グリモワールの真なる力 ~狂った魔導書~
水鉄砲の様に、いきなり飛び出した三叉鎗の矛先は、寸分の狂いも無く、アラストゥムを狙う。
三叉鎗の矛先が、アラストゥムの装甲を穿つよりも早く、続けざまに放たれた、3体のギャンボットが、飛び出したトライデントの矛先を、手早く撃ち落としてしまった。
余りにも、呆気なく落とされてしまったのを、どこかから見ているのか、威厳に満ち満ちた声が、少し残念そうな声で話す。
『……やはり小手先騙しは通用せぬか。ならば、トライデント本体で、アレを串刺しにする以外ないな』
「じゃあ何で、あんな物をいきなり撃ったのよ……」
カエデは、そんな事を呟きながら、ふとトライデントを見る。するとその時、まるで電流に撃たれたような感覚に襲われ、彼女の頭の中に、もう一つの策が浮かんだ。
トライデントそのものの、特徴を思い出した彼女の口元から、自然と笑みが零れる。
《……蓮華様? いかがなさいましたか?》
「ちょっとだけ、良い事を思い付いちゃったのよ。クレイ! アンタも怠けてないで手を貸しなさい!」
『……わ~ったよ。ったく面倒臭せぇな。んじゃ、暫くの間時間稼ぎをしてくれよ』
「え? ちょっと待ちなさいよ。時間稼ぎしないといけないぐらい時間がかかるの?!」
カエデの言う事など、全く耳を貸さない状態で、レイジーが一方的に通信を切ってしまう。
通信を切った後、レイジーはデウスクエスから飛び降りて、倒壊しかかった建物の屋上に着地する。そこには自分が飛び降りてくる事を、
『……ホゥ、レイジー様。まさかとは思いますが、アレを使うのですか?』
「仕方ねぇだろ……カエデの奴ばっかり、いい顔はさせられねぇからな」
レイジーがそう言った途端、周囲にあった瓦礫が、触れてもいないまま独りでに宙を舞い、コンクリートの床に白い傷をつけ始めた。
その様子を見ていたアモン達は、何も言わずにレイジーから離れる。
そして、アモン達が動きを止めた時には、何かしらの幾何学的な模様らしきものが、レイジーの周囲に刻まれていたのだ。それを見たバエルも、流石に息を呑む。
『
「いいや、アレは俺の機体だ。いくら元相棒だからと言って、自分の不始末が原因で、人様に迷惑かける訳にはいかねぇよ」
そう言ったレイジーは、人差し指をバエル達に向ける。すると、バエル達が紋章にのみ込まれて消えてしまった。
それを見届けた後、レイジーがグリモワールを開き、ペラペラとページを捲っていく。
「さてとアレはどこに書いてあったか……あ、最後のページだったか」
ふと思い出したように、一体グリモワールを閉じた後、題名が書かれてある表紙ではなく、グリモワールの終わりを綴っている表紙から捲り始める。
その一番後ろに、隠す様に書かれていたモノ。ソレはグリモワールに書き綴られている、あらゆる魔導・魔術の中でも、最大にして最強の禁術であった。
(これを使うほどの相手じゃねぇのは、ちゃんと頭の中では分かってるんだが……アイツの前でカッコつけるのも、それはそれで悪くはねぇか)
『最大にして最強の禁術』とあるのにも関わらず、この紙園の主は、何の躊躇も無くそれを使おうとしている……。だが、それを止める者がいない事も、また1つの事実だ。
レイジーは、人差し指でその呪文をなぞりながら、拙くも小さい声でその呪文を読み始めた。『最大にして最強の禁術』と呼ばれるだけあって、コレを実際に使用した事は、彼の記憶の中によれば、片手の指に収まる程度しかない。
「なになに……顕現するは強大な魔力そのもの。振り翳すは拭い去れぬ狂気の塊。ありとあらゆる万物を砕く力を……今ここに現さん。え~っと……グリモワール序列第73位の封じられし魔人『クレイジー・グリモワール』!!」
何ともギクシャクとした詠唱であったが、どうやら詠唱はちゃんと認識されたようだ。
その証拠に、瓦礫に刻ませた幾何学模様が、紫色に光り始める。
因みに『最大にして最強の禁術』と書いてはいるのだが、最終奥義などによくある、これを使うとグリモワールが消失するとか、自分の命が召喚の代償だとか……もはやお約束めいた召喚の条件は何もない。
早い話が――――雰囲気で使わないだけの話だ。
魔法の詠唱も行っていない状態で、いきなりレイジーの体が宙へと舞い上がる。それと同時に、紫色の光を放つ幾何学模様が、レイジーに向かって濃い紫色の光を放った。
その光はレイジーを包み込み、よく分からない紫色の半透明な色をした球体へと変貌した。
その球体は、デウスクエスやアラストゥムに、勝るとも劣らない程の、非常に巨大な物であった。宙に浮かぶその球体は、少し離れたところで掠奪者達と戦っている、アテナ達の視界にも入るほどの巨大な物であった。
レイジーは、少しの間だけ目を瞑り、魔力その物が呼吸をしているのを、直に感じていた。そして、瞑っていた目を開いた時。
魔人が――――荒廃した地に降り立つ。
魔人の手は3対。それに対応するかのように、魔人の背に生えた翼のような物も3対あった。その3対の手の中には、ハルファスとマルファスの『魔掌 ヴァルカン』と、非常によく似た形の手もある。
そして背にある翼は、黒い烏のような翼、白い白鳥のような翼、蝙蝠のような薄い皮膜が張っている翼……という様に、実に様々な翼が生えていた。
魔人の顔は、獅子の如き勇壮な出で立ちに、雄牛のような立派で捻じれた角が、蟀谷辺りから2本生えている。特徴は魔人の双眸を覆い隠す様に、鎖が巻き付いているという点だろう。頭には一つ、大きな冠を頂いているのが、もう一つの特徴だ。
もっと言及すると、変な話ではあるが、この魔人の色は半透明の紫色。だが、先程の翼や顔がそうであったように、質感までもがハッキリと分かる。
『魔人』と呼称しているのだから、やはり2足歩行で歩いている。強靭な四肢の先には、猛禽類の爪を思わせる鋭利な物が生えていた。更に四肢の太さたるや、それは熊のそれを思わせる程に太く逞しい。
ありとあらゆる生物の特徴を、滅茶苦茶に混ぜたようなその風貌は、掠奪者に負けず劣らず、見る者に妙な威圧感を与える風貌であった。
それは読んで字の如く――――『
クレイジー・グリモワールの出現を、デウスクエスの操縦席から、茫然として見つめていたカエデも、こればっかりはかける言葉すら無くしてしまっている。
アラストゥムは、攻撃目標を完全に、デウスクエスからグリモワールへと移し、電磁マーカーを指先から発射した後、続けざまに電磁誘導ミサイルを、背中のミサイルキャリアからありったけ発射する。
『魔人術07
レイジーの声ではない、何者かの声がそう告げた瞬間、グリモワールの、巨大な右手が握られ、巨大な拳を作った。それと同時に、右肩から拳にかけて蒼い電光が走る。
だが、グリモワールは拳を振るわず、迫りくるミサイルに向かって、たったデコピン一つをするだけで攻撃を終えた。
デコピンはミサイルに当るどころか、空振りしただけに思えた瞬間、凄まじい風圧がグリモワールの前方に発生し、その風圧に立ち向かおうとしたミサイル全てを爆砕してしまう。
「……凄い」
《もはやクレイ様は、人間ではないのかもしれません。人智を超えた別の何かを、実際に手にしているのですから……》
一般の目で見てみれば、レイジーの力は明らかに、人間の常軌を逸している。今まで会ってきた神様や大悪魔達が揃いも揃って、皆可愛く見えてしまうぐらいだ。
ミサイルによる攻撃が、たったの一発も、グリモワールに当らない。その事にアラストゥムが、ほんの少しだけ狼狽えたように見えた。
自棄を起こしたのか、どうなのかは分からないが、背中に残っているギャンボットを全機発進させる。肉眼では、到底捉えられない程の速度で、止まったり消えたりを繰り返しながらグリモワールに接近する。
『魔人術33
再びあの声が聞こえたが、グリモワールは、身動き一つしない。ギャンボットが周囲を取り囲むように、陣取った瞬間――――アラストゥムの右腕から火花が上がった。
突如として、火花を上げた右腕から、漏電しているのか、青白い火花が上がる。装甲は吹き飛び、中身の焦げ付いた肉塊が、痛みを覚えて蠢いていた。
『……!?』
驚くのも無理はない。先程まで、グリモワールを囲んでいた筈のギャンボットが、一斉に攻撃を仕掛けたのは――――アラストゥムだったのだから。
「お前……アラストゥムの使い方を知らねぇな? 背中についてるその丸い物はなんだよ」
レイジーが、アラストゥムを右手の指で指し示す動きに合わせて、グリモワールの右腕も動く。
レイジーは、アラストゥムの背中を指差す。そこには、背部装甲を穿つ、丸い物体が付着していた。――――電磁マーカーだ。
グリモワールの『魔人技33
この能力の最も強大な点は、異空間から元の空間へと戻す際、好きな場所へと配置できる点にある。
さらに、こちらから異空間へと飛ばす際に、働いていた運動はそのまま。異空間から、再びこちらに戻してきた瞬間、飛ばす前と同じ運動を始める。
グリモワールめがけて飛来する電磁マーカーを、一旦異空間へと飛ばし、ギャンボットが放たれたタイミングで、電磁マーカーを、アラストゥムの背後に出現させたのだ。
マーカーのみを狙い撃つ、精密射撃を逆手に取った、奇抜な攻撃方法と言えよう。
『おいカエデ。お前もボーッとせずに付き合えよ』
「アンタ一人で、全部片付くんじゃないの~? 私は巻き込まれたくないから、後ろに下がりたいんだけど?」
カエデは、レイジーに頼る気満々の様子で、デウスクエスの操縦桿から手を放して、高みの見物を決め込んでいる。
現にミサイルは全て撃墜。電磁マーカーが、デウスクエスの機体に付着しない限り、ギャンボットによる攻撃は、絶対にデウスクエスに対して被害を与えない事を、カエデもよく知っている。
『チッ、他人事だと思って、お高く留まってら……流石は元出世頭様だな』
皮肉めいた口調で、吐き捨てるようにそう言うと、レイジーは通信をプツリと切った。通信を切る間際の言葉に、カエデはムッとした表情を見せる。
「……はいはい、手伝えばいいんでしょ。手伝えば!!」
再び赤く赤熱し始める、デウスクエスを脇目に、レイジーはニヤリと「してやったり」と言いたげな笑みを漏らす。
「……お高く留まってる割に、そういうノリが良い所。俺は悪くねぇと思ってるぜ」
誰も近くにいないこの場所で、こんな事を呟いても、誰の耳にも聞こえない。レイジーは、ほんの一瞬だけニヒルに嗤った後、再び右手でアラストゥムを指差した。
「言っておくが、俺はまだ手加減してる方だ。何なら『72の悪魔』全員の能力を、まとめて行使してやってもいいが……アラストゥムの機体が傷つくのは、なるべく最低限にしたいからな」
謎の声が発していた能力の名前や、レイジーの発言から、色々と察しているかもしれないが、この序列73位の大悪魔『狂える魔導書』が持つ能力は、『72の悪魔全員の能力を、自由に行使する能力』だ。
これは『とある人物』から、直接教えてもらった事を、グリモワールの最終ページに、レイジーが直筆で書き綴っているだけのものだ。
では、その『とある人物』とは、一体誰の事か。レイジーがその人物を、師匠と呼ぶに相応しい以上の人格者であり――――バエル達の最初の主人にあたる人物だ。
「……見てるかジジイ。今になって、俺はやっと……アンタを超えたよ」
誰に聞かせるでもなく、レイジーは徐に呟いた後、拳を固く握った。
圧倒的な戦力差を、自身の目で目の当たりにしたアラストゥムは、最後の足掻きとばかりに再び電力を溜め始める。
《……再び、異常な電力の上昇を確認。ギャンボットを全て使って、あの巨大生物に攻撃を仕掛けるようです》
「それだけは何としてでも阻止しなくちゃいけないわね……あら?」
頭を垂れて、少しだけ考えようとした時、グリモワールの足元に、チョロチョロと動く一つの影を見つけた。
カエデはルーシーに指示して、その影を拡大した状態で表示してもらうと……その人物の正体が露わになった。
「え~っと、たしか……アテナだったわよね。この子の名前……」
崩壊したコンクリートの建物の上を、まるで飛び石から飛び石へと飛び移るかのような、驚くほど軽快な仕草で移動するアテナ。
三者が繰り広げていた桁違いな戦闘を、アテナは移動しながらずっと見ていた。
「あのバカは、一体何やってんだか……」
掠奪者の数は、作戦開始時に比べれば、少しずつではあるが、確実に少なくなっていた。その先頭の最中、アテナも何回か見ている、彼の『クレイジー・グリモワール』が、戦場に姿を現したのだ。
その姿を目にした途端、アテナは磁石に引き寄せられるかのように、グリモワールを目指して、一心不乱に走り出した。
あの異形としか、表現のしようがない化物の強大さは、紙園の住人ならば、周知の実力である。純粋な戦闘能力は、神々の王たるゼウスにも比肩する……とも噂されているが、本気で戦っている所を目にした者はいない。
ふとグリモワールの隣を見れば、赤熱した装甲の隙間から、濃い蒸気を噴出させ、水でできた三叉鎗を持つ、デウスクエスの姿が見受けられる。
「……いつぞや、レイジーに見せてもらった怪獣映画のワンシーンに、こんな場面があったかしらね。あと……なんでポセイドンの伯父さんがいるのかしら!?」
もう遠い昔の記憶……とは言っても、ほんの数か月ほど前の話だ。
それでもアテナが、うっすらとしか覚えていない事に、全く変わりはない。……ひどく興味が無かった事だけは、確かに覚えているのだが。
グリモワールになるべく近い場所に立つ、崩れかけた建造物の上へと、見事に着陸したアテナは、右手に光を集める。
光は細長く伸び、一本の鎗を形成した。そして鎗を投げる際に邪魔になる盾を、光に変えて消してしまう。
そして彼女は鎗の矛先を、グリモワールに合わせ、暫くそのままの状態で、ジッとしていた……。
「…………飛んでけッ!!」
暫くの間をおいて、グリモワールのとある一点に、狙いを定めたアテナは、いきなりやり投げの要領で、グリモワールの内部にいるレイジーに狙いを定め、アイギスを放つ。
空気を切り裂き、空をかけるアイギスは、空中で6本の光の鎗に分散して見せた。
放物線にも似た形を、虚空に描きながら分散した光の鎗は、半透明なグリモワールの体をすり抜けて、寸分の狂いも無くレイジーの体に、様々な角度で突き刺さる。
鮮血こそ噴き出さないが、光の鎗が6本も体に突き刺さっている様は、黒髭危機一髪を彷彿とさせる見た目だ……。
「ガッハァ!!?」
「ちょっとアンタねぇ!! クレイジー・グリモワールを安易に使わないって、私との約束はどうしたのよ!?」
「だからと言って、いきなり死角からアイギスを投げる奴があるか!? グリモワールの回復魔法が無かったら、今頃即死だったぞ!?」
大声で説教を垂れ始めたアテナに、負けじとレイジーも、体中に突き刺さったアイギスを自力で引き抜き、大声で応戦する。……体中に突き刺さっているのにもかかわらず、それを自力で引き抜くなど、もはや常人の芸当ではない。
自力でアイギスを、自身の体から引き抜くレイジーの姿に、若干引き気味のアテナ。レイジーは、そんな事などお構いなしで、グリモワールの手をアテナに向けて伸ばす。
アテナは、てっきりレイジーが怒っているのだと思い、グリモワールの手から逃れようとした。……だが、グリモワールから見れば、アテナは小人のような存在。
――――逃げようとするアテナを掴むことなど、何の造作もない事だ。
「……ッ!?」
このままグリモワールに、遠くへ投げ飛ばされるなり、握りつぶすなりされるのかと、アテナは固く目を瞑った。連動した動作をしたまま、レイジーはグリモワールの手の中にいるアテナを見ている。
「……悪ぃな、別に怒ってるわけじゃねぇ。ただ――――丁度いい
「パ、
レイジーからの、衝撃的なカミングアウトを受けて、アテナは悲痛な声を上げるが、レイジーは全く耳を傾けていない。
レイジーの動きに合わせて、グリモワールはアテナを握っている手を胸に当てる。するとアテナが、グリモワールの体に吸収されるかのように、レイジーがいる胴体の中へと入ってきた。
『……さて、満を持して挑むとしますか。――――俺の宝物を玩具にして遊んだ罪は重いぞ?』
「……やっぱり私、必要ない気がするんだけど。先に帰っても良い?」
《……先程の戦闘能力から判断しますと、確かにカエデ様の言う通りです。もし私達が帰ったとしても、戦闘に何ら差支えはないかと》
もはや『もうアイツ一人で良いんじゃないかな状態』になっているカエデは、デウスクエスを操作して、機体に踵を返させようとしていた。
……しかし、グリモワールがデウスクエスの肩を掴み、その動きを半ば無理やり止める。止められた衝撃で、ガクンと機体が大きく揺れ、カエデは勢い余って、後頭部を座席にぶつけてしまう。
「いつつつ……いったいわね!! 何するのよ!!」
《……安全の為のヘルメットを、着用していないカエデ様の自業自得では?》
「…………」
ルーシーが、カエデの言い分に対して、レイジーよりも早く正論を口にする。確かにカエデは、ヘルメットを装着していないので、ルーシーの言っている事に反論できなかった。
カエデが何も言い返せず、ルーシーに向かって膨れっ面をしていると、頭の中に押し殺したような笑い声が、静かに聞こえてきた。
『クックックッ……!! その声はルーシーだな。相変わらず人の揚げ足をとるのが上手いな』
「……それ、褒めてる?」
《……お言葉ですが、アラストゥムが電磁砲の銃口を、こちらに向けている事、もしやお忘れではないでしょうか》
「『しまっ……!!』」
2人が「しまった!!」と言いかけた時、アラストゥムの胸部に空いた穴から、耳を劈く轟音と共に、グリモワールとデウスクエスめがけて、ギャンボットが電磁力に任せて射出された。
アラストゥムに遭遇した時、2体ほどギャンボットを破壊したとはいえ、その数はまだ8体も残っている。
それを全てを撃ち込まれれば、こちらにそれら全てを防ぐ術は無い。
「チッ……おいアテナ、悪りぃがお前の武器、ちょっとだけ借りるぞ」
「え、ちょ……!」
舌打ちしたレイジーは、アテナの右手を掴んだかと思えば、自分の目を閉じる。すると、グリモワールの容姿が変化し、頭部にアテナが被っている物とそっくりの、銀色の甲冑を被っていた。
今度はレイジーが、右手を強く握ると、グリモワールの拳の中から、眩い金色の光が漏れ始める。レイジーが右手を開くのに合わせて、グリモワールが右手の拳を解くと、その光が、一筋の棒へと変化した。
立て続けに、左手の手の甲にも、右手の光と同じ色の光球が発生する。その光球が、押し潰されたような円形になった時、円形を隠していた光が弾け、その光の中から金色の盾が姿を現した。
「……ちょっとデカいが、アイギス・イージスの模造品だ。能力も性質も、全てアイギスに似せてある」
「ちょっとどころじゃないわよコレ……。しかも長鎗じゃない、アイギスはこれより柄が短めなのに……。こんどはイージスも、メドゥーサの目を埋め込む前の……」
アテナはまるで息をするように、次から次へと文句を口にしているが、レイジーは全くそれに耳を貸さない。
「あ~!! あ~!! 聞こえな~い、聞こえな~い!!」
大声で、そう言うレイジーの動きに合わせて、グリモワールがイージスを使い、こちらめがけて発射されたギャンボットを、2機だけ弾き返す。
そして、立て続けに飛来してくる、ギャンボットめがけて、こちらからもアイギスを投擲した。
「これでも……喰らっとけッ!!」
アイギスが高速で飛来してくる、2機のギャンボットと衝突した瞬間、辺りに電撃と光を撒き散らす。
アイギスとギャンボットが、光と電撃を撒き散らしながら激突した瞬間、アテナが発生した轟音に負けない程の、悲鳴にも似た声を上げる。
「いくら模造品でも、アンタはアイギスの扱い方が雑なのよ!! 欠けたりしたら手入れが大変なんだから!!」
「ついさっき、俺に向かってアイギスを投げつけた奴が、なに言ってんだ!! あと俺の胸座を掴むな!?」
よっぽど、アイギスを雑に扱った事に、腹を立てているのか、レイジーの胸座を掴んだまま放さない。胸座を掴まれたまま、レイジーは再び右手を強く握り、グリモワールの右手に2つ目のアイギスを造り上げた。
「だから落ち着け!! 所詮は模造品だ!! 何も本物を使ってるわけじゃねぇんだから……」
それでも、レイジーの言い分に、全く聞く耳を持たないアテナは、頭ごなしにレイジーを怒鳴りつける。
アテナに接してきたこれまでの経験で、これは説得の余地すらないパターンだと判断したレイジーは、これ以上取り合っては、流石に戦闘への悪影響が出ると考え、全て無視する事にした。
右手を振るい、グリモワールが持つアイギスを、もう1本ギャンボットに向けて投げつけた。
すると、先に投げたアイギスと一体化し、グリモワールでも持ちきれない程の大きさになったアイギスが、ギャンボットを突き抜ける。
《……データ分析の結果、アラストゥム最大の武装『ギャンボット・レールガン』が――――突破されました》
「な、なんて突破力してんのよ……」
そんなやり取りをしている間に、後続に控えていたギャンボットも、アイギスの放つ巨大な光が飲み込んでいく。
最後のギャンボットを飲み込んだアイギスは、一瞬で再加速しアラストゥムの胸部を再び貫く。
巨大なアイギスは、アラストゥムの胸部を貫いたまま、アラストゥムの巨体を引きずり、コンクリートの壁に突き刺さる。それと同時に、アラストゥムの機体も叩き付けられ、その衝撃でアラストゥムの双眸から光が消えた。
『……カエデ、その貸してもらった鎗を、ちょっとだけ貸してくれ』
「え?」
レイジーはカエデの返事を待たず、デウスクエスの手からトライデントを引っ手繰ると、グリモワールの両手でトライデントの柄を持ち、力を籠め始めた。
「ん~……うおりゃっ!!」
気合いの籠った一声と共に、レイジーが引き裂くように、トライデントを持っていた両手を、別々の方向へと分岐させると……なんと、トライデントが二つに分裂した。
その様子を見ていた時、カエデはトライデントを手にした時の声が、最初に言っていた事を思い出す。
「我が海神の鎗は――――流れる水その物……。まぁ、水を汲み分ける事も出来るように、この鎗も分裂するって事かしらね?」
『中々いい線突いてくるな。それだけ理解できれば、後はどうとでもなるさ』
レイジーがそう言った後、グリモワールが分裂したトライデントの片方を、デウスクエスに投げて寄越す。デウスクエスは、自分に向けて投げられたトライデントを掴み、分裂した鎗を、操縦席から興味深そうに見つめる。
「分裂させたはいいけど……コレを何に使うのよ?」
『アラストゥムを水浸しにして、機能を停止させる。外見は機械で、中身は生物。中身が危険なのなら、さっさと中身を取り出せばいい。……修理にかなり時間がかかる事は承知の上だ。俺も手伝うから、そこは目を瞑ってくれ』
「……本音を言えば、ここで『もっといい作戦があるでしょ!?』と言いたいけど、アラストゥムが抵抗を続けてるし、仕方なしね……」
『話が早くて助かる。生憎だがグリモワールでの助力は、この鎗を投げるまでで精一杯だ』
そう言ったレイジーは、自分の右手を見る。その右手は、丁度グリモワールの体色を、不透明にしたような濃い紫色に染まっていた。人間味のある肌の色は、ほんの僅かしか残されていない。
確かに、クレイジー・グリモワールを召喚する際の代償は、何もいらないのだが、とにかく使用時間が短いのが、何よりの難点であった。
(流石に暴れすぎたか……これだけ侵食されたら、元に戻るのに何日かかることか……)
この戦いが終わった後に、必ずや訪れるであろう退屈な日々を想像して、レイジーは1人だけ憂鬱になっている。
だが、そんな事など知らないカエデは、しきりにレイジーに話しかけていた。
「ねぇ、ねぇったら! コレをアラストゥムに投げたら――――全て終わるの?」
『……あぁ。だが全部が終わるんじゃない。一から……また最初から全てが始まるのさ』
――――俺達を分け隔てていた間の、止まっていた時間がな。
そう言ったレイジーの顔は、自分でも気が付かないうちに、グリモワールによる苦痛に耐えるような、苦悶と憂鬱に満ちた表情ではなくなっていた。
そんなレイジーの様子と表情を、隣で間近に見ていたアテナも、すぐに彼の表情の変化に気が付く。
「どうしたのよレイジー。急に悟ったような顔をしt……!」
決着がついたかに思えた、掠奪者が操るアラストゥムとの戦闘。
完全に油断していたアテナと、グリモワールの侵食によって、戦意が削がれていたレイジー達2人の前に……一つの球体が飛び込んできた。
――――最初にアラストゥムと戦った時、格納庫で撃ち落としたはずの損傷したギャンボットである。
「「……ッ!?」」
既に光線発射の構えがとられており、至近距離でグリモワールの体を貫き、レイジー達を串刺しにしようとしているらしい。
そんな状態のギャンボットが、突如として乱入してくるなど、夢にも思っていなかった二人は、唐突な窮地に己が身を強張らせた。
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