僅かな綻びと虚飾

 あの指示をして、大悪魔達が各所に散ったのを見届けた後、レイジーは一人でΩゾーンに収監されているベリアルの解放に向かう……はずだった。


 厳密に言うと、目的そのものが変わった訳ではなく、1人ではなくなっただけなのだが。


「なんだよ、俺1人で良いって言ったのに……そんなに俺って信用ないの?」


『別にそういうつもりで、お前に同行してる訳ではない。個人的に奴と話をしなくてはならんからな』


 アスモデウスはそれだけ言った後、何も喋らなくなった。


 もともと彼は、目立って喋るような悪魔ではないが、流石にここまで黙り込むのもおかしいと思ったレイジーは、ある事を試しに呟いてみた。


「……その様子だと、何か用があるみたいだな。ベリアルか、それとも師匠か?」


『……!!』


 ベリアルという単語が出た瞬間、誰が見ても分かるような、表情の変化を見せたアスモデウスを見て、レイジーは少し笑ってしまう。


『なぜ笑う! そんなにおかしな事があったか!?』


「いやな、お前にしては単純で分かりやすい反応をしたなと思って。さては図星だろ?」


『……そうだ』


「おおよそ、お前やベル、それとレヴィをΩゾーンに連れていった時に、ベリアルと何か約束事でもしたんじゃないか?」


 そこまで言われてしまっては、アスモデウスが何かを言う必要もない。


 レイジーはそこで言葉を切って、アスモデウスの様子を見ていたが、彼が何も言わないのを見て、再び言葉を口にし始める。


「尤も、アイツが口約束なんかに、はいそうですかと素直に応じるわけもないだろうから、一方的な約束事だったかもしれないがな」


『……最初から聞こえていたのか』


「いいや、そんなこと初耳だ。そもそもお前等とどれだけの付き合いがあると思ってんだ。お前らしくない反応から、大体の事は予想できるさ。まぁ、約束事の内容までは知らねぇがな」


『……無能なのか有能なのか分からんな。お前は』


「さぁ、俺はどっちなんだろうな。案外無能と有能は紙一重……だったりするかもしれないぜ?」


 それだけ言って笑った後、レイジーはΩゾーンの門に手を翳し、直接触れることなく門を開いた。


 開かれた門から、さらに奥へと続く黒い石畳でできた道の延長線上に、ソロモンが立っていた。


 ソロモンの背後から、誰とは言わないが、何者かの怒声が聞こえては来ている。


 珍しく出迎えてくれたソロモンも、後ろを気にしながら口を開いた。


「多少五月蠅いハエがおるが……といつもなら断りを入れるところなんじゃが、その顔を見るにそのハエに用があるらしいの」


「……師匠、アンタは隠し通していたいのかも知れないが、もうそれすら通しきれない事態になってきた。良いか―――ベリアルに全て話しても」


「……」


 この時ばかりは、あれほどおしゃべりな老人であるはずの、あのソロモンも黙りこんだ。


 それから約10秒後、心の整理がついたのかどうかまでは分からないが、ソロモンが口を開く。


「……ならば席を外す。その間に話をすれば良かろう」


 それだけ言ったあと、レイジー達の側を通り過ぎ、門前でレイジー達に背を向けた状態になった。


 レイジーとアスモデウスは、そんなソロモンの後ろ姿を見た後、何も言わず奥で喧しく騒ぐ者の元へと歩を進めた。


『大体延々と繋ぐだけで、俺がそう簡単に改心する訳ねぇだろうが!! その辺はもう理解できてんじゃねぇのか!?』


「あぁ、もういい加減にしようベリアル」


『……なんだお前か。アスモデウスまで連れて何の用だ?』


 まさかここにレイジーが来るとは思ってなかったようで、先程までのベリアルの威勢が急に失われた。


 その様子を見たアスモデウスが、溜め息を吐いた。


『何の用かなど、決まってるだろう。お前と話し合う機会を必ず設けると言ったではないか』


『あぁ、その事か。言われるまで忘れちまってたぜ。で、それがどうしたってんだ。それとお前の隣にいるレイジークソ野郎に何の関係があんだよ』


「俺は今回、それとは別件でお前に用があるだけだ。用件はそっちが先でも構わないさ。どちらを先にしても、すぐには終わらないだろうしな」


 そう言ったレイジーが、アスモデウスへ先に話すよう促す。


 実は聞こえてないフリをしていただけで、これから話す内容はもう知っているのではないかと思いながら、アスモデウスは口を開いた。


『ベリアル、今ではお前だけだなのだ。そこまでソロモンに固執している72の悪魔は』


『あぁ? いきなりどういうことだ? 俺達の契約者はソロモンのジジイだけだろうが』


『だから他の悪魔も言っているだろう。契約がソロモンからレイジーへ移ったのだと、一体何度言わせれば……』


『うるせぇ! なんで急にソロモンからレイジーに契約が移るんだよ! 俺の契約者は、確かにソロモンのジジイなんだよ!』


 その発言を聞いた瞬間、アスモデウスの表情が変化した。言うならば、確かな確信を得たかのような表情だった。


『……他の悪魔達が噂していたのを聞いて、もしやとは思っていたが、もしや本当に知らないのか?』


『知らない? 一体何の話だ? どいつもこいつも訳のわからねぇ事をベラベラ喋りまくりやがって……』


「やれやれ、どうやらの説明から入らないといけないようだな。まさかそこから話が始まるとは……」


 さっきからベリアルの言動がおかしいと、両者の隣でそのやり取りを聞いていて思ったレイジーが、思わずその言葉を口走った。


 それを聞いた瞬間、ベリアルの顔が硬直したまま、レイジーのいる方向に向いた。


『……なんだと?』

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