第九話:ウサギの手招き、カラスの手伸び
〈そこまでだ、『シルバー・ハイド』! 彼女は我々が預かる! 余計な手出しは無用だッ〉
唐突に現れた車の中から、男の肉声でそんなアナウンスが流れてくる。
黒塗りのその大型車は分厚い装甲をまとい、銃弾どころかナパーム弾にさえも耐えられそうなぐらい、タフなつくりになっていて、タイヤも自家用車よりずっと大きかった。
そしてその後部には荷台が取り付けられていて、そこに載せられたボックスはキャンピングカーというよりは……凶悪犯の護送車とか、現金輸送車のそれに近い。
側面には、ウサギの家紋がえがかれていた。
それを目にした『シルバーハイド』は、
「……時州一族……」
と、その名を忌々しげに口にした。
『シルバーハイド』の真紅の腕部はぎちぎちと鳴り彼らを威圧しているようだった。
「その程度で、私が……我ら『銀の騎士団』が、退くとでも?」
当事者……だと思う私の言い分は差し置いて、急に現れたウサギの車と、それに対する銀色のサイボーグは、たがいに牽制し合ったままに動かない。
装甲車からはそうしている間にぞろぞろと兵隊たちが小銃片手に下りてきて、『シルバー・ハイド』を取り囲もうとしていた。
その、時だった。
「ようやくらしくなってきたじゃん」
クヌギの間から、ほがらかな、中性的なボーイソプラノが聞こえてきた。
闇から出てきたヘッドライトの灯りにさらされたのは、ブルーシートを頭からひっかぶった、珍妙な格好のオバケだった。
そのシートの先から、しなやかな女の脚が垣間見えた。
「……ッ!?」
その唐突な登場にいちはやく反応をしめしたのは、女忍者だった。
腕のパネルを操作して、
《Check……Pown……》
音声を響かせて、腕を琥珀色に変える。
そして超人的な跳躍力でブルーシート女の脇に立つと、彼女の胴体をかかえて地面を踏みしめた。
「ん、なに? 『退かない』って言った矢先から、逃げんの?」
「こんな至近距離かつ混戦状態であなたの力なんて用いれば……すべて台無しですよっ!」
「そーだねー」
シートの中で、彼女はモゾモゾと身じろぎする。
その裾からわずかに、口元がのぞいていて、こっちに向けられた。
「今は、まだつまらないからね」
と、その言葉は確かに私へと向けられたものだった。
次の瞬間には、忍者と女は姿をかき消した。
残されたブルーシートが、支えている相手を失ってハラリと、草むらの上に落ちた。
残されたのは、私と、車に乗ってきた一団と、あとぬいぐるみ。
カラスを拾おうと、鏡をまた身体のうちに納める。同時に、ここまで蓄積されてきた疲れが、立っていられないぐらいに押し寄せて、私の全身を容赦なく打ちのめした。
「残敵は適当にあしらえ。二分後には離脱する」
アナウンスの声の主は、車の助手席から降り立つと口早にそう命じた。
それから、ヒザをついた私の前に立った。
乗ってきた車にピッタリとイメージが合うような、屈強な男の人。
角張った顔つきこそ若いけれども、雰囲気といい、手の細かな傷や骨格といい、重ねた経験を感じさせる。それが逆に、首から上と下とでアンバランスな印象を与えている。
彼の部下が、私の側頭部に銃口を押し当てる。抵抗する余力は……ないわけでもないけれども、大人しくしていたほうが良さそうだ。
表情ごと顔をガスマスクとゴーグルで覆った姿は、まるで細菌やガスの兵器でも相手にしているようだった。
「やめろっ、相手は女の子だぞ……」
という叱責とともに、男は部下を銃口をつかんでねじり上げる。
そして私目線を合わせて言った。
「自分は、時州相生。……あー、さぞ困惑してるだろうが、当方、いやこっちはとりあえずは危害をくわえるつもりはない。おとなしく、ついてきてく……もらえるだろうか」
もとは公務員かなにかなのだろうか。一回り以上年下の私に、ある程度の敬意を払ってくれているのを、肌で感じる。というか、言葉を選ぶ様子や視線の動きから、あきらかに女の扱いに慣れていない雰囲気を醸し出している。
すくなくとも、いきなりRPGで病室ごと吹っ飛ばしてくるような連中よりかははるかにマシに思えたし、一瞬でも、安らげる場所を身体がもとめていた。
「……条件があるんだけど」
「なんだ?」
「あのカラス、私のだから一緒に連れてく」
それでも、今私がほんとうに手をとりたいと思うのは、悪夢から呼び覚ましてくれた、彼だった。
「腰が抜けた。タスケテー」
……なんか、あっちも助けて欲しがってるし。
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