第九話:空飛ぶのりもの
「……あの出オチ芸人、やることはしっかりやっていきやがったな」
あきれる私たちの近くから、アラタの真剣みを帯びた声が聞こえた。
見なくとも、それはすぐに理解できた。
あいつが真っ逆さまに落下していった一帯。すなわち私たちの進む道は、崩落していた。
この地獄の高速道路から脱出できるカーブへとつながる一本道。
それが、わずかなとっかかりを残す程度であとはきれいに抜け落ちていた。
これを狙ってやっていたとしたら、『シルバー・アーミー』をお笑い芸人としても戦術家としても評価したいところだ。
といって、ほめている場合でもないけど。
私は速度をゆるめ、止めざるをえなかった。
追いつかれるのを覚悟で。そして、一台のバイクが、追跡者たちの集団から突出してきた。
いかにも適当な相手からかっぱらってきました、と言わんばかりに、乗り手とは不釣り合いな重厚で武骨なバイク。ヘルメットもつけずに乗っていた彼……仏具と瞬間移動能力を持った美少年は、そのシートを蹴って飛び立った。
アラタは包帯の奥で露骨に舌打ちし、彼の凶刃を迎え撃った。
「……しつこいな!」
「あきらめるわけにはいかない……っ、あいつを、救うためにはそれしかない。たとえそれが、どれだけ罪深いことだろうと、オレは……あいつを助けるんだ!」
「ふざけんな。そんな自分に酔ってるだけだろ、テメェはよ」
みじかいやりとりのあと、おそらく知人のその少年に、アラタは容赦なく脇腹にカカトを叩き込んだ。つんのめる彼だったが、その距離をとる間際、アラタにめがけてバラバラと、なにかを十個ばかり投げつけた。
まったく同型の、手のひらサイズのウサギのぬいぐるみだった。
そろいもそろってブサイクな顔のそれは、アラタの外皮をよじのぼると、その目を点滅させはじめ、自爆した。
「ぐっ!」
黒煙をまき散らす包帯男をたおすことが、彼の目的じゃない。
つんのめるその脇をすり抜けて、相生さんたちの銃弾をすり抜ける。
「もらったぁ!」
と、黄金の刃を振りかざして空間を跳躍し、私の頭上に転移してくる。
その側頭部に、飛び込んできた誰かによる、キックの横槍が入った。
吹っ飛んで車のボンネットに激突した少年の前に、脱落したはずの男の人、桂騎習玄が着地した。
「遅ェ!」
そしてアラタは、すこし声をはずませながらもそう怒鳴りつけた。
習玄さんは神妙な顔をして謝った。その手には棒じゃなく、紫色の柄と黒い穂先を持つ槍があった。
「すみません。でも、『彼』が乗せてくれて助かった」
と、さらにその背後に一台のバイクが停まった。
ダークグリーンの車体に、悪趣味な黒と金のヘルメットに、スチームパンク風味なロングコート。腰には古めかしいライフルみたいな……いわゆるマスケット銃を提げている。
奇人変人だらけのこの戦場で、とりわけ異質な姿の男は、私たちに片手をあげて「どおもー」と気抜けするようなあいさつをしてくれた。
「あんたもおっせぇ! 『
どうやら彼は、アラタの側、つまりこっちの味方ということらしい。
「そーはいってもねぇ。男ふたり、タンデムでダース単位で敵の相手してたんだよ? ちなみにダースって、人じゃないぞ。小隊レベルで、ってことだよ。仮にも、一般人参加枠なんだからさ。せめて『がんばったで賞』ぐらいもらえないかな? あ、景品もらえる?」
ベラベラと早口でまくし立てる彼に、私たちは白け、よろよろと起き上がった美少年はその新参者をにらみつけた。
「なんだよ……なんなんだよ!? どいつもこいつも、オレの邪魔をすんなよッ」
習玄さんの背越しにその怒り狂う様子を、握りしめたとがった武器を見つめながら『竜騎兵』はバイクを下りて言った。
「あれれ、お嬢ちゃん、いやボクかな? それ、おばあちゃんの仏壇から持ってきちゃった? ダメでしょ、そんなもの振り回しちゃあぶないから。ホラ、良い子はこんなとこで遊んでないで、おうちに帰って晩御飯のカレーでも待ってなさいよ」
「ふざ……けんなッ! こっちは遊びのつもりじゃないんだよッ!!」
……そのあからさまな挑発に、美少年はものの見事に乗ってしまった。
獣のように駆ける彼の飛び蹴りを、たやすくかわす。
着地ざま、少年は足をおおきく振り上げる。例の瞬間移動の予備動作だ。
だが彼の足がふたたび地をたたく前に、『竜騎兵』は懐に飛び入り、水面蹴りでその足を払った。
「っ!?」
バランスをうしない、一瞬宙に浮いた彼のみぞおちに、『竜騎兵』の膝蹴りがキレイにはいった。
地をころがった彼の両足めがけて腰から抜いたマスケット銃が狙い定める。
そこから発射された弾丸が空中ではじけると、中から飛び出したワイヤーが男の子の両足をからめとる。
「なん、だよコレ……!」
それでもあらがって、立ち上がろうとする執念を見せる彼だったけれども、その足の関節めがけて、習玄さんの槍の後ろが無慈悲に振り下ろされた。
ひくく悲鳴をあげてふたたび地に伏した彼の首に、柄を押し当てて拘束し、
「彼の相手は俺が。みなさんは先にッ」
と習玄さんは声を張り上げた。
「ったく、仕方ない。やるしかねーか」
アラタも首をおおきくひと回し。彼なりに自分に喝を入れたあとで、私たちを乗せた車は微妙に動き出しておおきく九十度、ほぼ直角に旋回し、なかの男たちはクロウをふくめて悲鳴をあげた。
だけど、そうして目の前に広がったのは、三十メートルはある空間と、その先のジャンクションへの急カーブの下り坂。
そして、「なぁ」と誰にともなく、アラタはのんびりとした調子で、たずねた。
「このなかで、マリカーやったことあるひと」
私は首を振った。
「じゃあレーシングゲームならなんでもいいいけどさ。……ショートカットって、わかるか?」
まぁさすがにそれはわかった。
やろうとしていることも、わかった。わかっちゃったよ。
それは車内でも同じらしく、悲鳴にもどよめきが聞こえた。
「おい、やめろ。ハリウッド映画じゃないんだ、ぜったいにやめろよッ!? 死ぬから! 確実にひとりふたり死ぬからッ!」
とくに、裏返った相生さんの悲鳴が印象にのこった。
「あ、これあかんやつだわ」
クロウはすでにあきらめムードだ。
その「あかんやつ」というのは、やろうとしていることの結果か。それとも決行は避けられないということか。あるいはその暴挙に出ようとしているアラタへの悪口か。
「半端にブレーキ踏んでりゃそれこそ死ぬぜ? フォローはこっちでやってやる、やれ八葉輪!」
というがはやいか。私たちごと車に包帯を巻き付けて、怪力でもって車体ごとブン投げた。
こうなっちゃ、もう私もハラをくくるしかない。
「……ッどうなっても知らないけど、さ!」
と、全力で展開させた『鏡』の力を車にそそぐ。
もう空中に投げ出され、タイヤはブレーキをかけようとアクセルを踏み込もうとタイヤは空輪するばかりだ。
それでも、過剰なエネルギーは推進力となって車を加速させる。
それにくわえて、投げる間際にアラタは車の後部をけり上げて角度を調整し、かつ加速させてくれた。
ジェットコースターとおなじだと思う。
どれだけゴネても、飛び立ってしまえばあとはどうということもなく、恐怖は案外それほどでもなく、ただ結果を見届けるだけ。
もうどうとでもなーれ、とその浮遊感をぼんやりと受け入れるだけだ。
だけど、
「放せ、放せェッ! オレにはどうしてもあれが要る! あいつを目覚めさせるためには、もう『鏡』の力しかないんだ! あんな女なんていくらでも殺してやる、オレが死んだってかまうもんかっ! オレたちには、あれが必要なんだぁぁぁぁぁあああ!」
拘束された少年の、魂からの絶叫が、現実へと引き戻す。
今日、今日も、私たちは殺し合いをした。
そして私が生きているかぎり、それはずっと続く。
あるいはお金のために、あるいは権力のために、あるいは、それを使ってでも手に入れられないなにかを得るために。
……すべてを投げ捨ててでも、大切な誰かを、救うために。
そして当の私には、そんなものは全然なく、ただ偶然で、ただ漠然と、流されながら生きているだけだった。
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