
すると、私の思いに応えるべく、『鏡』はシールドを格納して、UFOかフリスビーのように宙を舞う。
「……ふむ」
コツはつかめた。
出てきてからは、思いのほか簡単だった。うまくは言えないけれども、扱えるようになっていた。
自転車を運転できても、その方法を口で説明できないのとおなじ。
これはもう、私の一部だ。
火花が真夜中の深林を散らす。
円盤を受け止めた金属の腕から、それをかいくぐって一撃をくれてやった胴体から。
「トドメッ!」
おおきくよろめいたところに、最高速度をつけた『鏡』を叩き込む。
でも、彼女が右腕のパネルをタップするほうがはやかった。
《Check……Knight……》
緩慢な機械の声とは裏腹に、『シルバーハイド』の手足の変色は一瞬で済まされた。
燃えさかる炎のような真紅の腕が、突き出される。
平面的かつ半透明な、私とおなじ障壁が彼女の全身を覆って、『鏡』を食い止めた。
今まで聞いたことのないような衝撃音とともに停止した私の武器。壁に突き当たって地に落ちたそれを、女サイボーグはたやすく拾い上げた。
「『鏡』の回収を完了。これより帰投します……『シルバー・ニアー』」
あの機械の身体には通信機でも取り付けられているのか。
仲間のだれかにつなぎをつけようと、『シルバー・ハイド』は取り澄ました声で連絡している。
私は、右腕をかるく握りしめた。
忍者の持つ『鏡』は、光と轟音をあげて爆発した。
その破片は私の右手に戻ってくる。
すこし距離をとった私でも十分な震動と熱を感じたのに、マスクの間近で、彼女はそれを浴びた。
彼女の全身から、電流がほとばしる。言語機能に障害でもおこったのか、聞き取れない雑音がその排気口から漏れ出ていた。
強いてそれを拾い上げるとすれば、
「馬鹿な!?」
……といった感じの言葉だろうか。
「あなタの……ような女がッ……! その『鏡』がなんたるかもシラ、ず! 盾やフリスビー程度にしか考えてないアンタに……、ソレを、ワタ、し……たmrっ……か!」
「なに言ってるか、わかんないね」
私は二重の意味をこめて、そうつぶやいた。
だけど、ふいに周囲が明るくなった。
草木がヘッドライトで照らされて、大型車が木々をなぎ倒して乗り込んで来たのは、まさにその時だった。
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