その名は悪そのものを指し示す
サタナロス=ベリアル。彼が紙園に至るまでの経歴は、他の大悪魔よりも華やかではあるが異質でもあると言ってよい。
彼は天上世界において、最初に創られた天使であったらしい。これが本当ならば、ミカエル達はベリアルの後輩にあたる。
天使の階級としては、あのミカエル達よりも位の高い、由緒正しき天使だったと言う。
その点に関しては嘘ではないのか、同じ堕天使であるルシファーやサタンも、否定はしなかった。
彼はルシファーに触発され、サタン等と共に天上世界から堕天。この堕天の際、パイモンを始め、後に72の悪魔の同輩となるベリアル以外の者達も堕天していた。
堕天の理由は不明。本人達にレイジーが聞いても、口を固く閉ざしている。
恐らくベリアル達がソロモン王と出会ったのは、この堕天の後なのであろう。
ソロモンがレイジーに、グリモワールを譲渡した時、ベリアルだけが欠如した状態であった。
レイジーはソロモンの言葉を頼りに、ベリアルの居場所をあぶり出し、ベリアル以外の悪魔達の力を以て、ベリアルを一時的に服従させることに成功した。
しかし、叡知の紙園が出来てから、彼の横暴が悪化した結果、レイジーに反逆。彼の逆鱗に触れてしまい現在に至る。
『だ・か・ら! 知らねぇモンは知らねぇ! さては俺が四六時中、ずっと嘘ばっかり言うと思って、頭から信じてねぇだろお前等!!』
即刻噛み殺してやろうかとでも言わんばかりの勢いで、レイジーとアスモデウスに言い返す獄中のベリアル。
このような反応を、今まで見たことの無いレイジーは、後頭部を掻きながら、ただ溜め息を吐くしかなかった。
『この様子は、どうやら本当に知らないらしい。とぼけてるような素振りでもない』
「おいおい……ウソだろ?」
確かに、レイジーが彼を連れ戻したのは、紛れもない事実ではあるが、ソロモンがベリアルにその事を話していなかったのかは知らなかった。
レイジーはてっきり、ベリアルも知っているものだと思い込んでいた節があり、今の今まで嘘をついていると思っていたようだ。
「……じゃあまずは、お前が封印されたところからだ。そこはちゃんと覚えてるよな?」
『あぁ。あのクソジジイが、俺達を狭い容器のなかに、有無を言わさずぶち込みやがったのは、今でもはっきりと覚えてるぜ』
ソロモンは生前、自分が死んでからの72の悪魔達に、一抹の不安を持っていたのかもしれない。
リーダーである自分が消えたら、こんな彼等を率いるなど、一体どこの誰が引き受けてくれるのだろうか。
「で、師匠の懸念は現実の物となった。師匠が死んでから、お前達は封印を解かれ、地上を彷徨っていたソロモンを地獄に連れていき、そこで契約は終了……自由の身となるはずだった」
ハデスが冥界の門を開けるように、72の悪魔は地獄の門を開ける。
しかし、ハデスはたった1人で冥界の門を開くのに対し、こちらは72人がかりで地獄の門を開く。
大悪魔個人の移動に、わざわざこの門を使う必要はないのだが、最終的に地獄へ落ちる契約を結んだ者を運ぶためである。
「ここで2つの疑問が浮上してくる。1つ目、どうして
『……それがどうしたってんだ。あのジジイだって人間だ、地獄行きが現実的になった途端、怖くなったんじゃねぇのか?』
「そうか、ならここで2つ目の疑問だ。それならどうして、全くもって
『…………』
『ベリアル。お前、まさか……!?』
「そう、例えばこう仮定しよう。後継者を見つける為の時間稼ぎをしていた……と」
『……!?』
変わった。今ベリアルの顔色が、明らかに変わった。普段の反抗的な顔とは違い、追い詰められた者が見せる顔だ。
「恐らく師匠が死んでいること自体は、お前も初耳だったんだろうな。だが―――師匠とお前だけは、生前に『ある約束』をしていた。違うか?」
『そんなことどうだって……!』
「いいや、どうでもよくない。お前は師匠とある約束をしていた。これは間違いないだろ?」
『……あぁ、そうだよ』
ベリアルは、ばつの悪そうな顔をしながらも、レイジーの言うことを認めた。
「だろうな。だがお前は、約束が師匠の死後である可能性までは聞かされてなかった……そうだな?」
『あぁ、その通りだ。
『ついでに自分が死んでるなんて言わなかったしな』と言ってから、レイジーとアスモデウスの背後を睨み付ける。
ベリアルが一体どこを見ているのか、2人は彼の視線を追いかけてみると、此方へ歩いてくるソロモンの姿が、2人の視界に入ってきた。
「……どうやら気付いてしまったようじゃな。ベリアル、レイジー」
「あぁ。何より驚いたのは、師匠とベリアルが何だかんだ言って仲が良かったって点だな」
『コイツは契約違反だと、ジジイを咎める事もできねぇな。今度から俺達の契約内容に追加しとくぜ』
「勝手に追加しとれ。尤も、お前達の面倒を見てくれるのが、ワシとレイジー以外にいるとは思えんがの」
『フン、そっちこそ勝手に言ってろ』
ソロモンの言った事を、そっくりそのまま返して鼻で笑った直後、ベリアルの牢が支えを失ったかのように通路に倒れた。
流石のベリアルも、いきなりの事で目を丸くするが、観念したような表情に変化する。
『いつから分かってた?』
「『ある約束』って単語を出したときだ。お前、もう1つ隠してるだろ。そっちの方でえらく動揺してたと見た」
『ハッ、何でもお見通しってか』
「何でもって訳じゃない。今やっと、初めて分かったばっかりだしな」
『どう言うことだレイジー。今ベリアルを解放すれば……』
困惑するアスモデウスに、待てのジェスチャーをして見せたレイジーは、ベリアルとソロモンの2人を見た後、笑って見せた。
「俺達全員が騙されてたんだよ、この2人の芝居にな。真にグリモワールを使うに値するか、師匠がベリアルに一芝居うてと言ったんだろう」
『何だと!? なぜそんなことを……』
『まぁ、ある種の戒めってトコだ。仲間の心はいつでも離れるって事だろうな。敵を騙すにはまず味方からならぬ、主を騙すにはまず
『ぐぬぬぬ……!! 謀ったなベリアルにソロモン!!』
『ハハハハ……何とでも言いやがれ! 俺とジジイの嘘を見抜けなかった、お前達が悪いんだよ!』
怒りに震えるアスモデウスを、せせら笑いながら牢から飛び出したベリアルは、光の差し込む出口に向かって歩いていく。
その時、ふとその足を止め、ベリアルは後ろを振り返って、大きめの声で呼び掛ける。
『おっと、そうだったそうだった……ルシファーにサタン。今の話、お前等も聞いてただろ?』
そこでベリアルは言葉を切ったが、2人からの返事はなかった。それでもベリアルは、再び口を開く。
『お前等が何か隠してることは、前々から知ってた。まさかジジイが死んでる事だとは思わなかったが、それがお前等なりの優しさだったんだな。……あんがとな』
「…………」
「……フン、何だ突然。お前らしくない」
ルシファーだけが返事をしたのを聞いて、ベリアルは『あぁ、それもそうだ』と返答して、笑いながら踵を返した。
そんなベリアルの後ろ姿を見て、ソロモンがポツリと呟いた。
「奴は手段を選ばない物騒な奴じゃが、1番他者を好いている悪魔でもある」
そこで言葉を切り、自身の髭を撫でるようにしながら、再び口を開く。
「ワシも奴と法廷で争ったりもした。だが、結局ワシにとっても奴にとっても、互いにかけがえのない者に出会えたということじゃろうかの」
「今になって考えてみれば……アイツがいなけりゃ、こんな出会いもなかったって事か。その点に関しては
そんなレイジーやソロモンの言う事など露知らず、ベリアルは右手を軽く上げた後『じゃ、俺は一足先に外で待ってるぜ』と言って外へと出て行った。
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