重なる鐵薙と叡智

「そ、そんな。どうして……どうしてそんな事を!?」


 叶香は口許を手で隠した後、憤慨したような口調で、樹に喰ってかかる。


 ロータスはその話を聞いた途端、叶香の制止も聞かず部屋を出ようとする。


 しかし、樹は叶香に向かって人差し指を立て、静かにするようにジェスチャーで伝え、部屋を出ようとするロータスにも聞こえるほどの、わざとらしく大きな声で喋り始めた。


「まぁ、よく聞け。まだ俺の話は終わってない。あれだけ保身的な連中が、自分で自分の首を絞めるような真似を、自分から進んでやるはずがない……と俺は睨んでる」


 「これはあくまで推測の話だが」とだけ言って、樹はロータスの反応を伺う。


 すると、ロータスは部屋を出ることを諦めて、樹と叶香の元へと戻ってきた。


「……話は最後まで聞いておこう」


「あぁ、それが賢明だ。具体的には、裏で糸を引いた奴がいて、アイツ等は糸を引いている奴の操り人形になっている可能性がある」


「つまり、この国は君達も気が付かない内に乗っ取られてるかもしれない……ということか?」


 「まぁ、そういう解釈で構わない」とだけ言って、樹は何やら自分のパソコンを操作し始める。


 1分もかからない間に、とある人物のプロフィールらしき物が画面に映し出された。


「……間違いだったのかもな。アイツに情報を渡したのは」


「え、なにこれ……」


「見ての通りだ。コイツ───プロフィールに穴があり過ぎる」


 わざとそうしているのか、それとも単なる書き損じか、あるいは……。


「まぁ、とりあえず。コイツには気を付けておくべきだろうな。『国立生体研究所 所長 千貌邪月』って奴には……な」


 その次の瞬間、地震と共にサイレンが喧しく鳴り響く。


 立てないほどの激震と、サイレンが同時に襲いかかり、その部屋にいた3人も当然、床に横になってしまう。


───街の北方角から悲鳴や破壊音が聞こえる。


「……!?」


『緊急通達! 謎の地震と共に巨大生物が地下より出現! 市街戦を展開するため、細心の注意を払うように!』


(こちらが感知できない以上、こうなることは分かっていたが────それでも早すぎやしないか?)


 樹はそんなことを一瞬だけ考えたが、そんなことを口に出す暇はない。


 他2人を連れて、部屋を飛び出した樹達を、ジッと見つめる粘ついた視線があった。


「面倒事は即座に排除するに限ります。今回は……貴方にも頼るといたしましょう。では───ここは確かに頼みましたよ」


 ニヤリとこれ以上ない程の、不気味かつ陰湿な笑みを浮かべる。


「大丈夫、万が一の策はあります。だから貴方は空っぽの理性で敵対する者を、ただ叩き潰せばよいのです」


 「さぁ、行きなさい」の言葉と同時に、彼の背後にいた灰色の異影が、溶けるように消え失せた。


「……支配する権利は我々の特権。旧き神々が統べる時代は終わりを告げたのだ。───全ては唯一無二の王の為に」


 地震によって、光が失われた暗闇に、何かの始まりを告げる冷笑が、誰にも知られることなく発せられた。

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