闇に知れ渡る偉大なる者達

通称コードネーム絶対者アブソルーター本体に、なんらかの物理的ダメージを感知。絶対者はその場からの撤退を開始しました」


「大いに結構。アレも化物とはいえ、やはり生物だ。生存本能があることが確認できただけでも良しとしようじゃないか」


「だが、アレは一体何なのだ。かたやギルティオンであるのは見れば分かるが、あの紅と蒼の機体は……」


 円卓状の机を囲むように集った者達。部屋を暗くしてあるため、個々の顔を見ることは叶わないが、壁に投影された映像を、熱心に注視している事がうかがえる。


 その投影されている映像とは、先ほどの発言にもあった、地響きをあげながら移動する、例の植物群の姿が映されている映像だ。そこにはアイジャーヴァーミリオンや、ギルティオンの姿も確認できる。


「前回の化物にはほとほと手を焼いたが、今回のはまた格別だな。本当にこんな化物達を手懐けられるのかね?」


「その点について、ご心配は無用です。この私がバックアップ致しているではありませんか」


 そう言って、座っていた席から立ち上がったのは、全身のほぼ全てを、黒色で統一した男。顔までは分からないが、不気味にニヤッと笑いかけるその口元には、何か危険な雰囲気が付きまとう。


 全身のほぼ全てを黒色で統一しているのとは対照的に、不気味なまでに真っ白な歯が見え隠れしている。


「足がつかないように、ちゃんと絶対者アブソルーターには細工してあります。万が一あの化物が、何者かに倒されるような事があったとしても、誰も貴方達と私めが作り上げた生物であるという結論には至らないでしょう」


「素晴らしい働きだ。どうやら君は、私達が噂で聞いていた以上の、才覚ある人物だったようだね」


 黒の男がそう説明すると、その説明を聞いていた者達から、安堵の声や称賛の声が複数あがった。


 それを聞いた男は、席に座っている者達に、うやむやしくお辞儀をする。


 しかし、お辞儀をした男の口元は……見るに堪えないほどに醜く、悪魔がほくそ笑むよりも、はるかに歪なものだった。


「俺は確かに言ったぜ……。ってな」



「ヘアァックショイッ!! 誰だ俺の噂をしてる奴は……」


『さっきから、何回くしゃみをしているのか、数えていますか? もう20回は超えてますよ……』


 どこから持ち出してきたのか、アモンの手元には22を示すカウンターが握られている。


 「俺、そんなにくしゃみしてるのか……」と言いながら、レイジーは鼻をすすりながら、アモンを連れて廊下を曲がる。


 その廊下を曲がった瞬間、何か妙な音とともに、レイジーの体が真後ろに吹き飛んだ。


「ゴフェッ!?」


『レイジー様!? ……と言っておきますが、見たところ大事には至っていませんね』


「オメェは少しぐらい心配しろ!? これでも一応お前の主人だぞ!?」


 床に仰向けで倒れたかと思えば、即座に起き上がったレイジー。倒れる前の彼と違う箇所といえば、眉間にラバーカップが引っ付いている点だろうか。


 当然引っ付いているだけなので、痛くも痒くもないが、見ていてとてもシュールではある。


 スッポンという音と共に、レイジーが眉間から離れたラバーカップを引き剥がした。そんな様子をすこし離れた先で、そんなレイジーを笑っている者がいる。


 アルテミスだ。彼女は一頻り笑った後、大きく息を吸い込んで、レイジーに聞こえる声量で


「へ~んだ! 私は確かに言ったわよ! 帰ってきたら絶対に眉間を撃ち抜いてあげるって!」


 と、レイジーを挑発するような内容の言葉を投げかける。


「……いい年こいて悪戯が過ぎるぞテメェ」


 アルテミスは、レイジーの言ったことを無視して、ベーッと舌を出した後、彼女の姿が反対側の廊下へと消える。


 流石にその態度にカチンときたのか、ラバーカップを握る手が紫色に光った。その様子を見て、アモンがゴホンと咳払いする。


『レイジー様、アルテミス様の悪戯は今に始まったことでは……』


誘導弾ホーミング・バレット対象ターゲット アルテミスッ!!」


 アモンの言うことを無視して、レイジーがラバーカップをアルテミスが去った方向へと、助走をつけて槍投げのように投げる。


 するとレイジーが投げたラバーカップが、誰の力を借りるでもなく、ひとりでに廊下を曲がって飛んで行ってしまった。


「アブフェッ!?」


 ラバーカップが、ひとりでに廊下を曲がってから十数秒が経過した辺りで、アルテミスのものと思しき悲鳴が、レイジーに着弾を知らせた。


「よしッ! どこに当たったか分からんが、とりあえず当てることには当てれたぞ!」


『はぁ……。バエル様といいレイジー様といい、揃いも揃って何をしているのやら……』


 最早アモンも、注意する気にすらならないのか、額に手を当ててため息を吐くだけだ。


 意気揚々と、アルテミスらしき声を頼りに、様子を見に行くレイジーと、レイジーに対して絶望したように肩を落としたまま、彼に続くアモン。


 廊下を曲がったところで、廊下のど真ん中で、ラバーカップが腰にクリーンヒットしている状態で、廊下に突っ伏しているアルテミスの姿があった。


「こ、腰に後ろから衝撃が……」


「それみろ。アポロンが言ってた通り、お前もいい加減に学習したらどうだ?」


「だ、誰が……屈するもんですか……」


 腰にガッツリと吸い付いている、ラバーカップの柄へと手をかけながら、アルテミスが立ち上がる。


 レイジーが額から引き剥がした時と同じように、スッポンという音と共に、アルテミスの腰からラバーカップが引き剥がされる。よほど吸い付く力が強かったのか、彼女の腰辺りが赤くなっている。もちろんレイジーの額にも、同じく丸くて赤い跡があるのだが。


「きょ、今日はこの辺で勘弁してあげるわ! こ、今度の仕返しは覚悟することね! イタタタタタ……」


 捨て台詞にしか聞こえない強がりを言いながら、アルテミスが腰を抑えながら、レイジーたちの前から立ち去った。丁寧にも、奇襲に使ったラバーカップは、自身で持ち帰っている。


「……結局、何しに来たんだよアイツ」


『レイジー様に口走った事を、ちゃんと実行しに来たのではないでしょうか。尤もあの騒動があってから、間隔があいている辺り、アルテミス様自身も忘れていたのだろうという察しもつきますが……』


 ヨタヨタと廊下を去っていくアルテミスを見送っていると、アポロンが隣から飛び出してくる瞬間も見えた。


『まぁ、予告していた通り、レイジー様の額にちゃんと一矢報いた跡が残せたと、彼女も満足しているようですよ。……まさか、あのようなカウンターをお見舞いされるとは、予想だにしていなかったと言いたげな表情でしたが』


「なんでお前もそこまで他人の心理が読めるんだよ……」


 レイジーが呆れた表情で、アモンに尋ねると、彼は『長年生きてきた賜物です』とだけ言って、レイジーより先を歩き始めた。


 ……しかし、数歩だけ歩いた後、不意に立ち止まってレイジーの方へと振り返る。


『ところで、私達はどこへと向かっているのですか?』


「ハァ……ついてこい」


 それだけ言ったレイジーは、再びアモンを追い越して、歩をさらに進める。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 信じられるか? だって事。俺だって最初は信じられなかったさ。だか、俺は信じざるを得なくなる状況に、自然と立たされる事になったんだ。


 この世の全てを統べる者は、決して人間ではない悪魔でもない。神様だ。


 ……だが。神は神でも、その全てを統べる神は『めくらで馬鹿な神様』だった。


 そんな危ない神様の夢なんだとよ。俺達が生きているこの世界の全て……いやってのは。                       著レイジー=リアス


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『レイジー様、一体どこまで行かれるおつもりで?』


「……」


 レイジーは黙ったまま、ただ地下へと続く階段を下っていく。


 レイジー達が住むこの建物には、地下階層が数限りなく続いており、その底はどこまで行っても、最奥部に辿り着くことがないほどだといわれているという。


 最奥部に辿り着けるのはただ一人、紙園の主たる『』のみ。


 普段は、あまりにも底が深く、レイジーしか立ち寄らないため、規制線が張られているのだが、アモンとレイジーはその規制線を潜り抜け、地下へと進んでいるという状況だ。


 と、階段を下っている最中、レイジーが唐突に口を開きアモンに尋ねた。


「……なぁ、アモン。お前はこれから見る事を、と約束できるか?」


『……? どうなされたのですか?』


「……口外しない事を、約束できるかできないか、それだけを聞いてる。お前はどっちだ?」


 唐突に階段を下る歩を止め、レイジーが振り返る。その時レイジーの双眸に、一瞬だけ紫色の炎にも似た光が、揺らめいたような気がした。


 先ほどとは、人が変わったような雰囲気に、思わずアモンですら固唾を飲む。


 そう、この雰囲気と覇気は……大悪魔達が反逆を起こしたあの時と、比肩できないほどの冷厳さを感じた。反逆を起こした時の彼の方が、まだ優しかったと思えるほどの迫力とでも表現するべき雰囲気が、二人の間を包む。


『私は……この先にある物は、決して見てはならないのではないかと考えます。よって、私は約束を遵守するしない以前の問題で、一足先に帰らせていただきたいのですが』


「……まぁ、それでもいい。そう思うなら帰ってもいいさ」


 それだけ言ったレイジーは、アモンに再び背を向ける。それと同時に、あの冷たく張り詰めた緊張感が、まるで嘘のように喪失した。


『そ、それでは……私は先に失礼いたします』


 そう言ったアモンは、再び階段を下り始めたレイジーに一礼する。レイジーはその一礼への返答がわりに、片手をあげて反応しただけだった。


 レイジーの姿が見えなくなった後、アモンは再び地上へと戻る階段をのぼり始める。それと同時に、レイジーの変貌について思索し続けた。


(どうして。どうしてレイジー様は、我々や神々を捻じ伏せるまでに強い力を、その身に有するに至ったのか。そして……とは?)


 階段をのぼりながら考えるアモン、しかしこれまでレイジーと長く接してきた彼でも、答えを見つけられるような場面に遭遇したことはなかった。


(表向きは我々や神獣達を抑え込む力を持つ監獄。では裏側には……? 一体何があるというのでしょうか……)


 前回の略奪者ブランダラプター、および今回起こった謎の植物群。


 アモンが知る限り、あのような生物は、神々が作り出さない限り存在しえない異質な存在。しかし、神々は紙園にいるため、下手なことをすればレイジーや、他の者達に見つかる可能性もある。


 そこから導き出された結論は、それらの生物群は、何かしらの手引きによって、動いているという線。


――――まさか、悪魔や天使、果ては神々をも超える『第三の勢力』がいる……?



 表向きという言葉は、非常に便利な言語だ。大抵の者達は、その『表向きの言葉』を聞けば、その言葉を鵜呑みにして信じる。


 そう、全てがなのだ。これはあの師匠ソロモンすら知らぬ事。彼にも解読できなかったグリモワールに存在する『全く別の魔術』だ。


 狂える魔導書クレイジー・グリモワールは、あくまでもその一つに過ぎない。それよりももっと強大かつ、絶対的な者達の名が、このグリモワールの解読できなかった箇所に存在する。


 あのソロモンが解読できなかった。これは仕方のないことだ。なんせその箇所は、人間が到底理解できない言語で記されているのだから。


 ではなぜ、ソロモンと同じ人間であるはずのレイジーには、このグリモワールの新たな箇所の解読ができたのか。


 至って簡単な話だ。その箇所の言語を、読むことの出来る者が、彼の前に現れた。ただそれだけの事だ。


 黒い髪と光すら吸い込むほどの漆黒の瞳。そして細身で長身の男が、グリモワールの真なる部分の言語を読み解き、レイジーにそれを教えたのだ。


 その時点の彼は、まだ知らなかった。ソロモンすら知らなかったその言語を、あたかも使スラスラと読み解いた者。


 その者の正体、それは――――。


「アイツを。ここはそのための監獄だ」


 魔法の規制線が、まるでネオンのように、暗闇の中で不気味に光る階へと、レイジーが降りてきた。


 レイジーがその規制線の前に立った瞬間、そんなものは最初から存在していなかったかのように、消え失せてしまう。


 そしてその中に足を踏み入れた瞬間、真っ先に鼻をつくのは、何とも言えぬ悪臭と、膨大な熱、そして風圧である。

 

 レイジーは魔法によって、熱と風圧に関しては、全く影響を受けない体にすることもできる。悪臭に関しては、息を止めるわけにもいかないので、どうしようもないのだが。


「くっさ……ゴホゴホ、うぇっ」


 ネオンの規制線を通り抜けた後、レイジーの目の前に、さらなる深淵へとつながる階段がある。


 一頻り咳をして吐きそうになりながらも、レイジーは階段を下りていく。しかし、風圧は服を後ろへと引っ張り、熱はさらに強くなっていく。もちろん悪臭も、下れば下るほど強くなっていく。


 悪臭に耐えながら、階段を下り続けると、かなり広い地下空間に出てきた。合計で四つの巨大な門のような檻が、レイジーが下ってくるのに使った階段を取り囲むように立っている。


 一つ目の門のような檻からは、紅く煌々と輝きを放っており、この熱の源であることは容易に想像できるだろう。


 そして、もう一つの門のような檻からは、檻の揺れる音が聞こえるほどの風が、檻の内側から外側に向かって吹き付けている。


 残る二つには、これと言った特徴は無い。しかしこの二つの檻から別々の悪臭が漂ってくるのがわかる。この二つが混じっているために、この空間の居心地の悪さが、際立ってしまっているのだろう。


「……相変わらずご機嫌斜めだな、お前ら。少しは協力してくれるような仕草ぐらい、俺に見せてくれたっていいじゃねぇか」


 そのレイジーの声に反応して、真っ黒な檻の中から、一体また一体……と、姿を現し始める。


 まずレイジーの右斜め後ろにある、獣特有の悪臭を放つ檻。


 ここの門のような檻に捕らえられていた生物が、ズシンと地を揺らしながら姿を現した。達磨のような体。その手は長く、逆に脚は短い。


 その顔も相まって、その生物はヒキガエルのようにも見えるが、蝙蝠のような耳と、毛皮も身に付けている。何とも奇妙な生物であった。


 そして、レイジーの左斜め後ろにある、生臭い悪臭を放つ檻。


 そこにいる生物は、先ほどの生物よりももっと奇妙な外見をしていた。体形は先ほどの生物と似たようなシルエットだ。


 しかし、その体には体毛らしきものは、一本として生えていない。その代わり、口元にタコなどの軟体動物を思わせる触手が生えている。


 体の色は緑色で、ゴムのような不気味な弾力を持つ皮膚。そして背中に小さいながらも翼が生えている。


 次は左前方の、風圧が発生している源が潜む檻。


 本体が見える前に、檻をつかむイカのような、軟体動物を思わせる触手が見えた。


 そしてそのあと、ゆっくりと白く巨大なローブのような物を被った人型のシルエットが姿を現す。しかし、触手の発生源はローブの中であるため、このローブを身に纏う者は、人間ではないのだろうということは簡単に察しが付く。


 因みに、そのローブの中は覗き込もうと思って、すんなりと覗き込めるほど簡単ではない。


 最後は、熱の発生源であろう、紅く光る檻である。


 紅く光っているのは、決して檻自身が光っているわけではない。中にいる者が、自然に熱を放出しながら発光しているのだ。


 そのものの姿は、正に巨大な火の玉といえばよくわかるだろう。


 その火の玉も、体である球体から、ニュッと燃ゆる触手を複数本伸ばして、門にも似た檻を掴む。しかしその門のような檻は、融解せず燃えもしない。


 その四体の生物たちの視線は、全てレイジーに向かっている。しかし、時折対角線上にいる生物が、互いを敵意の籠った眼で睨みつけあっている。


 明らかに、互いが敵意むき出しな四体の生物を宥めつつ、レイジーが仲裁に入った。


「まぁまぁ、お互い檻の中に入ってるんだから、危害は加えることも、加えられることもねぇんだ。ここはお互いに、昔の因縁はチャラにしてみねぇか? なぁ、

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