樹と叶香の研究室にて

 ギルティオンとアイジャー・ヴァーミリオンの活躍によって、脅威は退けられたと上層部の人間達は手を放して喜んだ。


 樹の暴言に関しては、脅威を退けた功績と、命あっての物種だということとなり、お咎めはなしとなった。それを聞いて安心したのは、樹本人ではなく叶香の方であった。


「あ~ヒヤヒヤした…。流石に今回はお冠とまではいかなかったみたいね」


「さぁな、案外気まぐれなのかもしれないぞ。用済みとなれば、いつでも捨てられるようにする為のな」


「なんで自分の事なのに、そういうこというかなぁ…」


「そこのお嬢さんの言う通りだとも。あまり邪推するのはよろしくないぞ? ……んん、コーヒーの匂いはやはり良いな。徐々に頭が目覚めていくようだ」


「こんな所で何の躊躇いもなく、平然とコーヒーを楽しんでいる奴の方が、俺としては気になって仕方ないんだが? 肝が据わりすぎやしてないかアンタ」


 本来は樹が腰かけるべき席で、ロータスが何食わぬ顔をして、コーヒーの香りを楽しんでいる。


 実はロータスも、隣国の機体を駆る者として、暫くの間尋問がなされていた。しかし、隣国が壊滅したこと。そして、今回の騒動に助力したのは、自身の他にも生き残りがいる可能性を信じて、亡国の民を探しているという目的のついでであったことなど全てを話した。


 その結果、上層部の人間達は、ロータス本人にスパイや侵略の危険性はないと判断したという。


 だが、100%確実に危険性がないとは言い切れないとされ、こうして樹や叶香と同じ部屋で一時的に拘留されているのだ。現在アイジャーは、ギルティオンと同じ倉庫でメンテナンスを受けている。


「…そんな事より、アンタは自分の愛機を、他所の連中に勝手に弄り回されて、何とも思わねぇのか?」


「愛する祖国…と言えば聞こえはいいが、あの国は亡国となった。今は亡き国の技術をどうするかは、アイジャーの所有者である私が決めることだ。今の私には、従うべき上司もいなければ、私についてくる部下もいない」


「…お前が良いというなら、俺達も無理には止めない」


 反論するべき事でもないと判断したのか、樹は溜息を吐いてから、立ったままギルティオンの戦闘データに目を通し始める。


 話の最中に空いたコーヒーカップを、ずっとチラチラと見ていたロータスの行動に気付いた叶香が、声をかける


「あのぅ…そんなにコーヒーが気に入りました? 良ければもう一杯いかがです?」


「あぁ、それならご厚意に甘えて頂こう。なんせコーヒーを飲むのも久しぶりだからね。それにしても本当にいいコーヒーだな。ここで豆を挽いているのかい?」


「…インスタントで良ければ、そこにいくらでも用意がある」


 そう言った樹は、データに目を通しながら、インスタントコーヒーがいっぱい収納されている棚を指差す。


 ロータスは「暫く嗜んでいないと、こうも味覚は鈍ってしまうのか…」と、少し驚いたような口調で、カップとインスタントコーヒーが収納されている棚を交互に見る。


「お前。その様子から見るに…相当な期間、まともなモノ食ってないな?」


「当然だろう。私は命からがらあの国を脱出したんだ。食料の確保には本当に骨が折れた」


「そういえば、同じ国の人を探しているって言ってましたよね?」


 「あぁ、そうだとも」とだけ言ったロータスは、叶香が新しく淹れたコーヒーに口をつける。


「実は訳の分からない化物に、私は遭遇している」


「えっ? …って事は今回とは別の何かと遭ったってことですか!?」


「なに? そんな妙な話は、あの植物モドキだけで十分だぞ…」


 途端に樹が、ギルティオンのデータを読む手を止める。


 実はギルティオンのデータに目を通し終わった後、その植物モドキの解剖や遺伝子解析、さらに残骸から分かる生態の研究など、あの化物に関する様々な予定がてんこ盛りなのだ。


 それでもなお、樹がうんざりとしたような口調で喋ったのにも関わらず、叶香がロータスの言ったことについて追及する。


「まだまだアレの他にも生物がいるんですか?」


「あぁ。…ひょっとすると私の家族も、その化物に喰われてしまったかもしれない。ちょうど君のような…いや、確かに年齢は君と同じぐらいだが、君のようにおしとやかではない一人娘がいてね」


「えっ…」


「…なんだと? ということはお前。俺とほぼ同じぐらいの年齢って事か」


「あぁ、言いそびれていたが、私もほぼ君と同年代の人間だ。ハーフマスクをしていると、思っていた以上に若く見られるようだな」


「あ、あの。すみません。思い出したくないことを聞いてしまったみたいで…」


 そう言った叶香が、ペコリと頭を下げると、ロータスは笑いながら「気にしないでくれ」とだけ言った。


「別に気にする必要なんかないさ。それに君は私の娘とは違って、すぐに謝れる良い所を持っている。変にプライドを持つと、簡単に見えることが見えなくなってしまうからね」


 そう言ったロータスの口元を見て、叶香は少し寂しそうな表情で、無理に笑っているような印象を抱いた。

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