尋問と拷問は紙一重

「本当なんだって! この通り、頼む! 頼むから信じてくれよクシナダ!」


「いいえ、到底信じられません! どうやって紙園の外から植物が生えてきたって言うんです! それこそ、前に聞いた『ジャックと豆の木』の御伽話おとぎばなし、そのままじゃないですか! 今まで聞いた中で、ダントツに出来の悪い言い訳ですよ!」


「うぅ……」


 冥界を経由して、何の問題も無く紙園へと帰ってきたスサノオは、帰って来て早々に、アマテラスとクシナダからこっぴどく絞られた挙句、レイジーの指示で事情聴取のような機会が設けられた。


 スサノオが事情聴取を受けるのなら、もちろんヘラクレスも例外ではない訳で、実際に立ち会ったアルテミスと、彼の知り合いであるアポロンが担当している。


 先程のやりとりから分かる通り、スサノオが喋っている事が、クシナダには微塵も理解されていないようであった。


「私や子供達だけならまだしも、色んな人達に迷惑をかけて……。本当にイザナギ様を支える、三貴子の一柱という自覚がありますか!?」


「なんで事情聴取が、いきなり説教に変わるんだよ!?」


 「いけない、いけない。私の大和撫子としての品格が……ゴホン」と小声で言った後、咳払いをしたクシナダは、暫くの間を置いてから、スサノオが言っていた事をまとめる。


「つまり。ヘラクレスさんと、組手か何かをしていた最中、紙園の外から植物が生えてきて、それに紙園の外へと弾き飛ばされた……と?」


「そういう事だ。それ以外に言いようがない」


 夫婦漫才にも似たようなやり取りを、何も言わずに傍らで聞いている者達がいた。


「……姉ちゃん。スサノオが本当のことを言ってると思う?」


「正直な所、私も信じられません。スサノオが珍しく、必死になって信じてもらえるように伝えようとしているのは、確かに分かるのですが……」


 アマテラスは、小さくなってしまったツクヨミを、抱きかかえた状態で、スサノオとクシナダのやり取りをずっと見ていた。


 するとそこに、何者かがスサノオの事情聴取をする部屋へと、ソッと入って来る。


 ツクヨミとアマテラスの存在に、入って来てから気が付いたその人物は、声を掛けようとしてから、考えるような仕草を取った。


「あ、え~と……曾々々々ひいひいひいひい爺さんの、お兄さんとお姉さんでしたっけ?」


「……色々と言いたい事はありますが、そんな言い方になっても、仕方ないでしょう。ツクヨミ。貴方は知らないかもしれませんが、彼は大国主命オオクニヌシノミコトと言って、スサノオの子孫にあたる八百万の一柱です」


「えっ!?」


 これには思わず、人見知りのツクヨミも、彼の顔を二度見した。


 驚くツクヨミの顔を見て、オオクニヌシが笑う。彼の笑った顔は、どこかスサノオに通じるところが、確かにあった。ちょうど、スサノオが能力制限を解除した時に見せる笑顔と、少しだけ似ている…かもしれない。


「い、言われてみれば、確かにスサノオに似てるような…?」


「まぁ、それはともかく。俺の爺さんが迷惑をかけました。紙園から落っこちたって話を、黄泉から帰ってきたクラマさんから聞いて、慌ててここにすっ飛んできた次第です」


「それはご苦労でした。ひょっとすると、貴方の力を借りねばならないかもしれません。その心づもりはしておいてください。なんせ肝心のスサノオが、ご覧の通りあんな調子ですから」


 オオクニヌシは、アマテラスの言った事に対して、笑いながら返答する。


「冗談はよしてくださいよ。三貴子の貴女方が、3人がかりで勝てない相手に、八百万やおよろずの一柱に過ぎない俺が、役に立てると思いますか?」


「貴方には私達と同じ、始祖であるイザナギとイザナミの血も流れています。更には、私達3人の中で一番武勲の高い、あのスサノオの子孫です」


 「何より貴方にも、三種の神器とオロチを操る資格があるのですから」と最後に言って、アマテラスがニコッと小さく笑った。


 その笑顔を見て、オオクニヌシは、何かを悟ったような表情を見せる。


「……あ、つまり爺さんかが倒れたときの、代わりになれって事ですか?」


(あぁ、姉さんの笑顔を見て何か察してる。やっぱりスサノオの子孫なんだなぁ)


 感覚的な部分で、オオクニヌシもアマテラスの笑顔を見て、彼女の考えている事が分かっているようであった。


 彼のやり取りを見ていたツクヨミは、口には出さずとも、胸中で1人だけ、彼がスサノオの子孫である事に納得する。


「だってもヘチマもありません!! 貴方も男神でしょう!? 少しは落ち着きってものを身に付けなさい!!」


「あぎゃぁああぁあぁぁあぁ!?」


 ツクヨミが1人で頷いていた最中、スサノオの悲鳴が聞こえたかと思えば、何かが壊れる音と共に、ツクヨミの体がアマテラスの両腕の中から、するりと落ちてしまった。


 ツクヨミは、何とか地面に着地して、事なきを得たが、それと同時にアマテラスの顔を見るべく、彼女を見上げる。


「あの……何があっt」


 オオクニヌシが、茫然としているアマテラスの横顔を見て、恐る恐る彼女に声をかける。


 オオクニヌシの尋ねる事に、一切答えない彼女の視線を追った先には―――部屋に空いた大穴の前で、無言のまま立っているクシナダの姿であった。


 なぜか、部屋の中で尋問の対象となっていた、スサノオの姿が消え失せている。


 その光景を見たオオクニヌシは、「あっ……」と小さい声をあげて、全てを察したような表情を見せた。


「なになに!? ちょ、何があったのよ!?」


 その騒ぎを聞きつけた、アルテミスとアポロンが、いきなり部屋に押し入ってきた。彼女達の後ろから、ヘラクレスも入って来る。


 ヘラクレスは、部屋に入って来るなり、事の顛末を察した様子で、自分の額に手を当てた。


「うわぁ……。スサノオの奴、とうとうやりやがったな……。だから自分の嫁さん怒らせるなと、あれほど忠告したってのに」


 よく見ると、壁に空いた穴の先。地面が抉られたような跡があり、その傷跡の中で、スサノオが見るも無残な姿に変わり果て、力なく横たわっていた。どうやら、気絶しているようだ。


 実はこの光景を見て分かると思うが、クシナダにはもう一つの能力がある。


 クシナダは「櫛の姿」へと変身する。櫛には古来より、呪的な力が宿ると信じられていたらしい。それは、櫛に姿を変えられる彼女も、例外ではない。


 呪的な力を、ツクヨミと同じ「祝詞」によって解放し、解放した力を自分の意志によって行使する。自身が変じた櫛を挿した者に、力を分け与えるだけの能力では無いのだ。


 で、スサノオの身に、一体何が起こったのかを、簡単にだが説明しよう。


 呪的な力を開放したクシナダから、顔面に右ストレートを貰って吹っ飛んだ挙句、壁を突き抜けてしまった…という訳だ。


「貴方はもう、いい年こいた大神おとななのですよ…。なのにも拘らず、言い訳の雨嵐とは一体どういう事ですか!?」


「だ、だから俺は…本当のこt…」


 途切れ途切れの意識で、そこまで言ったスサノオは、糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった。


 自分の忠告を無視したとはいえ、流石にこの仕打ちは見るに堪えなかったのか、ヘラクレスがクシナダに声をかける。


「あ~。お取込み中のところ悪ぃが、俺はスサノオが言っている事は、本当だと言っておくぜ。それとスサノオの嫁さん、アンタ少しやり過ぎだ」


「こ、これぐらいしないとその人は分からないから……」


「いくら何でも、これはやり過ぎだろ……」


 返答に詰まりかけているクシナダに、それだけ言ったヘラクレスは、意識のなくなったスサノオに近づき、軽々と彼を担ぎ上げる。


 そして、部屋の中にいる者達に顔を向けると、少し考えるような仕草をしてから、口を開いた。


「悪ぃがアポロン、とやらは後にしてくれ。親友スサノオの安否が第一なモンでな。レイジーにも伝言頼んだぞ」


「え!? ちょ、ヘラクr……」


 一方的に、事情聴取の中止を、アポロンに告げたヘラクレスは、彼の返答を待たずに、少し屈んだ体勢になった後、大きく跳躍する。


 その衝撃たるや、ちょうどロケット発射の瞬間とよく似ており、衝撃波と共に地面が抉れる音が響く。


 ヘラクレスが発生させた衝撃波は、アポロン達のいた部屋の中を駆け巡る。


  衝撃波に吹き飛ばされないよう、精一杯踏ん張ったアポロンは、衝撃波が収まった直後に、前方を遮っていた腕を下ろして前を見る。


 もちろん、大穴の先に、ヘラクレスとスサノオの姿は無い。


 アポロンは頭を掻きながら、レイジーにどう言い訳すればよいか、考えるハメになってしまった。


「全く……。昔から強引な所は、全然変わってないなぁ」




「……はぁ!? ウソでしょ!? 私を揶揄からかってんの!?」


 突如として響いた怒声に、タナトスと遊んでいたラファエルが、ビクッと肩を震わせた。


 そして、怯えた様子でタナトスの後ろに回り込み、その声がした方向を恐る恐る覗く。


 そこには、一つの机を挟んで、バンと大きく机を叩くカエデと、肩に乗ったフェニックス。そしてハデス夫妻の姿があった。


 ハデスは参ったような様子で、額に手を当てている。…なぜかペルセポネは、そんな2人の様子を見て、ニコニコと笑っている。


「だから、さっき言った通りだ。私やタナトス、ペルセポネも一緒になって探してみたが、該当する者はいなかったぞ。本当に死んでいるのか? 貴様が言う者は……」


 掠奪者ブランダラプターが原因で冥界に死者が溢れ、スサノオを回収する為に、冥界を経由した一件も重なって、ハデスの表情に疲弊の色が濃く表れている。


 ……尤も、ハデスは骸骨なので、表情などある訳が無いのだが。


「貴方達も、アレの討伐に力を貸してくれたじゃない! その時どれだけの人が死んのだか見てたでしょ?!」


「見つからない死者は、冥界のどこを探したとしても、見つからないと何度言えば……」


「アンタがこの冥界の王様なんでしょ!? ここにやって来る、死んだ人達だって、ちゃんと把握してるんじゃないの!?」


「確かに、私が冥界を治めているのは事実だ。しかし、冥界ココに該当者がいないという事は、その者は死んでいないという事になるだろう?」


つまり、貴様の言う『日向 蓮』とかいう奴は―――


「…!?」


「冥界にいないって事は、つまりそういう事なの。大丈夫よ、生きているならきっと会えるわ。尤も、私達と話している時点で、会える確率は冥界を調べた方が高いのだけれど……」


 そこでペルセポネが、ニコッと笑い、「でも相手だって人間だし、やっぱり生きている内に会いたいでしょう?」とカエデに聞いてきた。


「そ、それは確かにそうだけど……」


「あの凶暴を具現化したような生物から、一体どうやって逃れたのかは知らないが、とにかく生きている事だけは確かだ。…生き残りはお前だけだと、レイジーから聞いていたが、喜ぶべきではないのか?」


 ハデスはそう言うが、カエデは素直に喜べなかった。


「……確かに喜ぶべきなんだろうけど、私はあの人の姿を見るまでは喜べないわ」


 それだけ言って目を伏せた後、「でも、生きている事が分かっただけでも十分よ。ありがと」と言う。


 そして、タナトスの後ろに隠れていたラファエルに、「そろそろ帰らなくちゃ」と言って、彼女の手を取った後、2人に背を向けて退室した。


 そんな、カエデの後ろ姿を静かに見送った後、ハデスがポツリと呟く。


「まるで、冥界に攫ってきた時のお前を見ているようだった。やはりお前にそっくりだ、あの子娘は……」


「えぇ。アテナちゃんほど、積極的な子ではないし、冷めた所もあるけど…。私は彼女にも似ているように思うわ」


 その言葉を聞いて、ハデスは暫く考えた後、確かに思い当たる節がある事を認めて、首を縦に振った。


「確かにそうだな。しかし、レイジーは何の目的があって、あの子娘を紙園ココに入れたのだろうか?」


「さぁ……? 「レイジーは何を考えているか分からない」という言葉が、色んな方達から聞こえてくるのは確かです。恐らく、レイジーさんの考えを、ほぼ完璧に把握しているのは、あの従者達だけではないでしょうか」


「地獄を司る大悪魔の連中か。ただいたずらに、生を終えた者達を苦しめるだけの世界を護る者達が、紙園の主の忠実な召使いとはな……」


「あら、それを言ったらレイジーさんのお師匠様も、その召使い達を使ったせいで、地獄に堕ちたという話ではありませんか」


 ソロモンの話を出した途端、ハデスの表情が一気に曇る。


「アイツは特別だ。本来なら亡者の世界こちらがわを司る者は、万物に対して常に平等でなければならないのだが―――ソロモンの精神体たましいだけが、紙園むこうに残っている状態だ。まぁ、許すべきではないのだろうが、レイジーの頼みとあっては……な」


 そう言ったハデスは、座っている自分の姿を映す、壁に掛けてあった鏡を見て、何かを憂うような口調で、誰に聞かせるでもなく呟いた。


レイジーやつにはレイジーやつなりの考えがあるのだろうが、奴の目的―――そしてなのだ……?」

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