第五話:夜間フライトのチケットは、黒い羽根

 スライド式のドアはノックをせず、全力で体当たりした。いともたやすく、樹脂で出来たその引き戸が真っ二つになった。

 まさにこの直後には開けようとした銀装束の兵隊が、その破片の下敷きになった。そのうえを踏みつけて、私は全力で駆けた。


 50m走さえ、下から数えるほうがはやかった私が、ラクビー選手やサッカーのエースストライカーもかくや、というほどに、夜の廊下を走っている。


 どうやら早くなったのは、傷の治りだけというわけでもなさそうだった。


「ターゲット、逃走!」

「撃て、撃てッ」


 背後から発光。連中が手にした突撃銃の発射音、ありがちで月並みな、「とりあえず撃て」という命令。振り返れば、弾丸が私に飛びかかってくるのが見えた。さすがにそれには追いつかれる。


 ……そう、弾の軌道が、視認みえた。

 薬莢から分離され、風を切って回転する、弾頭。ライフリングだったか、それとも弾につくのは線条痕だったっけ。そう頭を巡らせるだけの余裕と、どれだけ下に身を低くできるか、という判断が持てるほどの。


 私の頭上を通過した弾の数は、十発以上。それらを正確に数える余裕はさすがにない。適当な着弾し、跳弾し、粉々に砕け散った。


 廊下の突き当たり、エレベーターが見えた。


「どうせ封鎖されてる。階段から行け」


 という謎のカラスの助言に従い、角を左折し、トイレ脇の非常階段を目指す。

 だけども、そこにも騒ぎを聞きつけたのか兵隊がいた。

 フルフェイスのガスマスクのようなものを取り付けた、総重量三十キロ以上はあるような、分厚い装備をたくましい肉体に取り付けて。


「止まれ! 我が名は『銀の騎士団シルバーナイト』、第一挺身隊、筆頭組頭、またの名を『シルバー・アーミー』! そして戦地で沙汰される異名こそ」


 そんな鎌倉武士みたいな名乗りにかまって止まってる余裕はない。


「ジャマ!」


 勢いは殺さず、足を突き出しその胸板めがけて跳び蹴りを入れる。

 だけど私がくり出した渾身のキックは、予想以上の効果を生んだ。生んでしまった。


「おああああああー!」

 断末魔とともに吹っ飛んだ彼は、そのまま背で奥の壁を突き破った。

 五階の高さから落下して、野太い叫び声はちいさくなっていく。


 ……相手もおどろいただろうけど、一番ビビッたのはたぶん私だと思う。

 ぽっかりと開いた穴をじっと見下ろしながら、


「やっちゃった? 生きてる?」

 とつぶやく。

「ああいう手合いは、これで死ぬような行儀のいい連中じゃない。ったく、生前でもさんざ世話になったが、どの世界にもいるもんだな、ああいうの」

 吐き捨てるように、胸に抱きしめたままのカラスが答えた。途中からなんかグチみたいなのに切り替わったけれども。


 彼がこぼした生前、どの世界、というワードが気に掛かった。

 でも、気にしている場合ではなかった。足を止めていい状況でも。


 ジャキリ、と背後で音が聞こえる。

 振り返るまでもなく、追いついた部隊がこちらに狙いを定めたものだった。

 人数がどんどん増えていくのが、背を通して足音と気配でわかった。


 ようやくわかった。たしかに私は自暴自棄になっていたようだった。

 こんな女の子ひとりを追いかけ回して問答無用で撃ってくるような連中に、命を差し出すなんて、たしかにバカげてた。

 あいつらが欲しがってる『鏡』ってヤツを、おそらくこのあふれる力の根源を、くれてやるのもシャクにさわるし、ロクなことにも使わなさそうだ。


 でもこの状況、どうしたら良いんだろう。

 そう思い悩む私は、ある可能性に賭けてみるしかなかった。

 ……それこそ、死ぬかもしれない、ハイリスクな博打に。


 後ろの兵隊さんたちはしきりに、フリーズだの止まれだの投降だの、声高に訴えかけてくる。

 それは思い切りムシすることにして、私は私の聞きたいことを、脇にかかえ直したカラスにたずねることにした。


「これでお別れかもしれないから、聞いておくけど……なにこの状況、なに『デミ』……の『鏡』って。誰こいつら、誰きみ」

「いちいち答えてやれるほど、連中律儀に待っちゃくれないぞ」

「じゃ、とりあえずこれだけ」

「ん?」


 小首をかしげるそれに向けて、最重要事項をシンプルかつ手短に、質問した。




「ひょっとして君、さっき私の着替え黙って見てた?」

「……」

「君の目の前で私が脱いだのって昨日今日の話じゃないと思うけど」




 返事は、沈黙だった。それが、満足できるかはともかく納得のいく回答となった。


 ふぅー、といった調子で、カラスは頭を左右に振る。右手にあたる翼を持ち上げ帽子をまぶかにかぶる。

 それは否定というよりかは、どこか諦めたような、逆にこっちに呆れたような、そんなジェスチャーだった。



「守備範囲外」



 私はニッコリ笑って、クソカラスをひっつかんで、壁にあいた穴めがけて蹴り飛ばした。

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