ギルティオン始動準備指令

 樹達の国は、てんやわんやの大騒ぎになっていた。


 樹が捕まえた衛兵からの話によると、どうやら樹達が問題にしていた農村群の辺りで、とんでもないモノを目撃したという者達が、後を絶たないという。


 最初は樹達も、例の植物が映った映像の真偽を証明する、証言が得られるのかと期待していた。


 しかし、聞けば「天を衝くほどの巨大な体躯を持つ蛇がいた」だの、「雲に耳が届くぐらいの、鎖を身に纏った大きい狼がいた」だのと言う様に、ホラを吹くにも程があるぞと言いたくなるような、目撃証言とは到底思えないものばかり。


 最初は「面白い冗談だ」程度で笑っていたものの、同じような証言が4件を超すと、流石に笑えなくなってきた。


 衛兵達への事情聴取を終えて、自分達の研究室へと戻る最中、樹は終始首を傾げて考え事をしている。

 

「どういうことだ……? 捕まえた衛兵達は、大きく分けて2種類の目撃証言を耳にしたと言っている。アレが撮影された農村群で、一体何が起こっているんだ?」


「ひょっとして、あの変な植物か、人影モドキに関係してるのかしら?」


「まさか、『この世界の環境が少しずつ、原初へと戻っているんだ~』とか言い出すんじゃあるまいな?」


「そんなバカな事は言わないわ。むしろその逆。人の数を減らす為に、環境が急変しているかもって事よ」


「どちらにしろ、馬鹿な事を言っているのに違いはないな。第一、天を衝く程の巨体が、地上に生存できるわけがないだろう。何かしらの力で、宙に浮いているならまだ分からないが、地に足を付けた状態だぞ?」


 確かに、これまでの生物の歴史の中には、全長が10mを優に超える種類もいたとされているが、その大半は水中にいる生物であった。


 しかし、今回目撃したという情報の生物は、天を衝く程の巨大ななのだ。


 ワニ蜥蜴トカゲのような四足歩行ならば、まだ現実的かもしれないが、狼のような四足歩行となると、更に胡散臭さが強くなる。


 鰐や蜥蜴のような四足歩行ならば、まだ現実的とは言ったが、一般的にクジラが陸に上がったとしたら、自分の体重で臓器が潰れて死に至るというのは有名な話だ。


 つまり、鯨が仮に鰐や蜥蜴と同じような、四足歩行をする生物だったとしても、臓器が潰れて死に至るという事実は、変わらないという事になる。


 鯨と同等の大きさで、臓器が潰れて死んでしまうという状態なのに、天を衝く大きさの生物が、狼のような四足歩行で、自分の体を支えられるのだろうか。


「どこからどう考えても、そんな生物が存在するのかどうか自体が、非常に疑わしい所だな」


「そこについては賛成ね。本当にいるのかどうかも怪s」


 叶香の言葉を遮るような形で、廊下に鳴り響くサイレンの音。


 音を吸収する物が、一切無い廊下で聞く、サイレンの音は、唯々喧しいだけであった。


 小指を耳の穴に詰めて、音を聞こえ辛くしても、まだ普通に聞こえてくる程の音量であった。


 だが、サイレンの音量が普通になった為、サイレンに合わせて、何かを呟いている声が、微かに聞こえるようになる。


『緊急連絡。望堂 樹及び、音姫木 叶香の2名は、至急指令室への連絡をとるように。繰り返す、望堂 樹及び……』


「マジか。まさか「ギルティオンを動かせ」なんて言い出すんじゃねぇか?」


「案外、国の連中も腰抜けが多いのかしらね」


 そんな冗談を言いつつ、2人は仕方なしと言いたげな表情で、指令室へと目的地を変えた。


 数分後に、指令室へ到着した途端、「ギルティオンの実践段階の実験を許可する」とだけ、軍の関係者に言われ、ロクな経緯の説明もないまま、指令室を追い出されてしまった。


 もちろん樹と叶香は、なぜ急に実践段階の実験を許可されたのかについて、説明を求めた。


 しかし、樹と叶香を呼び出した軍の幹部は、「貴様らの問いに答える必要性は無い」とだけ言われ、説明を頑なに拒まれた。


 ここでいつまでも、軍の幹部と言い争いをしていても、時間の無駄だと判断した樹は、叶香を連れて、早々にその場を後にする。


「本当に軍の奴等はビビってるのか? それとも説明が無かったって事は、国の上層部の連中から、固く口止めされてるのか……」


「どちらにせよ、本当に腰抜けばっかりだったって事よね」


 まさか、適当に口から出たでまかせが、本当だったとは思わなかったようで、2人とも笑うよりも先に、驚きが顔に表れていた。


「とにかく、形はどうであれ、これでちゃんとした出撃許可が下りたんだ。これでギルティオンが大手を振って、堂々と外に出られるって訳だ」


「それもそうね。とりあえずそっちは素直に喜ぶとしましょう」


 そう言った叶香も、鼻歌交じりで小さくスキップしながら、樹を追い抜いたかと思うと、樹の方に振り向き、屈託の欠片も無く、年相応の少女らしい笑顔を見せた。


「!! あい……!?」


 叶香の笑った顔を見て、ふと思い浮かんだのは、あの日忽然と姿を消した、樹の妻『望堂 藹もうどう あい』の面影であった。


 突発的に、彼女の名前を口にした樹を見て、叶香は笑顔から表情を変え、心配そうな顔で樹の顔を見る。


「えっ? ど、どうしたの急に……?」


「……あ、いや。何でもない。さぁ、ギルティオン起動の準備に取り掛かるぞ、そうと決まればさっさと行動だ」


 (いくら10何年経っているとはいえ、俺とアイツの間に、子供なんていない。単なる見間違いだろう)と樹は、胸中で自分に言い聞かせ、自分の前に立っていた、叶香を追い越して先に進んでいく。


 態度が途端に不自然になった、樹の後ろ姿を見て、何か引っかかるものを感じた叶香。


 それから暫く考えた時、彼女はある可能性をふと考えた。


(……アイって、私のお母さんの名前よね。そう言えば、お母さんの口から、父さんの名前を聞いてないわ。私が聞かなかったのもあるけど、まさか……ね)


「何をしてるんだ叶香。さっさと来い!」


「あ、ゴメン。今行くわ」


 (恐らく同じ名前の女の人を、ふと思い浮かべただけでしょ…。アイって名前の人、結構いそうだし)と、自分が考えた事を、頭の中から追い出した叶香は、早く来いと急かす樹の声に導かれるがまま、彼の後を追った。

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