第七話:トライバルX
失望と、軽い怒りが私を包み込む。
いずれ殺す私をなに食わぬ顔で助けたのは、気まぐれだったのか。でなきゃ下心あっての小芝居か。
そう考えるとムカムカしてきて、地面に『鏡』を叩きつけた。
もちろん怒りにまかせて投げ捨てた、ということじゃなく、バウンドした『鏡』は、バイクに激突するはずだった。
だけど、彼はあざやかにバイクを乗り回して、地面に腕とヒジを擦り付けんばかりに傾けた。
その頭上を、低空飛行する『鏡』が通過していった。
「おいっ、スピード上げろ!」
そのバイクテクニックに危機感をおぼえたらしい相生さんが、運転手にヤジを飛ばす。
「無理ですって! なんとか手綱握るのが……精一杯でッ」
バックミラーに映るドライバーの顔は、目を血走らせた形相で、硬くハンドルを握りしめている。
それが微妙に左右するたびに、腕に異様な力が加わっているのが見えた。まるで巨大な岩石でもかかえているみたいに。
だけど、体勢を立て直したバイクは、とつぜん爆発した。並走していた軍用ワゴンから撃ちかけられたバズーカ砲が、至近距離から車体もろとも彼を焼き払ったのだった。
私たちの瀬戸際なんて、まるで杞憂だと言わんばかりに、事態は流動していく。
もう自分をふくめて、なにが敵で味方で、なにを喜んでいいのか泣くべきなのか、わからない状況下だったけど、その流れは、とうてい私たちに味方していないと思う。
クロウの言っていたアレは気休めのウソだったのか。
だけど、彼を糾弾するよりはやく、事態はさらに急転する。
ガソリンを媒介に炎上するバイクからなにかが、人型をしたものが飛び出てきた。
異様な速度でこちらに迫る。その身にまとわりつく延焼を振り切るかのように、走ってくる。
その風圧で、火炎が消えた。
現れたのは、ミイラだった。
そうとしか表現できない、怪人が近づいてくる。
群青色の分厚く、細長い布地が何重にも絡み合い、拘束具か、まるで一つの衣服、ロングコートのように形作られている。
目鼻だちや髪の毛一本さえ隠すほど、入念に。
ただ顔の中心でその布地の交差点が集積して、複雑に入り組んで、蝶か鳥の羽のような模様になっていた。
そのいきものが、文字どおりの超人的な飛距離で跳躍し、姿を消した。
次の瞬間には、車上になにかが乗った重みが感じられた。
それと同時に、奇妙な刻印が車の中に浮かび上がった。
まるで絡みつく鎖のように、何度も交差しながら、斜線の文様が入り込んでくる。
「張り付かれた!」
「なにか、されてる」
「迎撃だっ、撃て!」
「撃つなっ」
うろたえ気味の兵士たちにそう命じたのは、相生さんじゃなく、クロウだった。
「……流れが、来た」
と、微妙に安堵の息を漏らしながら。
彼に呼応したわけではないだろうけど、
「ハンドルが軽い! ……というか、コントロールがきかないッ!?」
という悲喜入り混じった声が、運転席から飛んでくる。
だけど、その制御不能という私たちの車は、怪物が乗り込んできた前よりもずっと、安定した走りを見せている。
カーブにも対応し、上空からの爆撃も器用によけながら、そのうえで最短にして最上のコースを進んでいるかのようだった。
「聞こえっか時州一族。それにタマ……なんだっけ、そこの赤帽子。ウチのボスのなじみだろ?」
中腰になりながら、天窓からミイラがのぞき込んでくる。
「じゃ、こっからは運転かわるわ」
ブキミな風体ながらも、聞き覚えのある甲高い声と、ハキハキした語気。どことなく親しみのあるしぐさで、彼は言った。
「……お前、こっちの味方なのか」
おそらくこの場のほとんどが気にしていることを、相生さんが代弁してくれた。
ゆっくりと立ち上がったミイラ男は、どこを見ているのかわからない首の角度で、こう名乗った。
「『吉良会』の増援としてきた。楢柴アラタ。またの名を、『トライバルX』だ」
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