先に謝っとく

「ねぇ、まさかさっきの話聞いてたりしなかったよね?」

「えー、さてどうかにゃ~?」


 グラウンドへ戻ろうとしたら、綾瀬がいた。

 しかも、本当に近くの物陰に。

 さらにしかも、先程までの体操服ではなく応援合戦に挑むためのスペシャルコスチュームを着用して。


「なぁ、誤魔化さないで教えてくんない? 場合によっては今から両手で顔を覆って膝を抱えないといけないかもしれないから!」

「それよりいっくん、どうこのチアの服!?」

「無視!? 可愛いけど無視っすか写真撮っていい!?」

「一眼レフじゃなくていいの?」

「あとでダッシュで取ってくるから大丈夫!」


 そう言うと、綾瀬は小顔ポーズをしてくれた。

 素直にとても嬉しい。


「まぁまぁ、私が聞いたかどうかってさして重要じゃないと思うんだよ」


 撮り終わってから、綾瀬が俺の腕を引っ張って歩き出す。


「いや、普通に重要なんだが……」


 綾瀬の両親が帰らないことになったよ、とか。

 恥ずかしいセリフを言ったような気がしなくもないから穴に入っていい? とか。

 ここからグラウンドまで向かう間の会話の内容がだいぶ変わってくると思うの。


「ふふっ、気にしない気にしない~♪」


 しかし、綾瀬は応えてはくれない。

 その代わり、掴んでいた腕から手を離し、代わりに恋人が繋ぐような―――


「とりあえず、嬉しかったからこれで我慢しとくぜ!」

「聞いてたんだろ? 絶対に余すところなく聞いてたんでしょねぇ!?」


 聞かれていた事実に、俺は思わず赤くなった頬を手で抑える。

 手まで熱いからまったくひんやりとしない。逆になんかちょっとオネェ様なポーズになってしまった。


「まぁ、その話は一旦置いておくとして。とりあえず手を離してくれないかな? これ、公共の場で見せるような構図じゃねぇだろ? 生徒に見つかったら間違いなく騒ぎになるんだが」

「こらっ! いっくん、男の子なんだから我慢しなさい!」

「え、俺が怒られるの!?」


 これが俗にいう逆ギレというやつだろう。

 なんて嬉しいような釈然としないような理不尽だ。


「私はこれでも我慢している方なのです。本当だったら、このままハグして押し倒してちゅーしてそのまま校舎裏に行きたいのです」

「あまり公衆の面前で口にしてはほしくない発言だったな」

「気持ち的には、そんな感じなのっ!」


 綾瀬は握っている手を離してくれた。


「……いっくんは、なーんにも分かってない」


 そして、徐に俺の腕を抱き締めてくる。

 突然襲われた柔らかい感触に、思わず心臓が跳ね上がってしまう。


「ッ!?」

「いっくんはさ、無自覚に人を誑し込んじゃうおまぬけさんだよね」


 しかし、綾瀬はそんな俺のことなど気にせず、グラウンド―――ではなく、近くにある倉庫の裏まで腕を引っ張った。


「お、おいっ! そろそろ応援合戦が始ま―――」

「ちょっと遅れたって、誰も文句は言わないよ。それよりも、マズいし」


 もちろん、そろそろ午後の部が始まるため生徒の姿どころか保護者の姿もない。

 人気のない倉庫の裏。そこへ連れてくれると、綾瀬は俺の腕から体を離して……そのまま、俺の胸へと顔を埋めた。


「……いっくんはさ、なんでお母さん達を引き留めてくれたの?」


 その言葉に、一瞬だけ言葉が詰まる。

 しかし、この問答が終わらないと競技に向かえない。

 俺は頭を掻き、小さく溜め息をついて―――


「さぁ?」

「さぁ、って」

「俺だって、ちゃんとした理由なんてないよ」


 綾瀬の頭を優しく撫で、澄んだ青空を見上げた。


「綾瀬がお願いして両親に来てもらったなら相応の理由があるんだろうなーとか、俺に手伝ってほしいことがあるんだろうなーとか、もしかして引き留めることが手伝うことなのかなー、とか。色々考えはしたが、結局綾瀬に聞かないと分からんことばっかりだった」

「だったら―――」

「でも、って思ったから勝手に体が動いた、そんだけ」


 考えても考えても、結局どんな意図があって何をさせたかったのかは分からなかった。

 どう予想しても憶測の域を出なくて。もちろん、やっていることは間違いなくて。

 けど、このまま帰したら綾瀬が悲しむんだろうなって―――


『(……まぁ、今一緒に食べるってなっても困るしね)』


 ボソッと呟いた綾瀬の顔が浮かんで、自然と引き留めてしまった。

 結局、本当にそれだけなのだ。


「綾瀬の悲しむ顔が見たくなかったって理由じゃ、ダメか?」

「……ううん、ちょーさいこー」


 綾瀬の抱き締める腕が、一気に強くなる。


「それが異性としてでも、友達としてでもどっちでも……私は嬉しい」

「……そっか」


 なら戻ろうぜ、と。

 綾瀬が納得してくれたのを確認して、俺は綾瀬を振りほどくようにして背中を向けた。


「けど、私が「嬉しい」って思ったのは、だから」


 すると、急に腕が引っ張られ―――


「んむっ!?」


 ―――どうしてか、


「お、おまっ……!?」


 それがなんなのか、言わずとも分かる。

 直前に引っ張られた腕、眼前に近づいてきた端麗すぎる愛らしい顔。引き離される桜色の潤んだ唇。

 火照った頬と熱を孕んだ瞳を向けられ、一気に心臓が激しく脈打つ。


「……ありがと、いっくん。それと、?」


 そして、綾瀬は満面の笑みを浮かべて―――言い放った。


「私、絶対いっくんがほしいな……だから、先に謝っとくぜ♪」

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