園の主と鋼鉄に魅せられた少女 参

「……こちら『一号機 デウスクエス』が本部へ通達します。機体の修繕及び、通信回線が、完全に回復しました。いつでも出撃に備えられます」


 油まみれの整備服に身を包んだ少女が、胸元にある通信機を取って外に連絡を繋ぐ。通信機からも、機械油特有の臭いが鼻を突き、思わず顔を遠ざけたくなった。


 ゴーグル越しに見る機体の内部は、彼女にとって見慣れた光景モノであった。彼女が、この機体『デウスクエス』と『アラストゥム』を、一から設計して開発にこぎつけた、二機の生みの親なのだから。


 機体内部に設けられた修繕専用の通路を滑り降り、少女は機械油臭い機体から外に飛び出す。そして視覚保護用ゴーグルを外しつつ、後ろを向いた時、彼女の目の前には、60mを超えるかと思わせる程の巨大な鋼鉄の人形が身動き一つせず、直立不動のままで立っていた。


「……本当に『デウスクエス』と『アラストゥム』が完成したのか。私が最初に思い描いた理想の機械マシンが……」


 『デウスクエス』と『アラストゥム』。この二機が、兵器として扱われる際の本名は、『対超常生命体用直立型機動殲滅機』という。この二機は、その一号機と二号機に当たる機体だ。


 だが、そんな長すぎる名前を、一々呼ばなくてはならないのかと、彼女『カエデ』こと『風木 蓮華かざき れんか』が、この二機に『一号機 デウスクエス』と『二号機 アラストゥム』という名称を付けた経緯いきさつがある。


 カエデ自身も、自分が開発に携わった機械が、とうとう実践段階に入ると聞いて、彼女自身も胸を躍らせていた。鼻歌交じりに、恍惚とした表情をして、整備が終わったばかりのデウスクエスを、脇目も気にせずに見ているカエデに、彼女の部下が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「あ、あの主任……。さっさとここから退避しないと、今度の熔接工程で、ここにいると全身が、真っ黒焦げになりますよ?」


「ふぇっ!? そ、それは困るわ! さっさと退避しないと……!!」


 まるでアクセルを全力で踏み込んだ車の様に、部下の手を引いて、退避エリアへと逃げ帰るカエデ。その数秒後に、バーナーマシンが壁の至る所から突き出し、不足している装甲の熔接に取り掛かり始めた。


「なんとか間に合った……ってなになになに!?」


「私達の勤務時間は終了したんです! さっさと着替えて、家に帰りましょう!」


 退避エリアに、間一髪で滑り込んだカエデは、部下に急かされるがまま、女性更衣室へと追いやられてしまう。


 追い立てられるかのように、更衣室に入れられて扉を閉められたカエデは、仕方なく自分の着替えが入っているロッカーの前に立ち、その扉を開けて着替えを始めた。


 作業服の上を脱いでハンガーに立てかけた後、自分のブラウスに手をかける。その時、ハラリと彼女が手を掛けた上着から、一枚の紙きれが落ちた。落とした事に気付いた彼女が、タンクトップ姿のまま、慌てて拾ったその紙切れは……彼女ともう一人が、仲良さげに一緒に映っている写真であった。


「……クレイのバカ。私を置いて、どこに行っちゃったのよ……」


 誰に言うでもなく、若き主任はその写真を見て、寂しさを口から零した。だが、すぐに顔を左右に振ると、作業服の下も脱いで、手っ取り早く着替え終えた。


 更衣室を出るカエデの姿は、緑基調の地味な作業服から、茶色チェック柄のブラウスを胸元に覗かせる、迷彩柄のパーカー姿。下は黒と白のストライプをしたミニスカートに、白いボーダーラインが目立つ黒地のスパッツという出で立ちになっていた。


 着替え終えてから、ずっと噛んでいるチューインガムを、風船のように膨らませながら、首に掛けたヘッドフォンを耳にあてた。だが、そこから流れてくる音は、今流行りの音楽などではない。自分に対する、軍事的な指示だった。


「……へぇへぇ、了解しました。今からそっちに向かえばいいんですよね」


 私服姿になったまでは良いが、部下に促された通り、家路に就く事はできない。チューインガムを風船の様に膨らませたり、弾けたガムを口に戻したりを繰り返しながら、カエデは施設の階段を昇っていく。


 階段を上りきったところに、衛兵が物々しく警護をしている扉が、カエデの視界に入ってきた。カエデがそこに近づいた時、その扉の警護に当たっている衛兵が、カエデに向かって敬礼をする。


「お疲れ様でした。『風木 蓮華』中将!」


「ホントにココは24時間体制なのね……。はいはいごくろうさま~」


 適当な挨拶を返したカエデは、衛兵が守るその扉を開けて中に入る。その扉を開けた先には……壁を埋め尽くす超大型のモニターがあった。その壁に向かって、数十人のオペレーターが様々な作業をしている真っ最中だ。


 その部屋の、ただならぬ様子を見たカエデは、思わず口から膨らませたガムを零してしまう。噛んでいたガムが、ペトッと情けない音を立てて、床に落ちた。


 その音で、茫然としていた我を取り戻したカエデは、慌てて床に落ちたガムを、自分の近くにあったゴミ箱に投げ入れる。


 落ちたガムを、ゴミ箱に投げ入れた音で、総指揮をとっていた人物が、カエデの方を向いた。


「……ん? あぁ、カエデ。いたのか」


「呼び出しておいて、いくら何でもそれは酷いでしょ……」


 ブツブツと自分の上司に文句を言いつつ、カエデは座るように促された席に着く。


 カエデの向かい側に腰を下ろした上司は、最終調整を行っているオペレーターの指揮を、別の人間に任せて指を組んでカエデをジッと見る。そして……上司が口にした言葉は、にわかには信じがたい事であった。


「お前は……『神』という存在を信じるか?」


「……はい? 冗談はよしてください。なんで無神論者の貴方がカミサマの話なんて……っていうか、なんで話の第一声がそれなんですか?」


「その神様ってのが、実際に見つかったって言ったら……お前はどうする?」


 まさか宗教的な事を、上司から聞かれると思っていなかったカエデは、面食らってしまった。だが、最後の一言が、妙に引っ掛かる。カエデは、神妙な面持ちで、しばらく考えた。その顔のまま、考え事をし始めた彼女を置いて、上司は言葉を続ける。


「最近、我が国では『多次元開発』という分野に力を入れている。実際に別の世界へと、我が国の人間が足を踏み入れた事があるのも、お前は知っている筈だ」


 言葉の真意を汲み取りかねたカエデは、上司の言うがままに頷く。多次元への転送装置の開発にも携わっていたカエデが、そんな事を知らない筈が無かった。


 そこまで話しても、まだキョトンとしたままのカエデを見て、上司は溜息を吐いて額に手をあてる。


「あのな……ここまで話せば、後はわかるだろう。そして、今回の多次元開発で繋がった場所には、『原住民』とも呼ぶべき存在を見つけた。だがその連中は……特異的な能力を持つ者達の集団だったわけだ」


「……つまり、その『特異的な能力を持つ者達』を調べてみると、彼らは神であったという事ですか?」


「そういう事だ。だが、伝承に出てくる特徴と酷似していただけで、一概にそうとは言い切れないがな」


 やれやれと、苦労の色が顔に現れた上司に、カエデは全く構うことなく、再びジッと考えた。ジッと考えるカエデの隣で、思い出したような口調で上司が口を開いた。


「あ、そうそう。お前が開発した、あの試作機についてなんだが、変身はうまくいっていたみたいだぞ。……向こうで変身してから、たった数分で破壊されたみたいだが」


「はぁ!? あの試作機を使ったんですか!? さらには壊された!? 全く何をやってんだか……」


 悲報を聞いて、カエデは机に突っ伏す様にして顔を伏せる。自分が造った機械を、呆気なく壊されて落ち込んでいる彼女の身を案じつつ、上司は少し言葉を詰まらせつつも、収穫はあったと話し始める。


 彼らは、一人の指導者的立場を中心に結束し、その指導者が全員を統べているようであった。そして、その指導者の名は、『レイジー』という名で呼ばれる男。


 カエデが作った試作機に、搭載していたカメラが、機能を失う直前、上司は『レイジー』と呼ばれている者が映るのを見たと言った。


「だがカメラは、その指導者の姿を捉えた。そして、その指導者の顔を見た時、私は愕然としたよ。なんたって――――『クレイ』と瓜二つだったんだから」


「え……?」


 カエデや上司が、『クレイ』と呼ぶ人物。彼は、『アラストゥム』の操縦者となる予定だった、カエデとは同期の人間だ。

 

 それでは『デウスクエス』の、操縦者は誰か。実は……カエデなのだ。彼女は、『デウスクエス』と『アラストゥム』の整備士でありながら、『デウスクエス』の操縦者でもある、二面性を持った人材なのだ。現在、操縦者を失った『アラストゥム』は、今のところは機能停止状態にある。


「そこでだ。この機能停止中の、『アラストゥム』についてだが……。電脳連結回路をお前の思考回路とリンクさせて、互いのコンビネーションが取れるかテストしてみたい」


「あの……お言葉ですが、私は技師で実験体モルモットではありません。そこのところを、ちゃんとわきまえた上で、話して下さらないでしょうか」


「あのなぁ……確かにお前は、有能な技師だ操縦者だ。だがお前を含む私達には、時間的な余裕がないんだ。……それでもダメだと言うのなら、少しだけシュミレーションテストを行った後、実戦段階へ移行する事にしても良いが……」


 あからさまな抗議の意を、自身の顔で示すカエデを見て、上司は頭を掻いた。もちろんカエデも、ここ最近、国が抱える財政難と食糧難には、自身の生活にまで、色濃く影響が出ている事も知らない訳がなかった。


 だからと言って、隣国を攻め込んで、従わせる訳にはいかない。もし無理に攻め込んでしまえば、再び戦乱の世へと逆戻りする事は、火を見るよりも明らかであったからだ。


――――そこで、『多次元開発』という計画が打ち立てられる。


 この国の科学力は、他国よりも頭一つ抜きんでているのが、何よりの特徴であった。


 その科学力を駆使して、別次元へと続く穴を作り、そこから別次元の土地を、少しずつ征服していくという方法である。これならば、隣国を攻める必要もなくなり、低迷している経済の活性化にも繋がるというのが、国が見ている予想であった。


「この国が、今正に切羽詰まってるのは、重々承知の上です。私だってそこまでバカじゃありません。……ですが、私はこの国の矛となる『デウスクエス』の操縦者です。今更いなくなった『クレイあいぼう』の埋め合わせができるモノなんて……どこを探したって無いんですよ」


「…………」


 カエデが口にした悲痛な本音に、上司もかける言葉を失った。未だに、彼が消えてしまった原因は、依然として分からないままだ。だが、彼女の目の前で、クレイが消えてしまったのは、彼女が目の当たりにした事実である。


 カエデは、自分の手を固く握り、顔を上げて上司を見た。上司は、彼女の眼から頬にかけて、水の伝った跡があるのに気付いたが、口には出さない。


「……でも私は、心のどこかで、見てみたいかもしれません」


「……何をだ?」


「その上官が見たっていう、クレイによく似た人をですよ。どこまで似ているのかを、映像ではなく実際に見てみたい気がするんです。だから……」


「お前……!!」


 上司がカエデの言葉を遮るように、大声を上げていきなり立ち上がる。いきなりたれるのかと、彼女は眼を瞑り、身を固くして痛みに備えたが、彼女頭に触れたのは拳ではなく、大きな掌であった。


「……え?」


「確かにお前は、どこに話しても恥ずかしくない俺の部下だ。だが人道的に考えて、私はお前に危険な事をしてほしくない。……この際、『デウスクエス』の操縦者を降りてもいいんだぞ?」


「……ご忠告ありがとうございます。でも、やっぱり『デウスクエス』に乗ります。それしか……私に生きる道は残されていないですから」


「……そうか、それなら好きにしろ」


 そう言って、悲しげに笑う彼女を見て、再び上司は彼女にかける言葉を失ってしまった。彼はカエデの頭に置いた手を放し、踵を返してモニターとオペレーター達の方へと向き直る。そして片手で、カエデに下がるように指示を出した。


「それでは私はこれにて……失礼しました上官」


 敬礼を取った後、カエデはその部屋から退室した。その姿を見送ろうともせず、彼はただモニターを見ている。


 そしてカエデが去った直後、徐に胸元から一つのペンダントを取り出した。開いてみると、そこには一つの写真が収められていた。彼を含めた、大人の男女二人と、幼い娘一人の写真だ。


 彼はその写真を納めたペンダントを握りしめて、消え入るような声を発した。


「……アイツはちゃんと大きくなっている。そして蓮華、真実を言えない私を赦してくれ……」


 上官のいる部屋を出たカエデは、唐突に勢いよく走り出した。鎖を断ち切った犬の様に走り出した彼女は、下に落ちない為に設けられていた柵を足場に、空中にその華奢な身を投げた。彼女は、空中で静止したかのように、ゆっくりと落下する感覚を覚える。


 最低階の床が視界に入る。その階層の床が見えた瞬間、カエデはパーカーに付いた紐を、勢いよく引き抜く。すると、ボンッという音と共に、パーカーが膨らみ、カエデの体を離れて、風船のように浮遊し始めた。


 それによってカエデの落下速度は緩和され、最低階の床に音もたてず、着地する事ができた。その直後、上の階から衛兵が、転がるように階段を使って降りてきた。


「中将殿! そんな降り方をされては困ります!」 


「階段を下りるなんて面倒な事、やってられないわ。多少のスリルは、私が生きる為の動力なんだから!」


 カエデはそう言って、衛兵達に笑いかけると、パーカーの中に入った気体を抜き、颯爽と外へと飛び出していった。


 騒ぎを起こし、外へと飛び出したカエデの後ろ姿を、上官が窓ガラス越しに見ていた。いつもと変わらない彼女の姿を見て、彼は少し安心したような表情を見せる。


「……フッ、安心したよカエデ。明るい事が、お前の取り柄だからな」


 誰に言うでもない独り言を言った後、ブラインドを下ろして中の様子を見えないようにした。

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