第一章 『一号機 デウスクエス』発進!!

再び交わりし時に ~少女は主に何を思う~

 ここはレイジーの執務室。現在、彼の執務室には、二つの団体が向かい合う様にして、互いを見ている。


 片方は、レイジーを筆頭とする、作戦立案の参謀達。ロキやヘルメス、アモンが突如として部屋に現れた者達を見ていた。


 対する団体は、ツクヨミの瞬間移動によって、レイジーの執務室に飛ばされてきたクラマ達であった。突如として、執務室の中に現れた団体に、流石のロキとアモンも唖然としている。


 一方でヘルメスは、最初こそ驚いたが、飛んできたのが誰の仕業かも、飛ばされたのが誰なのかも、ちゃんと分かっていた。


 ただ、一人だけ初めて見る顔がいる事には、驚いた顔をしていたが。


 クラマは、飛ばされた執務室の様子を見て、全てを察したのか、レイジーの真ん前に飛び出し、慌てた様子で跪いた。


 クラマが、今起こった状況を説明するよりも先に、状況をいまいち理解していなかったスサノオだけが、変に大きな声を上げる。


「いよぉ~っし、到着したぞ! レイジー! 早速俺と勝b……アレ?」


「あ、ぁ……コレって僕のせい……?」


「こ、これは会議中とは知らず……無礼を働きました事を、何卒ご容赦ください。事は急を急く物でしたので……。指示を出した私が悪いのです、ツクヨミ様は悪くありません」


「そ、そうなの……?」


「それは別に構わない。だが、そんな事よりも見慣れない顔がいるが、ソイツは……!!」


 クラマが、今にも泣きだしそうなツクヨミに、慰めるようにして話しかけた直後、クラマの後ろに立っていたアマテラスの隣に、レイジーは自分の顔を見て、驚愕の表情を浮かべている少女を見つける。


 そんな様子の少女を見て、レイジーは少し何かに気が付いたような表情を浮かべた。


 次の瞬間、少女は両手で口元を覆い、その場に力なく座り込んでしまった。俯き気味になった彼女は、いきなり嗚咽と涙を零し始める。


 少女のただならぬ様子を見て、アモンが立ち上がるが、レイジーが彼を片手で制止する。驚いたアモンは、レイジーの顔を見た。


『レイジー様……どうなされたのですか?』


「……アモン以外は下がれ。この少女は俺を訪ねてやって来た客だ。泣くほどの事かよ。久しぶりだな蓮華……いや、カエデって呼べばいいか?」


「……ッ!!」


 そう言いながら、少女に近づくレイジーの口から、来訪者の名前が語られる。その場にいた全員に、えも言えぬ衝撃が走る中、アモンが執務室内にいた者達を全員外に出した。


 あまりにも急な事に、アモンもサッパリ状況を理解していない。全員を外に出した矢先、アモンは廊下の奥で何者かの声を聞く。


『コ~ラ~、アモ~ン!! いい加減コレを外せ~ッ!!』


『……クラマ様。あそこにあります廊下の突き当りに、鬼の石像が見えますでしょう。その石像に、アモンからの使いだと言って頂けるとありがたいのですが……』


「御意。それを言った後、私はどうすれば?」


『私はレイジー様に呼ばれております。その間だけ、私の主人の面倒を頼みたいのです。レイジー様が心配しておいででしたので、流石にやり過ぎたかと思いまして……』


「確かに、承った」


 アマテラスにスサノオを任せ、クラマはアモンに言われた場所へと向かいだす。その姿を見送ったアモンは、アマテラスに一礼した後、執務室の扉を静かに閉ざした。


 閉ざした扉に背を向け、アモンはレイジーと謎の少女がいる部屋の中央を見た。依然としてレイジーが、その少女に何かを語り掛けている様子が見てとれる。


 アモンは二人を刺激しないように、少し離れた場所で、静かに二人を見守る事にした。


 顔を覆って泣きじゃくる、謎の少女の背中を撫でながら、レイジーは背中越しにアモンに語り掛けた。


「……アモン、お前は覚えているか」


『……何についての話でしょうか。それが分からない限り、私からは何もお答えできませんが?』


「俺がお前と初めて出会った時――――初めてお前を召喚した時だ」


『……ホゥ、その事でしたらもちろん覚えております。なんせ私達『72の悪魔』達にとって、なのですから』


「実は……お前を召喚した時、俺は本当に後悔した。……蓮華コイツを置いて、この場を去る事が決定した瞬間だったからな」


『…………』


 それを聞いたアモンは、レイジーの言わんとしている事の全てを理解した。


 実はアモンは、彼の主『レイジー=グロリアス』が、偽名である事を知っていた。それもその筈、その名前は―――――『彼が考えた名前』であったからだ。



「……!? な、何事だ!?」


 レイジー……いや、ここでは『クレイ』と呼ぶべきだろうか。彼はアラストゥム開発の最中、不慮の事故に巻き込まれてしまった。


 オペレーター室からの通信に従い、緊急脱出のダクトを滑り降り、機体の外へと出ようとしていた最中――――突然閉まり始めた扉に、体を挟まれてしまったのだ。


「カッ……ハッ!? グ……ク、クソォ……ッ!!」


 扉に挟まれた衝撃で、オペレーター室に繋がる通信機を、通路の先に落としてしまう。自力で扉をこじ開けようとするも、相手は油圧式の機械。馬力と人間の腕力の差は、例え天地がひっくり返ったとしても、簡単に埋める事はできない。


 更に運の悪い事に、扉の閉まる力によって、既に肋骨が数本折れてしまっている状態だった。全身を駆け巡る激痛に耐えながらも、クレイは口から血を吐く。


「ガハッ!? ク、クソが……ッ!! 俺は……こんな所で……ッ!」


 その時、クレイの視線の先に、一冊の本があった。それは、軍の指定秘匿書物とされている、世紀の魔術本『グリモワール』と呼ばれる本。


 彼はコレを、軍に内緒で持ちだしていたのだ。この中に書かれている事は、全てが真実の様であり、同時に嘘の様な印象を受ける。


 そんな時、彼は『ゴエティア』と呼ばれる章で、『ソロモンの悪魔』と呼ばれる一覧を見つけた。


 興味を持った彼が、その一覧に目を通したのだが、当時の彼には、ここに書かれている事が、とても真実とは思えなかった。


 ……しかし、今の彼はその本に書かれてある事を、何が何でも信じざるを得なかった。


 クレイは血を吐きながらも、精一杯腕を伸ばし、少し先にある魔術書に指先を付ける。そして、その魔術本に書かれてあった通りの呪文を、息が途切れながらも詠唱した。


「エ、エル、ロイズ……イェ、ル……ザ、レイズ」


 意識が朦朧としていた時、魔術本が赤く光る警報ランプとは、全く違う色を放つ。そして、クレイの目の前には、彼が頭で思い描いていた紋章に対応する、『ソロモンの悪魔』が召喚されていた。


それこそが、グリモワール序列第七位――――『アムルニクス=アモン』だったのだ。


 アモンが召喚された時、クレイは見ての通り、生死の淵に立たされていた。赤いランプが非常事態を知らせている最中、彼は機械の開閉門に挟まれ、血を吐いていたのだ。


「……助けて、くれ……。お、前は確、か……ア、アモ、ン……だった、な」


『……ではなく、と言う訳ですか。良いでしょう、お助けしましょう』


 アモンは、彼の手に自分達を封印している魔術書『グリモワール』が、しっかりと握られている事を確認し、彼を挟む扉を自分の腕力を使って破壊する。


 そして、最早瀕死の状態となっているクレイと、自分達を封印していたグリモワールを小脇に抱え、腕一つでダクトの壁を突き崩した。その直後、その穴から弾丸の如き速さで、外へと飛び出す。


――――その飛び出した数秒後、アラストゥムの腕部分が爆発を起こした。



「…………」


 事の顛末を聞かされたカエデは、泣く事を止めたが、レイジーことクレイに対してかける言葉も、同時に失ってしまった。


 アモンは、レイジー自身の口から語られた真実を、ただ黙って聞いていた。アモンは知らなかったのだ。自分が助けた主に、まさか相棒がいたとは……。


『申し訳ございません。まさかレイジー様にパートナーがいらっしゃったとは夢にも思わず……。お嬢様にも辛い思いをさせてしまいました』


「お前ひょっとして、俺の事をずっとボッチだったと思ってた?」


『……誠に失礼な話ですが、お察しの通りです』


「…………」


 悪びれる様子も無く、アモンは思った事を、素直に口にする。


 アモンの本心を聞いたレイジーは、まさか彼の口から、そんな言葉が飛び出すとは思わず、今度はレイジーが返す言葉を失った。


 そんな二人のやり取りを、傍からジッと見ていたカエデが、唐突に手を口に当てて、小さく笑いだす。


「……フフッ、貴方もなんだかんだで、その人達と上手くやってるのね」


「なんだよその笑いは。……そう言えば、お前はどうやってここに?」


「……デウスクエスに乗って来たのよ。よく分からない生き物に私達の軍は……」


「デウスクエスだと……!? ならアラストゥムは……」


「残念ながら、アラストゥムを持ってくる事は、流石にできなかったわ。そのよく分からない生物に襲われて……ね」


『よく分からない生物……ですか。辛い事であるのを承知の上でお聞きしますが、その生物について思い出す事はできませんでしょうか?』


「えぇ、構わないわ。私もアレをぶっ潰してやりたいから」


 カエデはアモンに、自分以外の人がいなくなってしまった司令部で遭遇した、謎の生物の特徴について、知っている限りの事を話した。


 一頻りの特徴を聞いたアモンは、暫くの間考えていたが、首を横に振って申し訳なさそうな表情で口を開いた。


『……申し訳ございません、恐らくは私の知識不足でしょう。私もその生物についてはよく分かりません』


「珍しいな。アモンが生物について聞かれて、分からないなんて言うのは。そう言う特徴を持っている魔物みたいなのはいないのか?」


『……強いて言うならば、合成生物キメラのソレに近い印象は受けました。しかし……蜘蛛にも似ている複眼を持ち、更には音には敏感に反応する聴覚の持ち主。そのような魔物や生物を、私は存じ上げません』


「……合成生物キメラか。俺が軍隊にいた時、そんな話は聞いた事も無かったんだが、極秘裏に生物が作られていたんだろうか?」


「そう考えた方が、大体の辻褄は合うわよ。でもあれは……目の当たりにしたから言えるけど、生物じゃないような気がするのよね」


『ホゥ、確かに急激な巨大化を遂げる生物と言うのは、私もひっかかります。……ひょっとするとこれは、合成生物キメラのように見えて、実はそうではないのかもしれません』


「つまり、ではない? ならこの生物は、どうやってカエデ達を襲ったんだよ……?」


 その質問に、アモンは答えられない。彼すら知らない生物の侵入経路を、どうやって断定しろというのだろうか。その時、ふとカエデがある事を思い出す。


「……そうだ。多次元開発よ! アレを行ったばっかりに、何かが私達の軍隊に侵入したんだわ」


 そう言うや否や、カエデはレイジーの方に顔を向け、彼にグイグイと詰め寄った。いきなり間合いを詰められたレイジーは、彼女の詰め寄ってくるスピードに合わせて、ズルズルと後ろに後退る。


 そして、壁際に追い詰められたレイジーに向かって、カエデはある事を呟いた。


「……そう言えば、ここには神様の姿をした機械が侵入したらしいじゃない。まだ廃棄処分してないわよね? 良かったら、ちょっとそれを見せてもらえないかしら?」


「あ、あぁ。……って、なんでお前がそれを知ってるんだ!?」


「当たり前でしょ! アレは私が造った機械なの! 軍の連中に勝手に使われちゃって、貴方に迷惑をかける事になっちゃったけど……」


『なんと、貴方があの人形を造った……?』


 アモンも、まさか彼女が、ニセモノ騒動を起こした人形を造った張本人であるとは、夢にも思わなかったようだ。


 カエデは得意げに笑うと、軍帽の鍔を抓んでレイジーに笑いかけた。


「確かに見た目は、あまり変わらないかもしれない。でも、あの時よりは成長しているのよ。主に技術面ではね」


「お前まさか……あれを修理するつもりか?」


「ご名答。修理キットは全て、私が乗ってきたデウスクエスの中にあるわ。もちろん貴方にも手伝ってもらうわよ。レイジー……いいえ、クレイ!」


「お、おいおい……ちょ、待……」


 レイジーの言う事も聞かず、カエデは彼の手を引いて執務室を飛び出した。


 いきなり、部屋の中から飛び出してきた事に驚く、アマテラス達を見て、ツクヨミを見つけたカエデは、目線を合わせてアマテラスの後ろに隠れるツクヨミに話しかける。


「確かツクヨミちゃんだったわよね? お姉ちゃんとこの人を、さっきいた場所に飛ばしてくれないかな……?」


「……別に、良いよ?」


 そう言ったツクヨミは、アマテラスの後ろに隠れる事を止めて、二人の前に歩み出す。それと同時に、ツクヨミの目が紫色に光り、ツクヨミとその光を見た二人の姿が、忽ちにして消え失せた。


 それを傍から見ていたアモンは、驚いて執務室から出てきた。アモンの慌てた姿を見て、アマテラスは少しだけ笑う。


「フフフ……。大丈夫ですよ。彼らはすぐにここへ戻ってきますから」


『そ、そうですか……。いやはや、お見苦しい所をお見せしてしまいました……』


『ア~モ~ン~!! よくもこのアタシを貼り付けにしたな~ッ!!』


 悪魔と神の、本来ならばありえない筈のやり取りを、頭からぶち壊す様に、廊下の突き当りから、弾丸のように飛来したバエルが、アモン目がけて突撃してきた。


 アモンの視界の隅、廊下の突き当りの場所に、バエルに制止をかけているクラマが、チラリと目に入った。


 それを見たアモンは、小さく溜息を吐いた後、右手に拳をつくり、左手を添えた状態で力を溜め始めた。途轍もない力がため込まれているのか、数秒も経たない間に、蒼い稲妻が拳の周囲に走っている。


 高速で接近するバエルとの距離が、おおよそ1mをきった程度の距離で、アモンは拳を前に思いきり突き出した。その拳から、蒼い稲妻が廊下中を駆け巡ったかと思った次の瞬間、突風が廊下内に吹き荒れる。


 小柄なバエルが、突然吹き荒れたその突風に、何とかして耐えられる筈も無く、数秒間だけ突風に立ち向かった後、いとも簡単に吹き飛ばされ、廊下の壁に叩き付けられてしまった。


 アモンは、両手を叩いた後、服の襟をキチンと正し、床の上で顔を伏せたまま、タンコブをつくって、小さく泣きじゃくるバエルの元へと歩いていく。


 そんなアモンの姿を、キラキラとした目で見つめる者が一人。そんな様子を傍から見ていたアマテラスが、また小さくクスッと笑った。


「……あの悪魔さんに憧れたのですか?」


「カ、カッコイイ……! 俺もいつか、あんな風になれたらなぁ……」


 夢見る事は、別に悪い事ではないか……と考えながら、アマテラスはアモンに憧れるスサノオを、小さく笑いながら見守っていた。



 ツクヨミに導かれ、カエデとレイジーは、彼女が叡智の紙園を訪れる際に用いた、一号機デウスクエスの前に飛ばされた。


 だがデウスクエスは、飛行中に墜落した為、横向きに倒れてしまっていた。その姿を見たレイジーは、ツクヨミに少しだけ耳打ちをする。


「このままだと、せっかくの巨大ロボなのに示しがつかないな。ちょっと立てらせてほしいんだが……頼まれてくれないかツクヨミ?」


「……分かった。主の頼みなら仕方ないね」


 そう言った後、ツクヨミは目を瞑って立てったまま、静かに瞑想を始める。すると、ツクヨミの周囲にある空気が、途端に逆巻き始め、紫色の光がツクヨミを包み込んだ。


『上弦月の名において命ず。我に月創りの奇跡を与え給え……!!』


 先程の落下を止める程度の念能力は、今の様に『祝詞』を唱えずともできたが、ここまで巨大な物体を、再び浮かび上がらせる事は、祝詞を唱えなければできない。


 ツクヨミが祝詞を唱え終えて目を開くと、紫色の眼光が鋭く光った。すると、デウスクエスの機体が小刻みに震えた後、軽々と宙へ持ち上がり、再びデウスクエスを立ち上がらせる。


 この常識破りな力を、自分の目の前で目の当たりにしたカエデは、思わず目を丸くした。


 まさかこんな小さい子供が、オカルト染みた念能力を使うなど、夢にも思っていなかったからだ。


 カエデは、驚きに満ちた顔で、ツクヨミを見つめる。能力を使い終わったツクヨミが、深く長い一息を吐いた後、カエデが自分に注ぐ視線に気付き、慌ててレイジーの後ろに隠れた。


「ぁ、あの……そんなにボク、変でした……?」


「え? あぁ、いや……違うのよ? こんなに小さい子にこんな凄い能力があるのに、なんで私には無いんだろうなぁ……ってね」


「ん? グリモワールの力を使えば、一般人のお前にも、さっきの様な特殊能力を与える事も簡単に出来るぞ? 俺だって、元はお前と同じ一般人だったんだ。因みに何が良いんだ? とりあえず言ってみろ」


「ん~、そうねぇ。……って、そういう事が簡単に出来ちゃうんだ!?」


 思わず、ポロッと漏れ出たカエデの悩みを、傍らで聞いたレイジーが、懐からグリモワールを取り出して、ページを捲り始めた。


 将来の夢を答えるような感覚で、欲しい特殊能力を答えようとした直後、ハッと我に返ったカエデは、レイジーにツッコミを入れる。


 その本に、一体何が書かれているのか気になったカエデは、ページを捲るレイジーの手元を見た。


 彼は別に隠す様子も無く、ページを捲る手を止めて、彼女にグリモワールの紙面を見せる。


――――言語なのか呪文なのか。カエデには書いてある事が、何一つとして、サッパリ理解できなかった。


「な、何よコレ……貴方よくこんなの読めたわね……」


「本が好きなら、大体読めるだろ。俺がお前と軍隊にいた頃は、俺よりも本が大事な本の虫だった癖しt……イデデデデデ!!」


「悪かったわね~……!! 貴方より本が大事な相棒で!!」


 カエデは苛立った顔で、グリモワールを読むレイジーの頬を抓み、そのまま引き千切らんとする腕力で、縦や横に動かし始める。


 彼女の腕の動きに合わせて、レイジーの顔も縦や横にへと動く。それを見ていて、だんだん楽しくなってきたのか、カエデがいつまでも、レイジーの頬を抓んだまま放さない。


「……なんか楽しくなってきた」


いふぁいのふぁこっひなんれすが痛いのはこっちなんですが!? いいふぁげん、はなひへくれまへんふぁねいい加減、離してくれませんかね!?」


「何言ってるのか、その本と一緒で全く聞き取れないから、私の気が済むまでやらせなさい」


「ふぁっ!?」


 それから数分間もの間、頬をつねられ続けたレイジーの頬は、まるで虫歯になった子供の頬の様に、頬が真っ赤に腫れ上がっていた。


 その頬に、文字通り腫れ物を扱うかのようにして、治療魔法をかけるレイジー。


 隣でその様子を見ているカエデの頭には、大きなタンコブが出来ていた。そちらはツクヨミが、腫れ物を扱う様に、優しく撫でている。


 今にも泣きそうな顔をしたカエデが、ツクヨミの袖を握ったまま、レイジーの後ろ姿を見つめる。


「うぅっ……クレイのバカ。何も打たなくたって……」


「主……さ、流石にこれは……やり過ぎじゃない?」


「バカはどっちだ。こんなになるまで、俺の頬をひっぱりやがって……ったく」


 「茶番もここまでだ」と、踵を返して元通りになった顔をカエデに向ける。


 グリモワールを開いたまま、カエデの頭の上にできたタンコブを人差し指で指差した後、パチンと指を鳴らす。すると次の瞬間、タンコブは最初からなかったかのように、引っ込んで元に戻ってしまった。


 痛みが引いた事を、不思議に思ったカエデが、恐る恐るタンコブが出来ていた箇所に触れてみるが、そこに突き出た箇所はない。


「え、なに……コレすごっ!?」


「グリモワールを読んでりゃ、自然とそうなる。さっさと修理キットをとってこい」


 そう言ったレイジーは、カエデの額を人差し指でこついた。するとカエデの姿は、レイジーの前から消え失せる。


 カエデは知らない間に、デウスクエスの操縦席に座っていた。余りにも唐突な事で、自分の周囲を見て大声を上げる。


「えっ、うっそぉ!? ……って驚いてる場合じゃないわ」


 自身の用件を思い出し、デウスクエスに自分の姿をスキャニングさせる。すると再びデウスクエスは、関節部分や首元から蒸気を噴出させ、双眸に緑色の光が点る。


 再び起動したデウスクエスは、少しバランスを崩しかけながらも、再び立てられていた体勢へと戻った。


 その姿を、デウスクエスの足元から見上げていたレイジーは、一つだけツクヨミに頼み込んだ。


「……ツクヨミ、俺を少しの間だけ、空に浮かび上がらせてほしいんだ。できるか?」


「わ、わかったよ……。やってみる」


 ツクヨミの眼が、再び紫色に輝き、レイジーの体が空へと浮かび上がった。みるみる内に、デウスクエスと同じ高さにまで上がり、操縦席に座るカエデの姿もハッキリと見えた。


 カエデが、宙に浮くレイジーの姿を、思わず二度見する姿もハッキリと見える。するとレイジーが、デウスクエスの操縦席に近づき、強化ガラス張りになっている操縦席の上に跨って、コンコンコンと三回ノックして見せた。


「っちょ……えっ!?」


「よぉ、修理キット見つけたか~?」


「見つけたけど、ちょっと待ってて……」


 カエデはそう言うと、操作盤に手をかけタイピングの要領で入力を始める。すると数秒後に、修理キットが足元の内蔵品取り出し口から出てきた。


 それを手に取った所を、見届けたレイジーは、デウスクエスの真下にいるツクヨミに再び声をかける。


「ツクヨミ! もう一つ仕事だ。今度はコイツを屋敷の真ん前に飛ばす! これで最後だ!」


「えぇ~……仕方ないなぁ」


 ブツブツと何か言いながらも、再び立ったまま瞑想に入ったツクヨミは、先程と同じ祝詞を唱えて目を開いた。


 すると紫の光と共に、ツクヨミもろとも、カエデが乗るデウスクエスやレイジーも、一瞬にして姿が消え失せてしまった。

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