絶対者≪アブソルーター≫の急襲

 樹達3人は廊下を走り抜ける最中、自分達がいる建物の窓から、被害を受けている街の様子をみた。


 街は煌々と燃え盛り、その炎の中で緑色の巨躯が、身をうねらせているのがわかる。さらに市民の者達が、自分達のいるところに向かって、一目散に走ってきているのも見えた。


 そして、その破壊活動は、確実にこちらへと近づいてきている。


「俺達が……俺達が倒すのか、あんな化け物を」


 樹が走りながら、ポツリと呟いたその言葉は、誰にも聞こえてはいなかった。


 人も獣も見境なく喰らい、更には国土を尽く荒らす。そして挙げ句の果てには、この国自体を壊そうとしている。


 それほどまでに、絶対的な力を持つ化物を、本当に撃退することができるのか。樹は不安で仕方がなかった。


(やれたとしても撃退が精々かもな……。今度という今度は、それすら無理かもしれないが)


 海水が弱点であることは、前回の戦いを通して分かった。しかし、この近辺には海が無い。


 現状、海水を運ぶ手段など、皆無に等しいだろう。


 間違っても、国を壊している相手を目の前にして、国を護る為の機械であるギルティオンに、海水運搬をさせるわけにはいかない。


ともなれば───やることは1つだ。


 あの化物に立ち向かえる『ギルティオン』と『アイジャー・ヴァーミリオン』の2機で、あの化物を何とか足止めし、民衆の避難を最優先するしかない。


(天から神様が降りてくる訳でもねぇし、今更神頼みなんて効かねぇよな……)


 樹はそんな事を色々考えながら、ロータスと叶香の後ろを走っていった。



「えぇ~!? またヘラクレス達が落ちた場所に向かうんですか!? もう流石に止めときましょうよぉ!?」


「どうにもあの化物が、自然発生したとは考えられねぇんだ。それに前回の件も合わせて考えると、無関係じゃない気がしてな」


「冗談じゃないわ! なんでまたあんな化物と、戦わなきゃいけないのよ!?」


 アポロンとアルテミスは、すぐさまレイジーの意見に反対する。


 (まぁ、反対するのも仕方なしか……)と思いながら、内心落胆していたレイジーの肩に手が触れた。


「アルテミスとアポロンに、何の話をしてるのかしら? 楽しいお話?」


「傍らから聞いた感じ、あまりよろしい内容には聞こえなかったのですが……」


 レイジーに話しかけてきたのは、アテナとミネルヴァであった。


 レイジーも前回の一件があって、アテナ達に声をかけるのは遠慮していたが、まさか彼女達の方から、声をかけてくるとは思っていなかった。


「ど~したんだお前ら。前回の一件で、お前らには声かけなかったのに、逆にお前らから声をかけてくるなんて」


「たまたま近くを通っただけよ。どうせロクでもない話なんでしょうし」


「自分から楽しいお話とか、適当な事を抜かしておいて、流石にそりゃねぇぞ」


 アテナの言ったことを、レイジーが軽く鼻で笑った後、彼女達の背後からこちらにやってくる足音を耳にした。


「あ、いたいた。レイジー、アラストゥムの件についてなんだけど……」


 カエデがそこまで言ったあと、背後へと振り返ったアテナとミネルヴァや、死角から顔を出したアルテミスとアポロンと目があった。


「結構な大所帯で話してたのね……って、そんなことよりも」


 カエデは話が逸れる寸前で、自分の目的を思い出し、レイジーの腕を掴むと、その4人の近くから引き離して、コソコソと小声でレイジーに耳打ちをし始めた。


(前の戦いで、アラストゥムの胸部装甲に、穴が空いたじゃない?)


(あぁ、そうだな。それがどうかしたのか?)


(どうしたもこうしたもないのよ! その穴から内部を覗いたけど、掠奪者に破壊された箇所が多すぎるのよ!)


 どうやら、操られたデウスクエスとの戦闘を行うよりも前に、内部のシステムを粗方破壊された状況であったらしい。


 レイジーはそれを聞いて、1人で納得していた。


(なるほどな。中身をぶっ壊して、機械の代わりに綿を詰めただけの人形にしてたってわけか)


(感心してる場合じゃない!)


 レイジーの頭を叩く音が、嫌に小気味よくも、どこか空しく廊下に響く。


 頭を叩いた音にあわせて、アテナ達もビクッと反応した。


「あの子ってレイジーの教育係……みたいなものかしら?」


「えぇ、まぁ……そのような感じで間違いないかと」


「私達のリーダーになっても、気苦労が絶えないのね……」


「……女の人って、怖い」


 アポロンは、その場にいた女神全員の眼光が、紅く変色したように見えた。


 その紅い眼光が、自分を射殺すかのような気迫で、問答無用に威圧してくる。


 紅く光る眼光のまま、アルテミスがアポロンに低い声音で尋ねる。


「一応聞くけど……それは私達の事じゃないわよね?」


 アポロンは、唐突な気迫に圧されて、少しずつ後退りしながら、無言のまま高速で首を縦に振った。


「あら、それなら良かったわ。そんなに女の子を疑っちゃダメよ?」


 アルテミスが言い終えたと同時に、アポロンを射殺すかのような紅い眼光も、息が詰まるかと思うほどの鬼気迫る気迫も、始めから無かったかのように消え失せた。


 一気に緊張が解けたせいか、両足がかなり震えているが、アポロンは何とか立っている。


「それならせめてデウスクエスだけでも運用を……デウスクエスも使えない!?」


「仕方ないじゃない。前回のが初戦闘だったのよ。まぁ、初の戦闘にしてはよく動いてくれた方だとは思うけど、それでもやっぱり調整が必要なのよ」


「そうか、なら別の奴らを当たっt……ん?」


 レイジーが言い終わりそうになった時、何かを考えるような仕草を見せる。そしてチラとカエデの顔を見た。一方カエデは怪訝そうな表情で、急に考え事を始めたレイジーを見つめ返している。


「ど、どうしたのよ急に?」


「……ちょっと来てほしい。――――人数は既に揃った」


 レイジーがそう言った直後、2人の足元に巨大な本のページが出現し、2人をあっという間に吸い込んでしまった。


「え!? ちょっとレイジー!?」


 レイジーがカエデを連れて、巨大なページの中へと消えていく直前。レイジーの元へと駆け寄ろうとしたアテナだけが、レイジーの口元が動いているのを見た。もちろんその口の動きから、彼が言おうとしていた事も察しがついた。


 普通の床に戻ってしまった後、暫く座っていたアテナがいきなり立ち上がった。


「……ねぇアルテミス。貴女達が普段いる森ってどこにある?」


「えっ? いきなりどうしたのよ?」


 いきなり、アテナが尋ねた内容の真意を汲み取れず、アルテミスもアポロンも首を傾げる。だが、隣にいたミネルヴァは、アテナの言葉の真意を汲み取ったのか、何かを思いついたような表情で立ち上がる。


「もしかしてとは思うけど―――レイジーはのでしょうか?」


「「……!?」」


「えぇ、恐らくは。72の悪魔アイツらなら、レイジーの命令でやりかねないわ。それと私達にも指示が出たわ。ついさっきね」


「……えぇ、そこまで言われれば私も分かったわ」


 そう言ったアテナと、ミネルヴァの体から光が発生し始めた。互いの顔を見て頷き合った2人は、その手を合わせて1つの光の塊へと変化する。


「「悪魔への命令がなら、神々わたしたちへの指示は――――」」


 その言葉が、合体の合言葉であったかのように、目を瞑ってしまう程の光が、辺りに霧散する。


「さぁ行くわよ! そうと決まればさっさと、思いつく限りの神手ひとでを集める! ここは時間との勝負よ!」

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