技術者の提案 ~反撃への布石~
そして、レイジーがカエデを連れて、無言で歩き始めてから十数分。紙園の隅にある、廃品扱いとなっている物を、一括して収納する部屋の中に、例の鉄塊が二個あった。
放置してから数日で、ブリュンヒルデやタナトスの姿ではなくなり、今はマネキンの様な、特徴も何もない姿となっていた。
「うっわぁ……派手に殺ってくれたわねぇ……」
「文句を言うな。派手にやらねぇと、逆に俺達が殺されてたんだぞ? 全く……何で寄りにもよって、タナトスやブリュンヒルデなんかコピーしちまったんだか……」
「それはアレだと思うわよ? この子は最初に目にした人物を、完全にコピーするようにプログラミングされてるから」
「あ、そうなの……」
「ただ、この捩じ切られたような跡がある奴と、首が刎ねられた跡がある奴とは、コピー方法が全く違ってたみたいだけどね」
カエデは、外部からの強力な力で、胴体を捩じ切られたような鉄塊を見て、ゴーグルをかける。そして、修理キットから、作業着らしき服を一着取り出した。
「あ、着替えるからあっち行っててよ。……覗いたら、アンタの脳天に、ネジを何本かぶち込むからね」
「……お前って、そんな物騒な事を言う奴だったか?」
「さぁね。アンタがいなくなってから、それはそれは大層な出世をしたから、頭のネジが数本飛んでるかもね」
「なら自分の脳天に、その足りなくなったネジを、好きなだけぶち込めば良いじゃn……イダダダダダ暴力反対!!」
必要のない口を叩くレイジーの頬を抓って、カエデは彼を物置から締め出した。
暫くの間、ゴソゴソと物音はしているが、カチッと鍵をかける音がしていなかった。
最初はそれを気にせずに、戸口の前でおとなしく待っていたレイジーだが、やがて戸口ごしに話しかける。
「おい。まさか俺に、鍵をかけてない扉を開けさせるつもりじゃないだろうな? 俺に開けさせといて『キャ~変態!』的な」
「ま、まっさかぁ! 鍵の閉め方が分からなかっただけよ~!!」
「……お前の下着とか見て喜ぶなんて、俺には到底考え付かねぇんだがな」
そんな事を呟いた瞬間、戸口が少しだけ開いたかと思えば、その隙間から鉄拳が飛んできた。レイジーは、間一髪でその拳を避けると、戸口から距離を置く。
彼が、扉の前から離れた事を悟った拳は、隙間の中へと引っ込み、やがて扉を再び閉ざした。
そしてその数秒後、いきなりガラッと扉が開いたかと思えば、ドロップキックの体勢で、作業着に着替えたカエデが飛び出してくる。余りにも急な事で、レイジーは避ける事すらままならず、顔面にドロップキックをくらった。
その衝撃で、真後ろに吹っ飛んだ彼を見たカエデは、腕を組んでレイジーを睨み付ける。
「悪かったわね。男を振り向かせる魅力が無くって!」
「いや、俺は興味が無いって話をしただけなんだが……?」
なぜドロップキックをくらったのか、レイジーは訳が分かっていないらしい。吹き飛ばされた勢いで、強く打った後頭部をさすりながら立ち上がった。
理由が分かっていない事を悟ったカエデは、額に手をあてて溜息を吐いた。
「ハァ……。これじゃ報われないのも当然ね」
「報われない? 一体何の話だ?」
「アンタには関係のない話よ。まぁ、ずっと知らないままでも、大した問題もないかしらね?」
カエデはそう言って、再び物置の中へと入っていく。カエデの言っている事が、微塵も分かっていないレイジーは、首を傾げながらも、物置の中へと戻る。
こうして始まった、例の機械二体分の修理だが、開始早々に問題が発生した。
機構の修復や回路の連結は、何ら問題なくできたのだが、肝心の切断された部分の熔接が出来ない。その事実を完成目前で知ったカエデは、ガックリと肩を落とした。
「ハァ。これは熔接するバーナーが無いと、何があっても絶対にできないわ」
「参ったな。炎を使える奴らは沢山いるが、火力調整ができる奴なんていないから……ん?」
そんな事を言っていた時、開け放っていた物置の扉の方向から、何かの物音が聞こえた。何事かと二人が揃って顔を出すと、何かが草むらの中に飛び込んだ。
……本人達は隠れているつもりなのだろうが、草むらから大きな二対の翼と光の輪が、はみ出して見えている。更には、草とは色の違う髪が、草むらから見え隠れしており、頭数を数えてみると、ちょうど四人程の数だった。
それを見れば、その者達が誰なのか断定する事は、レイジーにとって容易な事である。
「
「ア、アハハ。流石にバレちゃいますよねぇ……」
レイジーに諭されて、草むら出てきたのは、熾天使のウリエル達であった。恐らく待機室から、テレポートで抜け出して、レイジー達の後を尾行していたのだろう。
「私達もアテナさんの話を聞いている内に、その女性が気になっちゃいまして……」
「ん~、少なくとも私は、そんなのどっちでも良かったんだけど、ラファエルも気になってたんだよね~?」
「う、うん。どんな人か見てみたかったの……」
「私には、人形が動いてるように見えるわ……。この子、本当に生きてるの?」
ラファエルは、知らない人と対面する時は必ず、誰かの後ろに隠れて様子を窺う様にして話をする。今回はミカエルの後ろに隠れて、カエデと話をしていた。
カエデは、まるで珍しい物を見る眼つきで、その小さい天使をガン見している。やがて、その視線に耐えられなくなったのか、ラファエルは再び、ミカエルの後ろへと身を隠してしまった。
そんな様子を見ていたガブリエルが、レイジーに近寄って少しだけ耳打ちをする。
「ご主人も隅に置けませんね。まさかこんな美しい人と関わっていたとは。アモンさんから、話は全部聞きましたよ」
「アイツも、そういう関係だって誤解してんのか……。そうだ、ちょうどいい。ガブリエル、お前ならコレを繋げられるだろ?」
「え? いきなり何の話ですか……?」
そう言って、ガブリエルを物置の中へと連れ、修理完了を目前に控えた二体の機械を見せる。その機会を見せられたガブリエルは、少しだけ嫌な顔をする。
「なんですか、これを直せっていうんですか?」
「あぁそうだ。もちろん直してもらいたい。事情を全て聞いているのなら、俺がやりたい事も分かっている筈だが?」
「……仕方ありませんねぇ。彼女がコレを造った本人だと、アモンさんから聞いていますが、今回だけは特別ですよ」
「おや、珍しいな。お前が百合の花を貰わず、素直に用件を飲むなんて……」
「毎回毎回、ご主人に百合の花を、しつこく要求しているみたいな言い方は止めてもらいたいんですがねぇ……」
そう言った後、ガブリエルは両手を二体の機械に向け、蒼い光を放つ。すると、彼が直接触っていない筈の機械が、勝手に動き出し、みるみる内に接合されていく。
そんな様子を、まるで宝石でも見るような、輝く目で見つめるカエデ。しかし、ハッと我に返って首を横に振った。
「……ハッ!? シ、シテンシか何か知らないけど、物ってのは人の手で作らないと!」
「お前、今さっき『こんな能力が欲しい!!』って顔してたな?」
「し、失礼ね! 自分の手で機械を作るメカニックが、そんな能力を欲しがるわけ……欲しがるわけ……」
「おい。必要ないなら、ちゃんと否定しろ」
凄く欲しがっている表情だが、メカニックのプライドが、その能力を拒んでいるようだ。カエデの隣で、グリモワールを開いたレイジーが、彼女の返答を待っている。
「い、いらないわよ! も、もっと別の能力を見てから決めるわ!」
「なるほど、一応保留……と」
懐から取り出した付箋を、そのページに貼り付けて、レイジーはグリモワールを懐に戻した。
接合の終わった機械は、最初から破損などしていなかったような出来具合となっている。その出来を見て、思わずカエデも、予想以上の出来に「ウムム……」と唸ってしまった。
「伊達に化物を収容している施設の管理をしていませんからね。これぐらいはできて当然ですよ」
「よくやってくれた。問題はこの人形にコピーさせるモデルなんだが……」
「それはもう、私とアンタで十分でしょ? 簡易式だけど、修理中だった操縦器は二つとも、修理キットの中にあるのよ」
「えっ、マジで……? 俺がしなくちゃいけない?」
「そりゃあご主人の知り合いですから、ご主人が協力してあげるのが筋ってもんですよ」
ウリエルの一言で、レイジーの顔からドッと冷や汗が、それこそ滝の如く流れ出す。
よく考えてみれば、これは身代わりだとはいえ、それ即ち自分の分身である。自分の分身が、訳の分からない謎の化物に八つ裂きにされる事は、精神的に耐えられない事であった。
「い、いやだってさ……仮にも自分の分身じゃん? それを正体不明の化物に八つ裂きにされるってのはちょっと……」
「あ、大丈夫よ。アンタのグリモワールもコピーされるから、多分壊れはしないと思うわよ? 機体の修復に時間がかかるかもしれないけど、アンタが一番偵察にもってこいの人材なのよ」
「死ぬより恐ろしい物って、他人を捨て駒みたいに言う人間だと思うんだ……」
もはや、彼には少しの逃げ道もない。この他人を捨て駒のように言う人間に、彼の体はガッチリと捕えられ、全く離す気配が無かった。
レイジーは、一瞬だけこの場から逃げようかとも考えたが、あちら側には能力を発動させれば、絶対に逃げられなくなるラファエルがいる。
逃げる自分に、掠ってでも一発被弾させれば、ラファエルの能力を発動させるだけで、肉体的な傷を癒すついでに、自分の逃走する意志をも奪ってしまう。
更に相手は、このラファエルだけではない。天使の最高位とされる『熾天使』に属する天使が四人もいるのだ。これは逃走も抵抗も、するだけ無駄だと悟らざるを得ない。
レイジーが、一か八かこの場から逃走するか、無限コンテニューかの、究極の選択を考えている最中、ラファエルが彼の袖を引っ張る。
「……アレスさんみたいなヒーローさんは、絶対に逃げないんだよね? ……ご主人は逃げちゃうの?」
「ガッファッ!?」
逃げようかと思っていた矢先に、種族も外見も文字通り天使な幼女に、そんな事を言われては、ヘタレ精神を持つレイジーも引くに引けない。
精神的な攻撃は、グリモワールでは回復不能と知っているのかいないのか、無邪気な天使の子供は自分の主を、無意識の内に殺しにかかっていた。
危うく、口から血が吐けそうな気分になっていたレイジーは、右手を出してラファエルの追撃を止めようとする。
「わ、分かった……お前が言っている事は正しい。俺もちゃんと逃げないから……な?」
「……うんっ!」
「ブフォッ!」
我ながら失策であった。レイジーは、ラファエルが自分の目の前で、満面の笑みを浮かべて返事をする事を、全く想定していなかったのだ。
完全に、口から血を吐いた後のような表情をしているレイジーに、人を捨て駒の様に言う人間が、彼の後頭部を叩いて現実へと引き戻す。
「小さい子にデレデレしてるんじゃないわよ。アンタはヒーローみたいな超人である以前に人間でしょ!」
「……ハッ!? 俺……今さっきどんな顔してた!?」
「「「口から血を吐いた後の様な顔をしてました」」」
「…………」
ラファエル以外の熾天使から言われた、歯に衣着せぬ言葉に、言葉を失ったレイジー。
そのやり取りを理解できていないラファエルが、ウリエル達と真っ白な表情をしているレイジーを交互に見る。コレが本当に、叡智の神園を管理する主としての、あるべき姿なのだろうか。
放心状態に近いレイジーの前に、カエデが修理できたばかりの例の機械を前に置いた。先程レイジーにした時と同じように、その機械の後頭部を叩くと、謎の怪光線がレイジーに照射される。
全身に光を照射し終えた機械は、即座に立ち上がったかと思えば、軋むような音を立ててながら自分の容姿を、鉄製のマネキンの様な姿から、レイジーそのものへと変貌していく。
コピーが完了する直前で、喋りさえしなければ本人と見分けがつかない程になっていた。髪の色や着ている服はもちろん、髪の分け目や眼つきもそっくりそのままだ。
熾天使達が目を丸くして、その機械が変身した姿と、自分達の主を見比べている最中、カエデがもう一体の機械を持ちだして自分の前に置いた。
「……よし、ヘタレた捨て駒が、これで一人出来たわね。後は私のコピーも作って……」
「これでハッキリした……。人の事を捨て駒呼ばわりする人間の方が、絶対にそこら辺の神様や天使より怖いって……」
放心状態でありながら、『捨て駒』と言う単語には、機械的に反応するレイジー。
しかし、そんな事など全くお構いなしのカエデは、機械の後頭部を叩いて、自らも機械の放つ怪光線を浴びる。
そして自分の分身を作らせた後、カエデがレイジーの前に屈み込み、一発だけ軽くビンタをくらわせた。放心状態のままだったレイジーも、その一撃でハッと再び我に返る。
「起きたわね? それならグリモワールって本に、私のお願いしたいんだけど……ダメかしら?」
「なんだ、何の能力が欲しいのか決まったのか?」
「そうじゃないわよ! その本って、本当に万能なのよね? それなら……その本の能力で、この機械二体を私がいた建物内部へと送り込む事は可能かしら?」
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