深淵より来るメッセンジャー

「……ここまでは特に問題もない。後は試し損ねた、断罪者ジャッジメントの形態から戦闘データを取るだけだな」


「おや、あの無人機はアイジャーみたく、人型にまで変形できるのか」


「……ギルティオンはお前が乗っている機械とは名称こそ違うが、基盤はお前の国の技術だ。元からこの国に、機動殲滅機を生産する力も技術力もない」


 それを聞いたロータスは、「ほう?」と樹の発言に興味をそそられたような返答をする。


「あの3体と言ったな。どうやら君は、あの2機の事、ちゃんと知っているようだな」


「お前から言わせれば、亡国の技術の結晶なんだろう? まぁ、アイジャーはともかく、デウスクエスとアラストゥムは有名だろ。名前ぐらいなら叶香だって知っているさ」


 樹が話している最中に、ロータスが樹がいつも座っている席から立ち上がり、ツカツカと樹の背後まで歩を進める。


 叶香は、樹の背後まで近づくにつれ、ロータスから殺気にも似た、恐ろしいオーラのようなものを感じ取っていた。


「…どうやら、私の聞き方が悪かったらしい。どうして君は――――の『アイジャーの存在』を知っている?」


「……」


 そこに関しては、一切答えるつもりもないのか、データの整理だけを黙々とこなす樹。


 ロータスも暫くの間、返答を待っていたが、とうとう痺れを切らして樹の左肩を掴もうとしたその時だった。


「俺はお前の国で、藹と出会った。藹ってのは俺の妻だ。アイツは軍の関係者だったと聞いているが、上官だったお前は知らないか?」


「なに? ……すまないが、そのような人物が本当にいたのかは、私にも分からない。そもそも部隊や部門が違う可能性もあるからな。そもそも漢字で藹と書く特徴的な名前の人間がいるなら、私の印象にも残りそうなものだが」


 掴もうとしていた手を止め、顎に手を当てて考え込む仕草のまま、ロータスは首を傾げる。


 その返答を聞いた樹は「そうか」とだけ言って、整理する手を休めない。そんな妙な間を取り取り繕おうとして、叶香が気になっていたことをロータスに聞く。


「そ、そういえば。ロータスさんには娘さんがいるんですよね?」


「あぁ、確かにそう言ったが?」


「それなら奥さんがいらっしゃったんですよね? どうして娘さんばっかり話に出てくるのかなぁと思いまして……」


「あぁ、それもそうだね。私の妻はそれよりももっと前、娘を産んで体力を使い果たしてしまったのか、本当にあっという間に衰弱して亡くなってしまったよ。墓は今でもあの国にある」


「あ……そ、そうだったんですか。それから一人で娘さんを?」


「まぁ、そういうことになるな。……それはそうと、そういえば君の身の上話を聞いていないな。本来ならレディの話を、根掘り葉掘り聞くのはご法度なんだが…。なぜか君のことが実の娘のように気になってしまってね。実に不思議なことだ」


「あ、はい。さっきからの失礼もありますし、お話ししましょう」


 そうしてロータス相手に、叶香も少しずつではあったが、自分の過去について話し始めた。


「……私は最初、父親のいない家庭で育ちました。私は父の顔、それどころか名前すら知りません。私の父も恐らく同じ状況だろうと思います。父が私に会いたがっているのかどうかは、全く別の話だと思いますが」


「実の子が可愛くない父親なんかいないさ。……君の言う通り、会いたくても探せない状況なのだろうとは思うが、そこは君のお父さんの事情を察してあげた方が良い。気長に待てばきっと会える」


 叶香は「はい……」と弱々しく返事をした後、自分の過去について話を再開する。


「私の母は数年前に他界しました。母は父が再び私たちの前に帰ってくるのを、大変望んでいましたが、結局父が私たちの前に現れることはありませんでした。その時、私はあることを思いついたのです」


「あること?」


「はい、私が有名になればいいのだと考えたんです。そうすれば、有名になった私を知った父が、向こうから接触してくるのではないかと思ったのです。ですが…思ったようにはいかないものですね」


 そこで叶香は「アハハ……」と力無く笑う。ロータスはやはり、複雑な感情を抱いているのか、叶香を見てかける言葉を失っていた。自分も彼女と同じような境遇であるからだろう。


「まだお前は恵まれている方だ。ソイツ自身の話からすれば、娘はもう訳の分からねぇ連中に喰われてる可能性だってあるなんて言っていたじゃねぇか」


「ちょっと! そんなこと言ったら……!」


「いや、良いんだ。私だって元より可能性は0に限りなく近いと考えている。実際にアレと対峙した私だから言えることだが、アレから逃げ切っていると考えるのは、正直に言ってほぼ不可能だと私自身も考えているからね」


 ロータスは「君には私と違って、消息は不明だろうが死んでいるとは決まっていない。君はまだ諦めてはいけないんだ」と叶香の肩を持って、ゆっくりとした口調で言い聞かせるように言った。


 樹は何も言わずに、そんな2人のやり取りを黙って聞いていたのだが、途端に妙な気配を感じて、後ろを振り返った。


「誰だ? ここは俺達以外は原則として、立入禁止になっているはずだぞ?」


 樹は、気配が自分を除いて、3人分あったような感覚を覚えたので、後ろを振り返ったのだが、視界に映っているのは、自分の後ろで話していた叶香とロータスのみではなかった。


 入り口で、真っ黒な服に全身を包んだ男が立っていたのだ。髪も黒いが皮膚だけは色白で、一際際立って見える。


 そんな黒男は、樹が気付くや否や、真っ黒な帽子を脱ぎ、その顔をこちらに向けた。非常に整った端正な顔立ちだ。


 そこら辺のホストなんかとは、全く比べ物にならないほどの奇妙な美しさと、えも言えない怪しさが同居した顔立ちである。


 それでいて、目を離すとすぐに消えてしまいそうな儚さのようなものが、彼の瞳の奥で見え隠れしている。


「これはこれは、大変失礼いたしました。私、こういうものでして……」


 叶香とロータスの代わりに、樹がその黒ずくめの人間から、スッと差し出された名刺を受け取る。


「……国立生体研究所 所長 千貌せんぼう 邪月やつき。研究所の人間か」


「はい。国のご意向で、例の生物に関する情報を、少しでも私共にも提供して頂けたらと思いまして」


「……別にこちらから情報を渡すぶんには、特別困ることはない。むしろ、そういう専門施設で調べてもらった方が、かえって好都合だろう」


 見た目こそ怪しさ満点だが、相手の素性を知った樹は、特に怪しむこともなく、情報の一覧を手早くコピーしたものを邪月へと渡した。


「だがこの情報を渡すからには、こちらにもアレが何だったのかを知る権利もある。調べる専門は確かにアンタ達だが、最前線で戦うのはギルティオンを駆る俺達だからな」


「えぇ、分かっておりますとも。国の方もまた、あのような生物が出てくるかもしれないと息巻いておりましたので、解析の方は至急執り行います」


 そして一礼した後、そそくさと邪月がその部屋を退室していった。


 その一連の話を、ロータスと共に聞いていた叶香が、ある事を樹に尋ねた。


「ねぇ、またあの生物が出てくるかもしれないってどういうことなの? あの化物が卵で増えるってことが分かったとか?」


「そうじゃない。トカゲと同じだ。トカゲが尻尾を自切するようにして、地下にあったはずの本体が消えていたらしい」


「えっ、ちょ……それってマズいんじゃ!?」


「まさか、あの状況で逃げるタイミングがあったというのか」


 「正直なところ、俺だって信じられねぇよ」とだけ言って、樹は後頭部に手を伸ばして頭を掻き始める。


「だが、これは事実だ。本体の生態サンプルは、細胞1個すらまともに採取できてない。それにどこから出てくるのかすら、まともに分かってねぇような状況d……ん?」


 現在自分たちが置かれている状況を、2人に説明している最中、樹は何かを踏んだような音を聞く。どうやら自分の踵で紙のようなものを、うっかり踏みつけてしまったようだ。


「あ? おい叶香、お前資料はちゃんと、分類してある棚なり引き出しなりに整理して入れておけって……?」


「え? 私の紙なの?」


 「私の分は全部しまったはずなんだけどな…」と言いながら、樹が妙な面持ちで眺める、足形の付いてしまった書面を覗き込む。


『国の壊滅に関わった第三者に関する調査書


 通称コードネーム掠奪者ブランダラプターの生体反応が、突如として一斉に消滅した地点付近を調査した際、巨大な物が争ったと思わしき痕跡が、著しく残されている地点を発見。

 エネルギー反応を発見し、それらを分析した結果、隣国の所有していた、『一号機 デウスクエス』と『二号機 アラストゥム』が争った跡と判明。しかし両者の姿は、その場で確認できず。

 あと、掠奪者ブランダラプターの肉片などが、アラストゥムの微細な破片とほぼ同じ場所に落ちていたことから、掠奪者ブランダラプターがアラストゥムを操ってデウスクエスと戦っていた可能性アリ。

 しかし、この両者以外に『第三者』が存在したと思わしき痕跡も見受けられる。これに関しては全くもって解析が進んでおらず、現状『アンノウン』としか呼称しようのないものがいたらしい』


「この書類の場所……ひょっとしてロータスさんの故郷ですか?」


「……あぁ、確かにそうだ」


「じゃあなんだ、この書類にある『アンノウン』って? デウスクエスやアラストゥムと同格の大きさを持つのは、お前の乗っているアイジャーぐらいしか該当しないんだよ」


「そこに私はいなかった。仮に私の機体がその戦闘に立ち会っていたとして、どうしてその場に残ったエネルギー反応から、アイジャーだと解析されていない?」


「え? それは樹しか知らない事だからなんじゃ……?」


「……実はギルティオンを作る際、国の方にも俺がこの情報を提示させられた。つまり、国のデータベースには、コイツが乗ってる『アイジャー・ヴァーミリオン』も、ちゃんと敵方の兵器として登録されているはずなんだ。そのはずなんだが……確かに言われてみるとおかしいな」


「更に言わせてもらうが、私のアイジャーはあの時の戦いを見ての通り、エネルギーを、周辺に振りまきながら戦う戦闘スタイルだ。あれだけのエネルギーをばら撒きながら戦っておいて、微塵も検出されないのは、操縦者である私から見ても、明らかにおかしなことだと思うのだが?」


「それもそうだな。そういうことだ、分かったか叶香?」


「う~ん、分かったような分からんような……」


 あまりの情報量に、叶香の頭は処理が追いつていないようだ。


 その証拠に、叶香はあまりよく分かっていないとき、蟀谷こめかみを人差し指で押す癖が出ている。


 それを見てこれ以上の説明をしても、無意味だと判断した樹は、深いため息を吐いた。


「はぁ、まぁいい。今はお前に説明している時間が惜しい」


「え~っ……」


 樹に対する文句を、タラタラと列挙している叶香を尻目に、樹とロータスはその資料を黙読していた。


「……変だと思わないか?」


「どういうことかね?」


「なんで隣国の調査に、鉄薙の国が関与しているのかってことだよ」


「確かに、そうだな」


「仮にこの書類にある調査が実際に行われ、この調査内容が事実だとしよう。ってことは――――鉄薙の国このくにが隣国を潰した……ってことにならないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る