狡知と知恵と知識と…… 参
場所は移り変わって、レイジーの執務室。レイジーの発言を元に、ある別作戦が考案されようとしていた。ロキが毒に怯える様からヒントをもらい、相手の弱点を的確に突く作戦を実行しようとしていた。
「相手が機械なら、止める手立てが三つだけ残されている。一つはアレスやブリュンヒルデによる熱融解。もう一つはトールによる電撃。そして最後はバジリスクやコカトリス、ヨルムンガンドによる猛毒の三択だ」
「サイクロプスによると、猛毒と熱による攻撃は効かない可能性があるらしいです。金属の中には、高温に晒してもどんな劇薬に浸しても、決して融解しない鉱物もあるとか……」
「それならハデスに頼んで、冥界の『アイツ』を貸してもらうとしよう。流石の金属も、アイツの腐敗能力に勝てはしないだろうしな。最悪の場合、『グリモワール』から『72の悪魔』を呼び付ければいいさ」
「な、なんですか……グリモワールって」
それを聞いたヘルメスの顔色が、少しずつ蒼くなっていくのが見て取れる。恐らくは、レイジーの言っている『冥界のアイツ』が、どこの誰なのかが分かったのだろう。一方のロキは、レイジーの言っている事が、全く分かっていないようだが……。
先程の発言の中に、ヘルメスもロキも知らない『グリモワール』という単語が、レイジーの口から飛び出した。
それは『魔術書』と呼ばれる種類の本で、その中には様々な姿をした、総勢『72体もの悪魔』と『強大な魔力』が同じようにして封じ込められているという。
そんな物を、一体どのようにして入手したのかは、彼自身も固く口を閉ざしている。その事について、大悪魔の者達が聞いても、彼は答えようとはしないのだ。
元々は、レイジーの意志一つで、大悪魔の召喚と回収が出来ていた。しかし近頃はどういう訳か、悪魔達が自分の意志でグリモワールと紙園を、頻繁に往来しているのが現状だ。
悪魔の往来も、彼が頭を抱える原因の一つなのだが、そもそもグリモワールに何が起こっているのかすら、全く把握できていない状態なので、下手に手が出せない。
「それはお前達の知るところじゃない。なんせ『グリモワール』にはさっき言った通り、悪魔が大量に封じ込められてるんだ」
『そ~そ~。ちょ~ど、このアタシみたいなのがね!』
「そうそう、丁度このクソチビみたいな大悪魔が……って、なんでお前がここにいるんだ!? どこから入ってきたテメェ!?」
低身長の少女が、いつの間にやらレイジーの隣でふんぞり返っていた。レイジーは、彼女の名前を言おうと口をモゴモゴと動かしていたが、結局名前を思い出せず、懐からメモ帳を取り出して彼女の名前を調べ始める。
レイジーが調べている最中、ふんぞり返ったままの少女が、フフンと得意げに鼻を鳴らして自分の名を名乗り始めた。
「まだアタシの名前を覚えてないのか……。そんなんじゃ、いつまでたっても私の
「あぁ、そう言えばそんな名前だったなバアル。良い子だから向こうに行っててくれないか? 今は大事な話の最中なんだ……」
((あ、ヤバい。キレそうになってる……))
ヘルメスとロキは、バエルに笑いかけつつも、
彼の神経を逆撫でしているバエルの様に、グリモワールに封じられている悪魔の大半は、自らを『大悪魔』と名乗る者達が多い。もちろん例外も存在するが、悪魔の連中はデカい態度をとる者も多い。
『へ~んだ! 能力せーげんが無ければ、アタシだって
本来ならバエルの言う通り、レイジーとほぼ同じ身長の、見事な女性なのだが、序列一位の大悪魔なだけあって、とりわけ厳重な能力制限をかけられている。
そのような制限をかけてもなお、グリモワールから自分の意志のみで、こちらに出て来れる彼女の力は、奥底が見えない程に強大であるという事だ。
レイジーがバエルの事を『バアル』と呼んでいるのは、初めて彼女を召喚した時、彼女が名乗った名前を『バアル』と聞き間違えた事に由来している。彼女自身も気にしていないのか、特にその間違いを訂正しようとする気はないようで、ずっとその名称で通している。
過去に、バエルの挑発に乗ったレイジーが、彼女達『72の悪魔』全員の能力制限を解いた事がある。そして、それを好機と見たのか、バエルの指示で72の悪魔全員がレイジーに襲い掛かった。
……だが、72の悪魔全員がコテンパンにやられただけで、最終的にレイジーの衣服の袖に触った悪魔すら、誰一人としていないという結果に終わったのである。
これ以降大悪魔達は、反抗的な態度をとる事はあっても、レイジーが威圧的な態度を見せれば、素直に応じるようになった。中には、レイジーに永遠の忠誠を誓う大悪魔も現れたとか……。
「良い子だから向こうに行ってろ。良い子だから……な?」
『ハ、ハイ……』
あの時の過ちを、一度たりとも繰り返したくないのか、レイジーの威圧を前にして、流石のバエルも口を閉ざした。抵抗する意志を失ったバエルを見て、レイジーは執務室の入り口に向かって、指をパチンと一回だけ鳴らす。
すると数秒後、小さく扉が開き、その隙間から
そしてその部屋の中に、バエルの姿を見るや否や、レイジーの前に跪き、深々と頭を下げた。
『これは申し訳ございません。私どもの頭領がレイジー様にとんだご迷惑を……』
「いや、別に問題はないさ。それよりも『アモン』、お前の力を貸してほしいんだ。ソイツを別のところに置いてきた後、またここに戻って来てくれ」
『……ホゥ? よくわかりませんが了解しました』
『アモン』と呼ばれた彼もまた、序列第一位のバエルと同じく、グリモワールに封印された大悪魔の一人だ。
彼はグリモワール序列第七位に属する『アムンニクス=アモン』。一見すると痩せ形の紳士に見えるが、それは能力制限がかけられている為。本当の姿は、レイジーが見上げる程の、筋骨隆々とした梟の顔を持つ大男だ。
大悪魔の中でも数少ない常識人であり、バエルの執事的な立ち位置の他、大悪魔のストッパーとして振る舞っている。
紳士的な立ち位置とは言うが、実際は大悪魔の中でも、群を抜いて強靭な肉体を持つ。その強さは、第一位であるバエルの攻撃を受けても、平然としていられる程だといわれている。
先程も言った、『72の悪魔』全員がレイジー一人に、コテンパンにやられた事件では、最初にやられたのがバエルで、最後まで立っていたのがアモンだった。しかも彼は、最後まで倒れず、立ったままの状態で戦闘不能になったとの事。
『バエルお嬢様の命で、無理矢理レイジー様と戦わされただけです』と、本人が後に語っているが、この事件以降、悪魔達が名乗っている序列はウソで、本当の序列第一位はアモンなのではないかと、紙園内ではまことしやかに囁かれている。
更に言うと、そこまでの強靭な肉体を持っている割には、知識を好む傾向が強く、『大悪魔の賢者』としても名が知られている。バエルを『過激派』と位置付けるなら、アモンは『穏健派』といったところだろう。
『や~だ~!! アタシはまだここにいる~ッ!!』
『駄々をこねないでください。レイジー様もそうですが、他の方々も困っておいでです。ただでさえ貴女様は、この私よりも弱いとの噂でもちきりなのですから……。これ以上の波風を立てる事があっては、72の悪魔全体の士気に関わります故、ここは素直に御身をお引き下さりますよう……』
『今サラッと、お前よりもアタシの方が弱いとか言わなかったか!?』
たまにアモンは、サラッと相手の事を悪く言う時があり、言われても気が付かない場合が多い。その被害が集中するのは大体の場合、『72の悪魔』達に被害が集中する。
大多数の大悪魔達は、頭のネジが数本飛んでいるような連中なので、アモンの悪口を言われても気が付かない。……バエルだけは最近、少しずつアモンの悪口に気付きつつあるのだが。
バエルは自分の悪口に気付き、涙目でギャーギャーと喚き始めた。アモンはバエルの首元を、いとも容易く抓み上げる。そして、ライオンが子供を運ぶようにして、執務室の入り口まで歩いてから、レイジー達に一礼してから退室した。
「……まぁ、今のが具体例だ。アレに似た奴が沢山いるって事で、お前達の頭の隅にでも入れておいてくれ。なんなら忘れてもらっても一向に構わない」
「「あ、あぁ……」」
それで良かったのだろうかと、ロキとヘルメスが顔を合わせていた最中、アモンが再び部屋に戻ってきた。彼の傍らに、バエルの姿は無い。
『ただいま戻りました。余りにもお嬢様がうるさかったので、
「あ、あぁ……意外に惨い事を平然とやってのけるな……仮にも年端もいかない女の子だぞ?」
『当然です。こんな格好をしている私も、れっきとした大悪魔の一人『アムンニクス=アモン』ですから。それにお嬢様の為です、将来は分別のある、立派な大悪魔になっていただくように教育するのが、この私めの務めですので……』
レイジーが、流石にバエルをかわいそうに思ったのか、席を立ち執務室を出ようとした。しかしアモンが、『お嬢様も私に劣らず、頑丈な体をお持ちです。数時間程度では、何の苦にもならないでしょう』と言って、再びレイジーを席に座らせる。
レイジーは頻繁に外を見ているが、それを無視して、アモンが咳払いと共に、ロキとヘルメスに、懐から名刺を取り出し差し出した。
『私が先程、レイジー様よりご紹介されました。グリモワール序列第七位の大悪魔『アムンニクス=アモン』と申す者でございます。先程は私達の頭領が、とんだご迷惑をおかけしました……』
「大悪魔であり賢者もであるソロモンの大悪魔……名前ぐらいは耳にした事もあるけど……ここまで紳士的な人だとは思わなかった……」
「ソロモンの大悪魔兼賢者……ねぇ。まぁ、レイジーが呼んだのだから、君も相当頭が切れるって事なんだろうね」
アモンは自分を召喚した者に、未来と過去の知識を与えるとされ、とても知識欲の深い悪魔という側面も併せ持つ。ロキ達が考案した作戦内容と、レイジーが体験した敵の特徴を聞き、しばらく考えた後に、アモンが一つの予想を立てた。
『あくまで私、一体の悪魔としての意見ですが、敵にもお嬢様率いる我々『72の悪魔』と似通った、軍隊のような物を持っている可能性があります。ですが、我々とは違い、敵は持久力に欠ける。となれば、相手が速攻で畳みかけてくるのは、火を見るよりも明らかな筈です』
「なるほどな……相手は何としてでもこの紙園を奪おうとするか……?」
『少なくとも私は、そうなると考えていますが、お二人はどうでしょうか?』
「……うん、ニセモノ騒動の話を聞いた限りでは、僕もアモンと同じように思う」
「偵察か調査の為だったのでしょうか。もしもそうなら、相手に侵略する意志が感じられますが……」
「最悪の場合、全面的に対決する可能性もありえますが……」とヘルメスの額から汗が流れる。もちろんレイジーも、ヘルメスと同じ事を考えていた。しばらく考え込んだ後、レイジーはアモンに尋ねる。
「……アモン。もしも全面戦争となった時、俺達はどうなる?」
『ホゥ……戦力的な面で判断しますと、こちらの勝利はほぼ確実でしょう。ロキさんやヘルメスさんの様な神々。そして、我ら『72の悪魔』達がいるのですから。……しかし』
「しかし……なんだ?」
勝利を確信している筈のアモンの表情が、少しだけ暗く陰った。その表情を見て、ヘルメスとロキの表情も、怪訝なものに変わる。
あのアモンが、ここまで考え込む姿は、レイジーもいまだかつて見た事が無い。それ故に、レイジーの胸中にも、漠然とした嫌な予感が過った。
そこから更に、数十秒間悩み続けたアモンが、思いきった表情で、その場にいる三人の顔を一人ずつ見る。
『……私はレイジー様に召喚され、紙園内で様々な物を見聞きして参りました。そこから総合的に考えて、大変申し上げにくい事ではありますが申し上げます。……これは、『ある種の警告』だと考えてください』
――――神話で起こった大戦。それすら凌駕するような難敵がいるかもしれません。
「「……!?」」
アモンの言葉に、ロキもヘルメスも、顔を揃えて困惑するしかなかった。
ロキや三兄弟達も戦った『ラグナロク』。更にはヘルメスが戦った『ギガントマキアー』よりも、壮絶な戦いになると、目の前でアモンが予言したのだ。
アモンは、ロキとヘルメスの顔を交互に見ながら、茫然と自分の顔を見る二人に語りかける。そして……言葉の最後で、レイジーの方に顔を向けて言った。
『大きさは彼のテュポーンやフェンリル程もありません。ですが……想像以上の難敵がいる可能性が、少なからず存在します。……特にレイジー様。貴方様にとっての『難敵』も……』
「……俺?」
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