師の語る予言 ~欠けた大罪の大悪魔~

 陽の光も差さない監獄、Ωゾーン。


 ここに、紙園の主であるレイジーの師であり、グリモワール及び、72の悪魔の元所有者マスターでもある『ヒッタイト=ソロモン』が、看守役としてここにいる。


「おぉ……とうとう現れたか、強欲に続き暴喰の大罪が、欠落している今。その大罪のバランスを、何とかして取り戻そうとする勢力が」


『あぁ? ま~た、ジジイが何か、妄言吐いてんぞ……。おいサタン、お前もちょっと聞いてくれ。俺はもう、いい加減に疲れた』


 Ωゾーンの囚人であるベリアルが、いい加減に聞き飽きたとばかりに、牢の中で横になったまま、左前方にある監獄に囚われた、サタンに話しかける。


「言われなくともそのつもりだ。……してソロモン王。強欲と暴喰の大罪が欠落したバランスを、取り戻そうとするとは一体、何の話でございましょうか。それは私やルシファー様にも、関係のある事なのでしょうか?」


「サタンよ、あまり答えを急くではない。案ぜずとも強欲と暴喰の大罪は、レイジーを近くで見守っていよう。それに怠惰と色欲も、ちゃんと付いておる。嫉妬は化物の牢獄に入れられておるよ。まぁ、お主とルシファーは知っての通り、レヴィアタンは見ての通りじゃから、入れられても仕方ないがの」


「……フン。怠惰のベルフェゴールはともかく、あの色欲のアスモデウスや、嫉妬のレヴィアタンまでもが、アイツに媚びへつらうとはな。大罪の大悪魔も、堕ちるところまで堕ちたものだ」


 「お主も一度堕ちておるだろう……」と、ソロモンが尤もらしい事を呟くと、ルシファーは、口を閉ざした。


 ソロモンは、ルシファーが口を閉ざした後、頭の後ろに手を伸ばして後頭部を掻いた後、「少し話がそれたの……」と断りを入れてから、もう一度口を開いた。


「時期が来れば、強欲の偽物と同様に、この暴喰の偽物も自然と滅びるであろう。しかし、お主達にもそろそろ、その時が迫ってきておる様じゃ」


「その時が迫る? 我々には、何が待ち受けているのですか、ソロモン王よ。貴方の眼には……一体何が見えているのです?」


 サタンの問いかけに、少し困ったような表情を見せたソロモン。


 立派に蓄えた髭に手を当て、考え事をしていると、視界の隅でベリアルが、牢に張り付いたまま、ソロモンの言う言葉に耳をそばだててていた。


 よくよく見れば、ベリアルだけではない。サタンと話し始めた時、顔を壁に向けて横になっていたルシファーも、今は体を起こして、ベッドに腰かけた状態になり、ソロモンの方へと顔を向けていた。


「やれやれ、ここには答えを急く者しかおらん様じゃな。いいか、一度だけじゃぞ」


 そう言ったソロモンが、咳払いをしている間に、ベリアルは牢に顔を押し付け、ルシファーは顔だけではなく、体もソロモンの方へと向けた。


 サタンは胡坐をかいたまま、ジッとソロモンが口にする言葉を待つ。


「対峙する2人の黒と紫。黒は本の生む叡智を身に纏い、紫は銀色の叡智を纏う。お主達はもちろん、グリモワールの大悪魔達や熾天使、神々の姿も見える」


『ハッ、神や熾天使の奴等と、俺達悪魔が、手ェ取り合って仲良しこよしってか? 絵空事を言うのも、大概にしろよジジイ』


「絵空事ではない。実際に今、主であるレイジーを中心に、叡智の紙園という一つの場所に、共存できておるではないか。お主達は単に、掌を返したように神々と話す悪魔達に、まだ納得できぬだけであろう?」


『……ケッ』


 図星かどうかまでは、少し分からないが、ベリアルはソロモンの言った事に返答せず、顔を牢の奥に向けてしまう。


「本の生む叡智と銀色の叡智……? 一体何の話だ、ソロモン。ついでにその先を教えろ」


「ヒントはこれだけじゃ。未来を見るのは、そこまで面白くないぞルシファーよ」


 ホッホッホッと老人特有の笑い声で、ソロモンはルシファーの追求を躱した。


 それに気分を悪くしたのか、ルシファーは小さく舌打ちをした後、再び顔を壁に向けて横になってしまった。


 そんな反応の2人を見て、サタンは1人で深い溜息を吐く。


 そんなサタンの様子を見て、彼を哀れんだのか、ソロモンは、背を向けた後に、サタンだけではなく、ルシファーとベリアルにも聞こえるぐらいの声量で、わざとらしく口を開いた。


「隔絶された空間に、ひっそりと創られた紙園じゃが…実は1つだけ盲点があるんじゃ。これはルシファーが言う、予言の先ではない。しかし、あの言葉のきっかけとなる出来事が、そう遠くない内に起こるとだけ言っておこうかの」


「そう遠くない内に……? 一体何が起こるのですか?」


「姿を見せる物に気を付けよ。そこに、たった一歩でも、足を踏み入れてはならんぞ。そこは生物のいない世界。本来ならば悪魔どころか、神々や天使すら、誰一人として存在しない筈の世界じゃ」


 それだけ言ったソロモンは、再び水晶玉に両手を翳し、ブツブツと何かの呪文を唱え始めた。


 ソロモンの言う事を、何一つとして、全く理解できなかったサタンは、胡坐をかいたまま、彼が何を指して言っているのかをジッと考える。


(姿を見せる物……? 足を踏み入れてはならない、悪魔どころか神すら存在しない世界……?)


「下手をすれば……に発展しかねん。一応レイジーの奴も、そうならんように、手は打ってあるみたいじゃがな」


『おいちょっと待てジジイ。今、つったか?』


「何を言い出すかと思えば、それこそ絵空事と言う奴ではないのか、ソロモン。貴様も、ベリアルと同じ事を言っているも、ほぼ同然だぞ」


 そう言って、背を向けたまませせら笑うルシファーに、ソロモンが反論した。


「レイジーが手を打ってあると、ちゃんと言ったじゃろ。自身に都合の良い事しか聞こえんのか、お前達2人の耳は…」


「まぁいい。崩壊する可能性があるのなら、その時はその時だ。自分の手で直接手を下さずとも、神々が死ぬのなら、たとえ自分の身が滅びようと本望だ」


『おい、俺は死んでも御免だぞ! 神々やつらを殺せるならともかく、自分まで崩壊の巻き添えを喰らって、こんな牢屋で野垂れ死ぬなんざ、窮屈よりも耐えられねぇよ!』


 あくまでもベリアルは、自由になったうえで、自らの手を以ってして、神々に復讐する事が目的らしい。


 我儘にも近い、彼の訴えを聞いて、ソロモンは意外そうな表情を見せる。


「ワシはお前達を、神殺しを目論む、大悪魔の同志だと思っておったが、それはワシの間違いだった様じゃな。まさかこんな所で、お前達の意見が割れるとは…」


「フン。四方の大悪魔や、大罪の大悪魔のように、所属が違えば同じ考えを持つ大悪魔も、自ずと少なくなるだろう? 結局のところ、他人は他人。それと同じだ」


「考えが違えば、いつかは分かり合える可能性があるか? ルシファー」


 突如として響く、その場にいる4人の声ではない


 音を吸収する物が無いこの場所で、声のする方を割り出すのは、至って簡単な事であった。


 ソロモンはもちろん、ルシファー・サタン・ベリアルの3人も、同じ方向へと顔を向ける。


 すると途端に、頭の中の何かが切れたかのように、ベリアルが牢に掴みかかった。そして、その声がした方向に、怒声と罵声が混じった声を浴びせかける。


『レイジー…テメェッ!! どの面さげて、ここにやって来やがった!!』


「お前の自業自得だぞベリアル。師匠ソロモンが、お前達のマスターだった時ならともかく、お前や紙園の主でもある、俺の眼が黒い間は、絶対に神殺しはさせねぇぞ」


 「大悪魔のお前に、ココから出たら善行を積めとまでは言わねぇよ。だが…少なくとも改心や反省はしろ」と言って、レイジーはベリアルを指差した。


 『うぐっ!?』と言って、返答を詰まらせたベリアルは、自分の目の前を悠然と歩くレイジーを、さも恨めしそうに見つめるだけだ。


「おぉ、誰かと思えばレイジーではないか。どうじゃったかな? ハデスやヘル達が住まう冥府の居心地は?」


「正直…最悪だった。アレは死んでから逝くべき世界だな。イザナギが言っていた事を、やっと理解できた瞬間だったぜ」


 それを聞いたソロモンは、愉快そうに「ホッホッホッ」と笑って答えた。


 笑うソロモンを見つめる事、数えて約3秒。それから、レイジーの表情が一転する。


ならぬは、残念ながらこれでおしまいだ。それよりもソロモン師匠、アンタに聞かなくちゃならない事が増えた」


強欲と暴喰の大罪を―――どこに隠した?


「またその話か…。同じ事をいったい何千回ほど答えたと思っとるんじゃ。ちっとは頭を使って、自分で考えんか!」


「んな事言ったってよ…」


 そう言ったレイジーが、右手の掌を自分の後ろに見せると、レイジーの遥か背後で、ドスンと何かが落ちてきたような、とても鈍い音が聞こえた。


 すると、何かが物を引きずるような音を立てて、レイジー達に近寄って来る。


 そして、電灯に照らされた状態でその者を引きずる音を立てて、レイジー達に近づいてきた者の正体が露わになった。


 まず明かりに照らされたのは―――だ。


 その煙の中から、蒼くゴツゴツとした鉱石にも似た物体が出てくる。しかもかなり巨大で、全貌は煙と暗闇に隠れて見えない。


 このような生物を、今まで見た事の無いソロモンは、その蒼い鉱石的な何かを見つめたまま、自分の首を傾げる。


「はて、こんなものがこのエリアにあったかの?」


「煙……。なるほど、久しいではないか。いや、嫉妬の大悪魔―――よ」


「グルルルルル…」


 獄中にいるルシファーが名前を言い当てると、まるで地響きのような、骨の髄まで響く唸り声をあげた蒼い鉱石の持ち主、レヴィアタンが、ソロモンの前から顔を上げる。


 しかしその姿は、暗闇と煙に隠れて見えないので、レイジーが人差し指を、軽く振るう。


 すると煙を振り払い、星明りの夜と同じほどに暗い、電灯だよりの空間が何故か、昼間に負けないほど明るくなった。


 そうして、ソロモン達の前へと露わになったのは、蒼い鉱石ではなく、巨大で頑強そうな鱗。


 その蒼き体躯は、牢獄を見回る為の通路を、ほぼ埋め尽くすほどの太い体だ。因みに足らしきものは、どこにも見当たらない。


「お、おぉ…。見事で雄々しく蒼き龍じゃ。蒼い鉱石かと思っておったが、これはお主の鱗だったのか。このような猛き龍が、大罪の一角を守護する大悪魔とは…」


「あの……ソロモン師匠。雄々しくとか、猛き龍とか言っているが、レヴィは雌なんだ」


「ヴヴヴ…」


 まるで、そのような言葉は私に相応しくないと、言わんばかりの威圧感である。


 機嫌を損ねたと、レイジーに指摘されて、初めて気が付いたソロモンは、驚いた顔でレヴィアタンを見る。


「そうじゃったのか、それは大変な失礼をしたの…ん?」


 ソロモンがレイジーの背後、レヴィアタンの背中に1つ、そして彼女の足元にも1つの影を見つける。


 レヴィアタンの背中にある影は、どうやらレヴィアタンを、ベッド代わりにして寝ているらしく、「これ以上食べられない…」だの「あと10時間寝させて…」だの、とにかく場違いな事を、1人で呟いている。


「誰かは知らんが、この頑強な鱗の上で寝る者がおるようじゃな…」


『レヴィアタンの背で寝ている者は、怠惰を守護する大悪魔ベルフェゴールと言う。それはそうと、久しいなソロモンよ』


 そう言って、レイジーの後ろにいた者が、ソロモンに話しかけながら、電灯が照らす場所まで、ソロモンに歩み寄ってきた。その者の姿を見て、ソロモンも誰か分かった様子だった。


「おぉ。誰かと思えば、序列32位の王…いや、ここでは色欲の大悪魔アスモデウスと言った方が良いかな? 暗くて顔が見えんからな、色々とここは不便じゃの…」


『どちらの肩書きだろうと、我の事を指すのならば変わらない事だ』


 電灯が照らしたのは、もみあげと繋がるほどの立派な髭を蓄えた、獅子を彷彿とさせる、何とも威圧的な大男であった。


 彼は、七つの大罪を守護する傍ら、グリモワール序列にも名を連ねる大悪魔。グリモワール序列第32位の『ダイオス=アスモデウス』という。


 階級は王で、1位のバエルから数えると、5番目の王にあたる。


 そして、彼の口から紹介された、レヴィアタンの背で眠りこけている者は、怠惰を守護する大悪魔『ルブール=ベルフェゴール』。


 アスモデウスとソロモンが話している間に、レイジーが近くにあった、取り外し可能な電灯を手に取り、レヴィアタンの背中を照らしてみた。


 そこにいたのは、頭から捻じれて生えた2本の角をもち、非常にボーイッシュな外見をしている、ベルフェゴールの姿であった。


「ん~…なんなのもう。暗いんだから、もう夜なんでしょ~?」


「なに寝ぼけてんだ。ここに来る前は、昼間だったんだから、相当明るかっただろうが。いきなり夜が来るわけねぇだろ、さっさと起きろ」


 レイジーはそれだけ言うと、レヴィアタンに背中を揺らしてベルフェゴールを振り落とす様に言った。


 すると、彼女は尻尾を自分の背中まで伸ばし、器用に尻尾の先で、ベルフェゴールをレイジーのいる方向に弾いてみせる。


 見事に自分の両手の上へと落ちてきた、ベルフェゴールを受け止めたレイジーは、驚いた表情でレヴィアタンに話しかける。


「意外と器用なんだなレヴィ…」


「フン!」


 レヴィアタンは、それぐらいの力加減はできると言いたげに、鼻息だけで返事をした。


 鼻息を出したと同時に、レヴィアタンの鼻の穴から、大量の煙がモクモクと溢れてくる。


 レイジーの腕の中で、急にモゾモゾと動き始めたベルフェゴールが、半分だけ目を開けた。


「うぅ~、急に寝心地が悪くなった~…。あれ、なんでぼくこんな所で寝てるんだろ? レヴィの上で寝てたはずなんだけど…」


「守護する大罪の名に、一切負けておらん怠けっぷりじゃな」


 まさか、レヴィアタンの固い尻尾に弾かれてもなお、眠っていられるとは思っていなかったのか、ソロモンも目を丸くして驚いた。


 そんな調子のベルフェゴールを見て、深く大きなため息を吐いたレイジー。


「ハァ…まぁいい、とりあえず本題に戻ろう。残る大罪『暴喰』と『強欲』がどこにいるかぐらい、ちょっと教えてくれたって、別に構わねぇじゃねぇか」


「じゃから、自分で探せとワシはあれほど…。まぁ、どうせ泣きついて離れようとせんじゃろうし…仕方ないのぅ」


 そう言ったソロモンは、レイジー達に背を向け、水晶に向かってブツブツと何かを呟き始めた。


 すると水晶が緑色に光りはじめ、一瞬だけ目も眩むような強い光を放った後、蛍のように点滅を始めた。


「見当たらぬ2つの大罪は、真の名としてその名を隠して、お前を見守っておるようじゃ。何かをきっかけに、ある時突然、大罪に目覚めるやもしれん。じゃがこれは、ワシやお前ではどうする事もできん。その者の持つ心が、大きく動かぬ限りは……な」


「俺を見守る? どっかから俺を見てるってのか?」


「そういう事じゃな」


『ソロモンはいつも、情報を小出しにしてくる。……というより、断片的な予言しかできない。グリモワールを持っていた時は、アモン達と同じように、未来をはっきりと見る力があったのだが……』


 ソロモンから、それだけ答えられたレイジーは、何かを言いたげな表情をしていた。しかし、アスモデウスの言葉を聞いて、「ムムム…」と考えるような仕草に変わる。


 すると、その様子を傍で見ていたサタンが、唐突に口を挟んできた。


「見守っているとなれば、ソロモン王が言う者は、この紙園の中にいるはずだ。悪魔は数こそ多いが、存在するグループの数は、そこまで多くはない。となると、潜んでいる確率が一番高いのは…」


「大悪魔の数が多い、グリモワールの中……って事か!?」


「あくまでも確率の話だ。そこを忘れるな」


 「あぁ、分かった」とサタンに言った後、レイジーがベルフェゴールを抱えたまま、入り口の方へと踵を返した。


 レイジーが踵を返したのに合わせて、アスモデウスとレヴィアタンも後ろを向く。


 と、その時。何の前触れもなく、唐突にソロモンが「ん……!?」と、柄にもなく驚いた声を上げる。


「待つんじゃレイジー! 途切れ途切れじゃが、まだ何かあるぞ!」


「あ?」


 レイジーが歩みを止めたと同時、ソロモンが水晶の中心を凝視したまま、レイジーに話し始める。


「訪れる星。紙園を襲う鉄塊の軍団と、異界より来る8体の神…だそうじゃ」


「星? 近い内に訪れるミーティアーズの事か?」


 ミーティアーズとは、紙園の遥か上空。他次元の干渉から、紙園を守るための次元壁の付近を、小惑星が突き抜けていく現象の事だ。


 その色は、実に様々な色へと変色し、天を横切る物もあれば、紙園めがけて落ちてくる物もある。


 簡単に言うと、流星群に近い現象とでもいうべきだろう。


 紙園にいる者達は、何かしらの形で、全員が見るこの大きなイベント。当然ソロモンも、この事を知っていた。


「恐らくはそうかもしれんな。ルシファー、お前さんは星を守護する熾天使だったじゃろう。こういう時こそ、力を貸してやる時ではないのか?」


「…フン。あの程度の流れ星なら、レイジー1人でも十分だろう」


「まぁ、いいさ。お前達にも、いつか紙園を護る為に動いてもらう。力を借りるのはその時でいい」


 「逆に、貴様1人で解決ができない、困難などあるのか…?」という、ルシファーの独り言は、レイジーには聞こえていないようだ。


「それと、異界より来る8体の神ってのは……あの次元障壁を超えてやって来るってのか?」


「それ以外に方法など無かろう。ここを障壁で囲んだのはお前じゃろ?」


「まぁ、そうなんだが……」


 そう言いながら、レイジーは後頭部に手を回し、難しい顔のまま頭を掻く。彼には、ずっと理解できない事が2つあった。


 1つ目は―――カエデとデウスクエスの、紙園来訪について。


 先程から言う様に、叡智の紙園は他次元からの干渉を防ぐ為に、次元障壁と呼ばれる壁に、四方を囲まれている中で浮かんでいる浮島だ。


 この次元障壁を超える方法は、大きく分けて3つある。


 1つは、レイジーの持つグリモワールの転送魔法を使って、次元障壁をすり抜け、紙園の外へと出る方法。もちろん、出られるならば入る事も難なくできる。


 2つ目は、ガープの能力による、ガープの異世界を経由した移動である。こちらは、ガープの能力にも限界がある為、グリモワール程の自由さは無い。


 そして最後、これはスサノオが紙園から落ちた時、彼等を回収する為にも使った、冥界を経由するやり方だ。


 こちらは、ハデスの一任で、行き先を決められるが、本人がよっぽどの事が無い限り、許可を出さない。


 問題はここからだ、カエデとデウスクエスは、これら3つの方法を使って、。つまり、紙園の外から何者かの力によって、紙園へと送り込まれた事になる。


(他次元との繋がりを、完全に隔絶したはずなんだが、まだ何者かが紙園の存在を知っているって事か? これは一度、ちゃんと障壁の組み方を、根本的に見直した方が良いな…)


 そして2つ目―――なぜスサノオとヘラクレスが、紙園から


 落ちた理由については、直接彼等に聞いている最中である。


 しかし、ソロモンの元を訪れる前に、アルテミスはスサノオ達が落ちた箇所で、草木が荒らされた痕跡と、紙園の淵が崩れた痕跡があったと言っていた。


 レイジーにとって、そこが一番引っ掛かる箇所なのだ。


(確かに俺もあの時、アルテミスのいた場所でちゃんと見ていた。スサノオとヘラクレスが、組手か何かをしていたならともかく、あんな妙な跡が付くか…?)


 ちょうど―――尻尾みたいな形状の物を、引きずったような跡が。


「どうやら、予言はこれだけのようじゃ。まずは暴喰の偽物を倒すことが先決じゃぞ。レイジー」


「……あ? あ、あぁ。そうだな」


 考え事の最中に、ソロモンの声でハッと我に返ったレイジーは、適当な返事を返して、お茶を濁した。


 ソロモンは、適当にお茶を濁したレイジーを、大して気に掛ける様子もなく、レイジーの顔を見て返答に頷いた後、背を向けてしまった。


「さぁ、行ってくるんじゃ。ワシはまだ、コイツ等と話す事が、ごまんとあるからの」


『ケッ。そんな事言ってる割には、同じ話題しか振ってこない気がするんだがな』


「まぁそういうなベリアル。老い先短い老人の妄言を聞くぐらいなら、お前さんの長い寿命に何の影響も与えんじゃろ」


『確かにジジイの言う通り、妄言を聞くぐらいなら寿命に影響しねぇよ。だがな! そもそもここに閉じ込められてる事自体が、俺様の長い寿命に影響してるんだよ! このまま獄中で、惨めに野垂れ死ぬのは勘弁だぞ! おいレイジー、いい加減にここから出せ!』


「それは無理な話だな。お前、まだ反省の色が見えてねぇし。どうせ出したら出したでロクな事をしそうにない事ぐらい、簡単に想像がつくしな」


『ンギギギ…!!』


 ベリアルは、人を1人刺し殺せそうな眼光を、レイジーに向けるが、当の本人は知らん顔だ。


 牢ごしに、こちらを睨み付けてくるベリアルを、レイジーはせせら笑った後、思い出したように、指をパチンと鳴らしてソロモンに向き直る。


「おっと、そう言えばやらなきゃならねぇ事があったんだった。それじゃ師匠、ベリアル達の面倒、宜しく頼むぜ」


「任せておけ。そのぐらいなら、こんな老体でもこなせるわい」


『おい! ちょっと待てレイジー!!』


 ベリアルの怒声も、全く耳に入っていない様子だ。


 レイジーは、レヴィアタンの背にベルフェゴールを再び乗せると、踵を返してその場から去る。


 しかし、アスモデウスが去り際に、ベリアルの方へと近づいてきた。


『お前だけだぞ。王の階級にある者達の中で、このような場所に入れられているのは。どうせお前の事だ。熾天使や神々が気に入らない事は百も承知の上だが、少しは大人しくしたらどうだベリアル』


『フン、大きな世話だ。大体、お前らの方こそ、どうしちまったってんだ! 72の悪魔俺様達の主が、ソロモンのジジイから、いきなりレイジーあの野郎に変わったってのに、揃いも揃って全員が犬の様に尻尾を振りやがって! お前等には大悪魔の矜持プライドってのが、欠片ほどもねぇのか!?』


『……よく聞け、ベリアル。ここに入れられたお前は知r』


「おい、アスモデウス。どうした? もたもたしてると置いて行くぞ?」


 レイジーの呼ぶ声が聞こえたと同時、外へと通じる門が開く音が、徐々に大きく聞こえてきた。


 差し込んでくる光に、アスモデウスは眼を細め、手で光を遮る仕草をした後、ベリアルに改めて話しかける。


『……今度お前と話す機会を必ず設ける。それまでちゃんと、大人しく待っておくんだ。分かったな?』


『ケッ! どこぞのワンころ共みたく、大人しく待ってられるほど、躾はちゃんとしてねぇモンでな!』


 『躾をしなくとも、大人しくなる。……繋ぎとめる鎖さえあればな』と返したアスモデウスは、レイジーの後を追って、ベリアルの牢屋の前から立ち去った。


 そして門が閉ざされ、再び暗闇が支配するようになったと同時、ベリアルは足を組んだ状態で横になる。


 そして、彼らしくもなく、黙ったまま虚空を見つめる事、およそ6秒間。誰に対してでもなく、ベリアルは小さく徐に呟いた。


紙園ココには、まだ分からねぇ謎がたくさんある。レイジーアイツ…一体俺達に幾つ隠し事してんだ?』

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