どちらが悪役か? ~掠奪者or大悪魔~

「……どちらのテストプレイヤーが良い? お前達が話し合って、乗る機体を決めろ」


 レイジーとカエデが、デウスクエスとアラストゥムに出会った時。上官がそんな事を言っていたのを、なぜか思い出していた。


 デウスクエスが、蒼と銀色を基調にしたデザインなのに対して、アラストゥムは紅と金色を基調にした、対照的なデザインとなっている。


 デザインこそ対照的な二機だが、立ち回りや機体の性能、搭載される予定の武器などを見ると、正に『二人一組ツーマンセル』と呼ぶに、相応しい機体であった事を記憶している。


 アラストゥムが、デウスクエスと明らかに違う点は、両機体内部に内蔵されている、半永久発電機関『ダイナモ・エレクティクス』にある。


 デウスクエスに内蔵されているエレクティクスと、アラストゥムに内蔵されているエレクティクスを比べると、アラストゥムの方が二回りほど大きい。これでもまだ、小型化されている方で、開発当初の案では、ランドセルのような形で背中に取り付けるという案もあった程の、非常に大きな物であった。


 『ダイナモ・エレクティクス』に用いられているエネルギーは、核のエネルギーであり、核分裂と核の再濃縮を半永久的に行う発電機関だ。この発電機関によって、デウスクエスとアラストゥムを稼働させるだけの、膨大な電力が機体内部のみでまかなわれている。


 だが、エレクティクスの大きさは、二回りほどアラストゥムの方が大きい。それこそが、デウスクエスとアラストゥムを明確に分ける、大きな理由であった。


 近接戦闘を得意とするデウスクエスは、安定した重心と機動力を用いて、相手を翻弄しつつ戦う機体。それ故に、武器の開発はアラストゥムよりも遅れていた。桁外れの馬力による一撃でも、十分な致命傷を与える威力となるからである。


 一方で開発が進んでいる、アラストゥムのメインウェポンは、『電磁マーカー』という特殊なポインターを用いた、『電磁ホーミングミサイル』と『別動体浮遊ユニット ギャンボット』の二つが開発済みとなっている。


 更に姿は人型だが、足の裏に小型のキャタピラを装備している為、走行しながらのホーミングミサイルの射出も可能。


 接近してくる敵に対しては、高電圧の電極が仕込まれた両手で、接近してきた相手に掴みかかるか、全身に仕込まれた電極によって、自身の機体に触れてきた相手に対し、スタンガンの要領で電流を浴びせる。


 そして最後の切り札。これを使うと、機体内の電力が一時的に底を尽きてしまう為、戦場で電力回復をさせる暇は無いという意見も上がった武器である。


 そんな周囲の意見を押し切り、レイジーはアラストゥムの手首から肩にかけて、その武器を仕込もうとした。……結果的に、レイジーはその作業中、事故に遭ってしまったわけだが。


(……カエデの事だ。恐らくあのウェポンの装着も完了しているんだろう。……アレを使えば、掠奪者程度の生物なら、大きさなど関係なく、簡単に吹き飛ばす事ができる)


 そんな事を考えながら、レイジーは腐敗が進んだ死体の中を駆けていく。ずっと腐乱臭が鼻を突いているが、今のところ、掠奪者の姿は一体も見受けられない。しかし、それとは対照的にでレイジーの懸念は、徐々に大きくなっていく。


(……あの時は気が付かなかったが、なんでこれだけの人間の死体があるというのに、なぜここまで数が減っていないんだ……?)


 それは掠奪者同士が、共喰いを始めたからだろうと、レイジーは思い至ったが、それだけが原因かと言われると、納得がいかない。彼の心の中に、漠然とした不安と、一抹の懸念が残ったままとなった。


(あの時の潜入で分からなかった事が、今なら分かるかもしれない。少し念入りに調査するべきか……)


 その時、暗い廊下の奥で大きな縄のような物が、奇妙な音を立てて蠢く姿を見つける。硬い物に、何かを突き刺しているような音が、あの縄の動きに合わせて絶え間なく続いているようだ。


 頭がこちらを向いているならば、既にこちらの存在に気付かれている筈だが、気付いていない辺り、顔はどこか別の場所にあるのだろう。レイジーはり出している柱の陰に隠れて、その縄のようなシルエットをした何かに目を凝らす。


(あれは……カエデが最初に襲われたとか言っていた掠奪者か? なんか、アイツの話にあったよりも、妙にデカいような気が……)


 そんな事を考えながら、顔を半分だけ覗かせて、コソコソと様子を窺うレイジーの耳に、何かよく分からない音が聞こえた。あの縄みたいな生物が、動くときに立てている音だろうと構わずにいたが、その音の出所が明らかに違っている。


その音は――――自分の後ろから、ハッキリと聞こえるのだ。


 多少の遅れがあったものの、音の出所を察知したレイジーは、向こう側をジッと見つめるフリをしたまま、懐のグリモワールを掴む。そして使いたい呪文が記されているであろうページへ、音を立てずに指を差し込んだ後、唐突にその縄状の影に向かって走り出した。


 身を潜めていた角から、前に弾かれるように飛び出し、必死になって走っている間に、レイジーは指を差し込んでいたグリモワールのぺージを開く。そして、その前後のページにも目を通し、何か使える魔法が無いか、死に物狂いの形相で調べ始めた。


「え~っと、え~っと……。あった、これだ! 『白陽の閃光ホワイト・ソル・フラッシュ』ッ!」


 慌てた様子で、左手の人差し指を後ろに突き出し、熱を帯びた白い光球を、指鉄砲の要領で、自分の後ろに向かって放つ。そして、グリモワールを懐にしまった後、一目散に走ってその場から離れた。


 それから数秒と経たずに、レイジーの後ろで白い光球が炸裂する。背を向けていても、目を細めてしまうほどの閃光と熱波の中で、聞きなれない声が響いた。


「ギュァァアアァアァァァ!?」


 その悲鳴と同時に、レイジーの前にある綱のような影も大きく波打つ。どうやら自分の後ろにいた化物と、目の前にある綱のような影は、蛇のような形の生き物であったらしい。


(あっぶねぇ……。あの影は、後ろにいた奴の胴体だったのかよ……!?)


 一体どんな奴なのかと、後ろをチラと一瞬だけ見ると、蛭のような姿に、爬虫類の様な鱗を纏い、昆虫のような足を幾つも持つという、どこからどう見ても文字通りの化物であった。


 ……姿形が違えども、ここにいる化物は、全て掠奪者達ブランダラプターズである事に、何の変わりもないのだが。


(じょ、冗談じゃねぇ……あんな化け物に喰われて堪るかってんだ!!)


 前方には、蛭のような略奪者の尾、そして後ろには、その尾の持ち主である略奪者の頭がある。どの道八方塞がりだと考えたレイジーは、ちょうどポッカリと開いていた横穴に潜り込み、再びグリモワールを開いた。


 そして、レイジーが手にかけたページは……『ゴエティア』と呼ばれる章の部分。こういう事態に、柔軟に対応する大悪魔が記された紋章シジルのページに、自分の指を挟む。そして2つ目のページに目を通した彼は、掌に収まる瓦礫を手に取って、鉄の床に傷をつけ始める。


 しかし、レイジーが鉄の床に刻んでいる紋章シジルは、バエルとアモンのものではない。


 2つの紋章シジルを、床に刻み終わったレイジーは、その2つの紋章に手を当てて、静かに呪文を唱え始める。


エルロイズ・イェル・ザ・レイズ我は求め訴えたり。ソロモン王に仕えし72の悪魔よ。求めに応じて、我の前に顕現せよ。創造せし双生の第38・39位『ハルファス』『マルファス』!!」


 レイジーが、2体の大悪魔の名を呼ぶ。すると紋章シジルの四隅に、小さく書かれている文字が『HALPHASハルファス』と『MALPHASマルファス』というスペルを、紅と蒼の光と共に、交互に浮かび上がらせる。


『『主命とあらばどこまでも! 双子の大悪魔ハルファスとマルファス、ここに参zy……わわっ、紋章でぐちが小さくなっちゃう!?』』


 声はちゃんと聞こえるが、出てくるのに時間がかかる余り、大悪魔の出入り口である紋章シジルが縮小し始めていた。


 紋章シジルが消滅する直前、紋章シジルを無理やり抉じ開けるようにして、いかにも悪魔らしい巨大な暗彩色の両手が、紋章シジルを掴んで押し広げる。


 ……しかし、紋章シジルを押し広げた中から姿を見せたのは、その巨大な暗彩色の手とは不釣り合いなほど、小さな体をした二人の男子であった。


 一人は紺色の髪に、身の丈に合っていない、若干大きめの紳士服を身に纏っている。そして左手だけが、巨大な暗彩色の異質な手になっていた。


 もちろん二人目も、前者と顔立ちがそっくりで、違う点と言えば、ほんの少しだけカラーリングの違う藍色の髪と、暗彩色の異質な手が、左手ではなく右手になっている。


 そして二人の背中には、白き一対の翼と黒き一対の翼が生えているのが、他の違いというべきだろうか。


 二人の男子は、唸りながら紋章をこじ開けたと同時に、紋章の中から転がり出るように飛び出した後、目の前に待ち受けていた壁に、二人仲良く顔面から激突してしまう。


 激突した顔面を押さえ、その場を転げまわりながら、悶絶している二人を見て、レイジーはえも言えぬ感覚に呑まれてしまった。


『『あづづづづづづ!? 額と鼻の骨が砕けたように痛い!?』』


「バカかお前らは……。そんな一丁前に、決め台詞を言ってから飛び出せるほど、紋章シジルの効果は持続しねぇんだよ。それと、鼻には骨がねぇから、そう簡単には折れねぇよ」


 そんな様子を見て、レイジーは呆れ果てたように、先程よりも一段と深い溜息を吐きながら、もう一つの紋章シジルに手をかけて、もう一つの呪文を唱える。


エルロイズ・イェル・ザ・レイズ我は求め訴えたり。ソロモン王に仕えし72の悪魔よ。求めに応じて、我の前に顕現せよ。忠実なる護命の第55位『ガーナーズ=オロバス』!!」


 レイジーがその名を呼んだ直後、紋章の中から体を丸めた何かが、弾丸の如き速さで飛び出してくる。だが、ここはかなり狭い場所。前者の二人と同じく、背中を壁に打ち付ける結果に終わってしまった。


『アデェッ!? 折れた!? 背骨が折れた!?』


「なんでお前らは、バエルやアモンの様に、大人しく出てこれねぇんだよ……」


 首に両肩、手首に足首など……革ジャンの上から、体の至る所に、棘付き首輪のようなアクセサリをぶら下げている。


 ヘビメタかロック風の服装をした男は、床に四つん這いになって、先程うった腰を、労わる様に優しくさすっている。図体の大きさは、アモンとまではいかずとも、レイジーよりは少しだけ大きいぐらいか。


 レイジーが召喚した、3体の大悪魔達。召喚された順に、双子の大悪魔である『マルザータ=ハルファス』と『マルザータ=マルファス』の2人から。


 この2人は、対をなす見た目の通り、2人揃わなければ、本来の力の1%すら発揮できないという、なんとも致命的な欠点がある。


 因みに二人の見分け方は、髪の色と『魔掌 ガントレット』と呼ばれる魔掌の位置の違い、そして背中にある一対の翼の色。主にこの3つで見分けられる。


 紺色の髪に、左側の魔掌ガントレット。そして白き一対の翼をもつ者が『ハルファス』。そして藍色の髪に、右側の魔掌ガントレット。そして黒き一対の翼を持つ者が『マルファス』である。


 そして次に、ヴィジュアル系と呼ぶに相応しいデザインの服を着た男。そんな身なりからは、全く想像もつかないだろうが、彼が72の悪魔の中でも、尤も忠誠心の強い大悪魔だとされている『ガーナーズ=オロバス』と呼ばれる悪魔だ。


 彼の肩書きは大悪魔だが、オロバスが大きな悪事を働いた事は、たったの一回しかない。二人目の主であるレイジーに逆らった事以外、何一つとして悪事を働いた事がないのだ。


 ならばなぜ、いかにも悪そうなデザインの服を着ているのか。……ここには、彼なりの考えがある。


 なんでも、大悪魔と呼ばれる以上、見た目か性格だけでも、卑劣・外道・邪悪でなければならないという、なんとも不思議な固定観念が、彼の頭の中にあるのだとか……。


 そんなポリシーを持っている癖に、レイジーに対する忠誠心は強く、簡単に言えばボディガードのような存在になっているのが現実だ。


 真っ赤になっている鼻先や、強かに叩き付けた背中をさすりながら、ハルファス達が、レイジーの方へと向き直る。鼻先を押さえたままのハルファスが、レイジーに用件を聞いた。


『イテテ……で、ボク達に何の用でここへ?』


「見ての通りだ。お前達もバアルとアモンから、話を聞いているんじゃないのか?」


『ア、アハハ……いやぁ。大悪魔同士の情報共有は、基本的に上意下達方式だから……。だから、僕達のような序列順位の大きい大悪魔には、どうしても通達が遅れるんだ……』


 マルファスからの、唐突なカミングアウトに、レイジーは(今ここで、そんな話をされてもなぁ……)と思いつつ、知らなければ話にならないかと思い直す。


 そして彼等に、自分の目的とこれから実行される作戦。そして今、自分達が置かれている状況について、彼等に手短に説明した。説明を一通り聞いた後、オロバスがチラチラと外の様子を窺いながら、唐突な事をレイジーに尋ねる。


『……で、今回はどのように相手をすればいいんだ? 今からココに、地獄の大窯でも造って、あの掠奪者達ブランなんたらーズとかいう化物を焼き殺しても良いんだが?』


「お前にとっては、その程度で済む事かもしれんが、後始末をする俺の身にもなってくれないか……?」


『冗談冗談。俺にそういう事はできないぜ。一から造るのは、ハルファスとマルファスの専門だしな』


 そう言って、少しだけ笑ったオロバスは、自分の服の懐から、棘の付いた指無しグローブを取り出して装着する。指無しグローブを装着した瞬間、オロバスの体表に赤黒い稲妻がほとばしり始めた。


 次第にほとばしる稲妻の量は増え続け、最終的に全身を赤黒い光が埋め尽くすほどになってしまう。ハルファスとマルファスは、二人とも目を丸くして、オロバスの豹変ぶりをただ眺めていた。


 その状態のまま、オロバスはレイジー達が、身を隠している横穴から、自ら飛び出す。その赤黒い光を感知した、蛭のような掠奪者ブランダラプターが、赤黒い稲妻に包まれたオロバスの方へと頭をもたげた。


レイジー俺達の主人の障害になる奴は、俺達『72の悪魔』が許さねぇぜ!』


「グググ……ギュアァァァ!!」


 掠奪者は不気味な音を立てながら、その不気味な口を開き、口から垂れる唾液を撒き散らしながら、稲妻を纏うオロバスを威嚇する。しかし、赤黒い稲妻の隙間から覗く眼光は、その程度の威嚇に全く怯む気配を見せない。


 バチバチと赤黒く光る電気の音から、掠奪者も下手に攻撃できない。とその時、オロバスが自分を包む赤黒い稲妻の中から、右手を突き出し、人差し指を立てて掠奪者を指さした。


『さぁ覚悟してもらうぜ! お前をこの人差し指一つで、跡形も無くぶっ飛ばしてやるよ!』


 そう言った後、右手の指をパチンと鳴らすと、体表を伝って赤黒い稲妻が、右手の人差し指の先端に集中し始める。


 自身を阻む稲妻の壁が、いきなり無くなったのをいい事に、攻撃のチャンスだと考えた掠奪者ブランダラプターが、オロバスに飛びかかる。唾液に塗れた大きな口が、オロバスめがけて開かれた。しかし、その口がオロバスを飲み込む前に、彼の指先に稲妻が集中する方が、圧倒的に速かった。


『じゃ、あばよ。それ以上俺の主人に迷惑かけられちゃ、堪ったもんじゃねぇからな』


 そう言った直後、片目を瞑って狙いを定めたオロバスは、掠奪者ブランダラプターの口の中を狙って、赤黒い稲妻を纏った弾丸を、人差し指の指先から放つ。掠奪者は、突発的にオロバスを飲み込むよりも先に、指先から放たれた弾丸が口に入った瞬間、反射的に自分の口を閉じてしまった。


 口を閉じた状態で、勢いを殺しきれずに、オロバスに向かって掠奪者が突っ込んでくる。しかしオロバスは、その場から半歩も退かず、避けようとも動こうともしない。


 あわや両者が衝突するかと思われた矢先、その両者の間に二つの影が飛び込んだ。二人はそれぞれの右手と左手を使って、掠奪者ブランダラプターが口を開けないように、しっかりと掴んでいる。


『あん? お前らはおとなしく見学でも……』


『『ボク達が出てくるって分かってた癖に……よくそんな事が言えますねッ!!』』


 そう言った直後、二人は互いの顔を見て頷きあった後、掠奪者ブランダラプタ―の口元から、掴んでいた手を一瞬だけ放し、それぞれの魔掌に力を込めて、掠奪者ブランダラプターの口元へと叩き付ける。


 すると次の瞬間、掠奪者ブランダラプターの体の奥から、空気を振るわせるような鈍い音が響き、掠奪者ブランダラプターの巨体が真後ろに吹き飛んだ。


 地響きと聞き間違うかのような轟音と共に、掠奪者ブランダラプターは廊下の奥ある鉄製の壁に叩き付けられる。よほど強い力を叩き込んだのか、衝突した鉄の壁がへこんでしまっていた。


『さて、一仕事終えた事だし、さっさと主が探している物でも見つけるとするかな。ハルファスにマルファス、そんな奴は放って置いてさっさと行くぞ』


 そう言ったオロバスが、半ば強引に三人の向いている方向を変えて、逆の方向へと押し出している最中。正気を取り戻した掠奪者ブランダラプターが、背を向けている4人を頭から丸呑みにしようと、音も無く飛びかかってきた。


 音を立てる事無く襲いかかる掠奪者ブランダラプターに、レイジーやハルファスとマルファスはおろか、オロバスすら気が付いていない。


 今がチャンスとばかりに、口を自分の体より二回りほど広げて、固まって歩いている4人を、一呑みにしようとした瞬間だった。口を開けた瞬間、体の動きが鈍り始め、最終的に自分の体の自由が利かなくなってしまった。


 今からでも口を閉じれば、一番後ろを歩くオロバスの頭が、口の中へと納まる。そんな距離にある筈の物を、自分の意志で口の中に納める事すらできない。


 無理にでも口を動かそうと、力を入れようとする掠奪者ブランダラプターを嘲笑うかのような横顔を見る。そんな横顔を見せたのは……オロバスであった。


 彼は、自身の指を左右に振りながら、小馬鹿にするような目で、掠奪者ブランダラプターを見上げている。


『チッチッチッ。腐っても俺は72の悪魔に属する大悪魔だ。そう簡単にやられて堪るかよ』


 オロバスの後ろから、早くこっちに来いと、彼を呼ぶ声が聞こえる。それを耳にしたオロバスは、すぐに行くから、あと少しだけ待ってくれと、自分の手で合図した後、踵を返してレイジー達の後を追う――――去り際にパチンと指を鳴らして。


「グガ…ガッ、ギ、ギギュ……!!」


 指がなった途端、掠奪者ブランダラプターの体中にある全ての痛覚が、一斉に反応する。全身を襲う激痛に身悶えしたくなっても、肝心の体は動かない。


 そんな様子の掠奪者ブランダラプターを見て、オロバスはせせら笑いながら、再び顔を進行方向に向ける。そして彼は、一歩を踏み出す前に、先程のせせら笑いを途端に消して、冷たく凍り付いたような目で一瞥する。


『奪う者から命もろとも全て奪うってのは、ここまで気持ちいいんだな。どうだ今の気分は? ――――悔しいか?』


「グガガガ……!!」


 悔しさからか殺意からか、掠奪者ブランダラプターが言う事を聞かない肉体から、精一杯の声を絞り出した瞬間、自分の体が――――なぜか炎に包まれている事を知る。


 焼け爛れていく痛覚や、自分の肉が焼ける臭いを嗅ぐ嗅覚は、ちゃんと残っているが、肝心の体は一切動かない。それはさながら、地獄の炎に焼かれる罪人の様に、なんとも哀れな最期であった。


 オロバスはそんな姿を見て、掠奪者ブランダラプターを再びせせら笑うと、人差し指を掠奪者に向けて、短く言い放つ。


『今までの罪を悔い改めろ。読んで字の如く――――、な。ハッハッハッ! 傑作だぜこりゃあ!』


 そう吐き捨てた後、文字通り悪魔らしい笑い声をあげながら、オロバスはコツコツと響く足音と共にその場を去る。オロバスが、掠奪者ブランダラプターを視界から消してしまった時には、既に一握りの灰と化していた。


『……これじゃあ、なんて分かったモンじゃねぇや』



 それからレイジーと大悪魔達は、デウスクエスとアラストゥムの格納庫を目指して、奥へ奥へと進んでいく。


「……ッ!? 止まれ!」


 何かの気配に気づいたレイジーが、後ろに手を出す。あまりに唐突な事だった為に、レイジーの掌にオロバスの顔面が激突した。そして、車が玉突き事故を起こすように、オロバスの後ろに控えていたハルファスとマルファスが、次々と彼の背に衝突する。


『いってぇな……急に指示されたって、分からねぇモンは分からねぇよ!』


「大声を出すな。ハルファス、マルファス。お前らの出番だ」


 レイジーはそう言って、オロバスの後ろに顔を向けると、顎で自分の元へと来るように指示をする。二人はオロバスの後ろで、互いの頬を引っ張り合って、少し揉めていた様子だったが、レイジーの指示が出た瞬間、二人は喧嘩を止めてオロバスの前に出てくる。


「お前達の能力を使って、アイツを生き埋めにしてやれ」


 レイジーが指さした先には、サーベルタイガーのような顔に硬質化したトラ柄の足を持っている掠奪者が、勝者の余裕とでも言いたげに居眠りをしていた。


 時折、周囲に響く程の、大きないびきをかいている辺り、真っ先にまぬけな印象を受ける。


 そんな様子を見て、必死にこみ上げてくる笑いを堪えながら、ハルファスとマルファスが、互いの魔掌ガントレットを、その掠奪者に向けて突き出した。


『『取り囲め、そして埋もれろッ!!』』


 二人がそう言って、ハルファスが魔掌ヴァルカンを握った瞬間、大量の煉瓦レンガで作られた壁が、鉄の床から一気に築き上げられる。そしてその壁は、二人の言う事に、忠実に従うかのように、壁と壁が繋がって一つのドームを創り上げた。


 続けてマルファスが、魔掌ヴァルカンを握ると、煉瓦でつくられたドームの上を這うようにして、幾何学的な模様が張り巡らされる。すると異変に気付いたのか、中に閉じ込められた掠奪者が、煉瓦を砕いて外へと出ようと、内側で暴れる音がし始めた。


 何かを叩き付けるような、大きく鈍い音が聞こえる。しかし、煉瓦にヒビが入るだけで、壊れたり崩れたりする気配がまるでない。


 そんなドームの様子を見ていた二人が、若干顔を赤くして、蚊の鳴くような声でレイジー尋ねる。


『……ぁの、主人。お言葉ですけど、このセリフ……結構恥ずかしいので、言わなくても良いかな?』


『僕達の能力は、別に特定の呪文を唱えないと、使えない能力じゃないから……』


「雰囲気ってのはかなり大事だ。意味が無くても、呪文っぽいのを唱えるだけで、結構カッコよく見えるものだぜ?」


 レイジーの「カッコよく見える」という単語を聞いて、二人は反論の言葉を詰まらせる。……やはり、そんなお年頃なのだ。


 「意外とアッサリ説き伏せられるんだな……」と言いながら、レイジーは後頭部を掻きつつ、双子の二人が繰り広げる議論を傍観していた。


 隣でオロバスは、「男のガキは、大体そういうもんだよ。俺だってガキの頃はそうだったんだ」と言いながら、二人の議論を中断させるでもなく、レイジーと同じように見守っていた。


「お前ら~。議論するのは勝手だが、とりあえず目の前の敵を倒してからにしてくれ」


『『わ、分かった!』』


 言い合いをしていた二人は、レイジーの一声で我を取り戻し、二つの魔掌ヴァルカンを重ねる。すると、強烈な力が加えられたのか、幾何学模様が入った煉瓦のドームが、そのままの形で半分以下の大きさまで縮小化してしまった。


 もちろん中から、プチッと何かが潰れる音が聞こえてきたのだが、中の様子を窺い知る事はできない。この煉瓦の上を、蛇が這うようにして現れた幾何学模様。これは封印呪式と言って、いわば大悪魔達が封印されている紋章シジルと、非常によく似たものだ。


 双子であるハルファスには使えず、マルファスだけが使える能力。ついでに言えば、72の悪魔達の中でもこれを扱えるのは、マルファスだけだ。


 中身を覗く事ができないのは、レイジーだけが封印を解除する呪文を知っているからだ。マルファス自身は、この呪文を自分の武器として見ている。それに、レイジーが封印を解除する事は、そうそう滅多にある事ではない。


「よし、仕事は終わり。それじゃ、奥へ行こうか」


 そう言ったレイジーは、球体状になった煉瓦の塊を横に転がして、その奥にある通路に目を向ける。


 ――――そこは、あの時のカエデが通った道とよく似て、パイプが幾重にも通った薄暗い道であった。薄暗い道の奥からは、何かが噴出する音が、ひっきりなしに聞こえている。


「おそらくこの奥だろうな。――――アラストゥムがあるのは」

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