第七話:デミウルゴスの鏡
銀色の忍者は、おかまいなしに、たぶん私を殺すべく、ズンズンとこちらに近寄ってくる。
歩きながら、左手に備わったボードを、まるでスマホのようにタップし、金属質の指でなぞる。
〈Check:Pawn〉
という女性的な音声が流れた瞬間、手足を護るアーマーが、無色だった金色……いや蜂蜜色へと変化する。忍者のクセして、なおさら目立つ。
だが次の瞬間、やたらと目をひくその姿が、消えた。
「右に避けろっ!」
というぬいぐるみの叫びに反応して、飛ぶ。
私のいた場所に、短刀を突き立つ。それを握りしめた忍者は、再び姿を消した。
「空間跳躍能力……」
くわしく説明を聞いているヒマはない。
体を旋回させて、後へとつづく森へと入る。
「おい、そっちはまずいって!」
カラスの助言をまともに聞いているヒマはない。ほかに逃げ道はない。
というわけで、私は全力疾走でクヌギの群生へと突っ込んだ。
~~~
……までは、良かったけれども。
夜ふかくの深林は似たような光景が視界のかぎりつづいていけ、どっちに行けば下山できるか、そもそも進んでいるのか戻っているのかさえ、わからなかった。
「だからやみくもに森に突っ込むなって。こうなるし、こういうところにはだいたい」
ヒュオ、と風音が聞こえる。
反射的にかわすと、短刀の一閃がクヌギの太い幹を両断し、一瞬にして倒木させた。
おそるおそる隣を見てみれば、銀装束の忍者が、短刀片手にゆらりと身体を左右に揺らしていた。
「奇襲、受けやすいから」
「それはやく言いなよ……」
不意打ちを失敗させた忍者……たしか『シルバーハイド』。彼女は早歩きで、私の周囲をめぐる。観察するみたいに。
そして一歩、つよく踏み込むと姿を消した。弾丸が回転する様子すら見えた私の目でも捉えきれない。完全に、その場から踏み込んで、走るという工程を無視して彼女は移動していた。
それも諦めたわけじゃなく、ふたたび仕掛ける準備のために。
身体に尋常じゃない疲れを覚える。
全力疾走してきてこの連戦というのもあるし、この敵がよほど神経をとがらせて神経を集中させないいけないというのもあるし……それ以上に、身体の中からなにかが弾け出ようとしている。
まるで私が針袋にでもなったようで、そこから鋭い無数の針は飛び出て身体を串刺しにされそうで、それが怖くて、「出るな、出るな」と念じ続ける。
息切れを起こす私を見かねてか、またカラスはお節介を焼いた。
「『鏡』を抑え込もうとするな。言っただろ、ちゃんと見ろ。認めて、受け入れてやるんだ」
「んなこと言われたってっ!」
「じゃあこうしよう。今までのこと、全部いったん放り出せ」
「はぁ!?」
「事故も、過去も、ここにいたる経緯も、今すぐにでも斬りかかってくる銀色女のことも、一瞬でも良いから忘れろ。で、自分の中をちゃんとのぞいてみろ。お前ならできる」
それはあまりに理不尽で、ヘタをすれば私のダイビング以上に危険な賭けだった。
だけど、「お前ならできる」ときた。この鳥に断言されると、騙されていると頭の片隅で思っていてもできてしまう。そんなふしぎな気分に陥る。
言われたとおり、無念無想になってみる。そのフリだけだとしても、必死に試みてみる。
閉じたまぶたの向こう側で、またたいているものがある。
飛蚊症かもしれない。目の錯覚かもしれないとも思ったけど、その光は次第に大きく、強くなっていた。
「見えるか、『鏡』が」
そうだ。あの事故の時、見たものとおなじ。
円盤の形をした理不尽なまでの、強烈な生命の螺旋。かがやき。
反射的に、かつ心情的に後へ退こうとするところに、後ろから声が聞こえてくる。
「だがそれも、おんなじだ。お前や、俺と」
わたしと、おんなじ?
暗澹の心の闇のなかでも、カラスはこの間の夢と、そして今晩の現実とおなじように、滔々と語りかけてくる。
「生まれておきながら、居場所を、生き場をうしなった、『
迷ってきた、という割には、むしろそのこと自体を誇りとするように、男は語る。
力強く、優しいこえ。苦みや渋さを噛みしめながらも、それを甘く想うような、ふしぎなひびき。
「神だって迷子になるってのに、その力をヒトの智恵や野心でどうこうしていいわけがない。だから、お前がちゃんとそれの傍にいて、一緒に思い切り悩め。俺も一緒に、問い続けてやっから」
かがんで、視線を合わせ頭を撫でられているような心地だった。
その心象世界のなかで、声がするほうを振り返ってみる。彼の……あの名も知らないカラスの素顔、笑顔が見たくて。
でもそれよりも早く、光が私を抱擁したから、それはかなわなかったけれども。
その光は、苦無によって切り裂かれた。
現実へと立ち戻った私を待っていたのは、互いの息が感じられるまで接近した、忍者と凶刃。
だけれども、その切っ先が私の喉笛を食い千切ろうとした瞬間、思わず突き出した私の左腕から円盤状の光が飛び出て、彼女を正面へと押し戻した。
「へ?」
呆然とする私は自分の手の平の先を見た。
片手におさまるぐらいにちいさな、円形の鏡。
両面に曇りのない鏡面。その周囲にオートマチックな飾り。
そして私の全身を保護したのは、その外縁から前方に向かって展開する、半透明かつ極彩色の、巨大な盾だった。
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