多次元開発の代償 ~迫りくる未知の脅威~

 モニターには、60mはあるかと思われる鉄の巨人が、二体も映されている。カエデの上官は、そのモニターに映る何も言わない巨人をジッと見つめる。


 すると手元にあるタブレットに、二機の完成情報が即座にインプットされ、人工音声がその情報を読み上げる。


『一号機デウスクエス、二号機アラストゥム。二機共に全体の98%まで完成』


「…残りの2%は?」


『電脳連結機能の要である、二機間の連携機能部がまだ未搭載です。…コレが敵を脅す、とっておきの切り札となりえるのでしょうか?』


「…1体の人工知能に過ぎないお前が考えるべき事ではない」


『これは出過ぎた真似を…失礼致しました』


 その言葉を聞いた上官は、「もういい、下がっていろ」とだけ人工知能に伝え、タブレットの電源を落とした。


 この二機が動くのは、もうすぐ間近である事は間違いない。…だが、あちら側の指導者。クレイによく似た青年について、上官は知っている事が一つだけあった。


 この指導者がいる次元を発見する前、デウスクエスとアラストゥムが完成するよりも前の話だ。この国が、生物という生物全てが死滅した次元を発見する。


 その次元にいた動植物が、一匹残らず絶滅した原因を調査したものの不明。


 だが、祭壇と思しき石でできた建造物に群がる様にして、腐敗が進んで白骨化している遺体が、大量に発見された。中には、焦げた跡がある遺体もあったのが、何よりの特徴だったと報告にもある。


 遺体群は全て白骨化している為、人間のような知的生命体であったかの確認こそ出来なかったが、謎に満ちた『2冊の奇妙な本』を回収する事には成功している。


 一冊目の特徴は、祭壇に祀られていた形跡があり、その本を大切に抱くかのようにして、白骨化した遺体があったのが特徴。


 そしてその本は、常に不気味な光を放ち、遺体の腕の中で輝いていたと言う。


 2冊目の特徴は、1冊目と同じく祀られていた形跡がある。しかし決定的に違うのは、その本を隠そうとしていたのか、地面に穴を掘っている途中で白骨化している遺体が、その腕の中に持っていたと言う事だ。


 しかもその本を発見した地点は、例の祭壇から300m程離れた場所だ。一冊目と色こそ違うが、同じような不気味な光を放ちながら。


(それから私達は、カエデの構想にあった、この2機の開発に取り掛かった。しかし…)


 アラストゥムの開発途中、不測の事態に陥り、肩の部分が爆発を起こした事故があった。


 それが、アラストゥムの操縦者を失う、直接の原因になったのだと、『表向きには』考えられている。


 その操縦者が亡くなった後、1つの噂が流れている事を知る。


 その噂によると、多次元開発の調査で持ち帰った未知の本が、片方のみ持ち去られていると、上層部で密かに騒がれていたのだ。


 上司はその事を耳にした時、アラストゥムの操縦者『クレイ』が、常に読みたがっていた本についての会話を思い出した。


『なぁ上官。この世の全てを好きにできる、魔法のような本があったら、是非ともそれを読んでみたくないか?』


『フン。もしあるのなら、是非ともお目にかかりたいものだな。そんな物が仮にあったとしたら、誰もこの国みたいに群れたりしないさ』


『ハッ、それもそうだな』


 上官はその瞬間、頭の中に一つの考えが過った。もしかすると彼は……通称コードネーム『グリモワール』と名付けられた、あの禁忌の秘匿本を読んだのかもしれない。


 実はあの本に目を通した者達は全て、例外なく消息を絶っていると言われている。もし彼が、グリモワールを読んだのならば、もちろん彼も例外なく消された事になる。


――――だが彼によく似た、瓜二つの人物が敵方にいる。


 あの本の中に書かれている内容を知ろうにも、実物はもうとっくに失われている。仮に彼が『クレイ』本人だったとして、彼はどうやってあの爆発事故の中から生き延びたのだろうか……。


(…全て憶測の域を出ない話だ。死んだ人間に、いまさら何の未練があって…!!)


――――『緊急通達! 帝国司令部に謎の侵入者を発見。その数…』


 突如として、デウスクエスとアラストゥムを映すモニターを塗り潰し、司令部の敷地内に侵入した者の数を示す画面に切り替わった。その数は10、20、30…と、衰えを知らず不気味に膨らみ続ける。


まるで上官に――――『絶望』を突き付けるかのように。


 とその時、上官の部下である士官の一人が、ドタドタと慌ただしい音を立てて部屋に押し入ってきた。


 肩で息をしながら、完全に冷静さを欠いた様子で、思い出したように、自分に背を向けている上官へと敬礼をする。


「上官! 突如として侵入者が…いかがいたしましょう!?」


「いかがいたしましょうではない! さっさと侵入者を退ける準備を…!」


 苛立ち紛れに言葉を放つと、上官はその報告に来た士官の方へと向き直った。しかし、そこに上官の思い描く士官の姿は無い。


 体そのものは、確かに士官のそれだが、体から突き出す腕…いや、既に腕は切り落とされているので『一対の鋏』と言った方が正しい。


 体から、腕の代わりに突き出す鋏を見れば、既に士官だった物であるという事を、一言も語らずして物語る事も容易い。


 来ている軍服は血に汚れ、既に息絶えている事が、肌の色合いを見ずともわかった。


 だが…喋るのだ。たった今、その『動く奇妙な死体』は、まともな言葉を喋ったのだ。


 先程までまともに喋っていた異質な死体は、途端に様子がおかしくなり始める。二つの眼球の視点は定まらず、急に死体の足取りも不規則になった。更には、音声を発する壊れた機械の様に、同じ単語を連呼し始める始末だ。


「侵入者…侵ニュウ者…退ける…退ケる…!!」


「な、何が…一体何が起こっている…!?」


 その時、上官の頭の中を過ったのは、口にこそしていないが、実の一人娘であるカエデの事だった。


 上官は怪物との間合いに気を付けながら、胸元にある軍事用の連絡機を手に取り、緊急連絡のボタンを押した。片方の手は、いつ襲われても良いように、軍刀の柄に手をかけてたまま…。



「ふぁあ~…。よく寝t…ん?」


 目覚ましの音に、仮眠をとっていたカエデは、喧しく起こされた。カエデは、ヘッドフォンから流れる、喧しい目覚ましの音かと思っていたが、喧しく鳴っている音は、上官の声であった。


 その声は、かなり焦っているようで、通信をしている声の後ろでは、何やら物を滅茶苦茶にしている音が聞こえている。――――未だかつてない程の嫌な予感がした。


『き、聞こえる…か。カエ…デ』


「上官!? 一体私が仮眠をとっている間に何が…!」


『それよりも…いいか? たった一度しか言わない。俺の遺言だと思って…よく聞いておけ。お前だけは…逃げろ。『一号機 デウスクエス』に乗って…!!』


 そこで上官との連絡が、ブツリと野太い音を立てて途切れた。ノイズしか伝えなくなった通信機の電源を切り、無言のままカエデは周囲を見渡す。


 彼女が今いる仮眠室の中は、普段と何も変わらない静かな部屋だ。


 しかし、最低でも誰か一人は、シフトで寝ている士官がいる筈だが、今日に限ってカエデ以外の人間がいなくなっている。


 カエデは、自分の仮眠ベッドの隣に置いてあった軍帽を被り、立て掛けておいた軍刀を帯刀して、扉に設けられた窓から、全く音がしない外の様子を窺いながら外に出た。


 まるで、自分以外の生き物と言う生き物全てが、一体残らず連れ去られたかのような静けさだ。


(私が寝ている間に、一体何が起こったの…?)


 草木も眠る丑三つ時ならば、まだある程度理解はできるが、今は昼間だ。太陽が昇っている時にしては、余りにも静かすぎる。この帝国軍に所属する士官は、ざっと数えただけでも、優に40万人を超える規模だ。


 そんな規模の士官達が、たった数時間仮眠をとっていた間に、一人残らず姿を消せるのだろうか。少なくとも、カエデの上官がいたのは確かだが、あの様子を見るに何かがあったのは間違いない。


(デウスクエスには、2人までなら乗り込める…上官を助けなくちゃ)


 今のところは、廊下にも目立った異変は見受けられない。だが、廊下を進んでいった先で、防護フィルターが待ち構えていた。防護フィルターとは、施設内部に侵入者がやって来た時に発生するモノではない。これは本来、火災から大事な機密情報を護る為に作動するものだ。


 だが、その防護フィルターを一目見て、カエデは明らかにおかしい点に気が付く。


――――防護フィルターの端が切断されているのだ。


 切断と言っても、ハサミで紙を切ったような切り口になっている。固い鉄がこのように、容易く切断される事は、常人が考え付く限りではまずありえない事は明白だ。


 はたして、この切断された防護フィルターと、カエデ以外の人が一人残らず消えた事が、本当に関係しているのだろうか…?


「な、何があったのよ…本当に」


 切断された箇所から、少しだけ向こう側の様子が覗けるようだったので、カエデは屈み込んで、恐る恐る覗いてみる。


 …すると、その先にはおぞましい光景が広がっていた。


 例えるならば――――『地獄がこの世に顕現した光景』としか表現のしようがない程の惨い物だった。


 切れ目の先から覗ける範囲は全て、壁も床も赤く染まっており、廊下を照らす電灯にも、赤いペンキのような物が塗られて、不気味に赤く光っている。半分興味本位で覗き込んだカエデも、覗いていた顔をその切断面から遠ざけた。


「ひ…ッ!!」


 顔を引っ込めた瞬間、彼女の悲鳴を聞いたのか、コツコツと靴の歩く音が防護フィルターの向こうから聞こえてきた。その音を確かにこの耳で聞いたカエデは、その音の主に一縷の希望を抱き、防護フィルターごしに語り掛けた。


「あ、あの…! 誰かいるんですか!? いたら返事をしてくだs…」


 カエデは、恐怖で出にくくなった声を、振り絞る様にして出した。次の瞬間――――何かが防護フィルターを貫通して、カエデの目の前で動きを止める。カエデも自分の目の前にある、異質な物体に頭での理解が追いつかなかった。


「…え?」


 鋏だ。蟹の様な赤さではなく、少し黒っぽい赤に染まった先端の鋭い鋏だ。訳の分からない事態に、カエデは一歩ずつ後ずさりする。彼女の頭の中には、たった一つ。たった一つの目的しか映っていなかった。


(デウスクエス。そうだ、アレに乗って…逃げなくちゃ)


でも――――どこへ? どこへ逃げたらいいの?


 ギギギ……と軋む音を立てて、あっという間に防護フィルターが変形していく。最早カエデに迷っている一刻の猶予も無い。考えるよりも先に、足がその場から逃れるべく、気がつけば勝手に動いていた。


 カエデが走り出してから数秒後、バキンと何かが裂けるような音が聞こえたかと思えば、廊下の天井や床、更には壁をも縦横無尽に走り回り、走って逃げるカエデを捕えようとするおぞましい生物を見た。


 前方から、その生物を見たなら蟹そのもの。しかし胴体部は、百足むかでのような構造になっており、鋭く尖った足をコンクリートに突き立てて、廊下の天井や壁を縦横無尽に移動している。


 人の手ではびくともしない、あの防護フィルターを突き破った巨大な鋏。鋏の大きさを見て理解できる通り、大の大人を八つ裂きにする事など、赤子の手を捻るよりも容易い事だろう。


「い、いや。こっちに来ないで…!!」


 カエデの逃げ惑う声など、その生物に貸す耳はない。


 カエデの懇願に対する返事の代わりに、謎の生物が跳躍して鋏を大きく広げ、幾重もある顎を完全に開いて、カエデに襲いかかる。


 その時カエデは、視界の隅に曲がり角があるのを見落とさなかった。ヘッドスライディングをする形で咄嗟に滑り込み、寸でのところで謎の生物の捕食行動を回避した。


 跳躍していた為、謎の生物は曲がり角を曲がり切れず、その先にあった壁を突き抜けて、外に飛び出してしまう。


 肩で荒い息をしながら、カエデは後ろを振り返らずに、ただひたすらに走り続ける。


 奥へと進むにつれて、次第にパイプの配線が多くなり、パイプの継ぎ目からも、絶えず蒸気が噴き出す通路へと変貌していった。


「この先だったはず。この先にデウスクエスが…!」


 非常通路のような廊下の突き当りに、パイプの中に混じって扉が取り付けられていた。重い扉を開いたその先に、自分の手で作り上げた鋼鉄の巨人が、二体並んで立っていた。


 その時カエデは、今は亡きクレイが乗る予定だった、二号機アラストゥムの存在を思い出す。


 しかし、アラストゥムの操縦者は、未だにクレイの名前で登録されており、カエデに動かす事はできない。


(アラストゥム。そうだ、二号機アラストゥムは…)



 最初は持って行こうとも考えたが、電脳連結回路は開発途中にあり、その在処す

らカエデには分からない。


 もし仮に、電脳連結回路の在処を知っていたとして、未完成のまま使えば、カエデ自身に何が起こるか、分かった物ではないのだ。


 彼女にとって苦渋の決断となるが――――アラストゥムは、ここに置いて行くより他なかった。


(ゴメン…。クレイ、アラストゥム。クレイとの約束……私には守れないよ)


 零れそうになる涙を堪え、彼女はデウスクエスの操縦席へと繋がる梯子に足をかける。


 その時、デウスクエスとアラストゥムを収容している格納庫の壁に、突如として大穴が開いた。その大穴から、壁を伝って先程の奇妙な生物が、格納庫の中へと入ってきたのだ。


 一体何を用いて、カエデの正確な位置を捉えているのかまでは分からないが、互い違いに動く多数の複眼と、超音波にも似た高い周波の音が聞こえてきた。


 急いで梯子を上りつつ、カエデが謎の生物を見て、一つ気付いた事がある。


 それは大きさだ。もちろん姿形は全く変わっていない。だが、その生物の大きさが、先程の廊下で襲われた時に比べて、遠目に見ていても二回りほど大きくなっているように感じたのだ。


(急激な成長を遂げる超生物って事なの…? 人智を超えた生物である事に、間違いはないみたいだけど)


 謎の生物は、並び立つ鋼鉄の巨人を前にして怖気づいているのか、一向に自分が開けた穴から動こうとはしない。これを好機と見たカエデは、梯子を手早く登り切り、操縦席を開くボタンに手をかけた。


 その次の瞬間、謎の生物が奇妙な声を上げて、両腕についている鋏を振り上げる。


『ギギギ……ギリリリリリィィィイイィイィ!!』


 謎の生物は、カエデがデウスクエスに乗り込む事を、よく思っていないのか、突然、顎の沢山ついた口を開き、耳をつんざく様な高音と共に、半透明の怪光線を発射した。


 その光線は、デウスクエスに乗る為の足場を切断。幸いにもデウスクエス本体には当たっていないが、カエデの乗っている足場がぐらつき始めた。


「…!!」


 足元が不安定になった所を狙って、謎の生物が口を開いてカエデに狙いを定めている。だが、不安定に揺れる振動で、カエデが帯刀していた軍刀が、下に落ちてしまった。


 カエデの腰から落ちた軍刀は、下に落ちる前に鞘から抜け出し、金属光沢を放ちながら床へと落ちていく。その金属光沢に反応した謎の生物は、怪光線を軍刀目がけて放った。


 例外にも無く、怪光線によって打ち抜かれた軍刀は、刃を少し残した柄と刃に二分割されて、床に落ちる。


「…! 今日はホントについてるわ」


 偶然とはいえ、謎の生物に隙が出来た間に、カエデは不安定な足場から飛び出し、デウスクエスの操縦席に乗り込んだ。


 カエデが席に着いた瞬間、緑色のスキャナーがカエデを照らし、デウスクエスの機能が活動を開始する。


 視覚カメラが映し出したのは、重低音を放つこちらを警戒している、先程の謎の生物だった。


 複数のターゲットマーカーが謎の生物を捉え、それらが全て謎の生物に標準を合わせる。そして『標的ターゲット???アンノウン≫』と表記された。


 無論こんな生物の情報は、帝国軍のデータベースの情報を直接移植したデウスクエスのデータベースには存在しない。


 改めて対峙する敵を前にして、デウスクエスを操作する操縦桿を握る手も、強くなっていく。


「コイツに、みんなが…!!」


 何が起こって、自分一人になったのかは分からない。


 だが、通信が途絶した上官は、恐らくコイツに襲われたのだろうと予想はつく。


 …だが冷静に考えると、相手には金属すら切断してしまうほどに、強力な怪光線がある。


 もし今この状況で、下手にあの怪光線を喰らってしまえば、デウスクエスの修復は不可能だ。兵装もまともに整っていない状態で、素早い謎の生物と戦ったとして勝てる見込みは、どう考えても万に一つもない。


「今は…逃げるしかないわね」


 この場面で、怒りに身を任せれば、どうなるか分かった物ではない。ここは、上官が言っていた事に従うより他なかった。


 カエデは、手元の操縦桿を操作して、デウスクエスの上昇操作を行う。その操作に合わせて、デウスクエスは背中のブースターを展開し、空を目指して上昇し始める。


 突如として吹き荒れた暴風に堪えきれず、足場にしていた壁ごと謎の生物は吹き飛ばされてしまう。そんな事を気にも留めず、鋼鉄の巨人は空へと飛びあがり、ある場所を目指し始める。


――――二号機のアラストゥムを、破壊された格納庫に置いたまま……。


 カエデは、大空を舞う自分の機体に、これ以上ない満足感と達成感を覚えていた。だが、クレイとアラストゥムの事が頭を過り、カエデの表情は再び曇ってしまう。


 彼女には『アラストゥムの奪還』と『電脳連結回路の回収・使用』という、大きな最終目標が残っている。それを達成するにはどうするか、カエデにはもう一つしか選択肢は残されていなかった。


(…上官の言っていた原住民達に接触しても、案外良いかもしれないわね。私は何としてでも、アラストゥムを回収しなくちゃいけないし、人手は多い方が成功する確率も高くなる筈…)


何よりも――――クレイのソックリさんに会ってみたいし。



 場所は移り変わり、ここは叡智の紙園。小高い丘の上から、叡智の紙園全体を見守る、二つの姿があった。片や黒く長い髪を持つ、おしとやかで穏やかそうな和服姿の女性と、翼の生えている人物であった。


 翼の生えている人物は、鼻の長い仮面を少しだけ上にずらし、おしとやかな女性に語り掛けた。


「…この叡智の紙園に侵入した者がいたようです。やはりあの時の騒ぎに、我々も力を貸していれば」


「今更悔やんでも仕方ありませんよ。他の神々の皆様が頑張っていらっしゃるのです。その方達の手助けに入る程度で、私達は良いのですよ。私達には前に出るような一線級の能力もありませんから…」


 『一線級の能力はない』と自分を低く評価しているが、彼女は、天候を自在に操る能力に加え、光封印の能力を併せ持っている『太陽の神』。


 一方で鼻の長い仮面を付けた人物は、神通力の扱いに長け、葉団扇を用いる『山の神』であり、同時に『ジャスティア=ラファエルの師』としての一面も持つ。


天照アマテラス様。ラファエル…あの子供の天使は大丈夫でしょうか」


鞍馬クラマ。貴方は少し心配し過ぎです。そこまであの子が気に入ったのですか? …フフ、貴方がそこまで気にかけると言う事は、つまりそういう事でしょう?」


「…………」


 アマテラスに、自分の考えを全て見透かされたクラマは、仮面を元の位置に戻した後、黙り込んでしまった。そんな二人の元に、二人の子供が駆け寄ってくる。


 一人目の子供は、見た目に違わず豪快な笑い方をする、蒼色の髪の子供。もう片方は笑う余裕もないのか、肩で息をしつつ、手を膝の上についている藤色の髪を持つ子供だ。


 一人目の蒼髪の子供が、クラマの周囲を見た後、クラマを見上げながらある事を口にした。


「…なぁクラマ。今日はあの羽の生えた子は来てないのか?」


「…お言葉ですが須佐能男スサノオ様。あの者が毎日ここに参るわけではないので、その辺りをしっかりと弁えてください」


「チェッ、つまんねぇの…しかたねぇや。おい月夜見ツクヨミ! ヒマだから遊ぶぞ!」


「えぇ~……ここに来るだけでボクはヘトヘトだし…姉ちゃんに遊んでもらいなよ……」


 ツクヨミは、まだ肩で息をしながら、露骨に嫌な顔をする。姉のアマテラスに遊んでもらえと言われ、スサノオは少しだけ考えた後、チラリと姉の顔色を見た。


 アマテラスはニコニコと、太陽が光を振りまくように、終始笑顔を徹底している。だがスサノオ曰く「姉ちゃんの笑顔には何種類かある」のだそうだ。


 決してスサノオに、相手の心を読む力があるわけではない。姉の顔色をずっと窺っていれば、自ずと彼女の笑顔に、いくつかの種類がある事が分かってくるのだとか……。


 因みに今、スサノオが彼女の笑顔を、チラッと見た時に読み取った彼女の意向は……『審議拒否』か『大人しくしておきなさい』という意味の笑みを浮かべていた。


「……ハイ。オトナシクシテオキマス」


「……? スサノオ、急にどうしたの?」


 さらに言えば、ツクヨミはスサノオの様に、アマテラスの笑顔から彼女の心境を読み取る事はできない。


 一時だけスサノオに、見分けるポイントを教えてもらった事はあるが、それでもスサノオの様に、アマテラスの笑顔を見極める事はできずに終わった。


「い、いや……やっぱおとなしくここで寝ていようぜ……」


「ね、寝る……? なんかスサノオらしくないなぁ……」


 実はスサノオとツクヨミは、レイジーから能力制限をかけられており、大悪魔バエルと同様に今の子供のような姿となっている。


 スサノオは、アマテラス以外の物事に対しては物怖じしないので、子供の姿である事を良い事に、弟のツクヨミを連れて、様々な者達と四六時中遊びまわっている。その遊び相手は、先程の発言にあったように、ラファエルも遊び相手の一人だ。他にもバエル等の『ソロモンの大悪魔』達とも遊ぶことがある。


 なぜ三人の中で、アマテラスにのみ、能力制限がかけられていないのか。それは、彼女と他の太陽神達の力を使って、紙園内の天候を創り上げているからだ。


 天候を構成する神に、スサノオ達のような能力制限をかけてしまっては、即座に紙園全体への影響が表れるのを、レイジーが恐れたからだろう。


 何よりアマテラス達『倭神』に分類される神々は、いずれも強大な力を持つ者が多いが、穏やかな性格の持ち主も多い。他の神話神にはスサノオのような、血の気の多い神が多いが、倭神の中ではスサノオのような神は稀な方だ。


「……!! 巽の方角より、空飛ぶ物を確認いたしました。いかがいたしますか」


「神風を使って撃ち落とすか、何とかして進行を食い止めてください。この周辺にいる神々の皆さまは少ないので、被害もそこまで大きくはならないでしょう。スサノオ、貴方の怪力を使って、アレを何とか受け止められますか?」


「……御意」


「何とかやってみるぜッ!!」


 そう言った直後、クラマの背中に飛び乗ったスサノオは、彼が八手の葉団扇を振るうタイミングに合わせて、彼の肩を足場に巻き起こった風に飛び乗った。


 体格の小さい彼は、その飛行する物体の真下まで、神風を使って吹き飛ばされる。スサノオはそこで初めて、飛行する物体の姿を見た。


 その姿は、正に『空を飛ぶ巨人』そのものだ。神通力を使ったクラマが、スサノオに通信を送る。


『……スサノオ様。その飛ぶ物体の真下に着きましたか?』


「あぁ、バッチリ見えるぜ。空を飛んでいるデッケェ人がよ!!」


『大きな人……ですか。とにかく、しっかりと受け止めてくださるようお願いします』


「応ッ!」


 神通力を切ったクラマは、ブツブツと小さく呪文を唱え、葉団扇を大きく上から下へと振るう。すると、竜巻のように渦巻く風が、飛行する物体の真上から吹き荒れはじめた。


「なになになに!? 何でこんな所で強い風が吹くのよ!?」


 完全に油断していたカエデは、慌てた様子で再び操縦桿を強く握り、滞空するためのブースターの火力を更に強くする。


 突然の強風を受け、デウスクエスは再び浮かび上がろうとするも、強風の方がブースターよりも強いのか、徐々に高度を落とし始めた。


「よしよし……俺が飛びついて引きずりおろしてやるぜッ!」


 肩をグルグルと回して、スサノオが自分の身長の何十倍もの高さにある、デウスクエスの機体まで跳躍する。人間でいうところの、腹部に手をかけたスサノオは、両手で機体を掴むと、力任せに下に引きずりおろそうとした。


 ブースターの火力を超える想定外の強風と、謎の重力にも似た力に、デウスクエスのブースターは、オーバーヒートを起こして停止してしまった。


 操縦席では、各機関の異常を知らせるランプが点滅し、メイン画面に『Over Heat』と書かれた赤い文字が浮かび上がった。


「え……オーバーヒート……?」


「うおぉぉおおぉぉ!?」


 急に上昇能力を失った機体は、引きずりおろす力と真上から吹く風に叩き付けられるように地面へと急降下する。


 あわやスサノオが、デウスクエスの下敷きになるかと思われた矢先、寸でのところでテレポートしてきたツクヨミの双眸が鮮やかな紫色に輝く。


 その瞬間、地面と機体に押しつぶされる寸前、機体の落下が停止した。事なきを得たスサノオが、機体から手を放し、尻から地面に墜落する。


 機体の操縦席では、カエデが手を組んで祈る様にして、天に向かって叫んでいた。


「お、お助けぇ~~ッ!! ……あら? 衝突しない?」


「た、助かったぜツクヨミ……。あ~今のは流石に死ぬかと思った……」


「本当に間に合ってよかった……無茶はするもんじゃないよ?」


 まるで風船のように、地面に落ちることなく宙に浮かぶ機体の元へ、アマテラスとクラマも到着した。アマテラスが二人の無事を確認した直後、巨人の頭部から物音がしはじめる。


 その音を聞いたクラマが、スサノオとツクヨミを、自分の後ろに下がらせ、静かにその音のする方向を見つめていた。


 ガタガタと言う音を最後に、暫くの間があく。すると、いきなり扉らしきものが開き、中から少女が一人飛び出してきた。勢い余った少女は、スサノオと同じように、尻から地面に着地する。


「いよぉし、脱出ぅ!! ……アイタッ!?」


「……人間? この巨人は珍しい物を喰うのだな……。一応聞こう。貴様は人間か?」


 いきなり巨人の中から飛び出してきた少女に、クラマは困惑しつつも、軍服姿の少女に向かって葉団扇を向けた。しかし少女は、クラマ達に背を向けた状態で着地したので、クラマ達の存在に気が付いていない。


 打った尻を、痛そうにさすりながら立ち上がり、尻の様子を見ようと振り返った時、初めてクラマ達の存在に気が付く。


 クラマ達が、少女の視界に入った途端、両者の間に妙な間が生まれた。数秒間もの間、お互いに何も言わない時間が続き、ついに少女の方から沈黙を破る。


「……アンタ達、誰?」


「それは此方の台詞だ。それに加えて、お前には色々と、答えてもらわなくてはならない」


「あ、じゃあ。アンタ達が私に色々と聞く前に、私から一つだけ質問して良い?」


「……良いだろう。ただし、一つだけだ。こちらも嘘はつかないと約束しよう」


 少しだけ、考える仕草をしたクラマは、渋々ながらも、少女の要求をのむことにした。要求が通った少女は、よほど嬉しかったのか、クラマ達の前でガッツポーズをした後、指を顎に当てて考え事をし始める。


「いよっし! じゃあ何から聞いとくかな……」


「……なぁツクヨミ。あの姉ちゃん、結構妖しくねぇか?」


「いや妖しいも何も……初対面のボク達に、よくあそこまで明るく話せるよね。ボクは絶対にできない……」


 二人が後ろで、クラマと話している少女について、コソコソと話している間に、少女が一番聞きたい事を口にした。


「じゃあ……ここってどこなの? 私……途中で眠っちゃったんだよね。だからここがどこか分からないの」


「なんだそんな事か。……ここは『叡智の紙園』と言う場所だ。簡単に言えば、私のような神達が集まる場所……と言えば分かりやすいか」


「神様が、集まる場所……!!」


「今度は此方の番だな。まず……俺から名乗っておく。俺の名は『鞍馬』。そのままクラマと呼んでもらえればいい。因みに俺は天狗と言う種族だ。……では次に、お前の名前を聞こう」


 その時カエデは、上官が自分に語ってくれた話を思い出した。確か上官は『その次元に住む住人達は、何かしらの神話に出てくる神々に似た特徴を持っている』と言っていた。


 そして、仮面を被った天狗『クラマ』の話を聞いて、彼女の憶測は確信に変わった。軍帽を脱いだ彼女は、唐突にクラマへと近づく。


 そして彼の前に立ったカエデは、臆するそぶりを見せる事無く、クラマの質問に答えた。


「……私の名前は『風木 蓮華』。帝国軍の中将をやっていたわ。質問は貴方達が納得するまでしてもらって結構よ。でもその代わりに……唐突で悪いんだけど、貴方達の頭領に会わせてもらえないかしら。……どうしても確かめたい事があるの」


「……なに?」


 そこから小一時間以上、クラマ達の質問責めにあったカエデの表情は、何を答えても変わる事が無かったと言う。

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