第七話:環(めぐ)る因果(2)

 ……そして、まず断っておく。

 俺は、いや俺たちは本来、この世界のモノじゃあないんだ。


 並行世界、あるいは異世界というものの存在。


 それは、ここにいる人間もある程度は認識しているはずだし、なかには『同郷』もいるわけだしな。

 あぁ、だれが、とかは言わないぞ。


 観測番号『アース100.5』。

 俺たちの世界は、そこの瑠衣あたりには呼ばれているみたいだしな。


 その世界においてこの国とよく似た文化、生活習慣、そして戦争の歴史を持つ国と時代に、俺は生まれた。いわゆる群雄割拠の戦乱の世というやつだ。


 そこでひどい目にも遭って、裏切りにもあったし骨肉の争いってヤツもやったよ。

 で、まぁなんだ。

 一時期は国家元首みたいなのもしてたんだ。

 少なくとも、俺の治世は歴史を通してみても良いもの、だったらしい。国取りにせよ統治にせよ、もっぱら仲間たちの功績だがな。


 そんな殿様ぐらしの片手間に、ちょっと個人的に調べていたことがある。

 なぜ、この世界が生まれたかだ。

 歴史の編纂作業のなか、そんな疑問が生まれた。

 太古の神話をひもといて、眉唾な説がふいに現れた。


 ここにいる連中なら、盤古、というものを知ってるだろう。

 この世界だと中国神話に現れる創世の神だ。ほかにも似たような話は『古事記』にも出てるんだろ?

 俺たちの世界にも同様の話があった。バラバラになった神の死骸が、そのまま国や大陸になったってもんだ。

 もっとも、俺たちの世界じゃ、ある時どこからか現れた『樹治キハル』って女神さまだった。


 いくら信心深い時代つったって、限度がある。

 俺だってそんなハナシ、全面的に信じちゃいなかった。


 まさか九十そこそこで牡蠣の毒で当たって死んだあと、それを信じることになるとは、思わなかったけどな。


 中毒死だったけど、まぁ振り返ってみればそこそこ良い目にも遭ったし、幸福な生のうえでの大往生さ。あの時代に俺がしたことを思えば、よほど恵まれている。


 ……が、俺の家臣のなかでそう思わなかった女がいた。

 奔放な女だった。

 尼僧の姿をしながらこの世のなにひとつとして信じていない女だった。

 幾千幾万という年月を生きて、何度となく裏切られ、やがて人の善性悪性をすべて嘲笑わずにはいけなくなった。だが、それでも、人を愛さずにはいられない、世を救わなければならない哀しい女。


 もちろん、あいつなりの打算や野心もあったんだろう。

 世界に絶望しながらも、それでもヤツが思い描く世界の絵図の、案のひとつを実現しようとしたに過ぎないんだろう。


 ……あぁ、話がそれた。俺と『デミウルゴスの鏡』、そして『樹治』。その関係をかいつまんで話さなきゃな。


 その女はな、その世界を生成した『樹治』の破片をかき集め、足りないものは再現し、復元し、そして神の肉体を復活させた。で、俺の魂を捉え、その肉体に無理くりに入れようとした。

 狂うことなく、間違えることなく、代替わりして衰えるこのとない、永世にして絶対の王者。それがヤツの求めていたものだった。

 ……あるいは、自分とともに歩んでくれる伴侶が、欲しかったのか。


 だが、あいつの実験は失敗に終わった。

 人間の魂が、神の肉体を制御できるはずもない。俺の魂はたちまちにブッ壊れ、コントロールを失った肉体は次元のかなたに吹っ飛ばされ、世界は……俺たちの世界は、神の力の加護をうしなって、すぐにじゃなかったが、どの世界アースよりも短命の最期をむかえた。世界をうしなった魂や生者は俺と同様にあらゆる時空の、あらゆる世界に逃れた。


 『アース100.5』とはよくいってくれたものだな、時州瑠衣。

 俺たちの世界は、正規ナンバーじゃなく不完全あつかいか?


 ……ん? あぁ。まぁ話がつながらなくなるよな。俺の精神が壊れたのなら、こうして達者に弁舌ぶってるのは誰か? ってことになるか。

 悪い。言い方が正しくないな。たしかに俺は一度壊れたけど、そのあと時間をかけて修復したんだ。


 暴走する神の肉体のなかで。

 そのなかに残留していた、『彼女』の意志とともに。

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