第六話:シルバーハイド
「だぁぁぁぁあぁあぁ……!?」
壁穴から飛んだカラスが、断末魔をあげながら地上へと落下していく。
飛行能力はないらしい。飛べない黒いトリって、ひょっとしてあれはカラスでなくペンギンなんじゃなかろうか。
その場にのこった赤いハットをかぶってみる。
頭のサイズは私にピッタリだ。色合いには合わないけれど、捨てておくにはもったいない。
「じゃ、そういうことで」
突然の奇行に呆然としている兵士諸君にわかれを告げて、私もまた、カラスにつづいた。
落下のショックはとうに体感済みで、新鮮味はない。バンジージャンプと、去年の暮れの事故で。
草むらに落下する。
じんと足は痺れたけれど、痛みはないどころか、麻痺も数秒と必要せずに回復した。
足も不自然に曲がったりしない。
なんかすぐ横でピクピクと痙攣して泡ふいている兵隊さんがいるけど、多分関係ないひとだ。たぶんガーデニング中に熱中症でたおれたヒトだろう。
さらにその手前には、仰向けに突っ伏すアホ鳥がいた。
「カラスも二本足、人間も二本足。となれば片方が無事ならいわんやもう片方は」
「……いや、失敗例が転がってるんだけど? っていうか俺は心に傷を負ったんだけど?」
完全な理論武装に水を差すぬいぐるみをあらためて拾い上げて、似合いもしない帽子を強引におっかぶせる。
脱力してプラプラと揺れるそれの顔は、私に向けられていて、どこか不満げに歪められていた。
こんなに豊かな表情や弾力があるということはすなわち、ロボットや盗撮カメラが内蔵されているというふうでもなかった。
「いい度胸してるじゃないか、小娘」
「最初にケンカ売ってきたの、そっちでしょ」
「褒めてんのさ俺は。そのぐらいのタフさがないと……」
勢いをつけたカラスの胴体が、顔面にブチあたる。
私はバランスを崩し、そのまま押し倒された。
文句を言おうかと思った。
だけど、腕にかるく痛みがはしった。
倒れた手元の土に奇妙な金具がめり込んだ瞬間、彼が私をかばったんだとわかった。
じゃあ礼を言おうか? ……とも思ったけど、今はそんな時でもなさそうだった。
「ああいう手合いから、逃げられない」
私のかぶせた帽子を目深にかぶり直して、やや気取ったふうにカラスは言った。
その金具……短刀……いや棒手裏剣が投げつけられた方角を見る。
ひとりの少女が立っていた。
背格好からすれば、私とおなじぐらいか。でなきゃもう少しだけ年上か。
アーモンに似た色と形と大きさの目。それを印象的に引き立たせる幼い顔立ち。赤茶けた髪を編み込みにしている。
夜でも目立つ銀装束は、ここまで出会ってきた隊員とくらべると無駄な飾りが少なかった。ただ、胸の前にカメラのような、大きなレンズを持つ機材をぶら下げていた。
「気をつけろ、あいつ……」
カラスのささやきに反応するかのように、彼女は目の前のレンズに指で触れた。それから印字を切るようにしてそれを法則的になぞり、
「……Code:007『シルバーハイド』……起動します」
ひくくそう呟くと、『CHECK』と、機械の音声がレンズが聞こえ、その中から真ん丸の、丸薬のような七個の光が飛び出て、爆ぜた。
まるで星明かりが地上に落ちてきたかのようなまぶしさに、思わず目を腕で覆ってしまう。
それが薄らぎ、晴れた時、目の前には怪人が立っていた。
北斗七星をおもわせる亀裂が目口のついたマスクから胴体にかけてはいり、ムダのない銀色の装束はそのままに、その手足はトカゲのウロコのように、金属のフレームで覆われている。接合面は見られず、完全に人体と鋼鉄とが融合したかたちとなっているようだった。
腕には将棋盤……いやチェス盤のような四角い、網目模様のボードが取り付けられていて、時折思い出したようにそのラインを光が駆け巡る。
左の腰には私に投げた手裏剣をふくめて様々な道具……もとい凶器がそろっていた。
その全体的を見たうえでの印象は……忍者であり、サイボーグだった。
「あいつ、もう人間じゃなくなってる」
「……見りゃわかるよ」
見た目以外がバケモノになっているのも、いるけれど。
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