挿話:機体に隠されたもう一つの秘密
レイジーが、大悪魔達の相手をして、疲弊しきったのと同じ頃、ウリエル率いる熾天使のメンバー達は、デウスクエスとアラストゥムの格納庫にて、カエデの手伝いにやって来ていた。
彼女達は、本来この作業を手伝う予定であった、レイジーの代わりとして、ここにやって来ている。
クレイジー・グリモワールを使用した反動で、満足に動けなくなった彼の代わりを引き受け、カエデの元へとやって来た……までは良かったのだが。
まさか天使である自分達にまで、カエデから作業着を渡されるとは思いもしなかった。
「……えっ、これは?」
「見ての通り、デウスクエスとアラストゥムを修理する際の作業着よ。貴女達用に背中に、ちゃんと穴をあける処理もしてあるわ。一番小さいのがラファエルちゃんので、次がミカエルちゃん。んで、コレがウリエルちゃんに、最後の一番大きいのはガブリエルのね」
カエデは自分の前で、一番小さいラファエルの作業着を広げて見せた。
見せられた後、カエデから手際よく渡された作業着だが……。どこからどう見ようと、明らかにガブリエルの作業着だけが異様に大きい。
下の作業着には、サスペンダーが付いているとはいえ、やはり上下揃って、作業着の方が、彼の体よりも大きい……。
「な、なんで僕のだけ、こんなに大きいのかな……?」
「男性用はそれしかなかったのよ。レイジーの服が残っていれば、迷わずそれを貴方にあげたんだけど……廃棄処分されちゃったからね」
「それをちゃんと残しておいてよ!! こんなブカブカだったら、作業だって危ないんじゃないの!?」
「あら、そこまで言うなら……人間の血がベットリと付いた、貴方の大きさピッタリの作業着を、貴方だけの特別なプレゼントにしても良かったのよ?」
「いえ、丁重にお断りしておきます……」
いくら何でも、人の血がベットリと付着した作業着を着たままの修理作業は、いくら何でも流石に集中できない。
そんな事を言うという事は、本当にこれしか残っていなかったのだろう……と信じたい。
体の大きさに合っていないとはいえ、翼の大きさに合わせて、少しだけ余裕もあり、ある程度は自由に翼を動かせそうな穴だ。
「翼の大きさは、全部レイジーから聞き出して開けてあるの。少しだけ余裕を持たせて開けてあるから、飛ぶのに支障はないと思うわ。……飛ぶっていう感覚が、私には分からないけどね」
一般人の自分には、到底理解できない感覚だ……と言いたげに、カエデは肩を竦めて、首を横に振る。
それが本当かどうかを試す為、この場で着替えても大した支障のない、ガブリエルに試着させて、デウスクエスの頭の上まで、飛ばせてみる事にした。
「なんで僕ばっかり、酷い目に遭わなくちゃならないの?! 途中で飛べなくなったら、かなり危n……というか死んじゃうよ!?」
「女の子が人前で、おいそれと着替えられる訳がないでしょ!? しかも男である貴方の目の前で!! ……それに万が一って時は、ここにヨミちゃんもいるから大丈夫よ」
そう言ったカエデは、自分の腰辺りから顔を覗かせる影に、ソッと手を伸ばす。
カエデが呼ぶ『ヨミちゃん』とは、どうやらツクヨミの事のようだ。ツクヨミは伸ばされた手に、ビクッと反応こそしたが、逃げるような仕草は見せない。
姉のアマテラスや、レイジーなどがいない今の状況で、ツクヨミが頼れるのは、自分の顔を知っているカエデとラファエルぐらいだ。
カエデの背に、半分だけ隠れたツクヨミの顔を見て、ラファエルが少し驚いた顔を見せる。
「あれ……ツクヨミちゃんがなんでここに?」
「ホ、ホントはスサノオとクラマも、手伝ってくれる予定だった筈なんだけど、ヘラクレス君との約束で、スサノオがどこかに行っちゃって……。スサノオを連れ戻す為に、クラマもどこかに行っちゃったんだ……」
「まぁ、要するに2人に取り残されちゃったって事よ。クラマはすぐに戻ってくると言っていたし、クラマが戻ってくるまで、私が代わりに、この子の面倒を見るついで、ちょっと手伝ってもらおうって思ったわけよ」
「あ、クラマ達に頼もうと思ってたとこのメンテ、先にやっちゃいましょうか」と言ったカエデは、膨大な数の修理工具を、所狭しと置いている棚に近づき、その棚の下から、スケートボードのような一枚の車輪付きの板を、引っ張り出してくる。
「やっぱり、テスト飛行よりも先に、かなり重要な部位のメンテナンスが先ね。飛ぶのは後からで良いわ」
その言葉を聞いたガブリエルが、ホッと安堵の溜息を漏らした後、胸をなでおろすような仕草をした。
その隣で、ウリエルがカエデの持っている板を、ジッと不思議そうに見つめていた。
「それは別に構わないけれど……その板は何なの?」
「これはクリーパーと言って、機体の下に潜り込むために使うのよ。デウスクエスの顔についた傷を、もとあったように直すのも大事だけど――――それよりも、もっと大事な部品があるのよ」
そう言ったカエデは、熾天使に一人一個ずつ、クリーパーを持たせ、デウスクエスの足元まで近づいた。
彼女に説明されても、さっぱり分かっていない熾天使達は、お互いの顔を見て、キョトンとした表情のままだ。
そんな様子のウリエル達など、カエデは全くお構いなし。ズボンのポケットから、小型の通信機を取り出して、ウリエル達の方へ、チラと顔を向けた。
「まぁ口で言うより、実際に見せた方が早いわね。ちょっとそこで見てなさい。……ルーシー、デウスクエスの左足を、私が下に潜り込めるぐらいまで、上昇させてくれないかしら?」
《了解しました》
カエデが指示を出した直後、通信機からルーシーの返事が返ってくる。そして、デウスクエスの左足が、少しだけ上に動いた。
足をあげたのを見て、カエデは、デウスクエスの頭の先から、自分の目の前にある、巨大な足までを、自分の目で確認した後、クリーパーをデウスクエスの近くに置いた。そして、その上に仰向けになった状態で、自分の体を乗せる。
胸元にある、工具と手袋を手に取って、クリーパーに乗った自分の体を、デウスクエスの足の下へと、滑り込ませた。
ウリエル達は、その光景をゾッとする思いで、静かに見守っているのだが……。
「ふ、踏み潰されたりしないのかしら……。あんな危なそうな事をしていて……」
「この程度が怖かったら、メカニックなんて、とっくの昔に止めてるわよ」
肝が据わっていると言えばいいのか、神や天使達と邂逅しても、さほど取り乱さなかった彼女ならば、この程度は当然だろうと言えば良いのか……。
とりあえず、少なくとも彼女の精神力は、紙園の主であるレイジーよりも、遥かに強靭なモノであるという事は、十二分に分かる事だろう。
……それはそれとして、ガチャガチャと、金属が衝突するような音が、先程からずっと、デウスクエスの足の裏から聞こえているが、カエデは一体何をしているのだろうか。
何をしているのかと、ウリエルとラファエルが、カエデが入り込んでいる隙間を覗く。するとガコンと、何かが外れたような金属音が、隙間から聞こえてきた。
その音が聞こえた直後、カエデが「あ、ヤバいヤバい……」などと、焦っているような様子の声が聞こえたかと思えば、ガチガチと工具を使って何かをしている。
それから数秒後して、するとカエデが、ゴーグルをかけた状態で、隙間から出てくる。
「クリーパーは、こうやって使うのよ。……使う工具を間違えちゃったから、後で丁寧に見直しとかないと……」
「あ、あの……このお人形さんの足の下に、何があったんですか……?」
ラファエルが質問した瞬間、カエデの目が鋭く光った……ような気がした。
ラファエルの目にも、彼女の双眸が鋭く光ったように見え、謎の恐怖に似た何かを感じ、少しだけ後ずさりしかけたとき、いきなりラファエルの前に立ったカエデが、彼女の両肩を掴み、目をキラキラと輝かせる。
「ラファエルちゃん、よくぞ聞いてくれたわ! 掠奪者程度の知能では、全然使いこなせていない機能だったみたいだけど、実はアラストゥムには、もう一つ便利な機能があるのよ!」
そこから延々と、アラストゥムが持つ『もう一つの機能』なる物を、喋り倒していたので割愛させていただく。
要点を押さえて、掻い摘んだ話をすると、デウスクエスとアラストゥムには『ダイナモ・エレクティクス』と呼ばれる、核の分裂と再濃縮を基盤に、半永久的な発電が可能な発電機がある。
実はデウスクエス同様、アラストゥムもルーシーの力を借りる事によって、様々な能力を発揮する事が可能となる。
本来、二機一組を前提に作られている為、二機揃わなければ、機体の持つ本来の力を発揮できないと言ってもいい。(確かに一機だけでも、破壊力には目を見張る物があるのだが……)
アラストゥムの放つ電磁マーカー。実を言うとこれは、単に目標をロックする為だけの物ではない。
電磁マーカーは、ギャンボットが放つ、電磁レーザーを吸収する特性を持ち、回収は足の裏にある、回収口と呼ばれる穴から電磁マーカーを回収する。
永久発電ができるとはいえ、デウスクエスとは違って、アラストゥムの消費電力はバカにならない。
そこでカエデは、アラストゥム自身の欠点を補うべく、レイジーがいなくなった後、1人で研究を重ねに重ねた結果が、誰も考え付かなかった技術を生み出した。
「まぁ、難しい専門用語がいっぱい出てくる話をしたけど……要は『電磁マーカーを仲介して、互いの機体内にある電力を、分け合う事ができる機能』を私が開発したのよ」
アラストゥムの、慢性的な電力不足を解消する為、電磁マーカーめがけて放たれたギャンボットのレーザーを、電気へと変換し、動力に使用するのだ。
変換された電力は、発電機の大きさこそ違えど、同じタイプの発電機。その理屈から言えば、デウスクエスで作られた電気をアラストゥムも利用できる……との事。
「決して、『個別で戦う機体ではない』と言うのが、この二機の大きな特徴ね。……正直、まだ武器が完成してないのが、本当に悔やまれる所だけど」
「そんな事は無いのでは? 実際にあの神器を使いこなせていたんですから、武器には困らないと思うのですが」
そう言ったウリエルは、右腕を前に突き出し、神炎の天智を使って、自分の右腕を炎で包んだ。
不思議な事に、炎に包まれた作業服の袖は焼き切れず、代わりに彼女の右手から、炎の中から一振りの剣が生えてきた。ウリエルが、その剣の柄を手にしたと同時に、彼女の右腕に発生した炎が消える。
ウリエルの創り出す炎から生えてきた剣は、炎に熱せられた熱を持っているのか、刀身が紅く赤熱している。
ウリエルが、その剣を振るうと、一瞬で赤味が引き、鏡の様にその場にいる人物達を映す、立派な一振りの剣となった。
「この剣の名は『神焔』と言って、我らが
「どうやってその剣を使うのよ。見ての通りデウスクエスとの大きさが釣り合ってないじゃない」
「そこは、ご主人になんやかんやしてもらえば、きっと何とかなりますよ」
「……本当に万能ね。アイツは」
どこまで自由度の高い
現時点でカエデに分かっている事は、『クレイジー・グリモワール』を使用しない限り、彼に限界はないという事ぐらいだ。
会話が終わった途端、ウリエルの持つ神焔が、再び赤熱し始めたかと思えば、炎へと姿を変えて、彼女の手の中から消えてしまった。
「……もう何を見せられても驚かないわよ。……たった一週間で、今までの常識が壊れかけるなんて、一生生きていたって、そうそう体験できるモノじゃないわよ」
「壊れかける……と言う事は、まだ全部壊れてないの……?」
ラファエルの言葉に、少しだけ考える仕草をした後、カエデは首を縦に振った。
「えぇ、貴方達とこうして会話できてるから……だと思うわ。それに、ここまでコミカルじゃなかったら、今頃私の常識は、跡形も無く壊れてたと思うけど」
「「「「あぁ……なるほど」」」」
カエデの言葉に、熾天使全員が口を揃えて納得した。
改めて考えてみれば、ここに住まう者達は、管理者であるレイジーを除けば、全て伝説や神話に登場する、神や悪魔達である。
……確かに、天使である自分達を含め、紙園に住む者達の威厳が、日を重ねる度に無くなっているのではないか……とも思えた。
つい最近まで、外部の者だったカエデに指摘され、ガブリエルも「うむむ……」と唸る。
「確かにカエデさんの言う通りですね……」
「正直ぶっちゃけちゃうと~、私達も他の悪魔や神様達の事を、さも他人事の様に、指を差して言えないよね~?」
「ま、まぁ。ミカエルの言う事は、確かに私達にも当てはまる事実ですが……。そもそも! 私達がこうなってしまったのは、ご主人のせいであって……」
「とか言ってるけど、一番ご主人に甘いのは、ラファエルちゃんより、ウリエルちゃんなんだよね~?」
「…………」
図星なのかどうかまでは分からないが、ミカエルに指摘された途端、ウリエルが黙り込んだ。俯いている彼女の頬が、少し紅潮しているようにも見えるが……。
そんな彼女の様子を見て、カエデは腕を組んだまま、これでもかと深い溜息を吐く。
「……一体アイツは、種族関係なく何人を誑かせば、気が済むのかしらね」
「……?」
ラファエルだけが、カエデの独り言を聞いていたのか、キョトンとした表情で、カエデをジッと見つめている。
カエデはふと、ラファエルの顔を見ている最中、ある事を思い出し、ラファエルに尋ねてみた。
「そう言えば……ねぇ、ラファエルちゃん。レイジーのお兄ちゃんの事、どう思ってる?」
「えっ!? ……えっと、え~っと……」
(アテナやウリエル達には、一切デレデレしない癖に、なんでラファエルちゃんにだけ、アイツがデレデレするの? ……もしかしてアイツ、ロリコンなのかしら?)
必要のない詮索をしている……と、心の中でも自覚はしているが、元相棒が犯罪者予備軍になっているとなれば、今後の彼を見る目に関わってくる。
カエデがそんな事を考えている間に、ラファエルは返答に詰まり、モジモジしながら、ガブリエルの後ろに隠れてしまう。
(あっ、可愛い……)
「も、もちろん……ご主人の事だって、好き……ですよ?」
「……!!」
(私も可愛いって思っちゃうぐらいだから、アイツなんてもっとなんでしょうね。今なら、アイツがこの子にデレデレするのも、納得できるわ……)
ラファエルの発言と同時に、カエデの視界の隅にいたウリエルが少しだけ、肩をビクッと振るわせて反応するのが見えた。
視界の隅にいるウリエルと、ラファエルの様子を見比べながら、(尤もこの子の場合は、Loveではなく、Likeなのでしょうけど……)とも考える。
それと同時に、(ホンットにどうしようもない、罪作りな男ね……)と胸中で溜息を吐いていたのだが。
レイジーを取り巻く現状を、表すとすれば……と、カエデはしばらく考える。数秒考えた後、カエデは思い付いたように、半分幻滅したかのような口調で、淡々と独り言を小さくつぶやいた。
「疑った事は悪いと思ってるけど……救いようのない、生粋の女
それを呟いた後のカエデは、機体に八つ当たりでもしているように思ってしまう程、アラストゥムに対する整備が、雑になっていたとか……。
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