幕話のスペース 其の壱
挿話:騒がしき王、艶かしき君主、実体なき公爵
アテナやミネルヴァ、掠奪者と戦った者達は皆、思い思いの事をして過ごしている。今日はアテナとミネルヴァに変わって、バエルがレイジーに膝枕をしてもらい、昼寝をしている最中だった。
『あ~……。やっぱりへ~わが一番ね~……』
「なんでお前が、俺の膝の上で寝てるんだ。それとアモン達はどうしたんだ?」
『アモンなら、何してるのかは知らないけど、とりあえず書物庫に閉じこもってる事は知ってるよ~……。他はしらなぁ~い……』
「アイツ、また本を読んでるのか……。少しでも自由時間を与えたらアレだもんな……」
もはや注意する気も起らないのか、バエルと同じく、レイジーも縁側の床に身を横たえた。
それから目を瞑り、ジッとする事……たったの三秒。唐突に目を開き、レイジーは上半身を起こす。枕にしている膝が動いたため、バエルも上半身を起こして、眠たい目を擦りながらレイジーを見た。
「なぁに
「……そう言えば最近、姿を見かけない大悪魔が多いなぁ~……と思ってな」
バエルとアモンは大抵の場合、レイジーの隣にどちらかがいる。前回の騒動に加勢してくれたオロバスや、ハルファスとマルファス。そしてガープは別として、余り姿を見かけない大悪魔が、なぜか多いような気がするとレイジーは感じていた。
――――残り大多数の大悪魔達は、どこで何をしているのだろうか。
「アラストゥムの修理を手伝ってるのは良いが、殆どカエデが1人でやってるし……つい最近まで、ほぼ寝たきりの状態だったじゃん? 俺……ほとんどどころか、全く役に立ってない訳よ」
『確かにそうだけど~……。アレの修理は、主人が自分の代わりを、天使達にやらせてるじゃん。そのせいで、アタシの遊び相手が、1人減ってるんだけどね……』
遊び相手と言うのはもちろん、バエルとよく似た身長の熾天使である、ラファエルの事だ。
ウリエルにそのことを相談した時、修理に携わるメンバーから、ラファエルは外すようにと進言されていた。……いたのだが。
「まさかラファエルの奴が、あそこまで喰いつくとは、思ってなかっただけだ……。アイツ、生き物よりも、デウスクエスとアラストゥムみたいな、大きい物が好きなのかもしれねぇな……」
当初はウリエルの進言通り、レイジーもラファエルを外す前提で、ウリエル達に自分の代理をと考えていたのだが……。思いの外、ラファエルがデウスクエスとアラストゥムに、強い興味を示していた。
その事をウリエルから聞いたレイジーは、カエデと一緒に居る条件で、デウスクエスとアラストゥムの修理を認める事にしたのだった。……そのせいで、バエルが間接的に、遊び相手を一人無くしてしまい、暇を持て余す事になってしまったのだが。
「仕方ねぇな……バエル、俺のリハビリついでだ。ちょっと紙園の周りを、適当に歩いてみるか。顔を見ていない大悪魔の連中も気になるからな」
『お~! ちょうど良い感じの暇つぶしになりそうだな~!』
バエルが賛成の意を示したので、レイジーは懐からグリモワールを取り出して、1ページずつ捲り始める。すると、彼の手があるところで止まった。
その様子を、ジッととなりで見ていたバエルは、レイジーが何を見ているのか気になり、グリモワールのページを覗く。
『なんだこれ……変な地図の上でなんか……動いてる』
「これは紙園内にいる大悪魔達だ。この地図の中央にある青い点は、グリモワールの現在地点を現している」
そう言ってレイジーが、不思議な地図の中央を指差す。中央には青い点が強く点滅し、ソナーやレーダーの様に周囲に波状の何かを飛ばしている。
その波状に広がる何かが消えたと同時、地図の至る所に赤い点が出現し、その上に番号が現れた。グリモワールの現在地点を示す青い点の隣に、『1』と示された赤い点が現れている。
『
「この数字は、グリモワール序列の数字だ。俺の隣にいるのは1位のお前だから、この地図では『1』と示される。ここから一番近くにいるのは……コイツらだな」
そう言ったレイジーは、現在地から少しだけ離れた場所に点在する、二つの反応を指差す。その点の上には『9』と『12』……そして『71』の数字。
つまり、この地図が示す事から察するに、『9』と『12』の大悪魔が、同じ場所にいる事が分かるという訳だ。『71』の大悪魔だけは、他の2人とは少し離れた場所にいるのが分かる。
「9位と12位、んで71位つったら……アイツ等だな。しかもこの反応がある場所……恐らく浴場だよな?」
『うん。9位は分かるんだけど、他は……う~んと、誰だっけ?』
「浴場の位置と同僚は覚えているのに、他の仲間の序列は覚えてねぇのかよ……」
「情けない頭してるな……そんなので、よく王様なんて名乗れるぜ……」と、レイジーは呆れた口調で小言を言いながら、バエルを連れて自分の部屋を出た。もちろん、バエルの耳には一切聞こえていない。
グリモワールが示す反応を頼りに、レイジーとバエルは屋敷の中を進んでいく。その最中、レイジーは一つだけ気がかりな事があった。
(序列12位の大悪魔……さらに浴場からの反応……これはマジで嫌な予感がするんだが……)
『
「……あぁ。いつの間にか、胃がキリキリと痛くなってきた」
自分でも気が付かない内に、
(怪我から復帰したばかりなのに、今度は胃痛かよ……)と、レイジーは鳩尾の下辺りを手で押さえながら、グリモワールが示す反応を探し続ける。
地図に載っている反応を目指し始めて、およそ10分が経とうとしていた時。やっとレイジーとバエルは、グリモワールが示す『9』と『12』に『71』が反応する場所の前へと辿り着いた。
レイジー達の前には、『女湯』と書かれた暖簾が、大きく垂れ下がっている。
「……やっぱり浴場か。12位の奴はともかく、なんで9位と71位の奴までここに……?」
だからと言って、男のレイジーが、女湯に入るわけにはいかない。それならここは諦めて、別の場所を探そうと、バエルを説得した後、グリモワールを頼りに、別の場所へと向かおうとした時だった。
後ろから不意に、女性の声がした。
『あらぁ~? そこにいるのは……マスターさんじゃないの? 何でも大怪我したって話を、ガープやオロバス達から聞いたけど……調子はいかがかしら~?』
「あぁ、確かに大怪我はしたが、今は至って健k……!?」
その声に反応して、振り向いてしまったのが間違いだったと、目にした事を後悔する。レイジーが振り向いて、真っ先に目にしたものは――――女性の裸体だったのだ。
まさか真っ裸の状態で、女湯の暖簾から出てくると思っていなかったバエルも、これには流石に絶句する。
目にした男性を、即座に悩殺できそうな、発育の良い立派な体つき。頭には豹の耳が、金髪と黒髪が混じっている髪に紛れて、ピンと突き出ている。おまけに背中からは、鷲の翼が生えていた。
「バカかシトリー!? この作品は、性描写有りの注意書きが、まだ付いていない健全な作品なんだぞ!? お前が出てきたらこの作品に……!!」
『……? 一体何の話をしてるのかしら?』
『シトリー』とレイジーに呼ばれた、裸体を晒している彼女は、グリモワール序列第12位の大悪魔『ビシュトル=シトリー』という、れっきとしたグリモワールの大悪魔。
実は彼女、これでもガープやオロバスと同じ階級である、『君主』に位置する大悪魔なのだ……。しかし、先程の痴態を見ての通り、とにかく人目を
……彼女の立場をふまえた補足を行うが、彼女は常に全裸でなければ、全力を出し切れないという、倫理的に色々とおしまいな条件があるのだ。
この前提条件をクリアした状態ならば、相手を動かせる事無く倒す事も、一応は可能。
さらに相手の心理や秘密を、自分の意のままに読むことも、相手に触れる事無く、身包みを剥ぐこともできるらしい。……プライバシーも、へったくれも無い話ではあるが。
レイジーは大慌てで、キョトンとした表情のシトリーを、衣服を身に付けるように注意し、半ば強引に女湯へと押し戻した。
シトリーを、暖簾の向こう側へと押し戻した後、周囲に誰かいないかと辺りを見渡したが、彼女を押し込む姿を目撃したのは、幸いにもバエルだけだった。
衝撃的な光景を目撃したショックで、バエルは無言になっていたが、シトリーが視界から消えた直後、ポンと手を打って、納得したような表情を浮かべた。
『……そうか、12位はシトリーだった! 露出狂の変態なら仕方ないや』
「お前はお前で、今更そんな事を思い出すな! ……ハァ、なんかドッと疲れが出てきた」
屋敷内を歩き回った事と、バエルやシトリーを怒鳴りつけた事で、相当体力を消耗したのか、レイジーは女湯の入り口の隣で、壁にもたれて座り込んでしまう。
だが、それと同時に、レイジーは思い出した。――――もう1つ、この浴場に大悪魔の反応があった事を。
壁にもたれたまま、床に座り込んでいる状態のレイジーの隣にある、女湯の出入り口から、1人の影が歩いて出てくる。レイジーはてっきり、衣服を身に付けたシトリーが出てきたのだと思い込み、声をかけてしまった。
「あ? 露出狂のお前にしては、ずいぶんと着衣がはy……」
『お~!! 何でこんな所でマスタ~が座ってるのだ~!?』
突然耳に飛び込んできた声は――――普通の声量ではない。その声量は、スピーカーごしに、肉声を何倍かに増幅したような轟音で、レイジーの耳に飛び込んできた。
耳どころか、脳に直接響くような轟音で、その衝撃たるや……タライを頭上に落とされたような痛みさえ感じる程だ。
「喧しいッ!! ほかの奴等と話すときは、ちゃんと声量を絞れと、これまで何度も注意しただろ!! パイモン!!」
自分が放つ轟音を、上から塗り潰すかのようなレイジーの怒声に、パイモンと呼ばれた者は驚き、バエルの後へと転がり込むように隠れる。
肩で息をしている状態で、レイジーが手元にあるグリモワールの地図を見ると、『1』と示されている赤い点の後ろに、『9』の数字と赤い点が、隠れるように反応していた。
地図が示している通り、バエルの後ろに、彼女よりも少しだけ大きい金髪ロングヘアーの女の子が、今にも泣きだしそうな怯えた目で、バエルの後ろからレイジーを見つめていた。
バエルとパイモン外見は、本当によく似ているが、違いはパイモンが小さな王冠を、頭の上に傾けた状態で乗せているぐらいなものだ。
その怯えたような視線を見て、レイジーは頭を掻きながら、面倒臭そうな口調で口を開いた。
「……ハァ、悪かった悪かった。今度から気を付けるんだぞ。お前だけは制限をかけても、その能力が弱体化しないんだからな」
『マ、マスタ~……。いきなり大きな声を出さないでほしいのだ……パイモンだって怖い物は怖いのだ~……』
「お前も人の事言えねぇよ!?」
彼女の本名は、グリモワール序列第9位『メイザース=パイモン』。頭に小さい王冠が乗っているだけあって、彼女もバエルと同じ階級の『王』に位置する大悪魔だ。
彼女は見た目こそ、バエルよりも頼りなさそうな、華奢で小柄な見た目をしているが、その実力たるや『72の悪魔屈指の実力者』とも『魔王お抱えの最強従者』とも言われている。
72の悪魔最強の大悪魔と、周囲に噂されているアモンと、直に戦った事はないものの、見た目に反してバエルとは違い、実力は確かな王のようだ。
……実は悪魔達の王である癖に、ラファエルや熾天使達ともよく顔を合わせている、数少ない大悪魔だったりする。
「後でスイカでも食べさせてやるから機嫌を直せ……。ところで、なんでお前がシトリーの奴とこんな所に?」
『あ~……ホントは、私とシトリーの外に《四方の大悪魔》とガープもいたのだ。……2人は男湯に入っちゃったけど。それからエギュンとガープが、私達よりも先に、お風呂から上がっちゃったから、最後は私とシトリーだけになったのだ……』
《四方の大悪魔》の名前が、パイモンの口から出てきた時、レイジーとバエルが揃って驚いた顔をした。
「まさかアイツらもここにいたとはな……。まぁ、あの3体は、グリモワールの大悪魔じゃないから表示されなくて当然だな」
『パイモンちゃん以外の3人は……どっちかっていうと堕天使寄りの大悪魔だし、アタシ達とはちょっと違うんだよねぇ……。まぁ、他所の大悪魔の事を、とやかく言えないのは、アタシも分かってるけど』
四方の大悪魔とは……その名の通り、東西南北の4つの方角を守護する、大悪魔(または堕天使)がいるとされており、彼女パイモンも西を守護する大悪魔である。
また、レイジーの言っている通り、パイモンを除く残りの3名は、72の悪魔に所属していない。
因みに、現時点では姿こそ無いものの、パイモンの発言にあった『エギュン』と言う者は、北方を守護する大悪魔(兼堕天使)の事だ。
「よくよく考えてみたら……お前らって全員、意外なところで繋がってるよな……」
『悪魔ってのは、主人が思っているよりもたくさんいて、悪魔同士も知り合っている場合が多いんだ。アタシだって顔見知りの悪魔はたくさんいるからな~!』
何がそんなに偉いのか、バエルは偉そうに踏ん反りかえっている。レイジーにとって、バエルの偉そうな態度は、今に始まった事ではないので、大して反応する事も無く、そのままスルーしているが……。
バエルが言った事を補足するような形で、パイモンがバエルの後ろで口を開いた。
『パイモン達のような《72の悪魔》は、ソロモンのおじいちゃんの為に派遣された、大半は元天使の集まりなのだ。天使だった頃の階級は、悪魔ごとにそれぞれ違ったり、生まれついての悪魔だったり……色んな生まれの大悪魔が集まってるけど、今はみんな仲良くやってるのだ~』
「……仲良く、ねぇ。ホントに仲良くやってんのかよ……」
仲良くやってない大悪魔に、少しだけ心当たりがあるのか、レイジーの表情に影が差す。
そんな時、レイジーの背中に、衣服を身に付けたシトリーが飛びついてきた。
『マスターさん、ひょっとして……ベリアル君の心配してるのかしらぁ? 大丈夫よ、いざとなれば私やガープ、オロバス君がどうにかしてあげるから!』
「……お前に隠し事は一切通らないな。それはそれとして……服を着ても着てなくても、ほぼ同じ気がするんだが?」
自分に触れている、シトリーの肌の感覚が、服ごしにも感じられる。露出度の高い服を着ているのだろうと察するのは、至極簡単な事であった。
レイジーの背後から、自分に抱き着いているシトリーを離れさせ、レイジーが自分の後ろにいるシトリーを見ると……案の定、露出度の高い服を身に付けていた。
その服のデザインは、胸元だけを隠すベアトップに、ミニスカートとガーターベルトという、小さい子にはとても刺激の強すぎる服装だ……。
「……色々な意味で教育に悪い。ちょっと俺にも刺激が強すぎたらしい……視界から失せてくれ」
『えぇ~!? さっきちょっと褒めてくれたのに、その言い方は酷いわよマスターさん!』
よほどショックだったのか、シトリーはレイジーに縋り付くようにして泣きついてくる。レイジーは、自分に纏わりつくシトリーを振り払ったと同時に、彼女に向かって人差し指を向けた。
すると、シトリーの姿は蒼い光へと変わり、その場から一抹の光を残して姿が消えてしまう。その様子を唖然とした姿で見ていたバエルとパイモンは、シトリーの身に何が起こったのかを理解している様子だが……。
『ま、
「……どうせ数分もしないうちに、何食わぬ顔をして出てくるに決まってる。アイツはそういう奴だからな」
「実力は相当な物だが……あの露出癖をどうにかせねば……」と言って、レイジーは少しだけ頭を抱えた後、深く大きな溜息を吐いた。その顔には疲弊の色が、とても濃く表れている。
「疲れたから俺は部屋に戻る。……ケガから復帰したばかりの俺には、少々お前らの相手は厳しすぎた」
『マスタ~の顔を見る限り、少々では済んでなさそうな気がするのだ……』
「おう、察しが良くて助かるぜパイモン。もう俺は部屋に帰って寝るぜ……」
そう言ったレイジーは、ゆっくりとした足取りで、バエルと一緒にやって来た道を、1人で引き返しはじめた。そんなレイジーの後ろ姿を、ジッと見つめるバエルとパイモン、唐突にパイモンが、バエルの姿を見て、いたずらっ子のように小さく笑った。
『……マスターは結局、最後まで気が付かなかったのだ。本物のバエルちゃんは、自分のお部屋でぐっすり眠ってるのに……』
『……シトリーさん、もう出てきても大丈夫です。彼はもう、向こうへ行ってしまいましたから』
あのバエルが、非常に理知的な口調で、先程消えた筈のシトリーの名を呼ぶ。すると、女湯の暖簾を分けて、シトリーの顔が出てきたのだ。
顔だけを出した状態で、去っていくレイジーの姿を、壁に隠れて確認すると、2人の前に薄ら笑いを浮かべながら近づいてきた。服装はもちろん、光となって姿を消した時の服装と、全く変わっていない。
『助かったわ、ダンタリオン君。今日1日だけ彼女に頼まれて、バエルちゃんの代わりをやってた貴方が男湯に居なかったら、本物の私が封印されちゃってたわ……』
『どうせ封印されても、自力でどうにかできる癖によく言えますね……』と、バエルの姿をしたダンタリオンは、バエルの顔で笑いながら、自身の顔に手を当て――――バエルの顔をした仮面を外してみせた。
すると、バエルの姿は一瞬にして消え失せ、バエルの顔を模した仮面だけが、その場に落ちる。それと同時に、男湯の暖簾を分けて、何者かが廊下へと出てきた。
なんと不気味な姿であろうか。ダンタリオンと呼ばれた大悪魔の姿は、彼のタナトスのそれを上回る不気味さ……と言っても過言ではないだろう。
まず目につくのは顔……と言いたいところだが、ダンタリオンには顔が存在しない。顔の部分は輪郭だけを残して、黒く穴が開いている。当然顔のパーツは一切見えない状態だ。
身に纏っている服は、黒いタキシードのような礼服に、高貴な貴族を想起させる黒きマント。
黒いシルクハットを被っていると思われるが、小さいアクセサリーの様な物が、びっしりとシルクハットの表面を埋め尽くしており、黒色はほとんど見えない状態になっている。
……シャンプーなどを入れている洗面器を、小脇に抱えているのが少々気になるが、ここは浴場の前なので、そこには深く触れないでおこう。
彼は――――グリモワール序列71位の大公爵『イリュージス=ダンタリオン』。グリモワールが示していた『71』の反応は、男風呂に入っていた彼の本体を示していたのだ。
この不気味な、顔を持たない大公爵は、廊下の床に落ちたバエルの仮面を拾い、頭に被っている、アクセサリーだらけのシルクハットに、その仮面を貼り付けた。
するとバエルの仮面が、みるみる内に小さくなり、アクセサリーと同じ大きさになってしまう。……この事から分かるように、シルクハットに纏わり付いている、アクセサリーのような物は全て――――紙園の住人の顔を模った仮面なのだ。
ダンタリオンは、仮面がちゃんとくっ付いているのか確認するべく、シルクハットを脱ぎ、黒く窪んだ顔でシルクハットを見つめる。……と、その時。パイモンが彼の頭を指差して、『あ……』と気が付いた。
『あ……ダンタリオンの頭に――――タオルが乗ったままなのだ……』
『あら、ホントね……。ダンタリオン君も器用な事をするわねぇ……』
シトリーも、パイモンが指さす先を見ると、確かにダンタリオンの頭上、彼の鮮やかな紫色の髪の上に、真っ白なタオルが乗っている……。
パイモンの指摘に気付いた彼は、頭に手を当てタオルを手にし、そのタオルを小脇に抱えていた洗面器の中に入れた。
『これはこれは……女王様達の前で、見苦しい姿を見せてしまいましたね』
そう言ったダンタリオンは、シルクハットを被り直すと、踵を返し『さぁ、ご主人もお眠りになられましたし……私達も帰りましょう』と言って、その場から姿を消した。
……しかしその後、姿を消して数秒と経たない間に、再びダンタリオンが姿を現す。
『……シトリー様の仮面を、危うく回収し忘れるところでした。やはりしばらくここで待ちましょう。仮面が出てくるまで、何かお話でもしましょうか。例えば……ガープ様の面白い趣味なんてどうです?』
『え、そんな事も知ってるのか? ……一体どこからそんな情報が出てくるのだ?』
『フフフ……それはお答えできません。まぁ強いて言うなら……アモン君と同じように、常日頃から書物を読み漁っているからでしょうかね』
そう言ったダンタリオンは、タキシードの懐からグリモワールより、一回りも二回りも分厚く、表紙に何も書かれていない冊子を取り出してみせた。
……普通ならば、そんなに大きな冊子を、タキシードの懐に入れていれば、膨らみが出来るはずなのだが。
『この本にはいろんな事が書かれていますよ。72の悪魔はもとより、他の堕天使や悪魔達の能力。さらに踏み込んだ事を言えば……シトリーさんのスリーサイズや体重など……ですかね』
『やぁん、それは乙女のトップシークレットよ? ……まぁ私と同じ能力だから仕方がないんだろうけど。ちょっとその情報があってるか、私に聞かせてもらおうかしら? 下手に嘘を言われちゃったら、私が困っちゃうし……ねぇ?』
『他人を誘惑してまわる体をしている貴女を、周りの人はそう簡単に、乙女と呼んではくれませんよ』とダンタリオンは笑って言った。
その後、シトリーがダンタリオンに向かって耳を傾けると、彼は黒く窪んだ顔を、シトリーの耳元に近づけ、ボソボソとパイモンが聞き取りかねるような小声で、ないしょ話を始める。全て喋り終えたのだろうか、ダンタリオンがシトリーの耳元から、顔を遠ざけると、彼女は非常に驚いた顔をした。
『全部合ってるわ……。しかも、1cmや1kgの違いも無く全部って……凄いわねダンタリオン君は』
『な~な~! それなら私の体重やすりーさいずとか言うのも、全部分かるのか~?』
恐らくパイモンは、スリーサイズの意味を分かっていないのだろう。シトリー相手なら、それ位の冗談も通じるだろうが、今度の相手は、シトリーと同じ大悪魔とはいえ、まだ年端もいかない子供だ。
ダンタリオンは、顎の部分に手を当て、暫く考えた後にこう答えた。
『確かに分かりますよ。……でもシトリー様と違って、パイモン様には未来があります。現在の
『……まるで私には未来が無いみたいな言い方ねぇ?』
不服を訴えるシトリーの言う事など気にもせず、ダンタリオンはパイモンの頭を優しく撫でている。
『実際に、自分を乙女と言っている大悪魔さんに、自身が口にした通りの未来があるとは私にはとても思えませんね。フフフ……』
そんな調子でこの3人は、シトリーの仮面が封印から解放されるまで、ずっと話し込んでいたのだという……。
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